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【第四章「吉原の死闘」】
三十四 吉原夜回り~五丁町と素見客と清掻~
しおりを挟む夜になり、梅次郎は見回りに出る。
ここ数日、五丁町――吉原は主に江戸町一丁目、二丁目、京町一丁目、二丁目、角町から成り立っているのでこう呼ばれている――をほっつき歩いて怪しい者がいないか常に警戒してはいるが、いかんせん素見の客が多すぎて判別が難しい。
(見た目だけじゃわからねぇ。やはり殺気を感じねぇとダメだな)
最後は剣客としての嗅覚が物を言う。
(しかし、まぁ、吉原に来るのはだらしねぇ体をした奴ばっかりだな)
大商人や大藩の留守居や上級旗本となると、肉体を酷使するというようなことはない。
それどころか接待などの美食三昧なので、ブヨブヨの腹になっている。
容姿は、ありていに言って醜い者が多かった。
(こんな男だらけじゃ遊女も楽じゃねぇな)
梅次郎も男ながら同情してしまう。
そう思う間にも、浮ついた男たちが通りをそぞろ歩き、遊女たちは格子戸越しに三味線を弾いて客を誘う。
いわゆる、清掻である。
(どうもこの三味線の音ってぇのは人の心を掻き乱すな……)
哀愁を帯びているのに、どこか煽情的だ。
この三味線の音を聴きながら格子越しに遊女たちを見ると、幻想的に見えてくる。
まるで、この世の者ではないかのような。
(……やっぱりここぁ地獄というか極楽というか冥土というか夢の中というか……この世にいねぇみてぇな気分になってくらぁ。これじゃ現実感がなくなって金銀をバンバン使って身を持ち崩す奴も出るってもんだぜ)
洒落本や人情本で吉原に興味を持った者たちが、どれだけ遊女にハマり不幸になったか。
(親父も罪なことをしたもんだぜ)
天保の改革で罰せられた理由もわからないでもない。
顔も知らない親がゆえに、冷静にそう思うことができる。
(だからって遊女や芸者や夜鷹を襲うってぇのは外道以外の何者でもねぇがな)
沼にハマらないためには、近づかないことが第一だ。
興味本位というものが身を滅ぼす。
(しかし、剣術の修行しかしてこなかった俺が、こうして吉原を歩くことになるたぁ訳がわからねぇもんだな)
興味本位ではなく遊女たちを守るためという目的があってのことだが、どうにも居心地が悪い。
ただ、志信屋の亡八――妓楼の主人のことを吉原ではこう呼ぶ。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌・の八つを失った者だからだ。忘八とも書く――からほかの妓楼や茶屋には、梅次郎のことについて話が通っているので、歩き回っても怪しまれることはない。
小吉からも役人に話がいっているので、大門で咎められることもない。
(さて、今夜も特に動きはなしか)
基本的に大門からの人の出入りを意識していればいい。
志信屋馴染みの茶屋までやってきた梅次郎は、軒下で歩をとめた。
ここでしばらく様子見しようと思ったのだが――。
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