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【第二章「闇と炎」】
十六 炎上~一か八か~
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あたりには料理屋の者や近所の人や命知らずの男たちが水を桶で勢いよくぶちまけている。
火消しはやはりまだ到着していない。
そして、避難してきたと思われる羽織芸者の姿も確認できた。
「まだ中に音八姐さんが!」
若い芸者が周りの者がとめるのを振り切って屋内に入ろうとする。
「音八がいんのか!?」
梅次郎は掴みかからんばかりの勢いで若い芸者に尋ねた。
「え、ええっ! 座敷に押し入ってきた頭巾をかぶった変な侍からわたしたちを守ってくれて、それで――」
(まさか、あの辻斬りか!? しかし、なんで音八を――って、今は余計なことを考えてる暇なんかねぇ!)
梅次郎は傍らにあった水の入った桶を手にとると、勢いよく頭からかぶった。
「音八は俺が助けらぁ!」
濡れた梅次郎は、燃え盛る料理屋に突入した。
周りの若い者たちが踏みこめなかっただけあって火勢は強い。
(一階から燃やしやがったのか!?)
そう思えるぐらい室内は火の海だった。
それでも二階に繋がる階段はかろうじて生きている。
(運は尽きてねぇぞ、音八!)
梅次郎は一目散に階段に向かい、全速力で駆け上がる。
最初の二、三段目は踏んだ途端に崩れ始めたが――どうにか昇りきることができた。
二階は……煙が充満している。
(ちっ、こいつぁ厳しいぜ!)
音八に呼びかけようとしたが、ここで迂闊に呼吸をすると死に至ることは火事と喧嘩が華の江戸に住む梅次郎はよく知っている。
(一か八か! こっちだ!)
行動できる時間は極めて限られている。
梅次郎は這うように身を低くすると、一直線に奥の間へ向かった。
迷う暇などない。完全に運任せだ。
(どうだ!?)
駆け抜けた先――窓の近くに、うずくまっている羽織姿が見えた。
(音八!)
はたして、それは音八だった。
気を失っているのか、目を瞑ってうつ伏せに倒れている。
傍らには抜き身の脇差が落ちている。
(脇差でほかの芸者を守ったのか? 辻斬りの野郎はいねぇようだが――窓から逃げやがったか)
一階に火を放ったあとに二階の座敷に踏みこみ、音八と斬りあい、そして窓から隣家の屋根を伝って逃げた――と考えるのが妥当だろう。もうそちらも炎に覆われている。
(こうなったら音八を背負って飛び降りるしかねぇ)
梅次郎は音八を背負うと窓に足をかける。
一階からの煙で地上はまったく見えない。
(踏みこむしかねぇんだ!)
窮地に陥ったとき、足をとめたら終わりだ。
剣術でも、人生でも、踏み出す勇気だけが道を切り開く。
梅次郎は音八を落とさないことだけを考えながら、飛び降りた。
一瞬の浮遊感。
落下――。
遅れて、両脚が壊れるかと思うようなすさまじい衝撃。
(……大丈夫だったか?)
着地点はしっかりした地面であり、運よく瓦礫などはなかった。
おかげで、衝撃を完全に両脚で吸収することができた。
(……俺ひとりだったら着地とともに転がって衝撃を逃がすところだったが……音八を守らねぇとな)
普通なら骨が折れてもおかしくないが、鍛え抜かれた梅次郎の両脚は人間ふたりぶんの落下衝撃を見事に耐えきっていた。
「……音八、おめぇが軽くて助かったぜ」
「……う、うう……」
「気がついたか?」
「……う、梅の字かい? あ、あれ……わたし、どうして……いつつっ!」
「大丈夫か? 待ってろ、すぐに医者に見てもらうから」
梅次郎は音八を背負ったまま、表通りのほうへ移動した。
「姐さんっ!」
芸者たちが駆け寄ってくる。
「こっから一番近い医者を教えてくれ。怪我をしているみてぇだ」
「へ、へい! それならこっちでさぁ!」
料理屋の若い者に案内されて、梅次郎は医者のもとへ向かった。
火消しはやはりまだ到着していない。
そして、避難してきたと思われる羽織芸者の姿も確認できた。
「まだ中に音八姐さんが!」
若い芸者が周りの者がとめるのを振り切って屋内に入ろうとする。
「音八がいんのか!?」
梅次郎は掴みかからんばかりの勢いで若い芸者に尋ねた。
「え、ええっ! 座敷に押し入ってきた頭巾をかぶった変な侍からわたしたちを守ってくれて、それで――」
(まさか、あの辻斬りか!? しかし、なんで音八を――って、今は余計なことを考えてる暇なんかねぇ!)
