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8、お茶会3

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「大丈夫?リアきゅ……リアム」

泣いていた俺を落ち着かせるように、ノエルは俺の背中をとんとんと叩きながら横から顔を覗き込んでくる。
レジナルドはサクッとノエルが『あちらで皆さんが呼んでますから!』と言って追い払ってくれた。俺は何かと考えてそんな風に言えないままでああなったわけだから、強気な姿勢に惚れそうだよ……顔も可愛いし。まあ、同じ男じゃなかったらだけど。
本当はノエルと一対一は避けなければならないのだが……いまはどうしようもないどころか、

「……別にリアきゅんでもいいけど……」

片手で止まってくれた涙の残りを拭ってから、俺はノエルと視線を合わせる。
ノエルは、え、と声を上げた。

「…………ソンンコトイッテナイヨ?」

少し間を置いて、ロボット音声のようにノエルが答える。
少し焦っているのか、俺の背中を叩く手が早まっていた。
いやいや、散々言ってたし言い・直してたし。マジかよ……え、これマジで?
隠してるつもりだったのか……

「言ってたけど……しっかりと」
「え、ええ……シラナイナァ……」

俺がなおもそう言うと、ノエルはきょろきょろとあたりを見回しながら口笛を吹く。
まてまてまて、惚けるのが下手すぎないか。なんだそのムーブ。あと、お前のその口笛……某有名な青色猫型ロボットが活躍するOPじゃん。せめてそれはこっちの音楽にすべきじゃね?!
しかし、本人は至って真剣そうだ。これ、やっぱ天然っぽいよなぁ……かまかけとかでもなさそう。……ううん。
放課後の鬼ごっこの相手はノエルだ。レジナルドもそうではあるが、どちらかと言えばあちらは俺が見掛けた端から方向転換して避けていて、探している様子も窺えたがノエルほど明確ではなかった。
ノエルは確実に俺の後を追ってきている。
だが、普段付き合う上では、今のようなボロは多いし──本人出してない気だったようだが──俺を虐げるような行動は一切ない。それどころか、好意的なのだ。それにノエルは見ている限り、攻略対象者と接触がない。学園にいる時間は四六時中、俺とセオドアにくっついてるし、放課後は俺との鬼ごっこに興じていることが多い。
無論、俺が知らない時間もあるので、こうしてお茶会に出ている以上、多少の接触はあったのだろう。そもそも聖属性の力を持っていることは周知の事実なので、興味津々な輩は多いだろうし。
今日に至ってはこうして助けてくれている。これが偶然なのか、狙ってやっているのかは分からないが……。

「あの、さ……ニホン、って言葉知ってる?」

俺は意を決して聞いてみる。
ノエルが動きを止め、

「え、え……」

ぱくぱくと金魚のように、その口が声を発しないまま動いた。
……知ってるな、これな。
いや、てかさ。動揺しまくりじゃん。大丈夫か、こいつ。

「アクタガワリュウノスケ、とか……」
「芥川龍之介⁈リアきゅん、芥川ファンなの⁈えーーーー!何が好き⁈私はね、羅生門だよ‼授業で羅生門にハマって、それから全部読んだ!!あのね、あのね!文豪を主役にしたアニメがあってね----‼それの芥川が…………ンンンンン‼」

俺の単語はノエルの琴線に触れたようで、キラキラとした瞳で語りだす。しかも早口だ。
ああ、うん。凄いな、反応が。なるほどね、オタクだね君ね。
俺がその様を見ていると、我に返ったノエルが自分の口を押える。
いくらなんでも遅すぎるだろう、それ。



「うわー……リアきゅんも転生者かぁ……いや、ちょっと様子違うよね-とかは思ってたんだけどねぇ」

ノエルが呟く。
ノエルの堂々たる暴露の後、俺は自分もこの世界に転生したこと、元々の生まれは日本であったことをかいつまんで話した。ノエルの反応からすれば、細かい出身地まではわからないものの、それが日本であるのは窺えたし、同じ程度の情報までならば出しても問題なさそうだからだ。ゲームの世界であることは今しばらく黙っておくことにした。
ノエルの立場であれば、俺ほどまでに過酷なルートではないし、知らなかったときにちょっと内容がハードすぎる気もしたのだ。
そっかぁ、とノエルはもう一度呟いて俺を見る。

