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1章 囚われた生活

1.16 状況確認

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 その日、おとうさまとおかあさまが宿屋にやって来て状況を教えてくれた。お母様は記憶にある通りの優しい眼に、優しい声だった。とても綺麗でやさしそうなおかあさまだった。

 おとうさまから僕についての状況を教えてくれた。聞いていて少しおかしいところがあるが、自分の立場や状況は理解した。
 まず僕はクルスヴィスト領の領主の弟オルトヴィアー様の子供だ。1歳の時に誘拐された。
 上級貴族の家から子供が誘拐されたと言うのは護衛をおろそかにしていた。あるいは身内の裏切りによって連れ去られたなど、一族の恥なので隠したらしい。
 ばれない様にするために、親戚のなかで公にはなっていない子供を貰って来て育てることにしたそうだ。
 偽者の子供はいつでも入れ替えが出来るような子どもが選ばれた。ちょうど親戚にめかけが生んだ隠された子供がいたのでその子を借りてきたそうだ。
 偽者の子供は入れ替えられた子供とは知らされずに育った。予定では子供が自我を持つ前に見つけて元に戻すつもりだったそうだ。だが調査は難航し、そのうちに子供は大きくなり、周りの子供もその子をクレストリアと認識する事になった。
 大きくなってからは、もし本物が見つかったら体が弱かった双子の弟として紹介すればよいと考えていたそうだ。
 だがその子は健康を害し、半年前から寝込んだ。そして2ヶ月前に亡くなった。本物も6年探して見つからなかったのでもう生きていないだろうと諦めていたそうだ。そこに急に僕が見つかったらしい。
 ここで再び僕が見つかったので公に出すことになった。死んだクレストリアは親戚から連れて来ていたが予想以上に僕に似ていた。幸い、クレストリアが死んだことを知る者は少なく家族だけ。そこで、公には死んでいない事にしてこのまま入れ替えることにするそうだ。
 それに盗賊の根城から僕が見つかったのも事実で多くの騎士が知っている。だから誘拐を隠すことは出来ない。
 半年前から誰にも会わなくなったのは体調を崩したのではなく誘拐されたことにするそうだ。
 そして半年の誘拐がショックとなり以前の記憶を忘れている。そうする事で親戚の子供と遊んだ記憶が無いことをごまかすそうだ。
 うーん、難しい。普通の7歳児には理解できないぐらいに長くて複雑な話だ。もちろん僕は設定を理解した。なんとなく設定に矛盾がある気もしなくもないが、システィナ様の声は僕の母親の声と一緒。なのでこの話は間違いないのだろう。たぶん。
 それに僕の事を自分の子供として受け入れたくれたのだ。疑うのはやめて、素直におとうさま、おかあさまと呼ぶことにした。

 そして僕は秋の終わりに聖礼式を受けるそうだ。貴族は聖礼式をうけて初めて認められるらしい。なので、秋の聖礼式でお披露目をすることになるらしい。

 ウルレアールについて。
 彼女の旦那は案の定別の妻を娶っている。そして本物のクリストはウルレアールの実家クスケット家に引き取られ元気に暮らしているそうだ。クスケット家には連絡が行っておりウルレアールを迎え入れる準備ができているそうだ。そして本人が希望するならウルレアールとその息子をクルスヴィスト領で引き受けることもできるそうだ。
 エルレドルアでは、引き取られた子供と言う事でクリストも形見の狭い思いをしているらしく、クスケット家からも申し入れがあったそうだ。
 なので、ウルレアールは、冬の領主会談のときにエルレドルア領に戻る。その後は、準備が整い次第、息子と共にクルスヴィスト領に移動する。
 そのためにもウルレアールは冬までに中級貴族の旦那を決めなければいけないそうだ。既に討伐隊の中にいた数名の中級騎士が名乗りをあげているらしい。ダーヴィッドからの扱いを知っていてもなお引き受けしたいと言う男性が数名いたそうだ。
 領主会議までに見合いをして、後で返事をくれれば良いとおとうさまが言っていた。

