女給志乃の謎解き奇譚

有馬 千博

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14.簡単じゃない

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 時宗の真剣さにやや慄きながらも、志乃は答える。

「男は顔を隠してたからはっきりとは見えなかったです。でも女の方は一瞬だけ顔が見えましま。口元にはほくろが特徴的で、耳を隠すように髪を結っていました」
「その人が落としたのは、秋桜の髪飾りか?」
「そうです。これで、少しは手掛かりになりますか」

 時宗は志乃が教えてくれた女の特徴が合致している女性を知っている。

 それもたった1人。

「惚れた男の人に袖にされた場合って、志乃さんならば、どうする?」
「諦めるしかないかと思います。相手に婚約者がいるなどの理由がありますから」
「それが恨みに変わることってある?」
「なくはない、ですね。相手の思い込みが強かったりしたらあるかもしれません」
「思い込み?」
「私の方がその女より相応しい、とか、かわいいとかでしょうか? 1回会っただけでそう思ったら怖いくらいですが」

 志乃は肩をすくめてから、立ち上がり冷蔵庫に向かった。
 首を回しながら、冷凍庫の中をじっくり見たかと思うと、もう1つプリンを取り出してくきた。
 よほどの甘いもの好きなのか、口元が緩んでいた。
 彼女の顔を見とれていたが、時宗はやるべきことを思い出し、志乃が見つけてくれた記憶の欠片を自分の頭の中で必死に整理する。

「怖いとしたら、その女がお金で誰かを雇って襲うことですよね。失敗したってわかれば、次はどうするのでしょうか?」
 
 プリンを一口食べながら志乃は時宗に問う。

「次?」
「自分のモノにしたい、とかでしたら、最悪殺しかねないかもしれません。死んでしまえば誰のモノにもならないから。そこまで度胸があるかわからないですが」
「どうしたら、それかどうかがわかる?」
「藤島さんを病院に連れていくためには、藤島さんを見つけなきゃいけないですよね。誰が藤島さんを見つけたのでしょうか?」
「もし、それが、思い込みがある女だったら」
「病院に運んでくれてありがとう。君は命の恩人だ、とか感謝しない限りはまた別の手を使うかもしれません」
「病院に行ってくる」

 志乃の想像が間違っていると時宗は確信が持てない。1つ1つ可能性をつぶさなくては安心もできない。
 時宗が慌てて靴を履いて志乃の部屋を出ようとしたところで、志乃が時宗の腕を掴んだ。

「離してくれないか?」

 細い腕に掴まれたが、時宗は志乃の腕を見ながら言う。

「思いつめた顔している人を放っておけないです。それに一人で行かせちゃいけない気がします」
「でも」
「私じゃ足手まといになるかもしれないですが、助けになるかもしれない。だから行きます」

 まっすぐ見てくる彼女の視線は、真摯なものだった。

 時宗は頭を下げてた。

「志乃さん……すまない」

 志乃の力が必要になるかもしれないと考えると、時宗は志乃の同行を許可するしかなかった。

 2人は志乃の集合住宅を出て、電話がある浪漫俱楽部まで走ることにした。夕方も遅くなってきているが浪漫俱楽部の店内は仄かに灯りがついていた。

「良かった、マスターが帰ってなくて」
「え?」
「たまに戻って、仕込みとかしているみたいなので」

 運が良い。ならばすぐに行動に移さないと、運が逃げるかもしれない。
 時宗と志乃が店に入ると、ちょうどマスターがエプロンを脱いでいるところだった。もしかしたら、もう少しで戸締まりするところだったのかもしれない。
 入店してきた2人をマスターは珍しそうに見る。

「おや。随分仲良くなられて」
「すみません、マスター。お電話を貸してください」

 時宗の切羽詰まった言い方に、マスターは首を傾げつつ、理由を聞くことなく時宗に電話を貸した。

 学生寮の電話番号で、寮長を呼び出す。電話はすぐに繋がった。寮長が不在だったが、代わりに久藤が電話越しに出る。久藤に道信と替わってほしいとお願いすると、久藤はすぐに道信と替わってくれた。

『よお、どうした?』

 いつもと変わらぬ道信の声に、時宗はとりあえず一安心した。

「なあ、倒れていたお前を助けたのは誰だ?」
『何を今更。それを知ってどうするんだ?』
「いいから」
『誰って、久留米香乃子さんだよ。お前も会ったことあるだろう?』

 白でも黒でもなかったものが、少しだけ黒くなる。だが決めつけることはできない。

『彼女、たまたま近くを歩いていたらしくて、変な男が出てきたから、出てきたところを見たら俺が倒れているのを見つけてくれたんだ。おかげですぐに病院に行けて良かったよ。さっきも心配で様子見に来てくれたみたいだし』

 道信が言っていることと、志乃が見た記憶が少しだけ食い違っている。どちらを信じるかと言えば、この場合は志乃になる。
 道信が話しているのではなく、香乃子から話を聞いた内容だからだ。

「彼女から何か貰ったか?」
『貰ってないさ。うっかり手ぶらで来たって言っていたし』
「そうか。とりあえず俺が戻るまで、部屋にいろよ」
『わかったよ、心配性な友よ』

 軽口をたたいて道信は電話を切った。

「ここからどうやって追い詰めれば良いんだ……」
「何か困ってますか?」

 志乃が時宗の様子を覗き込むように顔を見て来る。マスターは奥の部屋に行ったのか、カウンターや店内にはいない。

「多分犯人はわかった。でもここからどうすれば良いか」

 時宗が悩んでいることを理解したようで、志乃は腕を組んで少し考えてから言う。

「ひっかけるのはどうでしょうか?」
「え?」

 想像もしてなかった提案に、時宗ははっきりと瞬きを何回かした。
 横にいる志乃の顔は真剣そのもの。しかも勝算がありそうな感じだった。

「暴漢が上等な手ぬぐいを持っていたってことは、お金のやり取りはないはずです。自分のお金を持てるほど女学生でも裕福じゃないんですよね?」
「おそらく」

 この作戦はどのくらいの確率があるか。しかも相手を間違っていたら、叱責だけでは済まないかもしれない。
 時宗が悩んでいるのを見て、志乃ははっきりと断言する。

「大丈夫です」

 何故そんなに自信に溢れているのだろう。

 彼女はまっすぐ時宗を見ていた。彼女の力を利用したのは、他ならぬ時宗だ。間違っていたときは、自分が盾になれば良い。
 そう腹を決めると、時宗は志乃に問う。

「あとはどうやって呼び出すか」
「簡単かと思います。藤島さんに彼女を呼び出してもらえれば良いのではないでしょうか」
「相手の連絡先まではわからないかもしれないけど、そんな悠長なことしていて大丈夫か?」
「今日の今日で来たところを見ると、接点を急いで持ちたい可能性があるから、明日か明後日にはまた現れると思います。そうしたら、ここに来てお礼がしたいと言えば、絶対に来ると思います」

 志乃の言うことにも一理ある。
 慌てて動いては、相手を刺激するだけかもしれない。志乃と念入りに作戦を立ててから、時宗は慌てて最終バスに乗って帰った。

 延長申請は、日付が変わるまでだった。焦る気持ちを押さえながら、時宗は寮に駆け込む。
 玄関で久藤に時宗は鉢合わせたが、日付が変わる前に寮に戻れたことで、久藤からもお咎めなしと告げられた。

 ほっとした時宗が風呂を済ませて部屋に戻ると、道信は既に眠っていた。何も心配していなさそうな、間抜け面に時宗は軽く頬に拳を立ててから、布団に入る。

 明日の朝、授業に行く前に道信に志乃と立てた作戦の一部を話しておこうと決め、時宗は眠ることにした。
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