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1巻
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尻肉を両手で掴まれて、大きく開かれる。
きっと全部見えているに違いない。それがすごく恥ずかしいのに、体は燃えるように熱くなり、どんどん高まっていく。
「美嘉のココは、本当に俺が好きだよな」
「修ちゃんだって……好きでしょ……っ、んん!」
「ああ、好きだよ。何度しても足りないくらい好き」
お互いに今まで何人か付き合った人がいたものの、性体験をするのは初めてだった。
最初の頃は気持ちよいどころか痛かったけれど、だんだん彼に馴染むようになってきて、こうして快感を得られるまでになったのだ。
若さゆえの欲求は止まることを知らず、時間さえあれば愛し合うほど何度も求め合っている。
飽きることなく何度しても、もっと欲しくなるくらいお互いに溺れているのだから、どうしようもない。
「だから……いっぱい突かせて」
「ああぁっ……あっ、あん……っ。ん……はぁ……!」
腰を掴まれて、背後から突き上げられる。
そのたびにお尻がふるふると揺れて、全身に快感が弾けていった。シーツを掴む手に力をこめて必死で体勢を維持しようとしているのに、後ろからの衝動がすごいせいで崩れそうになる。
「美嘉、気持ちいい?」
「うん……っ、気持ちいい……っ、ああっ! 修ちゃん、は……?」
「ああ。気持ち、いいよ。すごく……」
修二は言葉が途切れるくらい呼吸を乱している。
どんな顔で感じているのか見たくて、私は体を捻り彼のほうに視線を向けた。けれど、すぐに顎を掴まれてキスで視界を阻まれる。
「う、ぁ……、っ……。んん……!」
苦しいほどのキス。
口内を本能のままにぐちゃぐちゃにされて、息がうまくできない。荒々しいそれに、全身に震えが走る。それさえも快楽として受け取った体が悦んだ。
上も下も修二でいっぱいにされて、頭がスパークしそう。
快感に溺れた私は酸欠状態になって、泣きそうになりながらも昇っていった。繋がったままビクビクと痙攣しているのに、ぴったりと密着した腰は離してもらえない。
上気した私の頬を撫でたあと、修二は悩ましげな表情で微笑んだ。
「どうしようもないほど可愛いな。そんなによかった?」
言葉が出なくて、こくんと頷く。
振動で涙が零れたようで、修二はその一筋の雫を拭ってから、私の体を反転させて正常位に移った。
いつも通りの体位に安心して、彼の首にぎゅっとしがみつく。
「修ちゃん……好き。離れたくない」
ずっと一緒にいたい。片時も離れたくないくらい好き。帰らないといけないって分かっているのに離れられなくなる。
いや、離れなければならないと分かっているからこそ、激しく求めるのだ。あと少し、あと少しと欲張りになる。
「俺も。ねぇ……美嘉。結婚しよう」
「え……?」
「今まで何度か結婚しようなって話はしていたけど……俺、最近本気で考えているんだ。美嘉と夫婦になれたらいいのにって」
突然の話で驚いたものの、大好きな人に結婚したいと望まれているのは、これ以上ない幸せなことだ。
恋愛の先に結婚があって、修二とならずっと一緒にいたいと思える。
付き合ってもうすぐ十ヵ月。喧嘩もたまにはあるけれど、一緒にいてこんなにも心地いい人はいない。
これからも一緒にいるのなら、彼の言う通り結婚するべきだ。
「まだまだ未熟だけど……俺と結婚してほしい。一生大切にするから」
この場だけの言葉じゃなくて、真剣なのだという思いが伝わってくる。
未成年だし、学生だし、子どもがデキてしまったわけでもない。
周囲から反対されることは容易に想像がつくものの、それらを全部跳ね除けて結婚したい。
「する! 私も修ちゃんと結婚したい!」
幸せいっぱいの笑顔で彼を見つめたあと、今までで一番熱い抱擁を交わす。
最高潮に盛り上がった私たちは、その後もたっぷりと愛を確かめ合って、門限を大幅に過ぎてしまい、結果、私はお父さんに大目玉を食うことになったのだった。
――そしてその約一ヵ月後。私たちが結婚した日。
零時ちょうどに提出したいよねということで、私たちは腕時計で時間を確認しながら、日付が変わるのと同時に婚姻届を提出した。
少し迷惑そうな役所の人の態度も気にならない。私たちは婚姻届受理証明書をもらって、これで夫婦になれたのだと不思議な気持ちになった。
「こんなあっけない感じで夫婦になるんだね」
「まだ実感ないよな」
だけど私は、今日から不破美嘉になった。
住民票や戸籍の名前は変わっているだろうし、滞りなく手続きを済ませたので、正式に修二の妻と認められたのだ。
「まさか本当に結婚しちゃうなんてね」
「そうだな。勢いって大事だな」
両親に話した時は、絶対にダメだと大反対されたけれど、二人で説得して、何度も話し合いを重ねてやっと許可をもらった。
「悪いけど、絶対離婚しないからな」
「もちろん。私だって離婚するつもりないよ」
結婚指輪をした手を差し出すと、彼がぎゅっと強く握り返してくれる。それが嬉しくて、顔が勝手ににやけてしまう。
「生まれ変わっても夫婦だからね」
「おう、当たり前だ」
今日の私たち、世界で一番幸せなんじゃない?
最強な二人の気がして何でもできる気分になる。どんなことも乗り越えていける自信があった。輝かしい未来しか想像していなかった。
そんな日々が長く続かないとは知らずに――
ばちっと勢いよく目を開く。
見慣れた天井、壁、窓。一通りぐるりと周囲を見回して、私は未華子の日常に戻っていることに気がついた。
――夢、か。
やけにリアルな夢だった。
のそのそと起き上がり、枕元に置いていたスマホを手に取る。まだ目覚ましが鳴る少し前の時刻だった。もう少し眠れる余裕はあるけれど、二度寝をしたら起きられなくなりそうだ。このまま起きていようと決める。
そして、はぁっと大きくため息をついた。
――美嘉時代の修二との思い出を夢で見るなんて……。しかもエッチしていたじゃないの。ああ、もう。
思い出したら悶々としてしまう。
修二にプロポーズをしてから、今日で二週間が経過していた。
変わらない日常、忙しい毎日。彼の秘書として様々な雑務をこなしつつ、彼の身の回りの世話をする。
取引先への連絡、車の手配、取引先の関係者の葬式に代理参列するなど。あらゆる仕事に全力で勤しむのは、全て大好きな修二のため。
未華子として一緒にいられなかった時間を埋めるように、仕事の時間を共有している。
――本当はプライベートの時間を一緒に過ごしたいのに……
二週間の間、何もアクションを起こさなかったわけじゃないのだ。
エレベーターの中で二人きりになってそっと近づいてみた時は、避けられることなく距離が縮まった。
けれど、これは脈アリなんじゃないかと仕事のあとに食事に行こうと誘おうとしたところで、他の階の人が乗り込んできて、終了。
その後もタイミング合わず、結局誘えなかった。
めげない私は、一緒に食事に行けないのなら、と手作りのお弁当を渡すことにする。以前なら絶対に受け取らなかっただろうけれど、美嘉の手料理だと念押しして受け取ってもらった。しかし、一緒に食べてはくれなかった……
前から比べると二人の距離は近づいている。進歩していると思うものの、これ以上を望むのは、欲張りなのかもしれない。
でもどんなに欲張っても、手に入れなければならないものがあるのだ。そうじゃなきゃ、私がここに戻ってきた意味がない。
黎創商事の管理職たちのいるフロア。専務のデスクの傍に寄り、私は修二にコーヒーと企画書を差し出しつつ、内心の闘志を隠して話しかけた。
「不破専務、こちら、新プロジェクトのコンペの企画書です。戦略企画部から回ってまいりましたので、ご一読お願いします」
「あ、ありがとう……」
いつも通りの行動なのに、修二は動揺しているような返事をする。私は、どうしたのかと、不思議に思った。
「いかがされました?」
「いや……」
そうは言うものの、明らかに態度がおかしい。普段はもっとクールなのに、どこか落ち着きがなかった。
「あの……この、香りは……?」
「え?」
「君から、いい香りがしたから……」
コーヒーの香りのことを言っているのかと思いきや、そうではなさそうだ。どうやら私のつけている香りのことを差しているらしい。
「あ、これですか? いい香りですよね。二十五年前の復刻版が限定で発売されていたので、この前買ったんです」
――昔、美嘉が愛用していた香水と同じ香りだって、もしかして気づいてくれた?
そんな些細なことに気がついてくれたのが嬉しくて、仕事中にもかかわらずつい饒舌になってしまう。
「仕事中に香水をつけるとわずらわしく感じられるかもしれないと思って、今回はボディクリームにしたんです。そこまできつい香りではないはずですが……もしかして、臭かったですか?」
「いいや、臭くはない。むしろ……」
そこまで言ったあと、彼は口を噤んだ。
ほのかに赤く染まるその顔を見て、私も頬を火照らせる。
「むしろ、何でしょうか……。その先を聞かせてください」
仕事中であることを忘れて、修二に近づいていく。執務机を回り込んで、彼との距離を縮めた。
「私が昔つけていた香水だから、ドキドキしてくれました?」
何も返事してくれない修二に詰め寄り、椅子に座った彼の膝の上に腰を下ろす。
「こら……っ、齋藤さん」
就業中に何をするつもりだと慌てる彼を無視して、その状態で抱きつく。
「香りって記憶を呼び起こす力が強いんですって。私が美嘉だってこと、信じてもらえました?」
「そ、それは……」
修二がこの香りに覚えがあるのは、美嘉時代にいつも愛用していたからだ。
そんな過去の愛用品が分かるなんて、他人では無理な話。なぜか、私が本当に美嘉なのか、またしても疑い始めているらしい彼に、ダメ押しするためにつけてきた。これで本人だと認めざるを得ないだろう――
けれど、転生などという非現実的なことを信じるのは難しいようで、修二は「ううん……」と唸ったあと黙り込んだ。
「修ちゃん」
渋い表情を浮かべている彼に向かって、名前を呼びかける。そしてゆっくりと顔を近づけてキスをしようとした。ところが制止される。
「こら。やめなさい」
肩を掴んでこれ以上近づけないようにされた。にもかかわらず、まだくっつこうと試みる諦めの悪い私。
「じゃあ、仕事以外の時間で私と会ってください」
「それは……」
結婚について考えるにしても、時間が欲しいという彼の意見は理解している。
だから仕事中は敢えてその話にはノータッチでいつも通りの態度で過ごしてきた。でも、かれこれ二週間も放置されているのだ。
――私はいつまで待てばいいの?
早く修二のお嫁さんになって、たっぷりと愛されたい。
二十三年間分の我慢をどうにかしてもらわないと、もうそろそろ限界だよ。
「いきなり結婚っていうのが難しいなら、恋人から始めるのでも構いませんが」
私はこうして修二とくっつきたい。
秘書だから毎日一緒にいられることは嬉しいものの、それだけじゃ満足できないのだ。
手を繋いだり、抱き締めてもらったり、もっと修二に近づきたい。
目の前に大好きな人がいるのに何もしちゃいけないなんて、エサの前で「待て」を指示されている犬の気分。
それに今朝、あんな刺激的な夢を見てしまったものだから、少々我慢がきかなくなっている。
本当はすぐにでも妻に戻って以前の続きをしたいところだけど、彼の気が進まないのなら、恋人になってじわじわ攻めていくしかない。
本望ではないが、上司と部下の関係からランクアップできるなら、それでもいいかと思い始めていた。
「お休みの日は修ちゃんと一緒に過ごしたい。デートをして、一緒に食事して、手を繋いだり、キスしたりしたい」
「簡単に言うけれど、俺と君が一緒に歩いていたら親子だって思われるかもしれない。そんなの君だって恥ずかしいだろう」
「親子だなんて思われないよ。もし本当にそう見えたとしても、恥ずかしくなんてないし、他の人がどう思うかなんて関係ない」
修二は年齢の割に若く見えるし、そこまで年の差カップルには見えないはずだ。
「そんなことで悩んでいるの?」
「そんなことって……俺はもう誰とも付き合う気も結婚するつもりもないと思って生きてきたんだよ。それなのに……急に言われても……」
修二の気持ちは分かる。
年齢がいけばいくほど、新しいものに飛び込むには勇気が必要になる。
様々な経験があるからこそ、どれだけのエネルギーを消費するのか予測がつくのだ。腰が重くなり決断が下せなくなる。
その上、すぐに承諾するほどの私への愛情がないから、即決してもらえないのだろう。
――私の責任だ……
「じゃあ、エッチだけでもしてみますか?」
「ぶはっ!? 藪から棒に何を言い出すんだっ」
修二は柄にもなく取り乱して咳き込んだ。
「そういうことを軽々しく言うものじゃない」
「だって! 恋人もダメなら、そういう関係になるしかないじゃないですか」
「極端すぎるだろう」
まだ動揺しているらしい彼は、額にうっすらと汗をかいている。
「生まれ変わってきて、まだ一度も男の人とそういうことをしたことがないんです。今回の初めても修ちゃんとって決めているから」
自分を安売りするつもりはない。でも修二にだったら何をされても構わなかった。
深い関係になれば、今思い悩んでいることも吹き飛ぶくらい私を好きになってもらえるかもしれない。
そんな期待を込めて、体の関係を提案してみたのだけれど――
「エッチだけの関係なんて、もっとダメだ。ちゃんとしてからじゃないと」
「ええーっ。じゃあ、どうすればいいの!?」
私はなす術をなくして落胆する。
ああ、もう泣きそう。勢いで押して押して押しまくろうと思っていたのに、彼にあれもダメこれもダメだと言われると悲しくなる。
――私って、そんなに魅力がない?
美嘉と同じ顔や容姿じゃないと、信用してもらえないの?
「ごめん、悲しませるつもりはないんだ」
「私こそ困らせてしまって、ごめんなさい。……離れますね」
静々と彼の膝の上から下りて、私はいつも通りの距離へ戻る。
「こんなことでお時間を取って申し訳ございませんでした。失礼します」
「……ああ」
あっさりと引き下がったことに驚いたのか、拍子抜けしたような返事が聞こえた。
彼の顔を見ることをせず、私は部屋を出て秘書課の部屋へ向かう。
「はぁ……」
今日も玉砕。
こうやって社内の女子社員たちも、ことごとくフラれているのだろう。
元嫁であるにもかかわらず、彼女たちと同じ対応をされているのかと思うと、余計に悲しくなってしまった。
そこに誰かの声がする。
「お疲れさまです、齋藤さん」
「あ……お疲れさまです、課長」
私に声をかけてきたのは、総務課の課長だった。以前、総務課にいた頃、とてもお世話になっていた人だ。
彼は五十代で、先日孫が生まれたのだと喜んでいた、若きおじいちゃんだった。
「すっかり板についてきたね。どこからどう見ても立派な秘書だ」
「ありがとうございます。課長が後押ししてくださったお陰で、念願の秘書になることができました」
深々と頭を下げてから顔を上げる。課長はにっこりと微笑みながら、私に白い封筒を差し出した。
「これ。齋藤さんにお願いをしに来たんだ」
「はい……。何でしょうか?」
その封筒を受け取って中を見てみると、お見合い写真が出てきた。ちゃんとした写真スタジオで撮ったであろう男性の写真が数枚載っている。
「齋藤さんは若いし、結婚などまだ興味もないと思うんだけど……実は僕の知り合いの企業の社長さんが、君とお付き合いをしたいとご所望でね」
「え……?」
不破専務に同行している私を見ていたというその社長さんは、二十九歳の容姿端麗な男性だった。
――お見合いなどせずとも結婚できそうな容姿をしているのに、なぜ私とお見合いを?
「僕を介して結婚前提のお付き合いをしたいと伝えてほしい、と言われている。彼、海外に新しい会社を設立するために、日本にいないことが多いんだ。だから君に直接申し込みたくとも忙しくてなかなか時間が作れないそうで、私が頼まれたというわけだ」
総務課長は以前、営業課長をしていた。その関係で、今でも外部の人との付き合いがある。そのため、こうしてお見合いの話が持ち込まれてきたらしい。
「彼はいい男だよ。カンボジアの貧しい子どもたちを助けるために奔走していて、ボランティアにも積極的に参加している。ただ……いい男なんだけど、海外にばかりいるせいで出会いがないみたいでね」
「はぁ……」
たまたま帰国していた時に参加した、海外の難民たちを助けるためのチャリティイベントで私を見かけた、と。
確かに、そのイベントは黎創商事が協賛していて、不破専務について参加していたことを思い出す。
「どうしても君と食事をする機会が欲しいというんで、僕に頼んできたんだよ。もし恋人がいないのなら、会ってみてくれないか?」
――どうしよう、困ったな。
恩のある上司からのお願いだし、無下に断れない。
だけど私には修二という心に決めた人がいる。気のある素振りをするのはよくない。
一度会うだけ会って、直接お断りするのはどうだろうか。課長を通して断ってもらうより、誠実かも。
「あの、課長……私」
「お話し中のところ、失礼」
課長に話しかけようとしたのと同時に、背後から修二こと不破専務に声をかけられた。私と課長は彼のほうを振り向く。
――もしかして、さっきの話、聞いてた?
どういう反応をするのか不安に思いつつ、私は歩み寄ってくる修二をじっと見つめる。
「専務、お疲れさまです」
「お疲れさまです。あれ……? 齋藤さん、お見合いするの?」
課長が挨拶するや否や、修二は私の手にあるお見合い写真を、ひょい、と取り上げた。
「あ……」
「ふーん、いい男だね。とても誠実そうだ。若いのにちゃんとしている感じがする」
「専務もそう思いますよね。私もそう感じておりまして、齋藤さんに申し出たところなんです」
――修二のバカバカバカ。私の気持ちを知っていながら、どうしてお見合いの話に賛同しちゃうのよ。私が他の男性とお付き合いしてもいいっていうの?
この前告白した時は、結婚について前向きに考えてくれるって言っていたのに……。こんなの、酷くない?
社内だし、こういう対応になるのは大人として当然かとも思うけれど、私の心はちょっと傷ついている。
私が他の男性と一緒にいても、修二が取り乱すほどのことではない。誰にも渡したくないという存在ではないことを、まざまざと思い知らされた。
「だから、齋藤さん。前向きに――」
「課長、大変申し訳ないんですが、彼女は僕の大事な人なんです。このお話はなかったことにしていただけませんか?」
「……え?」
絶望に打ちひしがれていた私は、修二の言葉をちゃんと聞いていなかった。はっと我に返り、彼の言葉をもう一度思い出す。
――私の大事な人って……今、言ったよね? しかも、課長の前で!
「そうなんですか!? ええっ、齋藤さん、そうだったの?」
慌てふためく課長は、修二と私を交互に見る。
内心では私も課長と同じくらいのリアクションをしているものの、それは隠す。ここは修二に合わせておくのがベストだろう。
「……そ、そうなんです。不破専務とお付き合いをさせていただいております」
「そ、そうかぁ! いやぁ、驚きました。まさか、二人が恋人だったなんて……」
――そうだよね、専務と私が付き合っているなど思いもしないよね。っていうか、実際付き合っていないから、そんな雰囲気も皆無だっただろうし。
「何も知らず、こんな話を持ってきてしまって悪かったね。先方には私から断りを入れておくよ」
「いろいろと気にかけていただいたのに、ご期待に添えず申し訳ございません」
「いいんだよ、気にしないで」
きっと全部見えているに違いない。それがすごく恥ずかしいのに、体は燃えるように熱くなり、どんどん高まっていく。
「美嘉のココは、本当に俺が好きだよな」
「修ちゃんだって……好きでしょ……っ、んん!」
「ああ、好きだよ。何度しても足りないくらい好き」
お互いに今まで何人か付き合った人がいたものの、性体験をするのは初めてだった。
最初の頃は気持ちよいどころか痛かったけれど、だんだん彼に馴染むようになってきて、こうして快感を得られるまでになったのだ。
若さゆえの欲求は止まることを知らず、時間さえあれば愛し合うほど何度も求め合っている。
飽きることなく何度しても、もっと欲しくなるくらいお互いに溺れているのだから、どうしようもない。
「だから……いっぱい突かせて」
「ああぁっ……あっ、あん……っ。ん……はぁ……!」
腰を掴まれて、背後から突き上げられる。
そのたびにお尻がふるふると揺れて、全身に快感が弾けていった。シーツを掴む手に力をこめて必死で体勢を維持しようとしているのに、後ろからの衝動がすごいせいで崩れそうになる。
「美嘉、気持ちいい?」
「うん……っ、気持ちいい……っ、ああっ! 修ちゃん、は……?」
「ああ。気持ち、いいよ。すごく……」
修二は言葉が途切れるくらい呼吸を乱している。
どんな顔で感じているのか見たくて、私は体を捻り彼のほうに視線を向けた。けれど、すぐに顎を掴まれてキスで視界を阻まれる。
「う、ぁ……、っ……。んん……!」
苦しいほどのキス。
口内を本能のままにぐちゃぐちゃにされて、息がうまくできない。荒々しいそれに、全身に震えが走る。それさえも快楽として受け取った体が悦んだ。
上も下も修二でいっぱいにされて、頭がスパークしそう。
快感に溺れた私は酸欠状態になって、泣きそうになりながらも昇っていった。繋がったままビクビクと痙攣しているのに、ぴったりと密着した腰は離してもらえない。
上気した私の頬を撫でたあと、修二は悩ましげな表情で微笑んだ。
「どうしようもないほど可愛いな。そんなによかった?」
言葉が出なくて、こくんと頷く。
振動で涙が零れたようで、修二はその一筋の雫を拭ってから、私の体を反転させて正常位に移った。
いつも通りの体位に安心して、彼の首にぎゅっとしがみつく。
「修ちゃん……好き。離れたくない」
ずっと一緒にいたい。片時も離れたくないくらい好き。帰らないといけないって分かっているのに離れられなくなる。
いや、離れなければならないと分かっているからこそ、激しく求めるのだ。あと少し、あと少しと欲張りになる。
「俺も。ねぇ……美嘉。結婚しよう」
「え……?」
「今まで何度か結婚しようなって話はしていたけど……俺、最近本気で考えているんだ。美嘉と夫婦になれたらいいのにって」
突然の話で驚いたものの、大好きな人に結婚したいと望まれているのは、これ以上ない幸せなことだ。
恋愛の先に結婚があって、修二とならずっと一緒にいたいと思える。
付き合ってもうすぐ十ヵ月。喧嘩もたまにはあるけれど、一緒にいてこんなにも心地いい人はいない。
これからも一緒にいるのなら、彼の言う通り結婚するべきだ。
「まだまだ未熟だけど……俺と結婚してほしい。一生大切にするから」
この場だけの言葉じゃなくて、真剣なのだという思いが伝わってくる。
未成年だし、学生だし、子どもがデキてしまったわけでもない。
周囲から反対されることは容易に想像がつくものの、それらを全部跳ね除けて結婚したい。
「する! 私も修ちゃんと結婚したい!」
幸せいっぱいの笑顔で彼を見つめたあと、今までで一番熱い抱擁を交わす。
最高潮に盛り上がった私たちは、その後もたっぷりと愛を確かめ合って、門限を大幅に過ぎてしまい、結果、私はお父さんに大目玉を食うことになったのだった。
――そしてその約一ヵ月後。私たちが結婚した日。
零時ちょうどに提出したいよねということで、私たちは腕時計で時間を確認しながら、日付が変わるのと同時に婚姻届を提出した。
少し迷惑そうな役所の人の態度も気にならない。私たちは婚姻届受理証明書をもらって、これで夫婦になれたのだと不思議な気持ちになった。
「こんなあっけない感じで夫婦になるんだね」
「まだ実感ないよな」
だけど私は、今日から不破美嘉になった。
住民票や戸籍の名前は変わっているだろうし、滞りなく手続きを済ませたので、正式に修二の妻と認められたのだ。
「まさか本当に結婚しちゃうなんてね」
「そうだな。勢いって大事だな」
両親に話した時は、絶対にダメだと大反対されたけれど、二人で説得して、何度も話し合いを重ねてやっと許可をもらった。
「悪いけど、絶対離婚しないからな」
「もちろん。私だって離婚するつもりないよ」
結婚指輪をした手を差し出すと、彼がぎゅっと強く握り返してくれる。それが嬉しくて、顔が勝手ににやけてしまう。
「生まれ変わっても夫婦だからね」
「おう、当たり前だ」
今日の私たち、世界で一番幸せなんじゃない?
最強な二人の気がして何でもできる気分になる。どんなことも乗り越えていける自信があった。輝かしい未来しか想像していなかった。
そんな日々が長く続かないとは知らずに――
ばちっと勢いよく目を開く。
見慣れた天井、壁、窓。一通りぐるりと周囲を見回して、私は未華子の日常に戻っていることに気がついた。
――夢、か。
やけにリアルな夢だった。
のそのそと起き上がり、枕元に置いていたスマホを手に取る。まだ目覚ましが鳴る少し前の時刻だった。もう少し眠れる余裕はあるけれど、二度寝をしたら起きられなくなりそうだ。このまま起きていようと決める。
そして、はぁっと大きくため息をついた。
――美嘉時代の修二との思い出を夢で見るなんて……。しかもエッチしていたじゃないの。ああ、もう。
思い出したら悶々としてしまう。
修二にプロポーズをしてから、今日で二週間が経過していた。
変わらない日常、忙しい毎日。彼の秘書として様々な雑務をこなしつつ、彼の身の回りの世話をする。
取引先への連絡、車の手配、取引先の関係者の葬式に代理参列するなど。あらゆる仕事に全力で勤しむのは、全て大好きな修二のため。
未華子として一緒にいられなかった時間を埋めるように、仕事の時間を共有している。
――本当はプライベートの時間を一緒に過ごしたいのに……
二週間の間、何もアクションを起こさなかったわけじゃないのだ。
エレベーターの中で二人きりになってそっと近づいてみた時は、避けられることなく距離が縮まった。
けれど、これは脈アリなんじゃないかと仕事のあとに食事に行こうと誘おうとしたところで、他の階の人が乗り込んできて、終了。
その後もタイミング合わず、結局誘えなかった。
めげない私は、一緒に食事に行けないのなら、と手作りのお弁当を渡すことにする。以前なら絶対に受け取らなかっただろうけれど、美嘉の手料理だと念押しして受け取ってもらった。しかし、一緒に食べてはくれなかった……
前から比べると二人の距離は近づいている。進歩していると思うものの、これ以上を望むのは、欲張りなのかもしれない。
でもどんなに欲張っても、手に入れなければならないものがあるのだ。そうじゃなきゃ、私がここに戻ってきた意味がない。
黎創商事の管理職たちのいるフロア。専務のデスクの傍に寄り、私は修二にコーヒーと企画書を差し出しつつ、内心の闘志を隠して話しかけた。
「不破専務、こちら、新プロジェクトのコンペの企画書です。戦略企画部から回ってまいりましたので、ご一読お願いします」
「あ、ありがとう……」
いつも通りの行動なのに、修二は動揺しているような返事をする。私は、どうしたのかと、不思議に思った。
「いかがされました?」
「いや……」
そうは言うものの、明らかに態度がおかしい。普段はもっとクールなのに、どこか落ち着きがなかった。
「あの……この、香りは……?」
「え?」
「君から、いい香りがしたから……」
コーヒーの香りのことを言っているのかと思いきや、そうではなさそうだ。どうやら私のつけている香りのことを差しているらしい。
「あ、これですか? いい香りですよね。二十五年前の復刻版が限定で発売されていたので、この前買ったんです」
――昔、美嘉が愛用していた香水と同じ香りだって、もしかして気づいてくれた?
そんな些細なことに気がついてくれたのが嬉しくて、仕事中にもかかわらずつい饒舌になってしまう。
「仕事中に香水をつけるとわずらわしく感じられるかもしれないと思って、今回はボディクリームにしたんです。そこまできつい香りではないはずですが……もしかして、臭かったですか?」
「いいや、臭くはない。むしろ……」
そこまで言ったあと、彼は口を噤んだ。
ほのかに赤く染まるその顔を見て、私も頬を火照らせる。
「むしろ、何でしょうか……。その先を聞かせてください」
仕事中であることを忘れて、修二に近づいていく。執務机を回り込んで、彼との距離を縮めた。
「私が昔つけていた香水だから、ドキドキしてくれました?」
何も返事してくれない修二に詰め寄り、椅子に座った彼の膝の上に腰を下ろす。
「こら……っ、齋藤さん」
就業中に何をするつもりだと慌てる彼を無視して、その状態で抱きつく。
「香りって記憶を呼び起こす力が強いんですって。私が美嘉だってこと、信じてもらえました?」
「そ、それは……」
修二がこの香りに覚えがあるのは、美嘉時代にいつも愛用していたからだ。
そんな過去の愛用品が分かるなんて、他人では無理な話。なぜか、私が本当に美嘉なのか、またしても疑い始めているらしい彼に、ダメ押しするためにつけてきた。これで本人だと認めざるを得ないだろう――
けれど、転生などという非現実的なことを信じるのは難しいようで、修二は「ううん……」と唸ったあと黙り込んだ。
「修ちゃん」
渋い表情を浮かべている彼に向かって、名前を呼びかける。そしてゆっくりと顔を近づけてキスをしようとした。ところが制止される。
「こら。やめなさい」
肩を掴んでこれ以上近づけないようにされた。にもかかわらず、まだくっつこうと試みる諦めの悪い私。
「じゃあ、仕事以外の時間で私と会ってください」
「それは……」
結婚について考えるにしても、時間が欲しいという彼の意見は理解している。
だから仕事中は敢えてその話にはノータッチでいつも通りの態度で過ごしてきた。でも、かれこれ二週間も放置されているのだ。
――私はいつまで待てばいいの?
早く修二のお嫁さんになって、たっぷりと愛されたい。
二十三年間分の我慢をどうにかしてもらわないと、もうそろそろ限界だよ。
「いきなり結婚っていうのが難しいなら、恋人から始めるのでも構いませんが」
私はこうして修二とくっつきたい。
秘書だから毎日一緒にいられることは嬉しいものの、それだけじゃ満足できないのだ。
手を繋いだり、抱き締めてもらったり、もっと修二に近づきたい。
目の前に大好きな人がいるのに何もしちゃいけないなんて、エサの前で「待て」を指示されている犬の気分。
それに今朝、あんな刺激的な夢を見てしまったものだから、少々我慢がきかなくなっている。
本当はすぐにでも妻に戻って以前の続きをしたいところだけど、彼の気が進まないのなら、恋人になってじわじわ攻めていくしかない。
本望ではないが、上司と部下の関係からランクアップできるなら、それでもいいかと思い始めていた。
「お休みの日は修ちゃんと一緒に過ごしたい。デートをして、一緒に食事して、手を繋いだり、キスしたりしたい」
「簡単に言うけれど、俺と君が一緒に歩いていたら親子だって思われるかもしれない。そんなの君だって恥ずかしいだろう」
「親子だなんて思われないよ。もし本当にそう見えたとしても、恥ずかしくなんてないし、他の人がどう思うかなんて関係ない」
修二は年齢の割に若く見えるし、そこまで年の差カップルには見えないはずだ。
「そんなことで悩んでいるの?」
「そんなことって……俺はもう誰とも付き合う気も結婚するつもりもないと思って生きてきたんだよ。それなのに……急に言われても……」
修二の気持ちは分かる。
年齢がいけばいくほど、新しいものに飛び込むには勇気が必要になる。
様々な経験があるからこそ、どれだけのエネルギーを消費するのか予測がつくのだ。腰が重くなり決断が下せなくなる。
その上、すぐに承諾するほどの私への愛情がないから、即決してもらえないのだろう。
――私の責任だ……
「じゃあ、エッチだけでもしてみますか?」
「ぶはっ!? 藪から棒に何を言い出すんだっ」
修二は柄にもなく取り乱して咳き込んだ。
「そういうことを軽々しく言うものじゃない」
「だって! 恋人もダメなら、そういう関係になるしかないじゃないですか」
「極端すぎるだろう」
まだ動揺しているらしい彼は、額にうっすらと汗をかいている。
「生まれ変わってきて、まだ一度も男の人とそういうことをしたことがないんです。今回の初めても修ちゃんとって決めているから」
自分を安売りするつもりはない。でも修二にだったら何をされても構わなかった。
深い関係になれば、今思い悩んでいることも吹き飛ぶくらい私を好きになってもらえるかもしれない。
そんな期待を込めて、体の関係を提案してみたのだけれど――
「エッチだけの関係なんて、もっとダメだ。ちゃんとしてからじゃないと」
「ええーっ。じゃあ、どうすればいいの!?」
私はなす術をなくして落胆する。
ああ、もう泣きそう。勢いで押して押して押しまくろうと思っていたのに、彼にあれもダメこれもダメだと言われると悲しくなる。
――私って、そんなに魅力がない?
美嘉と同じ顔や容姿じゃないと、信用してもらえないの?
「ごめん、悲しませるつもりはないんだ」
「私こそ困らせてしまって、ごめんなさい。……離れますね」
静々と彼の膝の上から下りて、私はいつも通りの距離へ戻る。
「こんなことでお時間を取って申し訳ございませんでした。失礼します」
「……ああ」
あっさりと引き下がったことに驚いたのか、拍子抜けしたような返事が聞こえた。
彼の顔を見ることをせず、私は部屋を出て秘書課の部屋へ向かう。
「はぁ……」
今日も玉砕。
こうやって社内の女子社員たちも、ことごとくフラれているのだろう。
元嫁であるにもかかわらず、彼女たちと同じ対応をされているのかと思うと、余計に悲しくなってしまった。
そこに誰かの声がする。
「お疲れさまです、齋藤さん」
「あ……お疲れさまです、課長」
私に声をかけてきたのは、総務課の課長だった。以前、総務課にいた頃、とてもお世話になっていた人だ。
彼は五十代で、先日孫が生まれたのだと喜んでいた、若きおじいちゃんだった。
「すっかり板についてきたね。どこからどう見ても立派な秘書だ」
「ありがとうございます。課長が後押ししてくださったお陰で、念願の秘書になることができました」
深々と頭を下げてから顔を上げる。課長はにっこりと微笑みながら、私に白い封筒を差し出した。
「これ。齋藤さんにお願いをしに来たんだ」
「はい……。何でしょうか?」
その封筒を受け取って中を見てみると、お見合い写真が出てきた。ちゃんとした写真スタジオで撮ったであろう男性の写真が数枚載っている。
「齋藤さんは若いし、結婚などまだ興味もないと思うんだけど……実は僕の知り合いの企業の社長さんが、君とお付き合いをしたいとご所望でね」
「え……?」
不破専務に同行している私を見ていたというその社長さんは、二十九歳の容姿端麗な男性だった。
――お見合いなどせずとも結婚できそうな容姿をしているのに、なぜ私とお見合いを?
「僕を介して結婚前提のお付き合いをしたいと伝えてほしい、と言われている。彼、海外に新しい会社を設立するために、日本にいないことが多いんだ。だから君に直接申し込みたくとも忙しくてなかなか時間が作れないそうで、私が頼まれたというわけだ」
総務課長は以前、営業課長をしていた。その関係で、今でも外部の人との付き合いがある。そのため、こうしてお見合いの話が持ち込まれてきたらしい。
「彼はいい男だよ。カンボジアの貧しい子どもたちを助けるために奔走していて、ボランティアにも積極的に参加している。ただ……いい男なんだけど、海外にばかりいるせいで出会いがないみたいでね」
「はぁ……」
たまたま帰国していた時に参加した、海外の難民たちを助けるためのチャリティイベントで私を見かけた、と。
確かに、そのイベントは黎創商事が協賛していて、不破専務について参加していたことを思い出す。
「どうしても君と食事をする機会が欲しいというんで、僕に頼んできたんだよ。もし恋人がいないのなら、会ってみてくれないか?」
――どうしよう、困ったな。
恩のある上司からのお願いだし、無下に断れない。
だけど私には修二という心に決めた人がいる。気のある素振りをするのはよくない。
一度会うだけ会って、直接お断りするのはどうだろうか。課長を通して断ってもらうより、誠実かも。
「あの、課長……私」
「お話し中のところ、失礼」
課長に話しかけようとしたのと同時に、背後から修二こと不破専務に声をかけられた。私と課長は彼のほうを振り向く。
――もしかして、さっきの話、聞いてた?
どういう反応をするのか不安に思いつつ、私は歩み寄ってくる修二をじっと見つめる。
「専務、お疲れさまです」
「お疲れさまです。あれ……? 齋藤さん、お見合いするの?」
課長が挨拶するや否や、修二は私の手にあるお見合い写真を、ひょい、と取り上げた。
「あ……」
「ふーん、いい男だね。とても誠実そうだ。若いのにちゃんとしている感じがする」
「専務もそう思いますよね。私もそう感じておりまして、齋藤さんに申し出たところなんです」
――修二のバカバカバカ。私の気持ちを知っていながら、どうしてお見合いの話に賛同しちゃうのよ。私が他の男性とお付き合いしてもいいっていうの?
この前告白した時は、結婚について前向きに考えてくれるって言っていたのに……。こんなの、酷くない?
社内だし、こういう対応になるのは大人として当然かとも思うけれど、私の心はちょっと傷ついている。
私が他の男性と一緒にいても、修二が取り乱すほどのことではない。誰にも渡したくないという存在ではないことを、まざまざと思い知らされた。
「だから、齋藤さん。前向きに――」
「課長、大変申し訳ないんですが、彼女は僕の大事な人なんです。このお話はなかったことにしていただけませんか?」
「……え?」
絶望に打ちひしがれていた私は、修二の言葉をちゃんと聞いていなかった。はっと我に返り、彼の言葉をもう一度思い出す。
――私の大事な人って……今、言ったよね? しかも、課長の前で!
「そうなんですか!? ええっ、齋藤さん、そうだったの?」
慌てふためく課長は、修二と私を交互に見る。
内心では私も課長と同じくらいのリアクションをしているものの、それは隠す。ここは修二に合わせておくのがベストだろう。
「……そ、そうなんです。不破専務とお付き合いをさせていただいております」
「そ、そうかぁ! いやぁ、驚きました。まさか、二人が恋人だったなんて……」
――そうだよね、専務と私が付き合っているなど思いもしないよね。っていうか、実際付き合っていないから、そんな雰囲気も皆無だっただろうし。
「何も知らず、こんな話を持ってきてしまって悪かったね。先方には私から断りを入れておくよ」
「いろいろと気にかけていただいたのに、ご期待に添えず申し訳ございません」
「いいんだよ、気にしないで」
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