『貴方』に『別れの挨拶』はまだ言えない

八川 紫苑

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私にとって、本屋は『憩いの場』。

どこか出かけるときは、お気に入りの紙袋を持って、本屋に行くことにしています。

本屋に入ると感じる「本の匂い」

この匂いを体に取り込むように、一呼吸。

つい「生き返るううう」と口に出してしまいます。

本の匂いが苦手な人もいるみたいですが『私』からしたら人生損をしているレベルなのです。

入口に新刊コーナー。
「読んで欲しい」と訴えかけてきます。

本屋って不思議なもので、優秀な本屋ほど入口で立ち止まるんです。

そこには本屋の『本気』が見えます。

新刊書が置いている本屋はいい。

ですが、観光のガイドブックを山積みにしているところは論外です。

せいぜい『抑え』の本屋として存在するだけです。

お気に入りの本屋に行くときはいつもワクワクします。

そこにはいろんな『本』との『出逢い』があるから。

さて、今日はどんな出会いが待ってるんだろう?

ひとまずいつも読んでいる雑誌をパラっと立ち読みしたあと、店内をウロチョロ。


ある一冊の本に目が行きました。

表紙の『あなた』は鋭い目つきでこちらを見ていましたね。

黒髪に、革ジャン。デニムの着物という奇抜な格好。

そんな『あなた』にきづいたら目を奪われ、手が伸びていました。

「貴方の声が。聴きたくて」

冒頭の一文で、私はこころを奪われました。

主人公の『あなた』は真っ直ぐな目つきをしながら、儚い日常に想いを馳せる。

それは過ぎ去りし日々だけれど、紛れもない、勾玉のような真実。

優しい嘘と残酷な現実、などでははかりきれない、『やわらかな』日常。

淡々と語られるストーリーを私は3日で読みました。

レビューサイトに、私の考えを投稿しようと思いました。

けれど、それはやめました。

なぜなら、『私』と『あなた』のストーリーに外野は必要なかったから。

その本にはしおりが付いていました。指でこする部分があったので、こすってみると、金木犀のような香りがしました。

紛れもない、『あなた』の香りでした。
ありがとう。

『私』に『逢い』に来てくれたんですね。

本当に嬉しかった。

『あなた』のような優しい人になりたい

『あなた』のような真っ直ぐな目になりたい

『あなた』のような偽りのない想いを伝えられるようになりたい

気づけば『あなた』は私の憧れになりました。

実在はしていませんが、私には『見えています』

『あなた』の背中を追いかけるだけではなく、成長できたと伝えたいのです。

『あなた』はこれからも、たくさんの人とのストーリーがあるかもしれません。

しかし『私』にとって『あなた』は1人しかいないかけがえのない存在です。

『あなた』は言いました。

「夜明けがこわい、と言っている人もいるけれど、私はそうは思わない。

なぜなら、貴方と迎える朝日は、私にとってかけがえのない日常だから。

時計の針が刻む音を聴きながら、夜を語り明かすのも、悪くはない」

そう優しく、『あなた』は語りかけます。

私は何度も何度もその本を読み返しました。

他でもない、『あなた』と時間を共有したかったから。

だから。

私にとって、あなたは『あなた』で。

私は『私』なのですね。



本を開いたら今度はどんな『あなた』に出会えるのでしょうか?

それは『わたし』にしか分からないのです。

『あなた』がどのような姿でもいい。

『あなた』に逢いたい。

「夜が明けるわ。別れのときね」

そんな悲しいことを言わないで。

悲しみで胸が張り裂けそうになります。

『あなた』の声が聴きたい。

そう思い、瞳を閉じました。

「どう? びっくりした? こういうの好きなの。『別れ』と思わせておいて、私は夢の中で逢いに来たわ。

私のストーリーを読んでくれて、ありがとう。

あの本屋で。

私を見つけてくれなかったら、この出逢いはなかったかもね。

今度はあなたの物語を聴かせてほしい。

待ってるわ」

微睡の中、私は目を覚ましました。

暗闇から、夜明けを迎える頃合いでした。

確か私の大好きな『本』は机の上に置いていたはず。

でも、その机には。

『本』と一緒に違うしおりが置かれていました。

こすってみると、百合の香りがしました。


夏の香りがしますね。
本当にありがとう。

私の物語をいつか『あなた』に聴いてほしい。

そしたら、『あなた』は言うのでしょうか。

「待ちくたびれたわ。でも待つのは好きよ。さあお話を聴かせて。お茶でも飲みながら、木漏れ日の木の下で、話しましょうか」。

どんな話でも良いの。

『私』も『貴方』もお話は尽きないのですから。

さて
次はどんな本を『あなた』に届けましょうか?
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