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第六章
瓦解
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夥しいほどの鳥たちの群れ、その影こそが怪鳥の正体であった。
群れが船に近づいては、その一部の鳥たちが弾丸のように降り注ぐ。この生きた弾丸を味わった者たちは皆、港に船が戻らない理由を嫌でも理解してしまう。こんな攻撃を何度も受け続ければ、古い小型船舶などは簡単に沈められてしまうだろう。優人たちが乗っているのは大型の丈夫な客船であるとはいえ、長い移動距離と既に港は遠くなってしまったことを考えると、決して油断はできない状況である。
皆が恐怖にたじろぐなか、ひときわ怯え、泣き出しそうな顔をしているのは優人であった。それは、この圧倒的不利な逃げ場のない状況下が恐ろしいだけではなく、これまでも感じてきた魔物が触れたときに流れ込んでくる感情のせいである。
この怪鳥、鳥の群れから感じるのは、極めて純度の高い恐怖だ。他の感情と混ざり合うことのない、濃く、深いすべてを塗り潰し得る恐怖。
優人はそれに支配され、手足は震え、食いしばったつもりの歯ががちがちと音を立てる。
「ユウト!びびってんじゃねえぞ!」
「わかってる!」
そうカミーユが発破をかけるのは、優人を正気にさせるためだった。それは優人も理解している。これは魔物から流れ込んできているだけの感情で、自分のものではない。必死にそう自分に言い聞かせて、足をグッと踏みしめた。
睨みつける空には、依然として巨大な怪鳥を模した魔物の群れが影のように蠢きながら船の周りを旋回している。こちらから何か攻撃を仕掛けているわけではないが、見逃してくれるつもりはないようで、すっかりこの船は標的にされていた。
取り敢えずの対応として、甲板に落ちたりエリーに弾かれて動かなくなった魔物たちを優人が封印していく。数はそれなりに居たが、それでも群れのほんの一部でしかなく、空に舞うのは数え切れないほどだ。
「とにかく、少しでも数を減らさなきゃ。群れの一部じゃなくて全部で突っ込まれたら、船が沈んじゃう」
「突っ込んできたら封印するってやり方じゃ船の方が持たねえ。なんとかして落とすぞ」
そう言ったカミーユがシンシアの方を振り返ると、シンシアは小さく頷いた。
「私がまた上空へ雷でも打ち上げてみますわ……!落とせなくても、散らして動きを乱すことはできるかもしれません」
やはり船酔いがあるのか、声にハリがないシンシアがそれでも前に出て、杖を構える。杖の先は、制御の石がいくつか減らしてあり、出力はフルパワーである。
「当たった……!」
「いや、ダメだ!」
ばりばりと凄まじい音を立てて空へと伸びた雷撃は、魔物の群れの一部、何羽かに当たったものの、その他の個体にダメージを与えることは叶わず、一度群れは形を崩すものの、また各々がくるりと旋回したかと思えばこの広い空に定位置があるかのように元の怪鳥を成す形へと戻る。
「くっ、この……っ!」
雷撃の角度を変えてみたり、範囲を少し広くしてみたりとシンシアは何度か試行錯誤してみるものの、何羽かが群れから落ちるだけである。これではキリがないしシンシアが持たない。
「また来るよ!」
それどころか、逆に魔法により魔物たちを刺激してしまったらしく、船に近づいては弾丸のように突撃してくる攻撃を仕掛けてくるようになってしまう。
「大丈夫か!?」
「な、なんとか……」
激しい反撃に、皆ボロボロだった。群れを攻撃する有効な方法も、強烈な降り注ぐ攻撃を防ぐ方法も見つからない。一行はまさに、されるがままにやられているような状況だ。海の上では、逃げる場所もない。
「これでは、どうしようも……!」
「待て、少し様子を見させろ」
挫けかけた言葉に制止の声をあげたのはカミーユだった。その瞳はまだ諦めておらず、強い光を宿して魔物の群れが飛び回る曇天を見上げていた。
「カミーユ、何かあった?」
「ああ、群れの動きが気になる」
カミーユには少し引っかかりを覚える何かがあるらしいが、霧がかった上空は見通しが悪く、依然として群れの様子は見難い状況である。それでも何かを探しているように、カミーユはその大きな一羽の鳥にしか見えない姿を懸命に追っていた。
