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【第三章「浮き世と憂き世」】

二十三 女男女

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「……ったく、すっかりなぶり者にされちまったぜ……」
「今度から女男女と書いて嬲るって読めばいいんじゃないかい」
「オホホホ、音八さん上手いことを言いなますねぇ。わちきたちと梅さんの場合は女男女でありんすね」

 冗談をかわしあうふたりの肌はツヤツヤしている。

(俺を嬲って大満足ってところか。女ってやつぁ本当に恐ろしいぜ)

 口では絶対に勝てないうえに、くすぐりという奥の手まである。
 遊郭という女の園においては、男など無力そのものだ。遊ばれるほかない。

「……って、今日はなんのために集まったんだ? まさか俺を嬲って憂さを晴らすためだけじゃねぇよな……」

 梅次郎はゲッソリしながら尋ねた。

「それも目的だけど、ほかにも話さないといけないことはあったね」
「文に書いてあった侍のことでありんすね」
「そうそう。なんとかわたしはほかの芸者を守り通せたけどさ。料理屋に押し入ってくるようなとんでもない奴だから次はなにをしでかすかわかったものじゃないよ。もしかすると吉原にだって斬りこんでくるかもしれない」
「アレ、恐ろしいねぇ。そうなったら、わちきも花魁ごっこをしているわけにもいかないねぇ」
「料理屋に火をつけるような腐れ外道だからね。廓内でも火の用心をしておいたほうがいいよ」

 吉原もこれまでに何度も火事が起こっている。
 何度も全焼しては、そのたびに再建してきた。
 なお、再建中は仮宅かりたくと呼ばれる臨時の営業場所が設けられることになる。

「わかりんした。若い者やほかの見世にも気をつけるよう言っておきいす」

 とはいっても、吉原は狭いようで広い。
 というよりは、二階建ての建物が密集しているので火事になると厄介だった。

(……入る場所は正式な出入り口である大門のほかはお歯黒ドブに作られた跳ね橋に限られてるが……中に入りこまれたらひとたまりもねぇ)

 襲撃者はいつでも自由に攻めるときも場所も決めることができる。
 守る側は、どうしても後手に回らざるをえない。

「……人が足らねぇな」

 与力と同心は本来の仕事で忙しく、岡っ引きもそれぞれの管轄がある。
 昨日の料理屋放火の件によって火付け盗賊改は動くだろうが、本格的な調べが始まるまで時間がかかるだろう。

「志信屋の人員を増やしいす。ふだんは江戸の町中にいる伊賀者を小間物屋などに扮してさりげなく警戒させれば怪しまれることもないと思いいすよ」
「ああ、頼むぜ。夜鷹、芸者と来たら、次は花魁な気がしてならねぇ」
「アレ、物騒な。わちきの命が危うくなったら梅さんは守っておくれでありんすか?」
「近くにいたらな」
「なら、近くにいておくんなんし。梅さんがよければ何日でもいつづけてほしいと思っていすよ。ほんにそう思ってるでありんす」

 心細そうな表情で、玉糸は梅次郎の袖を引いた。
 ちなみに遊郭用語で「いつづけ」とは遊んだ翌日も家に帰らず見世に滞在することをいう。

「いつづけたら金がいくらあっても足らねぇな。……まあ、冗談はおいておいて深川の次に狙われるのは吉原かもしれねぇから、しっかり守るつもりだ。勝様に深川は任せる」

 小吉が「また師匠をこき使いやがって」と毒づくさまが思い浮かぶようだ。 
 だが、小吉に吉原を担当させたら昔を思い出して豪遊してしまう恐れがある。

(勝様がまた若い頃のように遊びほうけるようだと勝家の皆様に申し訳が立たねぇしな)

 特に将来を嘱望されている麟太郎に迷惑をかけるわけにはいかない。

「わたしも静養がてら志信屋にお世話になってもいいかい。深川の狭い長屋に引っこんでても気が塞いできちまうしねぇ」
「もちろん大歓迎でありんすよ。音八さんとわちきで思うさま梅さんを嬲れると思うと楽しくなるねぇ」
「勘弁してくれ……」

 げんなりしながら梅次郎は声を振り絞った。
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