春色人情梅之刀~吉原剣乱録~(しゅんしょくにんじょううめのかたな よしわらけんらんろく)

戯作屋喜兵衛

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【第二章「闇と炎」】

十五 江戸の火事~守るものがある奴ぁ逃げて、守るものがねぇ奴が立ち向かう~

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 さて、夜回りの時間である。
 梅次郎は今宵も深川界隈を歩いていた。

(まさか昨日の今日で辻斬りしようなんて思わねぇかもしれねぇが……)

 しかし、常人ではしないことをするような相手だ。
 なにを考えているのか推し量るだけ無駄とも言える。

(……まだ早いんだがな……どうも胸騒ぎがするぜ……)

 今は夜鷹が出る深夜帯ではなく、客が芸者をあげて大いに盛りあがっている時間だ。

(音八のやつぁ今夜は座敷があるって言ってたな)

 鰻屋を出たあとで梅次郎は長屋に戻って仮眠をとった。
 道の途中で別れた音八は「今夜はお座敷があるから存分に三味線の腕を見せてやらないとねぇ」と言っていた。

 どうも、気にかかる。

「……まさか本当に芸者を襲うなんてことはねぇよな?」

 これまでは執拗に夜鷹ばかりを狙っていた。

 しかし、梅次郎と遭遇して斬りあったことは向こうにとって誤算だったろう。
 そうなると、方針転換もありうるかもしれない。

(……女を殺すことが目的なら、俺が妨害するかもしれねぇ夜鷹を無理には狙わねぇか……?)

 あくまでも可能性を自問自答しただけだが、そう思い至ると胸騒ぎは大きくなるばかりだった。
 当然、今、脳裏にハッキリと浮かんでいるのは音八の顔だ。

「……ちっ、俺としたことが女の顔がチラつくようじゃ修行が足らねぇな」

 とは言いつつも、梅次郎の足はいつもの河岸や土手ではなく料理屋の並ぶ方角に向かっていた。

 深川の八幡(富岡八幡宮)まで来たところで、思いがけない事態に遭遇した。

「火事だぁーーーー!」

 耳を劈く悲鳴。
 濛々と上がる煙。
 赤々と噴き出す炎。
 叫びつつ逃げ惑う人々。

 二階建ての料理屋の並ぶ一角。
 そのうちのひとつが激しく燃えていた――。

(こんなときに火事だぁ!?)

 しかも、まだ火消しが駆けつけてない。

「ったく、最近の江戸の町はどうなってやがんでぇ!」

 悪態を吐きながらも、すでに梅次郎は火元に向けて駆けだしていた。
 通りは家財道具を背負ったり手に持ったりして逃げる者、逆に火を消そうと勇んで駆けつける者で入り乱れている。

(守るものがある奴ぁ逃げて、守るものがねぇ奴が立ち向かうか)

 総じて、富栄えている者は逃げ、貧しいものが己の男を見せるために火事に向かっている。

 こんなときに小吉の教えを思い出す。
 踏みこめ、攻めろ、というのは――つまり、失うものがない者の戦法だ。

「まあ、惜しむ命でもねぇのは確かだな!」

 父親である春水の顔を見たことはない。
 母親もすでに亡くなっている。

 小吉という師匠はいるが師弟関係というものはベタベタしたものではない。
 梅次郎が焼け死んだところで小吉は「ばかめ」と言って笑うくらいだろう。

(悲しむ者がいねぇというのは、なんとも言えねぇな)

 そこでふと音八と玉糸のことがよぎったが、頭を振って脳から追い出した。

「へっ、俺としたことが焼きが回ったか。火事場で洒落にならねぇ!」

 休みなく駆けているうちに火元になっている二階建ての料理屋に辿り着いた。
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