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第二章
明日への手紙
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朝目が覚めると、なんだか前の日よりも少し爽やかな空気が体に流れ込んできた気がした。魔力を持たない優人には、魔物が放っていたものの影響はないのだろうから、きっと気分の問題だ。
それでも、向かいのベッドで目を覚ましたカミーユが気持ち良さそうに深呼吸をしているのを見ると、気のせいではないような気もしてくる。仲間が、村が元通りになってよかった。そう思えた。
朝のうちに出発する準備を整え、来たときとは別の方角にある村の出口まで歩いた。
「おい、少し待ってくれ」
「どうかしたのか?」
もう村を出ようというときになって、カミーユが声をかけて立ち止まった。きょろきょろと周りを見回し誰かを探しているようだったが、目当ての人は見つからないのか、ひとつ舌打ちをした。
「ああ、少しここで待ち合わせをしてるんだが……まだ来てねえみたいだな」
遅れるなっつったのによ、とカミーユは鼻をならしたが、さほど不機嫌という訳でもなさそうだった。しかめ面をしているのには変わりないのだが、だんだんと慣れてきた優人はカミーユの機嫌が良いのか悪いのかくらいはわかるようになってきていた。おかげで無駄に怯えずに済む。
少し待った頃に、遠くからおーい、と声が聞こえてきた。
「やっと来やがった!」
声のほうへ視線を向ければ、カミーユと親しげにしていた職人のおじさんが慌てた様子で走ってきているのが見える。それに、弟子の青年と、採掘場で異変を教えてくれた少年も後から付いてきている。
「おぅい、待たせたな!もう行っちまったかと思ったぜ」
「遅ぇぞじいさん!」
「バカ言え、お前さんが無茶を言うからだろうが」
カミーユと言い合うおじさんの姿は、もうあの背を丸めていたときとは大違いだった。はきはきと大きな声で喋り、表情も明るい。元気になったのだなと優人とエリーは安心した。
「おじさん、どうしたの?」
「おう、コイツに頼まれたモンを持ってきたのよ!ホレ見ろ」
おじさんは大事そうに小包を抱えて持っていたのを三人の前に出して見せてくれた。布を解くと桐箱がいくつか覗き、それを開けば、見事な細工が施されたアクセサリーが姿を現した。
「わあ、すごい。これ、おじさんが?」
どれも銀色が輝く美しい装飾だった。ぴかぴかと曇りのないそれは、まだ誰のものでもないのだとわかる。
「俺が頼んで作らせたんだ、フン、やっぱりやればできるじゃねえか」
「よく言うぜ、いきなり夕方に来て大金置いて明日の朝までに用意しとけときたもんだ」
「昨日どこかへ行ったと思ったら、そういうことだったのか……」
良い出来だ、と嬉しそうにアクセサリーを眺めるカミーユは、見たことのないくらいに幸せそうで、やはりこれはカミーユ自身の趣味なのではないだろうかと思ってしまう。
「……っていうことは、これを一晩で!?すごいですね」
「大したことはねえよ、今までサボってたからな、そのぶんを取り戻させてもらったよ」
「俺も少しお手伝いしたんですよー!」
弟子の青年が嬉しそうに話す。それに、素材は彼が用意したものらしい。師弟の合作に、カミーユも満足そうである。
「…カミーユ、これは?」
エリーが目をつけたのは、カミーユが手にしている大きめの装飾がついた他のアクセサリーたちとは違う、ひとつだけ質素なデザインのネックレスだった。確かに他のものとはあまりに差がある。金属のチェーンではなく革紐に括られたシルバーは、平たく小さなプレートのような形を縁取るようにライン状の窪みがあるだけで、装飾という装飾のないシンプルなものだった。
「ああ、それか」
カミーユはそれに視線を移すと、少し気まずそうに頭を掻いてそれを手に取ると、ぽいっと優人に投げて寄越した。
「え?」
「お前にやる、それはお前のぶん」
「え、僕の?」
突然のことに優人が戸惑っていると、そうだっつってんだろ、とカミーユが少し不機嫌な声をあげる。怒らせてはいけないと思い、咄嗟にありがとう、と言いそのまま受け取ってしまう。とは言え、カミーユからネックレスを貰う意図がわからず驚いた顔をしたままだ。
「変な顔してんじゃねえよ!勘違いすんな、それもまじないだ、まじない!お前、ここに来て二回くらい危ない目にあってんだろ」
「ああ、なるほど……」
「危なっかしいんだよ、お前は!いざというときはソイツが守ってくれる、なくすんじゃねえぞ!」
まさかカミーユからアクセサリーを贈られるとは夢にも思っておらず優人は困惑したが、理由を聞いて納得した。確かに山登りの最中にも、山頂での戦闘でも、あと一歩間違えばどうなっていたかわからない瞬間があった。カミーユはそれを心配していてくれたのだ。
「ありがとう、カミーユ」
「フン、お前に居なくなられちゃ困るからだよ。いいか、過信するなよ。それが効くのは一回きりだからな!」
そんな気の強いキャラクターのお手本のような台詞を吐いて、カミーユはそっぽを向いてしまう。エリーは素直じゃないな、と笑っていた。
「あの、みなさま」
おじさんや弟子の青年の後ろについてきていたあの少年が、ふいに話しかけてきた。気のせいか、初めて顔を見たときよりもいくらか明るい表情をしている。
「おう、どうした」
「昨日は、僕の話を聞いてくれて……信じてくれて、本当にありがとうございました。おじいさんからお聞きしました、その…強い魔物が居たって」
少年のその言葉を聞いて、三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「なに、たいしたことではない。むしろ少年のおかげで魔物を見つけることができた。心から感謝する」
エリーがそう言うと、少年は恐縮しながらも少し嬉しそうにはにかみ、頭をかく仕草を見せた。そうした後、改めて三人の前に姿勢を正し向き直ると、あの、とまた話を切り出した。
「みなさまは、これからマヒアドに向かわれるんですよね?」
「うん、そうだよ」
少年はそう聞くと、一通の白い封筒に入った手紙を優人に手渡す。
「これは、兄からです。兄はまだ少し体調が優れなくて、お見送りには来られなかったので僕が預かってきました」
「お兄さんから?」
「はい。兄はマヒアドの魔法騎士団に所属していました。そのなかでも、色々と研究もしていたみたいです。僕は詳しくは知らないんですけど、きっとみなさまの役に立つだろうからって……。その中は、紹介状みたいなものだと言っていました。それを研究室の人に渡せば、良くしてくれるはずだと」
手渡された手紙をよく見てみると、確かに封筒の隅に捺してある印はそれらしい紋になっていて、エリーがそれを見るとおお、と声をあげていたのを見ると、どうやら本当に騎士団の者による手紙だとわかるようになっている。
「兄は、研究室に着いたらアレクという男に会うように言っていました。アレクという人は、兄の友人なのです。この手紙はマリオンからだと言えば早いそうです、マリオンというのは兄の名です」
「おお、何から何まですまないな。少年には助けられてばかりだな」
揃って礼を言うと、少年は誇らしそうに笑った。
「いえ、僕にできることがあるなら嬉しいです。……僕、ずっと自分に自信がなくて…でも、救世主様たちが僕を信じてくれて、ありがとうって言ってくれて……少しは自分のことを信じてもいいのかなって気持ちになりました。だから、これはお礼なんです」
やはり、そう言って笑顔を見せる少年は昨日とは違い、前を向いていた。
三人は少年から受け取った手紙をしっかりと受け取り、おじいさんと弟子の青年、そして少年に見送られカローナの村を後にした。
マヒアドへの道のりは、カローナへ向かっていたときとほぼ同じような景色だった。違うのは、行く方角に山がないことくらいだ。マヒアドは山などはなく平坦で、カローナの山々から注ぐ川が街の中心に流れるところだという。
カローナへ向かうときは激しく襲いかかってきた魔物たちも、山頂の魔物を封印した影響からか、出てくる気配はなかった。念のためでこぼことしたところは歩かないようにするものの、心配することもなさそうだ。
「ラッキーだったな。まさか紹介状が貰えるとは」
カミーユが貰った紹介状を陽に透かし眺めながら言った。
「研究室って、やっぱり誰でも入れるようなところじゃないんだ」
「一般公開されてるところもあるがな。そこはただの図書館みたいなモンだ。ただのっつっても、蔵書の数はハンパじゃねえがな」
「ああ、何度か足を運んだことがあるが、目が回るくらいの数の本がある。しかし今用事があるのはその奥だな。そこは何らかのコネクションがないと入るのは許可されていないと聞いている」