「ねえねえ、リアきゅん」
「うん?」
「ノエルっていうゲーム知ってる?あのさ、そういう名前のゲームがあってね、その世界だよ。ここ」
「…………」

…………お前が言うんかい‼
俺が黙ってた意味って何よ⁈素直か‼

「あ、あ、まって‼頭おかしいとか思わないで‼本当にここ、ゲームの中……?中じゃないのかな。わかんないけど‼とにかくそういう世界で‼」

俺が黙ったことに、ノエルが慌てて言葉を繋げた。
わかったわかった。お前、天然なんだな……。

「大丈夫、知ってるよ。その感じなら僕の悲惨な結末も知ってるよね?」
「知ってるよ‼モブレでしょ、苗床でしょ……」
「いい‼言わなくてもいいよ‼とにかく、僕はそこを避けたいし、平穏に暮らしたい。ノエルは?君、僕を放課後に追っているよね?」

俺の結末を述べようとしたノエルをせき止めて、質問をする。
色々と画策して話すのも阿保らしくなり、素直に聞いてみることにしたのだ。
ノエルは、ああ、と続けたのちに

「ナイジェルとお近づきになりたいんだよね‼」

と答えた。
ナイジェル……え、それって。

「……うちの執事の?」

ナイジェル・フラット──デリカート家の執事で、ゲームの中では横暴なリアムを見限り、裏でノエルの強力なサポート役となる。攻略対象者ではないが、ノエルには欠かせないキャラクターであるし、様々な情報を流していくので、リアムにとってみればこいつも鬼門には違いない。ただ、今現在で言えば、ナイジェルはただの有能な執事だ。俺にも敵意を抱いている様子は今のところない。が……。
聞き返した俺の肩をノエルが、がっ、と掴んだ。
今までと違ってその目は見開かれている。
……しまった‼今までのことは演技で、何かしら裏が──……‼

「聞いて‼リアきゅん‼ナイジェルは!!ナイジェルは‼」
「……ナイジェルは……」
「私の‼」
「……君の……?」

俺はごくりと生唾を飲み込む。すると、ノエルがぱああああっと笑顔を浮かべた。

「最推しなの----‼この世界に来たからにはなんとしてでもナイジェルと知り合いたい‼話したい‼あわよくば一緒になりたい……‼あ、違う‼違うよ⁈下心は……あるけど‼ほら、お友達からはじめたいというか⁈そんな‼決して‼あれやこれやをしようとしているわけじゃなくてね⁈したいけど‼」

……俺の杞憂だった。やっぱこいつ天然だわ。
しかしなるほどね。それで俺を追い回してたわけか……ここで、学園でのリアムの行動が繋がった。そりゃナイジェルと会いたいなら俺と知り合ったら早いが……。

「わかった。ナイジェルが最推しなのはわかったけど……それならゲームのノエル通りに行動すれば会えるよね……?」

そうなのだ。
ナイジェルはノエルのサポート役になるので、予定通りの行動をしていればそれなりに会えるだろう。ああ、でも悪役令息役を俺がしてないと駄目なのか?
ノエルは、さも不思議そうに首をかしげる。

「え、やだよ」
「え?」
「あのね。私の最推しはナイジェルなんだけど、二番目に推しなのはリアきゅんだよ‼」
「…………僕?」

うんうん、とノエルは頷いた。

「ゲームやってても思ったけど、リアきゅんってすっごく可愛いんだよね!!高慢ちきな態度が癖になるんだよ……!でもエンドが酷くて……あれはないなー、って私は思ってたんだ。そりゃライバル役だからってのもあるかもだけどね。でもやだなって。だからリアきゅんとははじめから仲良くしたくてねー。ナイジェルと知り合いたい欲もあったけどね!ちなみに私の推しカプはナイリアだよ‼」
「ノエル……」

一人で孤独に励んできたが故に、俺の末路を否定してくれる言葉は兎にも角にも俺の心に沁みた。いらん一言もついてたけど、あえてそこは触らないでおこう。腐った思考はちょっと俺にはわからんし。

「王太子妃とか宰相の妻とかはならなくて、いいんだ?」

ノエルは俺の肩から手を外し、その手を自分の顔の前で振った。

「ないない。ぶっちゃけあの人たちに興味ないんだよね。かっこいいけど。裏があれだし、あれにはついていけないよ。私の本命はナイジェルだよぉ!あ、でもリアきゅんもナイジェルが好きなら…………うっ!ここは!苦渋の決断で……!目の前でリアルなナイリア見せてくれるなら‼」

なんだそれ⁈
リアルなナイリアって……お前も大概じゃねーーか‼
そこを拾っては藪蛇になりかねないので、溜息を吐いてから、

「ないないないない……安心していいよ」

と告げてやると、ノエルがにっこりと笑った。
ところでこの子、前世は女子っぽいか、な……?既に一人称が『私』だし。
いや、どうだろう……それだけじゃ決めつけの材料にもならないか。
もうちょっと俺たちはお互いに情報交換をすべきかもしれない。
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