上 下
29 / 48
【第三章「浮き世と憂き世」】

二十九 妖刀村正~血に飢えた無敵~

しおりを挟む
「英之進殿、見てのとおりふたりは拙者の弟たちでござる。我らの力をあわせて必ず大願成就を果たすでござるよ。そうそう、波蔵、あの刀を」
「はっ、兄者」

 促されて波蔵は納屋に入り、一振りの刀を持ってきた。

「拙者たちには無用の長物。英之進殿、ぜひ、この村正で一騎当千の活躍を」
「おう」

 鞘を受け取り、刀を抜く。
 鈍い光が赤々とした夕陽を跳ね返した。

(なんと禍々しい)

 刀身は冴え冴えとしているのに冷たい。
 ずっしりとしているのは、刀の重さだけではない気がした。

(……この刀、数えきれないほどの血を吸っている……間違いない)

 直感的に、わかるものがあった。
 これは数多の血にまみれた妖刀である、と――。

「どうでござるか、英之進殿」

 尋ねる伊蔵に、英之進は大きく頷いた。

「確かにこれは本物の村正だ。そして、かなり人を斬っている刀だな」
「そうでござろう。手入れはしっかりされていたとはいえ、隠しきれぬ血の匂いがしたでござるよ」

 刀を持っているだけで、沸々ふつふつと殺意が込み上げてくる。

(これは……刀を使うというよりも、刀に使われかねぬな……)

 明らかに刀が血に飢えていた。
 あまり神仏を信じない英之進だが、村正からは暗い意思を感じた。

「英之進殿。ここからそう遠くないところに宿場があり、飯盛女めしもりおんながいるでござるよ」

 飯盛女とは宿屋にいて昼間は客引きをしたり飲食の世話をし、夜には売春をする女たちのことだ。
 それなりの規模の宿場には飯盛旅籠めしもりはたごがあることが多い。なお、普通の宿は平旅籠(ひらはたご)と呼ばれて区別されている。

「なるほど。試し斬りには持ってこいだな」

 江戸の見回りが厳しさを増しつつある今、田舎に来たのはいい案だった。

「呂蔵と波蔵も鈍った腕を磨き直すでござるよ。人を斬らねば腕は確実に鈍るでござる。ふふ……やっぱりいいものでござるよ、人を殺すのは」

 殺戮愛好者独特の嗜虐的な笑みを浮かべる伊蔵に、英之進は戦慄ゾッとした。

(やはりこやつは俺よりもよほど狂っておるのかもしれぬ)

 だが、ここまで吹っ切れられることは逆に羨ましい。

「英之進殿。こうなったからにはひたすらに邪と悪を極めて地獄へ落ちようではござらぬか。それと引き換えに少しでも世の中を清めるでござるよ」

 伊蔵の漆黒の瞳を見つめながら、英之進は頷いた。

 英之進も伊蔵たちにも、後顧の憂いになるような人間関係も社会的な地位もはない。
 孤独であるからこそ無敵であった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

安政ノ音 ANSEI NOTE

夢酔藤山
歴史・時代
温故知新。 安政の世を知り令和の現世をさとる物差しとして、一筆啓上。 令和とよく似た時代、幕末、安政。 疫病に不景気に世情不穏に政治のトップが暗殺。 そして震災の陰におびえる人々。 この時代から何を学べるか。狂乱する群衆の一人になって、楽しんで欲しい……! オムニバスで描く安政年間の狂喜乱舞な人間模様は、いまの、明日の令和の姿かもしれない。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...