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【第一章「剣客と花魁と芸者と暴れん坊旗本」】
十二 鰻の深い味わいと深川で考える人生
しおりを挟む「まったく、できのわるい弟ができたようなものだねぇ。ほら、おかわりもしていいよ。わたしが出してあげるからたんと食べな」
「おいおい、子ども扱いするなよ。でも、まぁ、本当にこの店の鰻は美味いな。美味すぎるぜ!」
こうして音八と会話をする間にも、鰻の蒲焼とタレが適度についたご飯を次々と口に運んでいく。
上等の鰻は身が繊細である。ブヨブヨしていない。
それでいて、しなやかで柔らかい。
(まるで鍛えられた剣客のようだな)
この鰻は、自らエサを獲るために活発に動き回って生きてきたことがわかる。
恵まれた環境で楽してエサを獲っていた鰻は、どうしても脂が増えすぎてしまい食感がブヨブヨしてしまうのだ。
(……思えば、今の江戸の町の武士なんざぁ泰平の世で安穏と暮らしてエサを貪ってブヨブヨしてる鰻のようなものだな)
家柄というもので石高や食い扶持が決まっており、先祖から受け継いだ職務をとりあえず果たしていれば身分も収入も保証される。
(まぁでも町人は才覚次第で身代を大きくすることはできっからな。武士とは違う)
梅次郎の父である春水も、最初は小さな本屋や古本の売買(現代でいう『せどり』)をやっていたが、戯作者として徐々に成功していき『人情本一流の元祖』と名乗るほどになった。
水野忠邦が天保の改革で戯作者・為永春水を目の敵にしたのは人情本で風紀を乱したという面もあるだろうが、弟子を多数持つほど成功した春水への嫉妬もあるのではないかとも思える。
(……町人は自分の才覚でのしあがったり、ある程度自由に色恋をすることもができるが武士は身分の上下の中で窮屈に生きていやがるからな)
その鬱憤を体現したかのような人物が勝小吉であると言える。
あれだけの豪傑が小普請入りして職務につけないことが、幕府の大いなる矛盾であるとも思えた。
(勝様ともあろう御方が若い頃は職を得るために偉い役人の屋敷に日参したりしてたらしいからな)
ふだんは愚痴を言わない小吉だが、そのことについてはたまに憤りながら話すのだ。
幕臣として真っ当な職務につけなかったからこそ、小吉は刀の目利きや加持祈祷で生計を立てざるをえなかった。
剣の腕を磨いたところで、未だ泰平の眠りを貪る時代では役には立たない。
だから、おまえも目利きや加持祈祷や講釈をやれ、と小吉に言われたものだ。
なんでもいいから金を稼ぐ方法を身につけておけ、と。
「アレ、梅の字、考えごとかい? 婀娜な辰巳芸者を前にして鰻を食べながら考えごととは贅沢な身分だねぇ」
「おっと、すまねぇ。つい町人と武士の生き方の違いについて考えちまったぜ。人生至るところに師はあるものだな」
「梅の字は剣客のくせして変なところで学者だよねぇ。でも、そういうところが好きさ」
音八は感心したような表情をしている。まるで出来のいい弟を見るかのようだ。
その視線がくすぐったくなって、梅次郎はそっぽを向いた。
「そんなことはねぇがな」
「そんなことはあると思うよ。そういう思慮深いところがただの剣術馬鹿じゃないって感じでわたしは好きなんだけどね。……おっと、とにかく今は鰻を食べようか。冷めちまうよ」
音八も照れ隠しをするようにそっぽを向いた。
なんだか妙な空気になってしまった。
「あ、ああ。そうだな!」
梅次郎は再び箸を動かして鰻の蒲焼とご飯を口に運んでいく。
少し間が空いたことで逆にタレが沁みていた。
(できたてもいいが、時間を置くことで味わいが深くなるってやつだな)
あるいは人生だって、そうかもしれない。
急いで食べてしまったところで、次の空腹が早まるだけだ。
(夢や目標ってやつぁ、じっくりと叶えていくからいいものなのかもしれねぇな)
禅の境地に至りながら、梅次郎はじっくりと鰻を賞味していった。
(ああ、いいもんだな。これぞ英気が養われるってやつだ)
梅次郎は体中に力が満ちていくのを感じながら、鰻と大盛りのご飯を平らげる。
音八と食事をすることで、空腹のみならず心の栄養も摂取できたのだった。
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