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【第三章「浮き世と憂き世」】
二十二 極楽地獄~花魁の必殺技~
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「さて、それじゃ大人だけになったところで真面目に色の話でも始めようかねぇ。梅の字はわたしと玉糸さん、どっちのことが好きなのさ」
「アレ、音八さん、今日はそういう趣向で攻めなんすか? ウフフ、面白いねぇ。梅さん、わちきと音八さんどっちが好きなのか教えておくんなんし」
音八は微笑みながら尋ね、玉糸は梅次郎に寄り添って膝の上を指で円を描くように撫で始めた。
「ちょ、ちょっと待て。どういう風の吹き回しだ」
「どうもこうもないねぇ。昨日火事場で助けられて、すっかりわたしは梅の字に惚れたのさ」
「文で知らせておくんなんしたから、そのことはわちきも知っておりいす。でも、それとこれとは別でありんす。先に梅さんに惚れたのはわちきでありんす。梅さんを渡すことは無理でありんすよ」
梅次郎を挟んで女たちは視線で火花を散らしていた。
(……女と女の意地の張りあいって、親父の書いた人情本じゃあるめぇし)
芸者と花魁に惚れられるというのは人情本読者が憧れる状況だが、自分がそれを味わうことになるとは思いもしなかった。
(……ったく、女なんて面倒なだけだぜ……)
純粋な剣客である梅次郎にとっては、遊郭よりも道場のほうが気楽だ。
竹刀でぶっ叩かれていたほうが気持ちいい。
「また梅の字は心ここにあらずって顔をして」
「アレ、憎いねぇ梅さんったら。わちきたちがこんなに本気だっていうのに。それじゃあ少し苦しんでもらいいいすよ。音八さん、梅さんを懲らしめるでありんす」
「合点さ」
女たちは瞳で合図をしあい、両手を開いてワキワキさせる。
「な、なんだ、俺になにをする気だ」
「覚悟しなよ」
「ウフフ、わちきたちに恥をかかせた罰でありんす」
玉糸と音八は左右から梅次郎に取りつき――くすぐり始めた。
「ちょ、なにする、やめろっ、はは、ははははっ! なんだこりゃあ、異様にくすぐってぇ!」
「ホラホラ、真面目くさってないでたまには笑いなよ梅の字!」
「遊女の手練手管の中にくすぐりの技がありんすよ。そこらのくすぐりとは伝統も格式も違うでありんす!」
そう言うだけあって、これまでに味わったことのないくすぐったさだ。
「ぎゃはははははは! ちょ、やめっ、やめろっ、ひゃはははははっ! あはははははははは!」
「やめろと言われてやめる芸者はいないねぇ!」
「極楽と地獄を同時に味わうのはどうでありんすか?」
縦横無尽に動き回る二十の指によって、梅次郎はひたすら悶絶させられてしまう。
(こりゃあこれまでの剣術の稽古と比べても最上位の苦しみだぜ!)
天にも昇るような気持ちで地獄へ堕ちる――。
まさに吉原という場所を表すような技だった。
「ひぃひぃ! もう勘弁してくれ! ぎゃはははははははははははははははは!」
息も絶え絶えで満面の笑みになるという稀有な体験をしながら、梅次郎は許しを乞うた。
なお、実際の吉原遊廓でも遊女への拷問としてくすぐり責めがあった。
「情けないねぇ梅の次。でも、少しはこちらの気も済んだってものさ」
「フフフ、わちきも思うさま梅さんを攻めることができて楽しかったでありんすよ」
江戸の町において芸者と遊女ほど恐ろしい者はいない。
そのことを身をもって思い知らされる梅次郎であった――。
「アレ、音八さん、今日はそういう趣向で攻めなんすか? ウフフ、面白いねぇ。梅さん、わちきと音八さんどっちが好きなのか教えておくんなんし」
音八は微笑みながら尋ね、玉糸は梅次郎に寄り添って膝の上を指で円を描くように撫で始めた。
「ちょ、ちょっと待て。どういう風の吹き回しだ」
「どうもこうもないねぇ。昨日火事場で助けられて、すっかりわたしは梅の字に惚れたのさ」
「文で知らせておくんなんしたから、そのことはわちきも知っておりいす。でも、それとこれとは別でありんす。先に梅さんに惚れたのはわちきでありんす。梅さんを渡すことは無理でありんすよ」
梅次郎を挟んで女たちは視線で火花を散らしていた。
(……女と女の意地の張りあいって、親父の書いた人情本じゃあるめぇし)
芸者と花魁に惚れられるというのは人情本読者が憧れる状況だが、自分がそれを味わうことになるとは思いもしなかった。
(……ったく、女なんて面倒なだけだぜ……)
純粋な剣客である梅次郎にとっては、遊郭よりも道場のほうが気楽だ。
竹刀でぶっ叩かれていたほうが気持ちいい。
「また梅の字は心ここにあらずって顔をして」
「アレ、憎いねぇ梅さんったら。わちきたちがこんなに本気だっていうのに。それじゃあ少し苦しんでもらいいいすよ。音八さん、梅さんを懲らしめるでありんす」
「合点さ」
女たちは瞳で合図をしあい、両手を開いてワキワキさせる。
「な、なんだ、俺になにをする気だ」
「覚悟しなよ」
「ウフフ、わちきたちに恥をかかせた罰でありんす」
玉糸と音八は左右から梅次郎に取りつき――くすぐり始めた。
「ちょ、なにする、やめろっ、はは、ははははっ! なんだこりゃあ、異様にくすぐってぇ!」
「ホラホラ、真面目くさってないでたまには笑いなよ梅の字!」
「遊女の手練手管の中にくすぐりの技がありんすよ。そこらのくすぐりとは伝統も格式も違うでありんす!」
そう言うだけあって、これまでに味わったことのないくすぐったさだ。
「ぎゃはははははは! ちょ、やめっ、やめろっ、ひゃはははははっ! あはははははははは!」
「やめろと言われてやめる芸者はいないねぇ!」
「極楽と地獄を同時に味わうのはどうでありんすか?」
縦横無尽に動き回る二十の指によって、梅次郎はひたすら悶絶させられてしまう。
(こりゃあこれまでの剣術の稽古と比べても最上位の苦しみだぜ!)
天にも昇るような気持ちで地獄へ堕ちる――。
まさに吉原という場所を表すような技だった。
「ひぃひぃ! もう勘弁してくれ! ぎゃはははははははははははははははは!」
息も絶え絶えで満面の笑みになるという稀有な体験をしながら、梅次郎は許しを乞うた。
なお、実際の吉原遊廓でも遊女への拷問としてくすぐり責めがあった。
「情けないねぇ梅の次。でも、少しはこちらの気も済んだってものさ」
「フフフ、わちきも思うさま梅さんを攻めることができて楽しかったでありんすよ」
江戸の町において芸者と遊女ほど恐ろしい者はいない。
そのことを身をもって思い知らされる梅次郎であった――。
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