25 / 48
【第三章「浮き世と憂き世」】
二十五 本由~御成道の達磨~
しおりを挟む
※ ※ ※
一度、長屋に帰って用意をするべく舟で柳橋に戻った梅次郎は、外神田筋違御門前の八ッ小路(現在の秋葉原万世橋付近)あたりまでやってきた。
「おいこら! 梅! てめぇどこほっつき歩いてやがったんだ!」
そこで不意に、人混みの中から出てきた小吉に怒鳴られた。
「勝様!? あ、いえ、ちょっと野暮用で!」
「野暮用だぁ!?」
まさかこのあたりで小吉に出くわすとは思わなかったので、梅次郎は驚いた。
「勝さん、ここはわたしの顔に免じて許してやってくださんせ。わたしの怪我の治療でつきそってもらっていただけだからさ」
一緒に歩いていた音八がすかさず仲裁に入る。
迷うことなく嘘をつけるのはさすが客あしらいに慣れた芸者だ。
なお、音八は小吉と面識があり梅次郎たちの市中見回りのことは以前から知っている。
「おおっ、こりゃあ音八つぁんか。すまねぇ大きい声を出しちまって。ただ、まぁ、ちいとまずいことになってな」
梅次郎は通りの隅に移動して、あらためて小吉に尋ねた。
「……勝様。まさか、また辻斬りが」
「ああ。柳原土手ンとこの神田川から夜鷹の死体がふたつ上がったって話だったが今回は短刀でやられた跡がありやがった」
「短刀で?」
「そうだ。これまでの刀傷とは明らかに違うぜ。手口を変えたのか仲間が増えたのか真似した馬鹿が出やがったのか……どっちにしろ面倒なことになったぜ」
これまでの事件は深川だったので、そのあたりに絞って探索すればよかった。
しかし、神田までとなると範囲が広がりすぎる。
「与力や同心も動いてるんだが、どいつもこいつもウスノロだからな。斬りあいになったら手に負えねぇだろ」
しかし、だからこそ、小吉や梅次郎のような剣客に活躍の場があるとも言える。
「皮肉なものだぜ。まあ情けねぇ侍ばかりだから俺のような不良侍やおめえのような剣術バカにも仕事が回ってくる」
今回の連続辻斬りは与力や同心の手に負えるものではない。
十手なんかで戦おうとすれば、手酷い反撃にあうことは目に見えている。
というより、殺されるのがオチだろう。
「本当は腕の立つ剣客でも集めて組でも作れればいいんだろうがなぁ」
のちに新選組や新徴組など京都や江戸の治安維持のための組ができるが、それは幕末の風雲を待たねばならない。
「……まあ、今は俺らでやれることをやるしかねぇやな! ってわけで噂話を集めにゃあならねぇ。梅、おめぇ、本由のことは知ってるか? 御成道の達磨ってあだ名されてるやつさ」
「本由……御成道の達磨? 誰ですかい、そりゃあ」
「なんだこんな近くに住んでて知らねぇのか。本由ってのは古本屋の由蔵のことだ。江戸はもちろん諸国のあらゆる噂話を日々書き留めてるとんでもねぇ物好きさ。俺らの稼業は噂話を集めるのが大事だぜ。ほら、ついてこい、こっちだ、こっち!」
小吉に案内されて御成道に行くと、筵の上に山のように書物や半紙を積んだ露店古本屋があった。
店主と見られる達磨のようにでっぷりと太った男は一心不乱に筆を走らせ半紙になにごとか書き続けている。
一度、長屋に帰って用意をするべく舟で柳橋に戻った梅次郎は、外神田筋違御門前の八ッ小路(現在の秋葉原万世橋付近)あたりまでやってきた。
「おいこら! 梅! てめぇどこほっつき歩いてやがったんだ!」
そこで不意に、人混みの中から出てきた小吉に怒鳴られた。
「勝様!? あ、いえ、ちょっと野暮用で!」
「野暮用だぁ!?」
まさかこのあたりで小吉に出くわすとは思わなかったので、梅次郎は驚いた。
「勝さん、ここはわたしの顔に免じて許してやってくださんせ。わたしの怪我の治療でつきそってもらっていただけだからさ」
一緒に歩いていた音八がすかさず仲裁に入る。
迷うことなく嘘をつけるのはさすが客あしらいに慣れた芸者だ。
なお、音八は小吉と面識があり梅次郎たちの市中見回りのことは以前から知っている。
「おおっ、こりゃあ音八つぁんか。すまねぇ大きい声を出しちまって。ただ、まぁ、ちいとまずいことになってな」
梅次郎は通りの隅に移動して、あらためて小吉に尋ねた。
「……勝様。まさか、また辻斬りが」
「ああ。柳原土手ンとこの神田川から夜鷹の死体がふたつ上がったって話だったが今回は短刀でやられた跡がありやがった」
「短刀で?」
「そうだ。これまでの刀傷とは明らかに違うぜ。手口を変えたのか仲間が増えたのか真似した馬鹿が出やがったのか……どっちにしろ面倒なことになったぜ」
これまでの事件は深川だったので、そのあたりに絞って探索すればよかった。
しかし、神田までとなると範囲が広がりすぎる。
「与力や同心も動いてるんだが、どいつもこいつもウスノロだからな。斬りあいになったら手に負えねぇだろ」
しかし、だからこそ、小吉や梅次郎のような剣客に活躍の場があるとも言える。
「皮肉なものだぜ。まあ情けねぇ侍ばかりだから俺のような不良侍やおめえのような剣術バカにも仕事が回ってくる」
今回の連続辻斬りは与力や同心の手に負えるものではない。
十手なんかで戦おうとすれば、手酷い反撃にあうことは目に見えている。
というより、殺されるのがオチだろう。
「本当は腕の立つ剣客でも集めて組でも作れればいいんだろうがなぁ」
のちに新選組や新徴組など京都や江戸の治安維持のための組ができるが、それは幕末の風雲を待たねばならない。
「……まあ、今は俺らでやれることをやるしかねぇやな! ってわけで噂話を集めにゃあならねぇ。梅、おめぇ、本由のことは知ってるか? 御成道の達磨ってあだ名されてるやつさ」
「本由……御成道の達磨? 誰ですかい、そりゃあ」
「なんだこんな近くに住んでて知らねぇのか。本由ってのは古本屋の由蔵のことだ。江戸はもちろん諸国のあらゆる噂話を日々書き留めてるとんでもねぇ物好きさ。俺らの稼業は噂話を集めるのが大事だぜ。ほら、ついてこい、こっちだ、こっち!」
小吉に案内されて御成道に行くと、筵の上に山のように書物や半紙を積んだ露店古本屋があった。
店主と見られる達磨のようにでっぷりと太った男は一心不乱に筆を走らせ半紙になにごとか書き続けている。
10
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
おぼろ月
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
「いずれ誰かに、身体をそうされるなら、初めては、貴方が良い。…教えて。男の人のすることを」貧しい武家に生まれた月子は、志を持って働く父と、病の母と弟妹の暮らしのために、身体を売る決意をした。
日照雨の主人公 逸の姉 月子の物語。
(ムーンライトノベルズ投稿版 https://novel18.syosetu.com/n3625s/)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる