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【第三章「浮き世と憂き世」】

二十五 本由~御成道の達磨~

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※ ※ ※

 一度、長屋に帰って用意をするべく舟で柳橋に戻った梅次郎は、外神田筋違御門すじかいごもん前の八ッ小路(現在の秋葉原万世橋付近)あたりまでやってきた。

「おいこら! 梅! てめぇどこほっつき歩いてやがったんだ!」

 そこで不意に、人混みの中から出てきた小吉に怒鳴られた。

「勝様!? あ、いえ、ちょっと野暮用で!」
「野暮用だぁ!?」

 まさかこのあたりで小吉に出くわすとは思わなかったので、梅次郎は驚いた。

「勝さん、ここはわたしの顔に免じて許してやってくださんせ。わたしの怪我の治療でつきそってもらっていただけだからさ」

 一緒に歩いていた音八がすかさず仲裁に入る。
 迷うことなく嘘をつけるのはさすが客あしらいに慣れた芸者だ。
 なお、音八は小吉と面識があり梅次郎たちの市中見回りのことは以前から知っている。

「おおっ、こりゃあ音八つぁんか。すまねぇ大きい声を出しちまって。ただ、まぁ、ちいとまずいことになってな」

 梅次郎は通りの隅に移動して、あらためて小吉に尋ねた。

「……勝様。まさか、また辻斬りが」
「ああ。柳原土手ンとこの神田川から夜鷹の死体がふたつ上がったって話だったが今回は短刀でやられた跡がありやがった」
「短刀で?」
「そうだ。これまでの刀傷とは明らかに違うぜ。手口を変えたのか仲間が増えたのか真似した馬鹿が出やがったのか……どっちにしろ面倒なことになったぜ」

 これまでの事件は深川だったので、そのあたりに絞って探索すればよかった。
 しかし、神田までとなると範囲が広がりすぎる。

「与力や同心も動いてるんだが、どいつもこいつもウスノロだからな。斬りあいになったら手に負えねぇだろ」

 しかし、だからこそ、小吉や梅次郎のような剣客に活躍の場があるとも言える。

「皮肉なものだぜ。まあ情けねぇ侍ばかりだから俺のような不良侍やおめえのような剣術バカにも仕事が回ってくる」

 今回の連続辻斬りは与力や同心の手に負えるものではない。
 十手なんかで戦おうとすれば、手酷い反撃にあうことは目に見えている。
 というより、殺されるのがオチだろう。

「本当は腕の立つ剣客でも集めて組でも作れればいいんだろうがなぁ」

 のちに新選組や新徴組など京都や江戸の治安維持のための組ができるが、それは幕末の風雲を待たねばならない。

「……まあ、今は俺らでやれることをやるしかねぇやな! ってわけで噂話を集めにゃあならねぇ。梅、おめぇ、本由ほんよしのことは知ってるか? 御成道の達磨ってあだ名されてるやつさ」
「本由……御成道の達磨? 誰ですかい、そりゃあ」
「なんだこんな近くに住んでて知らねぇのか。本由ってのは古本屋の由蔵のことだ。江戸はもちろん諸国のあらゆる噂話を日々書き留めてるとんでもねぇ物好きさ。俺らの稼業は噂話を集めるのが大事だぜ。ほら、ついてこい、こっちだ、こっち!」

 小吉に案内されて御成道に行くと、筵の上に山のように書物や半紙を積んだ露店古本屋があった。
 店主と見られる達磨のようにでっぷりと太った男は一心不乱に筆を走らせ半紙になにごとか書き続けている。
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