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【第一章「剣客と花魁と芸者と暴れん坊旗本」】

三 女には秘密がつきものでありんす

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「それよりも夜鷹連続辻斬りのことさ。俺もところどころ見回ってみるが、客からもいろいろと話を聞いといてくれよ」
「アイ、それはもう。わちきの事件好きは廓の内外に知られておりいすからね。みんな嬉々として知ってることや噂話を聞かせてくれいすよ」

 玉糸が物騒な話が好きということは有名になっている。
 登楼するたびに諸所の瓦版を集めて持ってくる客もいるほどだった。

「江戸の町を自由に歩ける俺よりも、おまえのほうが事件の核心に辿りつくのが早いことが多いから困るぜ」
「オホホホホ。わちきのもとには多くの客が来なますからねえ。お殿様から大身の御旗本、大藩の留守居、大店の旦那さんまでよりどりみどりでありんす。それでもわちきが本当に好きなのは、梅さん、ぬしだけでありんすよ?」

 ニコニコしながら話したかと思えば、最後は流し目でこちらを見てくる。

「へん、世辞はいらねぇよ。こちとら色男でもなければ金もねぇ」
「いいえ、どうして。梅さんはなかなかの色男でありんすよ。少なくともわちきにとっては、とても好ましい顔の作りをしておりいす。ほら、こんなによくできていて」

 玉糸は妖術かと思うような身のこなしで間合いを詰め、こちらの頬を指でなぞってきた。

「ええい、やめねぇか。寒気がするぜ」
「ウフフフフ。梅さん、とてもかわいいでありんすよ。強がっていても女子をなごのことが怖いんでありんすねぇ。いくら剣の修行をしても、遊びの修行はからっきしでありんすから」
「そんなものにうつつを抜かすほど金もなければ暇もねえよ」

 なお、志信屋に登楼する金は花魁の懐から出ている。
 それには理由があった。

「ぬしの腕がたいそう立つと聞いて初めて手紙を出しなんしたときのことを思い出しいすねぇ。三度目で、ようやく来ておくれでありんした」
「絶対に人違いだと思ってたからな。しかも、小判までつけてよこすなんて気味が悪くって仕方なかったぜ」

 吉原とは無縁の生活を送ってきていた自分のもとへ芸者を介して手紙が来るだなんて、想像もできなかった。
 疑うのは当然である。

「わちきは江戸の町が好きでありんす。その平穏を乱すものは誰であろうと許すことはできいせん。そのためには稼いだ小判なんて惜しくありいせんよ」
「廓から出られねぇってのにずいぶんと肩入れするんだな。そういや聞いてなかったが、ここへ来る前は江戸の町に住んでたのかい?」
「オヤ、梅さん、ようやくわちきの身の上に興味を持っておくれでありんすか? 嬉しいでありんすよ」
「ええい、そんなんじゃねえよ。ただ気になっただけだ」

 ニコニコしながらこちらの手をとる玉糸から、梅次郎は顔を逸らした。
 さすがに手を振り払うまではできない。

「マア、その話はとてもできるものではないので堪忍しておくんなんし。女には秘密がつきものでありんすから」
「興味を持たせておいてそれはないぜ」
「……わちきの秘密をお知りになりなんしたら命が危なくなりいすから。これは梅さんのためでありんす」

 一転して、玉糸は真剣な表情になった。

(……どこまでが本当で冗談なのかわからねぇ。これが廓ってやつか)

 虚々実々入り交ざる吉原では、どこまでが事実なのかわからない。
 そもそもすべてが嘘で固められた楼閣なのかもしれない。

 川柳で「明の鐘両方うそのつき別れ」(川柳吉原志)といわれる場所なのだ。
 遊女も客も、どこまでが本当なのか定かならない。
 まるで戯作の中の登場人物のようなものだ。
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