「あの、父上。ダーヴィッドはどうなったのですか?」
「ああ、ダーヴィッドはその場で処刑した。魔法攻撃をしてきたので応戦した。その時の魔法攻撃で跡形もなく消えた。きになるのか?」
「ダーヴィッドの亡骸は確認したのですか」
「いや、跡形もなく消えたからな。なにも残っていなかったぞ」
「跡形も無い。なら死んだかどうかわかりませんよね」
「私の最大攻撃だ。下級貴族の守りでは守りきれぬ」
「ですが、ダーヴィッドは転移魔法が使えます。最後に僕から魔力を吸い上げた時に大粒の魔石も5つ作りました。その前の分もあるはずです。攻撃で魔石も消えるのですか?」
「なんだと。そんなに魔石を持っているのか。確かに爆撃で魔石は壊れん。だが、転移の魔道具は地面に魔法陣が浮き出てからでなければ転移が出来ないはずだ。あの時にその様な魔方陣はなかった」
「ダーヴィッドは僕らに”自分の転移魔法は固有の魔法で、どこからでも転移ができて魔方陣は必要ない。魔石があれば好きな時に好きな所へ行ける。ただし転移先には制約がある。と言ってました」
「なんらかの魔道具を使っているとは思っていた。今回はそのような兆候がなかったから転移はしていないと考えていた。そうか固有スキルで転移魔法を使えるのか。つまり魔石が落ちていなかったのだから逃げたのか。下級貴族だから油断していた」
「ダーヴィッドが固有スキルで転移を使える情報はなかったのですか」
「かつての資料で固有スキルで転移魔法を使える賢者がいた記録はあるが、やつがそのような特別な力を持っているとは知られていない」
「そうですか。ですが、魔石が無いなら待ちがいなく生きているはずです。警戒してください」
「ああ、そうさせよう。少なくともこの領地に二度と入らぬようにせねば成らん」
「それで、私の扱いは決まったのですか。エリックをどうするのかも知りたいのですが」
「ああ、決まった。クレストリアは、家に来なさい。エリックも家の料理人として雇おう。他にも雇って欲しいものがいるなら考慮するぞ」
「エリーと言う少女がお菓子作りが得意です。エリックとも仲が良いのでお願いします。それとエリーの父親を含めて数名はクライスバーク領から転移で連れてこられたそうです。他の家族がクライスバーク領地に居て、この秋の収穫が終われば賃金と共に戻る予定になっていました。彼が帰らなければ家族が飢えて死にます。冬の前に戻すか給金だけても送ってあげることが出来ないでしょうか。」
「ああ、報告は聞いているが、その者達は別にお主と仲が良かったわけでも無い唯の平民だろう。なぜそう気にする。明日以降2度と会わぬただの平民だ。彼らがどうなろうとお主には関係なかろう」
「確かに。私はもう2度と会うことは無い。彼らがこの後どう生きようと私には一切関係がないし影響もない。彼らはダーヴィッドに騙されて連れてこられた人々。僕が何かをやってあげる必要も無いのでしょう。賠償すべきはダーヴィッドです。ですが僕にとっては彼らは今までの世界が全てです。明日から関係ないとしても彼らがきちんと前に踏み出せるのか気になります。自分が前に踏み出すためには彼らも前に踏み出せるようになっていなければいけないと思うのです。だめでしょうか」
「クレストリアはとてもやさしいのね。平民と共に生活していたのだから彼らの処遇が気になるのね。私が責任を持って対処しましょう。希望するものはこの地で働き、戻りたい者は戻れるようにしてあげます。だから明日からはあなたは貴族として貴族の世界をみるのよ」
 これが平民との関係は最後ですよと言う事か。
「おかあさま、ありがとうございます。僕の憂いが無くなるなら彼らのことは忘れて明日から貴族としての生活を受け入れます」
「そう、良い返事ね。ウルレアール様は、先ほど話したとおり冬の領主会議まではこの地に留まってもらいます。クレストリアの聖礼式が終わる頃になりますがそれまでは家にいてもらうつもりです。希望するならクレストリアの傍仕えとしてクレストリアの近くで面倒を見ます。客人としてクレストリアから一歩離れた生活をする事もできます。どちらが良いですか?」
「許されるならば、時間いっぱいまでクレストリア様の側にいさせて下さい。傍仕えを許されるならばその立場でお世話をしたいと思います」
「わかりました。ではそうしましょう」
「ありがとうございます」


「クレストリア。暫くは家で休憩をして、領主夫妻に挨拶ができるぐらいの教育を行う。数日経ったら城へ向かう。領主への報告が必要だ。それと、そなたには妹と弟がいる。これに領主や親戚の名前を書いておいた。覚えておきなさい。では明日の朝9の刻に迎えに来るから、支度を済ませるように。では我々は一度家に帰る。また明日向かえるに来る今日はゆっくり休みなさい」


 おとうさまと、おかあさまは家に帰った。おかさまは何度もこちらを振り返り、そのたびにおとうさまが手を引いて進んで行った。
 僕らは移動疲れもあり、すぐにベットに入る。巨大なベットだった。今までの自分達の寝床に比べると部屋よりも大きい。期待して布団に入り込んだが期待は裏切られた。フワフワの布団を期待したが、すこし固めだった。思いっきりダイブしなくて良かった。とりあえずこの寝具は板の上に薄い綿が敷いてあるだけだった。
「おかあさま、高級な宿屋なのに、ここでも自分達で作った寝具の方が柔らかくて気持ちよいですね」
「そうね。特にまだ暑い季節だから布団も薄いものにしてあるのでしょう。あなたが作った布団は荷物入れには入っているから明日お屋敷に着いたら出しましょうね」
「はい。ではおやすみなさい」

 オルトヴィアーの馬車の中
「システィナ、双子の様な生き写しなどと言うのは息子とあまり接していなかった私の見間違え。そして息子のかわりになどいないと言ってなかったか」
「そうでしたか。ええ、あれほど似ているとは思いませんでした。あの顔、あの声でおかあさまと呼ぶのですもの。その瞬間に全て消し飛んでしまいました。姉さまの子供と頭では解っていたのですが、私が母親にならないといけないのだと思いました」
「だが、声を覚えていると言っていたが、まさかあの子が疑いもなくそなたを母と呼ぶとは思わなかった」
「そうですね。状況を聞く感じでは嘘とは思えません。あの年で連れ去れたのならウルレアールを母親と認識していてもよいはずなのに、育ての母ときちんと区別したそうですし、あの子は本当に1歳の時の記憶があるのでしょうね。私の声と姉の声を勘違いしいたのは嬉しい誤算です。私の事を本当の子供と思っているのですからそう扱いましょう。本当のことを知るのは大人になってからよいでしょう」
「そうだな。いままで大変な人生を送ったのだ、我々が姉の変わりに良い人性を与えよう」
「ええ、本当のクレストリアは死んでしまったけれど、クレストリアの名が有名になればそれはあの子の業績になるのですから。名前を使うけど許してくれるわよね」
「ああ、お前がこのままふせぎこんでいるよりは、クレストリアの為に生き生きと生活する事を喜ぶだろう。あの子もやさしい子だったからな」
「そうですね。良く似た性格だわ。だからあの子には悪いけど、明日から私はあの子が本当のクレストリアだと思って暮らします」
「私もそうするよ。あの子には悪いけど忘れることにする。少なくともクレストリアが大人になるまではな」
「そうですね」
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