王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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夜会の会場は煌びやかな光に包まれていた。
大理石の床には美しい装飾が施され、豪奢なシャンデリアが天井から柔らかな光を放っている。
中央の舞踏会場には貴族たちが華やかな衣装を纏い、談笑しながら優雅にグラスを傾けていた。

まずレオナードがエリアスを伴って入場した。
無論エリアスの立場上、横に並ぶのはタブーだ。彼は現状、側近という立場であり、レオナードの伴侶ではない。
しかし、レオナードはお構いなしにエリアスの手首を引き、ぐいと腕を絡めると、そのまま 強引に腰へと手を回した。

「レオ様……! いけません!」

低く抑えた声で警めるが、レオナードの手は微動だにしない。
まるで「誰にも渡さない」とでも言うように、確固たる力でエリアスを支配する。

(……だめだ。ここで逆らえば、余計に目立つ……)

エリアスは観念し、レオナードに抱かれたまま歩みを進めるしかなかった。

二人の姿が現れたその瞬間、場の空気が変わった。

すれ違う貴族たちの視線が、一斉にエリアスへと集まる。
驚き、疑問、好奇の入り混じった目。
まるで「王弟殿下の特別な存在」を目の当たりにし、言葉も出せないといった風情だった。

──だが、それ以上に、誰も近づこうとしない。

レオナードの圧がすべてを拒絶していた。
さらに追い打ちをかけるように、ハルトとセオドールが夜会の会場へと足を踏み入れる。
そしてまた、貴族たちの目が動いた。

(……もう、誤魔化しようがないな……)

深いため息をつきながら、エリアスは静かに思った。

「エリアス様……!」

小さな声が漏れたのは、ハルトだった。
彼は、エリアスをじっと見つめていた。

「……何か?」

エリアスが問いかけると、ハルトはふるふると首を振る。

「いえ、その……エリアス様の正装、すごく似合ってます……!」

目を輝かせながら言うハルトに、エリアスは思わず苦笑する。

「ありがとうございます。ですが、ハルト様も十分立派ですよ?」

ハルトの真紅の衣装は、御子としての威厳をしっかりと保っていた。
しかし、ハルトはどこかそわそわとした様子で、視線を逸らす。

(……なんだ? いつも以上に落ち着きがないような……)

その時、ぐっと腰を抱かれる感触がした。

「っ……?」

驚いて顔を上げると、レオナードが何事もない顔でエリアスを引き寄せている。
だが、エリアスには 彼の指にほんの少し力がこもったのを感じた。

「レ、レオ様……?」
「貴族たちの視線が鬱陶しいな」

低く呟くレオナード。
確かに、エリアスに向けられる視線の数は、普段よりも明らかに多い。
しかし、それ以上に ハルトの視線もまた、レオナードはしっかりと感じ取っていた。
エリアスもそれに気づき、何気なく視線を向ける。
そこには、じっとこちらを見つめるハルトの姿があった。

「……エリアス様……」

ぽつりと呟いたハルトの声は、どこか切なげだった。
だが、それが何に対しての感情なのかは、言葉にはしない。
ただ、ハルトの目が一瞬、レオナードへと向けられたのを、エリアスは見逃さなかった。

(……ああ)

エリアスの中で、ひとつの"答え"が形を成す。

(やっぱり、そうなんだな……)

思えば、ハルトがレオナードを見つめることは多かった。
そしてレオナードもまた、ハルトの動向を気にしているように見える。
今も、レオナードはハルトから見えるように わざわざエリアスを抱き寄せている 。

(これは……俺を隠れ蓑にしてるだけ、なんじゃないか?)

ハルトとレオナードは、互いを想い合っている。
けれど、王弟と御子という立場のせいで、それを表に出せない。
だから 自分を"間に挟む"ことで、気持ちを誤魔化しているのではないか?

(なら、俺はどうすればいいんだろう……)

エリアスの胸に、ふっと冷たいものが落ちた。
妙に腑に落ちてしまう、答え。

「……エリアス様……」

もう一度エリアスの名を呼んだハルトの声が、どこか寂しげに響く。
その声音さえも 「本当は別の人の名を呼びたいのではないか」 と思えてしまう。
エリアスは、自然と笑みを作った。

「ハルト様、お気になさらず」

それが、自分にできる最善の"応援"なのかもしれない、とさえ思いながら。
一度考えをまとめなければならない。
けれど、それを深く考える余裕もなく、レオナードがさらに腰を引き寄せる。

「ぁっ……レオ様、少し近すぎませんか……」
「そうか?」

まるで全くそう思っていない声だった。

(……本当に……何を考えてるんだか)

その時、視界の端に、見慣れた姿が映る。

──カーティスだ。

彼は少し離れた場所で、給仕の動きを注意深く見つめていた。
しかし、エリアスは その目線が貴族たちの方にも向けられている ことに気づいた。

(……カーティスは、何かを警戒している?)

「レオ様、一度放してください……」

エリアスはそっとレオナードの手を撫で、静かに言う。

「どこへ行く?」

低く響く声が、エリアスの動きを止める。
振り向くと、レオナードの金の瞳がじっとこちらを捉えていた。

「カーティスのところへ」
「必要ない」

すぐさま返された冷たい拒絶。

(またこれか……)

エリアスは内心でため息をつきつつ、落ち着いた声で返す。

「いや、必要です。仕事の打ち合わせがあるのです」

仕事、という言葉に、レオナードの目が細められる。
しかし、確かに「仕事」ならば、強引に引き留めることはできない。
それでもレオナードは しばし沈黙し、じっとエリアスを見つめたまま動かない。
まるで「本当に仕事か?」と疑うように。

「……仕方ない」

ゆっくりと手を離しながら、レオナードは短く息を吐く。
だが、その指先には ほんの僅かに未練が残っているように感じた。
エリアスは何も言わずに軽く会釈し、カーティスの方へと向かう。

「カーティス」
「お、来たか」

カーティスは小さく頷き、すぐに本題へ入る。

「給仕の動きは今のところ問題ない。ただ、さっきから妙に"貴族の方"がざわついてる」
「……?」

エリアスが問い返そうとした瞬間、

「やあ、久しぶりだね」

優雅な声が割って入った。
視線を向けると、そこにはロベルト・ヴァレントが立っていた。

「ロベルト先輩……!」

アカデミー時代、慕っていた先輩。
優秀で人望があり、貴族の間でも評判が高かった人物。
そして彼も紛れもない王族だ。先々王の皇女の息子──孫にあたりレオナードとは再従兄弟だ。
エリアスとカーティスは、思わず気を緩める。

──だが、エリアスは気づいた。

彼の視線が、エリアスのブローチに一瞬だけ落ちたことを。
そして、ロベルトは一拍置いて、穏やかに微笑んだ。

「レオナード殿下は、君を随分と大切にしているようだね」

何気ない一言。
けれど、それが 「探りを入れている」のだと二人ははすぐに察した。

(……この人、何を見ている……?)

エリアスの緊張感が、じわりと場を包んでいく。



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