3 / 12
3
しおりを挟む
社からさらに奥へと進むと、神域の景色が少しずつ変わっていった。
巨木が立ち並ぶ森を抜けると、そこにはまるで別世界のように大きな邸が広がっていた。
漆黒の屋根、白木の柱、静かに流れる小川。
普通の屋敷とは明らかに違う、神の住まう場所にふさわしい威厳がある。
けれど、どこか温かさも感じる不思議な場所だった。
「さあ、ここが僕の屋敷だよ。長くん、気を楽にして。君の家になるのだから」
橡様がそう言いながら、屋敷の門を開ける。中に一歩踏み入れた瞬間――
「わーい! 旦那様のお嫁さんだー!」
「ほんとに人間だ! わあ、綺麗!」
突然、足元から聞こえた高い声に驚いて、思わず後ろに飛び退いた。
「うわっ!?」
俺の前に現れたのは……何だこれ。小さな耳、ふわふわの尻尾、まるで人間の子どもみたいだが、よく見れば狸や狐が人の形を取ったような姿だ。
「こらこら、長くんを驚かせないの」
橡様が優しくたしなめると、小さな使い魔たちは慌てて背筋を伸ばし、俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「だって、お嫁さまが来るなんて初めてだから……」
橡様が微笑みながら俺に視線を向けた。
「紹介するよ。彼らは神使の子たちだ。ここでは僕の手足となって屋敷を守り、働いてくれているんだ」
「神使……」
小さな狐耳の女の子が、俺の袖を引っ張る。
「お嫁さま、名前はなんて言うの?」
「あ、俺は……長だ。よろしく……」
「長様だって! ねえねえ、何が好きなの?」
「好きなご飯は?」
「好きなお色は?」
「え、え……ちょっと待って、質問攻めしないで……」
次々に寄ってくる神使たちに、俺は戸惑うばかりだ。
けれど、彼らの純粋な瞳と無邪気な笑顔には、不思議と嫌悪感は湧かない。
むしろ少し癒されるような気さえする。皆、耳がぴくぴくとして可愛らしい。
「みんな、長くんはここに来たばかりだから、少し落ち着かせてあげてね」
橡様がそう言うと、神使たちは名残惜しそうに俺から離れた。
「はい、旦那様! また後で遊んでね、長様!」
「お待ちしています!」
神使たちは小走りで屋敷の奥へと散っていった。
「皆、可愛いですね……」
俺がそうつぶやくと橡様がにっこりと笑う。
「それを聞いたら、喜ぶと思うよ。さあ、中に入ろうか」
橡様は俺を屋敷の広間へと案内した。畳敷きの部屋には柔らかな光が差し込み、ほっとするような静けさが広がっている。座布団を勧められ、俺は恐る恐る腰を下ろした。
「落ち着いたかな?」
橡様が向かいに座り、優しく微笑む。
「……はい、少しだけ」
気を張っていたせいか、緊張がじわじわと解けていくのが分かる。
けれど、これからどうなるのかという不安は、やはり拭いきれない。
あと、まあ……この花嫁衣裳、俺はいつまで着ているのだろうか……。
いや、それは置いといて、だ。
「橡様、ひとつ……お聞きしてもいいですか」
「うん。何でも聞いて」
「どうして、その……先ほども聞きましたが、俺なんかを選んだんですか? 俺は……ただの村の人間で、神職の者でもないです。男だし……ここに来る理由なんて……」
どうしても謎だった。
別に俺は小さいころから何をしていたわけでもなかったし、特に美しいといったような容姿でもない。何が気に入ったのかさっぱりわからない。
橡様はしばらく黙って俺を見つめた。そして、微かに目を細めながら言った。
「理由はね、君が特別だからだよ」
「……特別?」
「そう。でも今は、それだけ知っていればいい。僕は――ずっと、君を待っていたんだ」
穏やかに、けれどどこか確信を持った言葉に、俺は言い返すことができなかった。橡様の瞳はあまりにも真っ直ぐで、その意味を探ろうとする気力さえ奪われる。
「……何だか、もう逃げられない気がしますね」
「ふふ、逃がさないよ」
橡様は冗談めかして笑うが、その笑顔には少しだけ、怖いくらいの真剣さが滲んでいた。
巨木が立ち並ぶ森を抜けると、そこにはまるで別世界のように大きな邸が広がっていた。
漆黒の屋根、白木の柱、静かに流れる小川。
普通の屋敷とは明らかに違う、神の住まう場所にふさわしい威厳がある。
けれど、どこか温かさも感じる不思議な場所だった。
「さあ、ここが僕の屋敷だよ。長くん、気を楽にして。君の家になるのだから」
橡様がそう言いながら、屋敷の門を開ける。中に一歩踏み入れた瞬間――
「わーい! 旦那様のお嫁さんだー!」
「ほんとに人間だ! わあ、綺麗!」
突然、足元から聞こえた高い声に驚いて、思わず後ろに飛び退いた。
「うわっ!?」
俺の前に現れたのは……何だこれ。小さな耳、ふわふわの尻尾、まるで人間の子どもみたいだが、よく見れば狸や狐が人の形を取ったような姿だ。
「こらこら、長くんを驚かせないの」
橡様が優しくたしなめると、小さな使い魔たちは慌てて背筋を伸ばし、俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「だって、お嫁さまが来るなんて初めてだから……」
橡様が微笑みながら俺に視線を向けた。
「紹介するよ。彼らは神使の子たちだ。ここでは僕の手足となって屋敷を守り、働いてくれているんだ」
「神使……」
小さな狐耳の女の子が、俺の袖を引っ張る。
「お嫁さま、名前はなんて言うの?」
