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第九話 竜と王女は領地に向かいます
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無事に冒険者証を受け取り、商人ギルドに向かうと豪邸が六棟は建つほどの大金を持ったキンバレーが待って居た。
曰く、『思ったよりも随分高く売れた』とのこと。
エスメから見て、我は彼を脅した風に見えたらしいが帰ってきたキンバレーを見るに怯えたような感じは見られなかった。
エスメの杞憂に終わって良かったとは思いつつ、一応謝罪と共に商人ギルドに手数料として渡す額は元の三割から三割五分に引き上げさせてもらった。
功にはそれに見合う報酬を、と言う事だ。
そして今はエスメと二人馬車に揺られ、流れる夜の景色をただ眺めるだけの時を過ごしていた。
「御者が言うには、到着は昼頃になるって。狭い国だと思っていたけれど、意外と広いものね」
「他国より小さいので間違った認識では無いと思うぞ。次に大きなアクセラシア連邦は少なく見積もってもドラゴニアの三倍はある。それでもまあ我が領地は少し広すぎる気もするがな」
「手付かずだった土地をアートルムに全部あげちゃったんだから、当然でしょ。体のいい厄介払いよ。どうやってあの何もない場所を発展させるんだか」
エスメが見るのはほとんど見えない外の景色。今は王都を離れて人工的な光もまばらになっている。
明るければこの辺りだとの広大な小麦畑を一望できる筈だが、この季節はその時期でもなければ今は夜。灯りは見えても畑はちっとも見ることは出来ない。
そして我々が向かっているアルビオン領は畑も殆どない平原が広がっている。
魔物や魔獣も多く、人が少ない子の領地は確かに厄介払いとも言えなくはない。
しかしかれた土地でも無し、今まで人手が無くて整備できていなかった場所ならばいかようにも出来る。
「そこが難しい所だな、酪農など良さそうだが……。――いっそアクセラシア方面に抜けるようにアーカーシャ山をくりぬくか?」
「くりぬくって……。でもあんたが言うとその実現に可能性が生まれちゃうのが厄介な所よね……」
「やってやれぬことは無い。あの場所が通れるようになれば物資の流れはずっと速くなる。交易の要所として発展させれば安定した収入も望めて人も集まるだろう。特産品は肉と乳製品で。どうだ、やるか?」
「酪農は良いけれど、山の方は先ずはお父様にお伺いを立ててからね。一応神聖な山ってことになってるんだから」
「我の棲み処だったのにな」
「城に来た時粉々にしちゃったじゃない」
「そうだった」
こうして、アルビオン領に向かうアートルムたちの馬車は夜闇の中に消えて行った。
後にはランタンのぼんやりとした光のみが見え、それもやがて見えなくなっていった。
♢
時は数時間ほどさかのぼり、日没前のアルビオン領。
かつて代官が暮らしていたであろう古びた屋敷にはろうそくの光が灯り、内部をぼんやりと照らしている。
そしてそのろうそく灯りには、六人分の影が差す。
五人の前には、ろうそく灯りに照らされ深紅に揺らすソフィア・ボールドウィンの姿があった。
「我らが生まれ故郷の事なので悪く言いたくはありませんでしたが……これは酷い有様ですね」
ソフィアが目線を落とすと、そこにはろうそく灯りには照らされなかった七人目の姿がある。
しかし、その眼球は虚ろに泳ぎ焦点が定まらない。
言葉にならない小さなうめき声を上げて、水を求める魚のように口を開けたり閉じたりしている。
――典型的な薬物の中毒症状だ。
「アルビオン領のこの状況を、王都は把握しているのか?」
「いいやジェリド・ローレンス。王国直轄地とはいわばただの空き地、何もないところをわざわざ調査する程彼等は暇じゃあないよ」
「『見えないところは無いのと同じ』ってか? エルレイン・バッカス」
「そうじゃないよ。広い庭があっても、手入れする人が居ないのでは手のつけようがないと言う事さ。本来、国政や国防とは無関係なはずの自国冒険者を軍事力として借り上げなければならない程に軍事力がない今のドラゴニアでは尚更さ」
「だが、アートルム様に献上する土地が、民がこのザマではあまりにも……!」
ジェリドが行き場の無い怒りを発露するように魔力を迸らせる。それによって屋敷は揺れ、机のろうそく台がカタカタを音を立てて小刻みに動き始める。
その直後、荒ぶる魔力は更に濃密で統制された魔力によりすぐに抑え込まれる。
白髪交じりの老練な男、セルビス・ドワイヨンがジェリドの怒りが籠った魔力をその身に持つ自力で抑え込んだのだ。
「――はっはっは、まあ落ち着きなさいジェリド殿。ここで熱い議論していても何も始まりませんよ。それに我々は彼の竜、アートルム様たっての要請に応じ参上した同志。初対面だからこそ仲良くやろうではありませんか?」
「私もセルビスさんの意見には賛成です。――ここは現状を急ぎ纏めてアートルム様にお伝えするのが良いと思います」
「分かった分かった! ……悪かったな、バッカス」
「良いさジェリド。そして僕の事はエルレインで構わないよ」
「分かった、エルレイン」
「流石よなドワイヨン。大陸屈指の冒険者、あのジェリド・ローレンスの魔力を赤子の手をひねる様に抑えやがった。やっぱバケモンは幾つになってもバケモンだ」
「恐れ入ります、カール・キングストン殿。――もっとも、そこな『煉獄の剣姫』ソフィア殿には到底及びませんが。はっはっは!」
緊張の解けた一同に、再び緊張を促す言葉が六人目のアステリア・カルロメリアから発せられる。
「――現在、アルビオン領にて生活するドラゴニアの民は約一万人。その中で薬物汚染の疑いがあるとされる人口割合は凡そ四割二分。行政が検問等を行わない関係で記録が残っておらず、薬物の流入元はまだ完全な特定には至らないが恐らくは西のゴードン領から流れてきている可能性が高い。今この瞬間にも、民は薬物に蝕まれて行っている。命を落とす者も少なくない。同志間でいがみ合うべきでは無いのはその通りだが、アートルム様の旅を妨げる要因は早急に排除しなければならない」
「アステリア、気持ちは分かりますが貴族が絡んでいる可能性がある以上我々の存在が露見しかねない急ぎ働きは避けなければなりません。それこそ辺境伯になられたばかりのアートルム様の顔に泥を塗る行為となってしまいます。一度この現状をアートルム様にお見せしてから動き始めても遅くはありません。無為な落命を望まれないアートルム様の手前、待つだけなのが辛いのは我々全員が感じている所。しかしここは抑えて、情報の収集に専念して下さいませんか?」
「……了解した。アートルム様を貶めるようなことはしない」
「ありがとうございます。……さて、この薬物の中毒症状に関する症状ですがアステリアの報告によると、強い依存性や禁断症状以外にも臓器不全や記憶喪失等の身体的不調を伴う症状は何種類か存在していて、これまでに六種類の症状パターンの存在が分かっています。これは即ちアルビオン領に流通している薬物が最低でも六種類あると言う事を意味します。これは単にそう言った薬が複数あって、このような状態になっているのか、それとも……」
「王都の目が光っていないアルビオン領の性質を悪用して新しい麻薬の人体実験を行っている可能性がある。と言う事になりますかな」
ソフィアの言葉に続けるようにセルビスが推論を述べる。その内容はソフィアが仮説として持っていた考えと一致するようで、これと言った訂正は入らない。
「……そういう事です。アートルム様が生きるこの国でそのようなふざけた真似をする輩は断固排除します。その時が来たら、私達はその全力で以てこの事件の解決に当たり、アートルム様に相応しい世に矯正するのです。我々は非公式の組織故、存在が露見した時点で負けとなります。――くれぐれも痕跡は残さないようにお願いします。それでは、作戦決行の時までは課せられた責務を果たしてください。――解散」
ソフィアの号令で他の六人は姿を消す。残ったのはソフィアと、正体不明の麻薬に蝕まれその命を落とそうとしている老いた女だけだ。
「――ごめんなさい。私に貴女を元に戻す力はない。アートルム様なら貴方を治してあげられるでしょうけれど、あの方がここに着く前に貴方の命は……。だからせめて私が楽に終わらせてあげる。――【熱操作』】
ソフィアの固有魔法【熱操作】によって女は瞬時に凍り付く。氷結によって膨張した水分は血管や内臓、脳を破壊し二度とは戻らない。
『煉獄の剣姫』そう呼ばれるソフィアの手によって、女はその生涯を閉じた。
最後はソフィアが再び【熱操作】で凍り付いた女の遺体を今度は灰に変え、それは魔法によって大きなビンに移される。
それが終わった時にはろうそくの灯りが尽き、その部屋に人の影はもう無かった。
曰く、『思ったよりも随分高く売れた』とのこと。
エスメから見て、我は彼を脅した風に見えたらしいが帰ってきたキンバレーを見るに怯えたような感じは見られなかった。
エスメの杞憂に終わって良かったとは思いつつ、一応謝罪と共に商人ギルドに手数料として渡す額は元の三割から三割五分に引き上げさせてもらった。
功にはそれに見合う報酬を、と言う事だ。
そして今はエスメと二人馬車に揺られ、流れる夜の景色をただ眺めるだけの時を過ごしていた。
「御者が言うには、到着は昼頃になるって。狭い国だと思っていたけれど、意外と広いものね」
「他国より小さいので間違った認識では無いと思うぞ。次に大きなアクセラシア連邦は少なく見積もってもドラゴニアの三倍はある。それでもまあ我が領地は少し広すぎる気もするがな」
「手付かずだった土地をアートルムに全部あげちゃったんだから、当然でしょ。体のいい厄介払いよ。どうやってあの何もない場所を発展させるんだか」
エスメが見るのはほとんど見えない外の景色。今は王都を離れて人工的な光もまばらになっている。
明るければこの辺りだとの広大な小麦畑を一望できる筈だが、この季節はその時期でもなければ今は夜。灯りは見えても畑はちっとも見ることは出来ない。
そして我々が向かっているアルビオン領は畑も殆どない平原が広がっている。
魔物や魔獣も多く、人が少ない子の領地は確かに厄介払いとも言えなくはない。
しかしかれた土地でも無し、今まで人手が無くて整備できていなかった場所ならばいかようにも出来る。
「そこが難しい所だな、酪農など良さそうだが……。――いっそアクセラシア方面に抜けるようにアーカーシャ山をくりぬくか?」
「くりぬくって……。でもあんたが言うとその実現に可能性が生まれちゃうのが厄介な所よね……」
「やってやれぬことは無い。あの場所が通れるようになれば物資の流れはずっと速くなる。交易の要所として発展させれば安定した収入も望めて人も集まるだろう。特産品は肉と乳製品で。どうだ、やるか?」
「酪農は良いけれど、山の方は先ずはお父様にお伺いを立ててからね。一応神聖な山ってことになってるんだから」
「我の棲み処だったのにな」
「城に来た時粉々にしちゃったじゃない」
「そうだった」
こうして、アルビオン領に向かうアートルムたちの馬車は夜闇の中に消えて行った。
後にはランタンのぼんやりとした光のみが見え、それもやがて見えなくなっていった。
♢
時は数時間ほどさかのぼり、日没前のアルビオン領。
かつて代官が暮らしていたであろう古びた屋敷にはろうそくの光が灯り、内部をぼんやりと照らしている。
そしてそのろうそく灯りには、六人分の影が差す。
五人の前には、ろうそく灯りに照らされ深紅に揺らすソフィア・ボールドウィンの姿があった。
「我らが生まれ故郷の事なので悪く言いたくはありませんでしたが……これは酷い有様ですね」
ソフィアが目線を落とすと、そこにはろうそく灯りには照らされなかった七人目の姿がある。
しかし、その眼球は虚ろに泳ぎ焦点が定まらない。
言葉にならない小さなうめき声を上げて、水を求める魚のように口を開けたり閉じたりしている。
――典型的な薬物の中毒症状だ。
「アルビオン領のこの状況を、王都は把握しているのか?」
「いいやジェリド・ローレンス。王国直轄地とはいわばただの空き地、何もないところをわざわざ調査する程彼等は暇じゃあないよ」
「『見えないところは無いのと同じ』ってか? エルレイン・バッカス」
「そうじゃないよ。広い庭があっても、手入れする人が居ないのでは手のつけようがないと言う事さ。本来、国政や国防とは無関係なはずの自国冒険者を軍事力として借り上げなければならない程に軍事力がない今のドラゴニアでは尚更さ」
「だが、アートルム様に献上する土地が、民がこのザマではあまりにも……!」
ジェリドが行き場の無い怒りを発露するように魔力を迸らせる。それによって屋敷は揺れ、机のろうそく台がカタカタを音を立てて小刻みに動き始める。
その直後、荒ぶる魔力は更に濃密で統制された魔力によりすぐに抑え込まれる。
白髪交じりの老練な男、セルビス・ドワイヨンがジェリドの怒りが籠った魔力をその身に持つ自力で抑え込んだのだ。
「――はっはっは、まあ落ち着きなさいジェリド殿。ここで熱い議論していても何も始まりませんよ。それに我々は彼の竜、アートルム様たっての要請に応じ参上した同志。初対面だからこそ仲良くやろうではありませんか?」
「私もセルビスさんの意見には賛成です。――ここは現状を急ぎ纏めてアートルム様にお伝えするのが良いと思います」
「分かった分かった! ……悪かったな、バッカス」
「良いさジェリド。そして僕の事はエルレインで構わないよ」
「分かった、エルレイン」
「流石よなドワイヨン。大陸屈指の冒険者、あのジェリド・ローレンスの魔力を赤子の手をひねる様に抑えやがった。やっぱバケモンは幾つになってもバケモンだ」
「恐れ入ります、カール・キングストン殿。――もっとも、そこな『煉獄の剣姫』ソフィア殿には到底及びませんが。はっはっは!」
緊張の解けた一同に、再び緊張を促す言葉が六人目のアステリア・カルロメリアから発せられる。
「――現在、アルビオン領にて生活するドラゴニアの民は約一万人。その中で薬物汚染の疑いがあるとされる人口割合は凡そ四割二分。行政が検問等を行わない関係で記録が残っておらず、薬物の流入元はまだ完全な特定には至らないが恐らくは西のゴードン領から流れてきている可能性が高い。今この瞬間にも、民は薬物に蝕まれて行っている。命を落とす者も少なくない。同志間でいがみ合うべきでは無いのはその通りだが、アートルム様の旅を妨げる要因は早急に排除しなければならない」
「アステリア、気持ちは分かりますが貴族が絡んでいる可能性がある以上我々の存在が露見しかねない急ぎ働きは避けなければなりません。それこそ辺境伯になられたばかりのアートルム様の顔に泥を塗る行為となってしまいます。一度この現状をアートルム様にお見せしてから動き始めても遅くはありません。無為な落命を望まれないアートルム様の手前、待つだけなのが辛いのは我々全員が感じている所。しかしここは抑えて、情報の収集に専念して下さいませんか?」
「……了解した。アートルム様を貶めるようなことはしない」
「ありがとうございます。……さて、この薬物の中毒症状に関する症状ですがアステリアの報告によると、強い依存性や禁断症状以外にも臓器不全や記憶喪失等の身体的不調を伴う症状は何種類か存在していて、これまでに六種類の症状パターンの存在が分かっています。これは即ちアルビオン領に流通している薬物が最低でも六種類あると言う事を意味します。これは単にそう言った薬が複数あって、このような状態になっているのか、それとも……」
「王都の目が光っていないアルビオン領の性質を悪用して新しい麻薬の人体実験を行っている可能性がある。と言う事になりますかな」
ソフィアの言葉に続けるようにセルビスが推論を述べる。その内容はソフィアが仮説として持っていた考えと一致するようで、これと言った訂正は入らない。
「……そういう事です。アートルム様が生きるこの国でそのようなふざけた真似をする輩は断固排除します。その時が来たら、私達はその全力で以てこの事件の解決に当たり、アートルム様に相応しい世に矯正するのです。我々は非公式の組織故、存在が露見した時点で負けとなります。――くれぐれも痕跡は残さないようにお願いします。それでは、作戦決行の時までは課せられた責務を果たしてください。――解散」
ソフィアの号令で他の六人は姿を消す。残ったのはソフィアと、正体不明の麻薬に蝕まれその命を落とそうとしている老いた女だけだ。
「――ごめんなさい。私に貴女を元に戻す力はない。アートルム様なら貴方を治してあげられるでしょうけれど、あの方がここに着く前に貴方の命は……。だからせめて私が楽に終わらせてあげる。――【熱操作』】
ソフィアの固有魔法【熱操作】によって女は瞬時に凍り付く。氷結によって膨張した水分は血管や内臓、脳を破壊し二度とは戻らない。
『煉獄の剣姫』そう呼ばれるソフィアの手によって、女はその生涯を閉じた。
最後はソフィアが再び【熱操作】で凍り付いた女の遺体を今度は灰に変え、それは魔法によって大きなビンに移される。
それが終わった時にはろうそくの灯りが尽き、その部屋に人の影はもう無かった。
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