「まあ俺とエリーの名前を出せばいけるかと踏んでたが、元団員でもあり、元研究員の紹介があれば安心だろうな」
歩き続けてしばらく、やはり山頂の木の魔物を封印したことにより鎮静化した魔物たちは姿を見せなかった。魔物を封印することが目的である旅としては複雑なものだが、おかげで思っていたよりも早いペースで進むことができている。
しかし元々、デアルクスからカローナへの距離よりもカローナからマヒアドへの距離のほうが倍近く長い。昼過ぎに一度休憩をとり、それからまた黙々と歩き続けたが、遠くに街が見えてきた頃には既に陽が傾き始めていた。
「かなり歩いたね……ようやく見えてきた」
「ああ、しかしマヒアドへはここからが大変だぞ」
「えっ?それはどういう……?」
疲れた声をあげた優人にエリーが返した言葉の意味は、優人が更に言葉を返す前に理解することとなる。
「うわ、魔物……!?」
いつの間にか、優人たちは獣の姿をした魔物たちに辺りを囲まれていた。それはまさに野生の獣の如く、まったく気配を感じさせなかった。戦いに慣れて感覚の鋭いエリーが一声かけなければ、そのまま襲われていただろうと思うほど、魔物たちの包囲は密やかで、そして速やかだった。
「気をつけろ、この辺りの魔物は手強いぞ。それに数も多い」
「……わかった」
カローナの村で、マヒアドでは自分の身を守れるくらいの戦う力がなければ暮らせない街だと聞いていた。確かに、一度に襲い来る魔物の数はこの状況を見るだけでも多いと感じる。魔物の姿も、獰猛な牙が覗いていることや、カバを思わせるような弾力があり分厚い体表はそう簡単に刃が立ちそうにもない。一目見て強いということがわかる。
けれど、優人は不思議と落ち着いていた。不安はある。それでも、カローナの山頂でエリーが居なくても戦えたこと、一度だけでも捕らわれたカミーユを助けられたことは、優人にとって確かな自信となっていた。それは決して自分が強くなったなどという錯覚や慢心ではなく、自分の身を守る程度のことはできるはずだというほんの少しの心の余裕による落ち着きだった。
「…やるぞ!」
その凪いだ瞳の奥を見やったエリーは、それを確かに感じ取り、少しの嬉しさに思わず唇の端をつり上げた。不適に笑ったようにも見えるその姿は、更に優人を安心させた。
その振るう剣も、今までよりももっと迷いなくまっすぐな軌道を描いた。
それでも、向かいのベッドで目を覚ましたカミーユが気持ち良さそうに深呼吸をしているのを見ると、気のせいではないような気もしてくる。仲間が、村が元通りになってよかった。そう思えた。
朝のうちに出発する準備を整え、来たときとは別の方角にある村の出口まで歩いた。
「おい、少し待ってくれ」
「どうかしたのか?」
もう村を出ようというときになって、カミーユが声をかけて立ち止まった。きょろきょろと周りを見回し誰かを探しているようだったが、目当ての人は見つからないのか、ひとつ舌打ちをした。
「ああ、少しここで待ち合わせをしてるんだが……まだ来てねえみたいだな」
遅れるなっつったのによ、とカミーユは鼻をならしたが、さほど不機嫌という訳でもなさそうだった。しかめ面をしているのには変わりないのだが、だんだんと慣れてきた優人はカミーユの機嫌が良いのか悪いのかくらいはわかるようになってきていた。おかげで無駄に怯えずに済む。
少し待った頃に、遠くからおーい、と声が聞こえてきた。
「やっと来やがった!」
声のほうへ視線を向ければ、カミーユと親しげにしていた職人のおじさんが慌てた様子で走ってきているのが見える。それに、弟子の青年と、採掘場で異変を教えてくれた少年も後から付いてきている。
「おぅい、待たせたな!もう行っちまったかと思ったぜ」
「遅ぇぞじいさん!」
「バカ言え、お前さんが無茶を言うからだろうが」
カミーユと言い合うおじさんの姿は、もうあの背を丸めていたときとは大違いだった。はきはきと大きな声で喋り、表情も明るい。元気になったのだなと優人とエリーは安心した。
「おじさん、どうしたの?」
「おう、コイツに頼まれたモンを持ってきたのよ!ホレ見ろ」
おじさんは大事そうに小包を抱えて持っていたのを三人の前に出して見せてくれた。布を解くと桐箱がいくつか覗き、それを開けば、見事な細工が施されたアクセサリーが姿を現した。
「わあ、すごい。これ、おじさんが?」
どれも銀色が輝く美しい装飾だった。ぴかぴかと曇りのないそれは、まだ誰のものでもないのだとわかる。
「俺が頼んで作らせたんだ、フン、やっぱりやればできるじゃねえか」
「よく言うぜ、いきなり夕方に来て大金置いて明日の朝までに用意しとけときたもんだ」
「昨日どこかへ行ったと思ったら、そういうことだったのか……」
良い出来だ、と嬉しそうにアクセサリーを眺めるカミーユは、見たことのないくらいに幸せそうで、やはりこれはカミーユ自身の趣味なのではないだろうかと思ってしまう。
「……っていうことは、これを一晩で!?すごいですね」
「大したことはねえよ、今までサボってたからな、そのぶんを取り戻させてもらったよ」
「俺も少しお手伝いしたんですよー!」
弟子の青年が嬉しそうに話す。それに、素材は彼が用意したものらしい。師弟の合作に、カミーユも満足そうである。
「…カミーユ、これは?」
エリーが目をつけたのは、カミーユが手にしている大きめの装飾がついた他のアクセサリーたちとは違う、ひとつだけ質素なデザインのネックレスだった。確かに他のものとはあまりに差がある。金属のチェーンではなく革紐に括られたシルバーは、平たく小さなプレートのような形を縁取るようにライン状の窪みがあるだけで、装飾という装飾のないシンプルなものだった。
「ああ、それか」
カミーユはそれに視線を移すと、少し気まずそうに頭を掻いてそれを手に取ると、ぽいっと優人に投げて寄越した。
「え?」
「お前にやる、それはお前のぶん」
「え、僕の?」
突然のことに優人が戸惑っていると、そうだっつってんだろ、とカミーユが少し不機嫌な声をあげる。怒らせてはいけないと思い、咄嗟にありがとう、と言いそのまま受け取ってしまう。とは言え、カミーユからネックレスを貰う意図がわからず驚いた顔をしたままだ。
「変な顔してんじゃねえよ!勘違いすんな、それもまじないだ、まじない!お前、ここに来て二回くらい危ない目にあってんだろ」
「ああ、なるほど……」
「危なっかしいんだよ、お前は!いざというときはソイツが守ってくれる、なくすんじゃねえぞ!」
まさかカミーユからアクセサリーを贈られるとは夢にも思っておらず優人は困惑したが、理由を聞いて納得した。確かに山登りの最中にも、山頂での戦闘でも、あと一歩間違えばどうなっていたかわからない瞬間があった。カミーユはそれを心配していてくれたのだ。
「ありがとう、カミーユ」
「フン、お前に居なくなられちゃ困るからだよ。いいか、過信するなよ。それが効くのは一回きりだからな!」
そんな気の強いキャラクターのお手本のような台詞を吐いて、カミーユはそっぽを向いてしまう。エリーは素直じゃないな、と笑っていた。
「あの、みなさま」
おじさんや弟子の青年の後ろについてきていたあの少年が、ふいに話しかけてきた。気のせいか、初めて顔を見たときよりもいくらか明るい表情をしている。
「おう、どうした」
「昨日は、僕の話を聞いてくれて……信じてくれて、本当にありがとうございました。おじいさんからお聞きしました、その…強い魔物が居たって」
少年のその言葉を聞いて、三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「なに、たいしたことではない。むしろ少年のおかげで魔物を見つけることができた。心から感謝する」
エリーがそう言うと、少年は恐縮しながらも少し嬉しそうにはにかみ、頭をかく仕草を見せた。そうした後、改めて三人の前に姿勢を正し向き直ると、あの、とまた話を切り出した。
「みなさまは、これからマヒアドに向かわれるんですよね?」
「うん、そうだよ」
少年はそう聞くと、一通の白い封筒に入った手紙を優人に手渡す。
「これは、兄からです。兄はまだ少し体調が優れなくて、お見送りには来られなかったので僕が預かってきました」
「お兄さんから?」
「はい。兄はマヒアドの魔法騎士団に所属していました。そのなかでも、色々と研究もしていたみたいです。僕は詳しくは知らないんですけど、きっとみなさまの役に立つだろうからって……。その中は、紹介状みたいなものだと言っていました。それを研究室の人に渡せば、良くしてくれるはずだと」
手渡された手紙をよく見てみると、確かに封筒の隅に捺してある印はそれらしい紋になっていて、エリーがそれを見るとおお、と声をあげていたのを見ると、どうやら本当に騎士団の者による手紙だとわかるようになっている。