「あ、俺は……長だ。よろしく……」
「長様だって! ねえねえ、何が好きなの?」
「好きなご飯は?」
「好きなお色は?」
「え、え……ちょっと待って、質問攻めしないで……」
次々に寄ってくる神使たちに、俺は戸惑うばかりだ。
けれど、彼らの純粋な瞳と無邪気な笑顔には、不思議と嫌悪感は湧かない。
むしろ少し癒されるような気さえする。皆、耳がぴくぴくとして可愛らしい。
「みんな、長くんはここに来たばかりだから、少し落ち着かせてあげてね」
橡様がそう言うと、神使たちは名残惜しそうに俺から離れた。
「はい、旦那様! また後で遊んでね、長様!」
「お待ちしています!」
神使たちは小走りで屋敷の奥へと散っていった。
「皆、可愛いですね……」
俺がそうつぶやくと橡様がにっこりと笑う。
「それを聞いたら、喜ぶと思うよ。さあ、中に入ろうか」
橡様は俺を屋敷の広間へと案内した。畳敷きの部屋には柔らかな光が差し込み、ほっとするような静けさが広がっている。座布団を勧められ、俺は恐る恐る腰を下ろした。
「落ち着いたかな?」
橡様が向かいに座り、優しく微笑む。
「……はい、少しだけ」
気を張っていたせいか、緊張がじわじわと解けていくのが分かる。
けれど、これからどうなるのかという不安は、やはり拭いきれない。
あと、まあ……この花嫁衣裳、俺はいつまで着ているのだろうか……。
いや、それは置いといて、だ。
「橡様、ひとつ……お聞きしてもいいですか」
「うん。何でも聞いて」
「どうして、その……先ほども聞きましたが、俺なんかを選んだんですか? 俺は……ただの村の人間で、神職の者でもないです。男だし……ここに来る理由なんて……」
どうしても謎だった。
別に俺は小さいころから何をしていたわけでもなかったし、特に美しいといったような容姿でもない。何が気に入ったのかさっぱりわからない。
橡様はしばらく黙って俺を見つめた。そして、微かに目を細めながら言った。
「理由はね、君が特別だからだよ」
「……特別?」
「そう。でも今は、それだけ知っていればいい。僕は――ずっと、君を待っていたんだ」
穏やかに、けれどどこか確信を持った言葉に、俺は言い返すことができなかった。橡様の瞳はあまりにも真っ直ぐで、その意味を探ろうとする気力さえ奪われる。
「……何だか、もう逃げられない気がしますね」
「ふふ、逃がさないよ」
橡様は冗談めかして笑うが、その笑顔には少しだけ、怖いくらいの真剣さが滲んでいた。
21
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
BLドラマの主演同士で写真を上げたら匂わせ判定されたけど、断じて俺たちは付き合ってない!
京香
BL
ダンサー×子役上がり俳優
初めてBLドラマに出演することになり張り切っている上渡梨央。ダブル主演の初演技挑戦な三吉修斗とも仲良くなりたいけど、何やら冷たい対応。
そんな中、主演同士で撮った写真や三吉の自宅でのオフショットが匂わせだとファンの間で持ち切りに。
さらに梨央が幼い頃に会った少女だという相馬も現れて──。
しゅうりおがトレンドに上がる平和な世界のハッピー現代BLです。
王子の宝剣
円玉
BL
剣道男子の大輔はあるとき異世界に召喚されたものの、彼がそこに召喚されたこと自体が手違いだった。
異世界人達が召喚したかったのはそもそもヒトでは無かった。
「自分なんかが出てきちゃってすんません」と思って居たが、召喚の儀式の中心人物だったエレオノール王子は逆に彼を巻き込んでしまったことに責任を感じて・・・
1話目の最初の方、表現はザックリ目ですが男女の濡れ場が有りますので、お嫌いな方は避けてください。
主に攻め視点。攻め視点話の率が少なめに感じたので自力供給する事にしました。
攻めは最初性の知識がほとんどありません。でもきっと立派にやり遂げます。
作者は基本甘々およびスパダリ、そしてちょっと残念な子が好きです。
色々と初心者です。
R-18にしてありますが、どのレベルからがR-15なのか、どこからがR-18なのか、いまいちよくわかってないのですが、一応それかなと思ったら表示入れておきます。
あと、バトル描写の部分で、もしかすると人によってはグロいと感じる人が居るかも知れません。血とか内臓とか欠損とか苦手な方はご注意ください。魔獣なら大丈夫だけど対人間だと苦手だという方もご注意ください。ただ、作者自身は結構マイルドな表現にしているつもりではあります。
更新は不定期です。本業が忙しくなると暫くあいだがあいてしまいます。
一話一話が文字数多くてスミマセン。スマホだと大変かと思いますがこれが作者のペースなもんで。
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
龍神様の神使
石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。
しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。
そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。
※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる