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【第三章「浮き世と憂き世」】
二十九 妖刀村正~血に飢えた無敵~
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「英之進殿、見てのとおりふたりは拙者の弟たちでござる。我らの力をあわせて必ず大願成就を果たすでござるよ。そうそう、波蔵、あの刀を」
「はっ、兄者」
促されて波蔵は納屋に入り、一振りの刀を持ってきた。
「拙者たちには無用の長物。英之進殿、ぜひ、この村正で一騎当千の活躍を」
「おう」
鞘を受け取り、刀を抜く。
鈍い光が赤々とした夕陽を跳ね返した。
(なんと禍々しい)
刀身は冴え冴えとしているのに冷たい。
ずっしりとしているのは、刀の重さだけではない気がした。
(……この刀、数えきれないほどの血を吸っている……間違いない)
直感的に、わかるものがあった。
これは数多の血にまみれた妖刀である、と――。
「どうでござるか、英之進殿」
尋ねる伊蔵に、英之進は大きく頷いた。
「確かにこれは本物の村正だ。そして、かなり人を斬っている刀だな」
「そうでござろう。手入れはしっかりされていたとはいえ、隠しきれぬ血の匂いがしたでござるよ」
刀を持っているだけで、沸々と殺意が込み上げてくる。
(これは……刀を使うというよりも、刀に使われかねぬな……)
明らかに刀が血に飢えていた。
あまり神仏を信じない英之進だが、村正からは暗い意思を感じた。
「英之進殿。ここからそう遠くないところに宿場があり、飯盛女がいるでござるよ」
飯盛女とは宿屋にいて昼間は客引きをしたり飲食の世話をし、夜には売春をする女たちのことだ。
それなりの規模の宿場には飯盛旅籠があることが多い。なお、普通の宿は平旅籠(ひらはたご)と呼ばれて区別されている。
「なるほど。試し斬りには持ってこいだな」
江戸の見回りが厳しさを増しつつある今、田舎に来たのはいい案だった。
「呂蔵と波蔵も鈍った腕を磨き直すでござるよ。人を斬らねば腕は確実に鈍るでござる。ふふ……やっぱりいいものでござるよ、人を殺すのは」
殺戮愛好者独特の嗜虐的な笑みを浮かべる伊蔵に、英之進は戦慄とした。
(やはりこやつは俺よりもよほど狂っておるのかもしれぬ)
だが、ここまで吹っ切れられることは逆に羨ましい。
「英之進殿。こうなったからにはひたすらに邪と悪を極めて地獄へ落ちようではござらぬか。それと引き換えに少しでも世の中を清めるでござるよ」
伊蔵の漆黒の瞳を見つめながら、英之進は頷いた。
英之進も伊蔵たちにも、後顧の憂いになるような人間関係も社会的な地位もはない。
孤独であるからこそ無敵であった――。
「はっ、兄者」
促されて波蔵は納屋に入り、一振りの刀を持ってきた。
「拙者たちには無用の長物。英之進殿、ぜひ、この村正で一騎当千の活躍を」
「おう」
鞘を受け取り、刀を抜く。
鈍い光が赤々とした夕陽を跳ね返した。
(なんと禍々しい)
刀身は冴え冴えとしているのに冷たい。
ずっしりとしているのは、刀の重さだけではない気がした。
(……この刀、数えきれないほどの血を吸っている……間違いない)
直感的に、わかるものがあった。
これは数多の血にまみれた妖刀である、と――。
「どうでござるか、英之進殿」
尋ねる伊蔵に、英之進は大きく頷いた。
「確かにこれは本物の村正だ。そして、かなり人を斬っている刀だな」
「そうでござろう。手入れはしっかりされていたとはいえ、隠しきれぬ血の匂いがしたでござるよ」
刀を持っているだけで、沸々と殺意が込み上げてくる。
(これは……刀を使うというよりも、刀に使われかねぬな……)
明らかに刀が血に飢えていた。
あまり神仏を信じない英之進だが、村正からは暗い意思を感じた。
「英之進殿。ここからそう遠くないところに宿場があり、飯盛女がいるでござるよ」
飯盛女とは宿屋にいて昼間は客引きをしたり飲食の世話をし、夜には売春をする女たちのことだ。
それなりの規模の宿場には飯盛旅籠があることが多い。なお、普通の宿は平旅籠(ひらはたご)と呼ばれて区別されている。
「なるほど。試し斬りには持ってこいだな」
江戸の見回りが厳しさを増しつつある今、田舎に来たのはいい案だった。
「呂蔵と波蔵も鈍った腕を磨き直すでござるよ。人を斬らねば腕は確実に鈍るでござる。ふふ……やっぱりいいものでござるよ、人を殺すのは」
殺戮愛好者独特の嗜虐的な笑みを浮かべる伊蔵に、英之進は戦慄とした。
(やはりこやつは俺よりもよほど狂っておるのかもしれぬ)
だが、ここまで吹っ切れられることは逆に羨ましい。
「英之進殿。こうなったからにはひたすらに邪と悪を極めて地獄へ落ちようではござらぬか。それと引き換えに少しでも世の中を清めるでござるよ」
伊蔵の漆黒の瞳を見つめながら、英之進は頷いた。
英之進も伊蔵たちにも、後顧の憂いになるような人間関係も社会的な地位もはない。
孤独であるからこそ無敵であった――。
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