「兄は、研究室に着いたらアレクという男に会うように言っていました。アレクという人は、兄の友人なのです。この手紙はマリオンからだと言えば早いそうです、マリオンというのは兄の名です」
「おお、何から何まですまないな。少年には助けられてばかりだな」
揃って礼を言うと、少年は誇らしそうに笑った。
「いえ、僕にできることがあるなら嬉しいです。……僕、ずっと自分に自信がなくて…でも、救世主様たちが僕を信じてくれて、ありがとうって言ってくれて……少しは自分のことを信じてもいいのかなって気持ちになりました。だから、これはお礼なんです」
やはり、そう言って笑顔を見せる少年は昨日とは違い、前を向いていた。
三人は少年から受け取った手紙をしっかりと受け取り、おじいさんと弟子の青年、そして少年に見送られカローナの村を後にした。
マヒアドへの道のりは、カローナへ向かっていたときとほぼ同じような景色だった。違うのは、行く方角に山がないことくらいだ。マヒアドは山などはなく平坦で、カローナの山々から注ぐ川が街の中心に流れるところだという。
カローナへ向かうときは激しく襲いかかってきた魔物たちも、山頂の魔物を封印した影響からか、出てくる気配はなかった。念のためでこぼことしたところは歩かないようにするものの、心配することもなさそうだ。
「ラッキーだったな。まさか紹介状が貰えるとは」
カミーユが貰った紹介状を陽に透かし眺めながら言った。
「研究室って、やっぱり誰でも入れるようなところじゃないんだ」
「一般公開されてるところもあるがな。そこはただの図書館みたいなモンだ。ただのっつっても、蔵書の数はハンパじゃねえがな」
「ああ、何度か足を運んだことがあるが、目が回るくらいの数の本がある。しかし今用事があるのはその奥だな。そこは何らかのコネクションがないと入るのは許可されていないと聞いている」
「まあ俺とエリーの名前を出せばいけるかと踏んでたが、元団員でもあり、元研究員の紹介があれば安心だろうな」
歩き続けてしばらく、やはり山頂の木の魔物を封印したことにより鎮静化した魔物たちは姿を見せなかった。魔物を封印することが目的である旅としては複雑なものだが、おかげで思っていたよりも早いペースで進むことができている。
しかし元々、デアルクスからカローナへの距離よりもカローナからマヒアドへの距離のほうが倍近く長い。昼過ぎに一度休憩をとり、それからまた黙々と歩き続けたが、遠くに街が見えてきた頃には既に陽が傾き始めていた。
「かなり歩いたね……ようやく見えてきた」
「ああ、しかしマヒアドへはここからが大変だぞ」
「えっ?それはどういう……?」
疲れた声をあげた優人にエリーが返した言葉の意味は、優人が更に言葉を返す前に理解することとなる。
「うわ、魔物……!?」
いつの間にか、優人たちは獣の姿をした魔物たちに辺りを囲まれていた。それはまさに野生の獣の如く、まったく気配を感じさせなかった。戦いに慣れて感覚の鋭いエリーが一声かけなければ、そのまま襲われていただろうと思うほど、魔物たちの包囲は密やかで、そして速やかだった。
「気をつけろ、この辺りの魔物は手強いぞ。それに数も多い」
「……わかった」
カローナの村で、マヒアドでは自分の身を守れるくらいの戦う力がなければ暮らせない街だと聞いていた。確かに、一度に襲い来る魔物の数はこの状況を見るだけでも多いと感じる。魔物の姿も、獰猛な牙が覗いていることや、カバを思わせるような弾力があり分厚い体表はそう簡単に刃が立ちそうにもない。一目見て強いということがわかる。
けれど、優人は不思議と落ち着いていた。不安はある。それでも、カローナの山頂でエリーが居なくても戦えたこと、一度だけでも捕らわれたカミーユを助けられたことは、優人にとって確かな自信となっていた。それは決して自分が強くなったなどという錯覚や慢心ではなく、自分の身を守る程度のことはできるはずだというほんの少しの心の余裕による落ち着きだった。
「…やるぞ!」
その凪いだ瞳の奥を見やったエリーは、それを確かに感じ取り、少しの嬉しさに思わず唇の端をつり上げた。不適に笑ったようにも見えるその姿は、更に優人を安心させた。
その振るう剣も、今までよりももっと迷いなくまっすぐな軌道を描いた。
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