梅次郎は傍らにあった水の入った桶を手にとると、勢いよく頭からかぶった。
「音八は俺が助けらぁ!」
濡れた梅次郎は、燃え盛る料理屋に突入した。
周りの若い者たちが踏みこめなかっただけあって火勢は強い。
(一階から燃やしやがったのか!?)
そう思えるぐらい室内は火の海だった。
それでも二階に繋がる階段はかろうじて生きている。
(運は尽きてねぇぞ、音八!)
梅次郎は一目散に階段に向かい、全速力で駆け上がる。
最初の二、三段目は踏んだ途端に崩れ始めたが――どうにか昇りきることができた。
二階は……煙が充満している。
(ちっ、こいつぁ厳しいぜ!)
音八に呼びかけようとしたが、ここで迂闊に呼吸をすると死に至ることは火事と喧嘩が華の江戸に住む梅次郎はよく知っている。
(一か八か! こっちだ!)
行動できる時間は極めて限られている。
梅次郎は這うように身を低くすると、一直線に奥の間へ向かった。
迷う暇などない。完全に運任せだ。
(どうだ!?)
駆け抜けた先――窓の近くに、うずくまっている羽織姿が見えた。
(音八!)
はたして、それは音八だった。
気を失っているのか、目を瞑ってうつ伏せに倒れている。
傍らには抜き身の脇差が落ちている。
(脇差でほかの芸者を守ったのか? 辻斬りの野郎はいねぇようだが――窓から逃げやがったか)
一階に火を放ったあとに二階の座敷に踏みこみ、音八と斬りあい、そして窓から隣家の屋根を伝って逃げた――と考えるのが妥当だろう。もうそちらも炎に覆われている。
(こうなったら音八を背負って飛び降りるしかねぇ)
梅次郎は音八を背負うと窓に足をかける。
一階からの煙で地上はまったく見えない。
(踏みこむしかねぇんだ!)
窮地に陥ったとき、足をとめたら終わりだ。
剣術でも、人生でも、踏み出す勇気だけが道を切り開く。
梅次郎は音八を落とさないことだけを考えながら、飛び降りた。
一瞬の浮遊感。
落下――。
遅れて、両脚が壊れるかと思うようなすさまじい衝撃。
(……大丈夫だったか?)
着地点はしっかりした地面であり、運よく瓦礫などはなかった。
おかげで、衝撃を完全に両脚で吸収することができた。
(……俺ひとりだったら着地とともに転がって衝撃を逃がすところだったが……音八を守らねぇとな)
普通なら骨が折れてもおかしくないが、鍛え抜かれた梅次郎の両脚は人間ふたりぶんの落下衝撃を見事に耐えきっていた。
「……音八、おめぇが軽くて助かったぜ」
「……う、うう……」
「気がついたか?」
「……う、梅の字かい? あ、あれ……わたし、どうして……いつつっ!」
「大丈夫か? 待ってろ、すぐに医者に見てもらうから」
梅次郎は音八を背負ったまま、表通りのほうへ移動した。
「姐さんっ!」
芸者たちが駆け寄ってくる。
「こっから一番近い医者を教えてくれ。怪我をしているみてぇだ」
「へ、へい! それならこっちでさぁ!」
料理屋の若い者に案内されて、梅次郎は医者のもとへ向かった。
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