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【第三章「浮き世と憂き世」】

二十七 屋台メシ~天ぷらと薩摩芋と諸国名物番付~

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 道の端にはさまざまな食べ物の屋台が並んでいるので、鼻腔をくすぐった。

「おい、梅。なんか食ってこうじゃねぇか」
「今度も俺のおごりですかい?」
「ばかめ。そうそう師匠が弟子にたかれるか。さっきのはおめぇに噂話の集め方について伝授したんだ。由蔵の集めた美味い蕎麦の噂話も気になるが、あまり長くほっつき歩いてもいられねぇからな。ここらで腹ごしらえしようぜ」

 打ち立てを出す蕎麦屋となると、できあがるまでに時間がかかる。
 江戸では、蕎麦が出てくるまでに酒を飲んでゆったりすごすのが普通だ。
 それに比べて広小路に出ている屋台は現代のファーストフード的な気軽さがあった。

(……さっき吉原で卵料理や刺身を食ったんだがな……まぁ、それを言ったら怒るだろうしなぁ……)

 音八に視線を向けると、意味ありげにうなずいた。
 これは言うな、ということだろう。

「わたしは天ぷらを食べたいねぇ。どうだい梅の字」
「あ、ああ、いいんじゃねぇか」
「天ぷらいいじゃねぇか。決まりだな。いくぞ!」

 ここは小吉につきあって食べる流れになった。

(まぁ屋台で食うもんは別腹みたいなもんだからな)

 三人連れだって天ぷら屋台に並び、串刺し状の天ぷらに舌鼓を打つ。

「うん、いいじゃあないか。こりゃあ美味いよ」

 音八は薩摩芋の天ぷらを食べて表情をほころばせる。

「へい、ありがとうごぜぇやす。うちのは九里よりうまい十三里、川越の薩摩芋を使っておりやすから味は確かでさぁ」

 さつまいもの産地である川越は江戸から約十三里離れており、江戸では焼きいもの店で「九里(栗)よりうまい十三里」とシャレた宣伝をされている。

「んじゃあ、俺も食うかな」

 アナゴを揚げたものを食べていた梅次郎だが、薩摩芋の天ぷらも頼んで食べてみた。

「おお、こりゃあ美味いな。甘い」
「なんだ音八つぁんも梅も。芋ばかり食ってっと屁が出るぜ」

 といいつつ海老の天ぷらを食べていた小吉の目も薩摩芋の天ぷらに吸い寄せられている。

「仕方ねぇな。美味いもの食って英気を養うのも仕事のうちだからな」

 言い訳をすると、小吉も代金を払って薩摩芋の天ぷらを口にした。

「おお、こりゃあうめぇじゃねぇか! こんなうまい薩摩芋は初めて食べたぜ!」
「へへ、あっしの故郷は川越近くの三富新田さんとめしんでんってところでしてね。富の芋っていういい薩摩芋がとれるんでさぁ。焼き芋屋もやることも考えたんですが、あっしは天ぷらも好きで、それで薩摩芋の天ぷらを売ることにしたんでさぁ」
「梅。今の話忘れるんじゃねぇぞ。あとで文章にまとめて由蔵に売っておけ。どうせほっつき歩いてんなら食べ歩きもして美味いものの番付を作れるくらいになれ」

 江戸時代には、それぞれの名物をまとめた番付表がよく作られた。
 現在の相撲番付と同じような形式が多く、大関や前頭の欄に店名や物品名などが並ぶ。
 なお、川越のさつまいもは諸国名物番付「天保時代名物競」にも「川越 薩摩芋」で載っている。

「せっかくそこら中をほっつき歩いてるんだから銭になることはなんでもやっておけよ。江戸の町はいくらでも商売の種が落っこちてんだからな」

 またしても小吉から生計を立てる道を教えられる梅次郎である。

「ふふふ、たくましいねぇ。まあ、わたしも芸者として身を立てているから銭を稼ぐ大変さはわかってるつもりさ。梅の字、がんばんなよ」

 旗本や御家人のような武士ではなく、商人でも職人でもなく、農民でもない。
 稼業がないということは自由である半面、常に不安定だ。

(……親父も戯作者になる前は古本屋をやったり講釈師をやったりしてたみてぇだが……俺もなんでもやんなきゃなんねぇのか……)

 できれば剣だけで身を立ててゆきたい。
 しかし、人は理想だけでは生きてゆけない。

(まぁ、いろいろと生計を立てる方便を持っておかねぇとな)

 いつも刀剣の目利きや加持祈祷の依頼があるわけではない。
 複数の収入源がないと、梅次郎のような浮き草稼業は成り立たないのだ。

(浮き世は憂き世たぁ、よく言ったもんだぜ)

 しみじみと思いながら、さつまいもの天ぷらを食べ終える梅次郎であった。
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