「シンシアが何度かカミナリをぶち当てて、その度に逃げたヤツらもキレイに元の位置に戻ってただろ」
「うん、何か目印でもあるみたいに綺麗に元に……ああ」
そのカミーユの言葉に、優人もハッとする。
「あるのか!目印」
「そういうことだ。目印があるというか、中心となる一羽がいる。指揮をしてる……って考えたらいいのか、それはまあ何でもいい」
「では、それを叩けば群れは崩れるということか?」
「確証はねえが、賭けてみるしかねえだろ」
あれだけ統制のとれた動きをして見せる群れだ。率いているものがいるというのは想像に難くない話である。一行は武器を構えたその姿勢は崩さずに、群れの動きをじっと見つめる。
「飛散して戻るとき、少し色の違う個体が見えた気がしたんだ。そいつが動きを決めているように見えた」
「色の違う個体……!」
今も変わらず、濃い霧に包まれた中では魔物の様子は確認しにくい。懸命に目を凝らしても、その姿はぼんやりとした灰色をしていて、色が違う箇所などは見つけられない。
「船長!濃い霧の中すまんが全速前進!できる限りスピードを上げてくれ!」
何かが掴めそうで掴めないその状況に痺れを切らしたように、カミーユが叫ぶ。
「カミーユ、何を!?」
「霧がかった海域を抜けるか、魔物自身の羽ばたきの勢いを使って霧をはらすしかねえ!この霧全部は無理でも、少しでもヤツの動きが見やすくなればいいんだ」
ガラス越しの船内から様子を見ていた船員たちが、大慌てでカミーユの言う通りに操縦すべく奮闘しているのが見える。次第に、船は緩やかに、そして着実に速度を上げていく。甲板に立っている一行の身に吹き荒ぶ風は一層強くなり、船の揺れも激しくなる。
目を開いているのもやっとな優人は、とても魔物の様子など見ていられる状態ではなかった。それでも、できることを諦めたくない。恐らく、明確に狙うべきものが見つかれば、一撃を食らわせるのはシンシアの役目であろう。であれば、彼女が少しでもやりやすくなるようにと、シンシアにとっての風上に立ち、頼りないが壁になってやることにする。
「ユウト……!」
「ごめん、これくらいしか」
「いいえ、だいぶ楽になりましたわ」
そのときだった。少し、ほんの少しではあるが、霧が晴れた。
速度を上げたおかげなのかは定かではないが、霧が薄くなっていく。かなりのスピードで海の上を走る船を、標的と定めた魔物の群れは変わらず追ってきていたので、次第にその姿がはっきりと見えてくる。
「……見えた!目が!」
エリーが叫んだ。目、と聞いた他の仲間も、その姿が頭のように形作っている部分を注視する。そしてそこに、鈍い灰色の群れの中に馴染まない、暗い色の個体を見つけたのだった。
たった一点、黒く見えるその一羽は、まさに目のように見えた。
「風に流されたりするんじゃねえぞ、シンシア!」
「甘く見ないで……くださいませ!確実に!ぶちかましますわ!」
そう啖呵を切ってシンシアは杖を握る力を強くする。強い風の中、それに対抗するかのようにシンシアの周りにぶわりと風が起きる。よろける優人を、駆け寄ったエリーが支えた。
「いきます!」
シンシアが高く掲げた杖の先から伸びる雷撃は、びりびりと細かくうねりながら、しかし標的へとぶれることなく走る。まるで的への通り道があるかのように、迷いなく当たった。
ギャアア、と鋭い鳴き声が上がる。見事雷撃は色の濃い個体とその周辺に当たり、そのいくつかの個体は力を失ったように群れから落ち、風に乗りちょうど船の上に落下しようとしていた。動きを統括し、先導していたリーダーを失い、群れは戸惑っているように見えた。雷撃を避けるために乱れた形は元には戻らず、右往左往している。
「やったか……!?」
「いや、あれ……!!」
僅かな時間、戸惑うような動きを見せていた群れだったが、先導者を失った捨て身の復讐か、はたまたその落ちる姿を追った単なる追随か。そのどちらであろうと、これから来たる脅威は変わらない。
「こっちへ来る!群れの全部で!!」
その勢いは、最早どう身構えるのが良いのか、考える暇さえ与えられなかった。
「クソが……っ!!」
けたたましい、鋭い嘴を刃にして突撃してくる鳥の魔物たちの音が鳴り響く。その中で動くことができたのは、エリーとカミーユだった。
カミーユは一行を防御魔法の盾で覆った。咄嗟にシンシアの首元を掴み自らの腕の中に納め、降り注ぐ魔物の群れから庇うようにしながら、魔法の盾を作り出す。盾を作るのはこの一度きりだと、全力をもって可能な限り、広範囲の盾をだ。
自分たちの身だけを守れても、この海の上で、船が破壊されては結局のところ迫る死の危険は変わらない。であれば、死なない程度に身を守れて、船体も沈まない程度に守ることのできる盾が必要だった。入念に準備ができていた訳ではないなかで、瞬間的に発せられる防御魔法は、カミーユにとってはこれが限界だった。
広い範囲を守れる大きな盾は、その大きさを広げた分だけ脆かった。その盾が完全に勢いを削ぎ弾くことができた個体は、半数に満たないほどであり、立て続けに鋭くぶつかってくる魔物たち、特に隊列で言うところの後列、後から追撃のように飛び込んでくるものはその勢いを弱めることまではできたものの、それでも船体や一行を甚振り、損壊させる力は残されていた。
その盾で弾けなかった魔物たちを、その身と剣ひとつで散らそうと全員を庇ったのが、エリーだった。
「エリー!!」
どこに魔物たちが突き刺さるか知れない、身を守ることで精一杯の状況では、エリーが何をしたのかまでは見えなかった。
けれど、もう目の前に迫ろうとしていた魔物たちの数の殆どは、優人へは届かなかった。頬や腕、肩に足、さまざまな箇所に痛みが走り、うずくまったすぐ近くの床板からは自らの血の匂いがする。ばたばたと音を立てて、血が流れているのがわかる。
しかし、それでも致命傷には至らないで済んだのは、その降り注ぐはずだったいくつかをエリーの剣が弾き落とし、そして防ぎきれなかった残りをエリー自身の体でもって、魔物たちを攻撃を受けてくれたからだった。
「……エリー!!」
そのときの光景を、優人はもう忘れることができないだろう。
きっと時間にしてみれば数秒にもならないほどの刹那である。けれど、それははっきりと目に焼き付いた。
鋭い攻撃をその身のいたるところに受けたエリーの腕が、指が、足が。腹が、額が、砕け散る。
それは何故か、スローモーションのように見えた。エリーの美しい薄桃色の髪が、はらりと舞うその周りに、エリーの体の一部だった乳白色の石が、きらきらと散っていたのだ。
それは、状況にそぐわず夢のように綺麗で、優人は一瞬何が起きたのかわからなかった。
群れが船に近づいては、その一部の鳥たちが弾丸のように降り注ぐ。この生きた弾丸を味わった者たちは皆、港に船が戻らない理由を嫌でも理解してしまう。こんな攻撃を何度も受け続ければ、古い小型船舶などは簡単に沈められてしまうだろう。優人たちが乗っているのは大型の丈夫な客船であるとはいえ、長い移動距離と既に港は遠くなってしまったことを考えると、決して油断はできない状況である。
皆が恐怖にたじろぐなか、ひときわ怯え、泣き出しそうな顔をしているのは優人であった。それは、この圧倒的不利な逃げ場のない状況下が恐ろしいだけではなく、これまでも感じてきた魔物が触れたときに流れ込んでくる感情のせいである。
この怪鳥、鳥の群れから感じるのは、極めて純度の高い恐怖だ。他の感情と混ざり合うことのない、濃く、深いすべてを塗り潰し得る恐怖。
優人はそれに支配され、手足は震え、食いしばったつもりの歯ががちがちと音を立てる。
「ユウト!びびってんじゃねえぞ!」
「わかってる!」
そうカミーユが発破をかけるのは、優人を正気にさせるためだった。それは優人も理解している。これは魔物から流れ込んできているだけの感情で、自分のものではない。必死にそう自分に言い聞かせて、足をグッと踏みしめた。
睨みつける空には、依然として巨大な怪鳥を模した魔物の群れが影のように蠢きながら船の周りを旋回している。こちらから何か攻撃を仕掛けているわけではないが、見逃してくれるつもりはないようで、すっかりこの船は標的にされていた。
取り敢えずの対応として、甲板に落ちたりエリーに弾かれて動かなくなった魔物たちを優人が封印していく。数はそれなりに居たが、それでも群れのほんの一部でしかなく、空に舞うのは数え切れないほどだ。
「とにかく、少しでも数を減らさなきゃ。群れの一部じゃなくて全部で突っ込まれたら、船が沈んじゃう」
「突っ込んできたら封印するってやり方じゃ船の方が持たねえ。なんとかして落とすぞ」
そう言ったカミーユがシンシアの方を振り返ると、シンシアは小さく頷いた。
「私がまた上空へ雷でも打ち上げてみますわ……!落とせなくても、散らして動きを乱すことはできるかもしれません」
やはり船酔いがあるのか、声にハリがないシンシアがそれでも前に出て、杖を構える。杖の先は、制御の石がいくつか減らしてあり、出力はフルパワーである。
「当たった……!」
「いや、ダメだ!」
ばりばりと凄まじい音を立てて空へと伸びた雷撃は、魔物の群れの一部、何羽かに当たったものの、その他の個体にダメージを与えることは叶わず、一度群れは形を崩すものの、また各々がくるりと旋回したかと思えばこの広い空に定位置があるかのように元の怪鳥を成す形へと戻る。
「くっ、この……っ!」
雷撃の角度を変えてみたり、範囲を少し広くしてみたりとシンシアは何度か試行錯誤してみるものの、何羽かが群れから落ちるだけである。これではキリがないしシンシアが持たない。
「また来るよ!」
それどころか、逆に魔法により魔物たちを刺激してしまったらしく、船に近づいては弾丸のように突撃してくる攻撃を仕掛けてくるようになってしまう。
「大丈夫か!?」
「な、なんとか……」
激しい反撃に、皆ボロボロだった。群れを攻撃する有効な方法も、強烈な降り注ぐ攻撃を防ぐ方法も見つからない。一行はまさに、されるがままにやられているような状況だ。海の上では、逃げる場所もない。
「これでは、どうしようも……!」
「待て、少し様子を見させろ」
挫けかけた言葉に制止の声をあげたのはカミーユだった。その瞳はまだ諦めておらず、強い光を宿して魔物の群れが飛び回る曇天を見上げていた。
「カミーユ、何かあった?」
「ああ、群れの動きが気になる」
カミーユには少し引っかかりを覚える何かがあるらしいが、霧がかった上空は見通しが悪く、依然として群れの様子は見難い状況である。それでも何かを探しているように、カミーユはその大きな一羽の鳥にしか見えない姿を懸命に追っていた。
「シンシアが何度かカミナリをぶち当てて、その度に逃げたヤツらもキレイに元の位置に戻ってただろ」
「うん、何か目印でもあるみたいに綺麗に元に……ああ」
そのカミーユの言葉に、優人もハッとする。
「あるのか!目印」
「そういうことだ。目印があるというか、中心となる一羽がいる。指揮をしてる……って考えたらいいのか、それはまあ何でもいい」
「では、それを叩けば群れは崩れるということか?」
「確証はねえが、賭けてみるしかねえだろ」
あれだけ統制のとれた動きをして見せる群れだ。率いているものがいるというのは想像に難くない話である。一行は武器を構えたその姿勢は崩さずに、群れの動きをじっと見つめる。
「飛散して戻るとき、少し色の違う個体が見えた気がしたんだ。そいつが動きを決めているように見えた」
「色の違う個体……!」
今も変わらず、濃い霧に包まれた中では魔物の様子は確認しにくい。懸命に目を凝らしても、その姿はぼんやりとした灰色をしていて、色が違う箇所などは見つけられない。
「船長!濃い霧の中すまんが全速前進!できる限りスピードを上げてくれ!」
何かが掴めそうで掴めないその状況に痺れを切らしたように、カミーユが叫ぶ。
「カミーユ、何を!?」
「霧がかった海域を抜けるか、魔物自身の羽ばたきの勢いを使って霧をはらすしかねえ!この霧全部は無理でも、少しでもヤツの動きが見やすくなればいいんだ」
ガラス越しの船内から様子を見ていた船員たちが、大慌てでカミーユの言う通りに操縦すべく奮闘しているのが見える。次第に、船は緩やかに、そして着実に速度を上げていく。甲板に立っている一行の身に吹き荒ぶ風は一層強くなり、船の揺れも激しくなる。
目を開いているのもやっとな優人は、とても魔物の様子など見ていられる状態ではなかった。それでも、できることを諦めたくない。恐らく、明確に狙うべきものが見つかれば、一撃を食らわせるのはシンシアの役目であろう。であれば、彼女が少しでもやりやすくなるようにと、シンシアにとっての風上に立ち、頼りないが壁になってやることにする。
「ユウト……!」
「ごめん、これくらいしか」
「いいえ、だいぶ楽になりましたわ」
そのときだった。少し、ほんの少しではあるが、霧が晴れた。
速度を上げたおかげなのかは定かではないが、霧が薄くなっていく。かなりのスピードで海の上を走る船を、標的と定めた魔物の群れは変わらず追ってきていたので、次第にその姿がはっきりと見えてくる。
「……見えた!目が!」
エリーが叫んだ。目、と聞いた他の仲間も、その姿が頭のように形作っている部分を注視する。そしてそこに、鈍い灰色の群れの中に馴染まない、暗い色の個体を見つけたのだった。
たった一点、黒く見えるその一羽は、まさに目のように見えた。
「風に流されたりするんじゃねえぞ、シンシア!」
「甘く見ないで……くださいませ!確実に!ぶちかましますわ!」
そう啖呵を切ってシンシアは杖を握る力を強くする。強い風の中、それに対抗するかのようにシンシアの周りにぶわりと風が起きる。よろける優人を、駆け寄ったエリーが支えた。
「いきます!」
シンシアが高く掲げた杖の先から伸びる雷撃は、びりびりと細かくうねりながら、しかし標的へとぶれることなく走る。まるで的への通り道があるかのように、迷いなく当たった。
ギャアア、と鋭い鳴き声が上がる。見事雷撃は色の濃い個体とその周辺に当たり、そのいくつかの個体は力を失ったように群れから落ち、風に乗りちょうど船の上に落下しようとしていた。動きを統括し、先導していたリーダーを失い、群れは戸惑っているように見えた。雷撃を避けるために乱れた形は元には戻らず、右往左往している。
「やったか……!?」
「いや、あれ……!!」
僅かな時間、戸惑うような動きを見せていた群れだったが、先導者を失った捨て身の復讐か、はたまたその落ちる姿を追った単なる追随か。そのどちらであろうと、これから来たる脅威は変わらない。
「こっちへ来る!群れの全部で!!」
その勢いは、最早どう身構えるのが良いのか、考える暇さえ与えられなかった。
「クソが……っ!!」
けたたましい、鋭い嘴を刃にして突撃してくる鳥の魔物たちの音が鳴り響く。その中で動くことができたのは、エリーとカミーユだった。
カミーユは一行を防御魔法の盾で覆った。咄嗟にシンシアの首元を掴み自らの腕の中に納め、降り注ぐ魔物の群れから庇うようにしながら、魔法の盾を作り出す。盾を作るのはこの一度きりだと、全力をもって可能な限り、広範囲の盾をだ。
自分たちの身だけを守れても、この海の上で、船が破壊されては結局のところ迫る死の危険は変わらない。であれば、死なない程度に身を守れて、船体も沈まない程度に守ることのできる盾が必要だった。入念に準備ができていた訳ではないなかで、瞬間的に発せられる防御魔法は、カミーユにとってはこれが限界だった。
広い範囲を守れる大きな盾は、その大きさを広げた分だけ脆かった。その盾が完全に勢いを削ぎ弾くことができた個体は、半数に満たないほどであり、立て続けに鋭くぶつかってくる魔物たち、特に隊列で言うところの後列、後から追撃のように飛び込んでくるものはその勢いを弱めることまではできたものの、それでも船体や一行を甚振り、損壊させる力は残されていた。
その盾で弾けなかった魔物たちを、その身と剣ひとつで散らそうと全員を庇ったのが、エリーだった。
「エリー!!」
どこに魔物たちが突き刺さるか知れない、身を守ることで精一杯の状況では、エリーが何をしたのかまでは見えなかった。
けれど、もう目の前に迫ろうとしていた魔物たちの数の殆どは、優人へは届かなかった。頬や腕、肩に足、さまざまな箇所に痛みが走り、うずくまったすぐ近くの床板からは自らの血の匂いがする。ばたばたと音を立てて、血が流れているのがわかる。
しかし、それでも致命傷には至らないで済んだのは、その降り注ぐはずだったいくつかをエリーの剣が弾き落とし、そして防ぎきれなかった残りをエリー自身の体でもって、魔物たちを攻撃を受けてくれたからだった。
「……エリー!!」
そのときの光景を、優人はもう忘れることができないだろう。
きっと時間にしてみれば数秒にもならないほどの刹那である。けれど、それははっきりと目に焼き付いた。
鋭い攻撃をその身のいたるところに受けたエリーの腕が、指が、足が。腹が、額が、砕け散る。
それは何故か、スローモーションのように見えた。エリーの美しい薄桃色の髪が、はらりと舞うその周りに、エリーの体の一部だった乳白色の石が、きらきらと散っていたのだ。
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