凌辱夫を溺愛ルートに導く方法

riiko

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外伝~凌辱と溺愛の分岐点~

5 回帰した世界 

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 ――ふは、はは、ついに解放される

 僕は剣の刺さるお腹を見てそう思った。痛みは自然ともう感じない。今はこの苦しい人生から、凌辱する夫から、逃げ場のないこの屋敷から、命という大きなモノと引き換えに僕は解き放たれる。

 だけど、一度でも愛されてみたかった。

 そう思って、僕は兄に抱かれて意識を失った。



 ◆◆◆

「おれは……俺は社畜だー、ん?」
「リ、リリアン様? お風邪はもう大丈夫ですか?」
「えっと、ジュリ? あれ、寝てた? しまった! また寝言を」

 そこには公爵家時代からついて来てくれた、姉のような存在の侍女のジュリがいた。彼女を見て、とても懐かしく優しい気持ちになった。

「お母さまぁー。うわーん!」
「ん……リ、アム?」

 俺の可愛い一人息子が泣きながらベッドに駆け寄ってきた。可愛いな。俺は条件反射でこの子を抱き上げた。

「お母さまが、死んじゃうぅー」
「えっ、母様は死なないよ、どうしたの? ほらおいで」

 あれ? 今すげぇ辛くて悲しいこと、思い出した気がする。

 あれは……そうだ回帰前のリリアンだった。

 リリアンは一度生を終えたんだ。ここは決してアニメの世界じゃ無くて、リリアンとして生き、そしてまた戻ってきた世界。

 あの夫との初めての出会いの日に、「ぼく」は戻ってきたんだ。

 なんの悪戯なのか、結局リリアンの未来はガリアードしかない。結婚が決まる前でもなく、神様はあの時点に戻した。

 リリアンは死ぬ前に、一度でいいから愛されてみたかったと願った。そしてまたガリアードで挑んだんだ。愛される人生を。 

 一瞬で夢から現実に戻った。

 三歳になる一人息子のリアムが抱きついて泣いてきたのを見て、僕はこの世界で母として生きていることを思い出した。

「あらあらリアム様、まだまだ甘えん坊さんですね。リリアン様すっかり顔色も戻られて、良かった」
「ジュリ? 僕は風邪ひいたの?」

 なんか記憶がこんがらがっているなぁ。
 
「そうですよ、態度と口調だけは男前になられましても、リリアン様の体力はそこまで追いついていませんでしたね」
「ふふ、ジュリのその強い言葉も愛情しか感じないや。ジュリ、大好きだよ」

 ジュリが驚いた顔をしている。

「えっ。私もリリアン様が大好きですが、どうしたんですか? あたま打ったとか? 久しぶりにはしゃぎ過ぎですよ! 三歳とはいえリアム様はオスニアンの血が入る屈強な騎士ですからね、リアム様」

 ジュリが照れ隠ししたのが分かった。

 僕の姉のような人、そっか……前回は嫁に来たその日に公爵家に返されてしまってそれが最後の別れになってしまったけれど、今回の生はジュリがずっと一緒にいてくれていたんだった。

「うん、僕はお父さまのような強い騎士になるんだぁー」

 ガリアードの妹が産んだリアム。現在はオスニアン辺境伯夫妻の嫡男として引き取った我が息子が、寝室に乱入してきた。

 ああ、そうか。「僕」は息子と水遊びをして風邪をひいてしまったのか。リアムには可哀想なことをしたな。母の体が弱いんじゃ遊び盛りの男の子としては、思いっきりはしゃげないだろう。旦那様に似てとても優しくて心配性のいい子に育った。

「ごめんね、リアム。母様はもう大丈夫だよ、一晩寝たらすっかり良くなったみたい。また遊ぼうね」
「うん、でも水遊びはもうダメ。母さまは日陰で僕が遊ぶのを見るだけにしてね」
「そうだね、そうしようかな。また母様と遊んでくれる?」
「うん!」

 リアムを抱きかかえていると、そこに夫であるガリアードが入ってきた。そしてリアムをガリアードが抱き上げて「僕」に近寄る。

「リリアン! もう大丈夫か?」
「はい、心配させてごめんなさい」

 旦那様はカッコいい。

 息子を片手で抱き上げる逞しさにはほれぼれする。そうだ、「僕」は回帰して旦那様から凌辱されないよう頑張った結果、優しくて溺愛してくれる彼を愛してしまった。

「いいよ、私も一人寝をさせてリリアンを泣かせてしまって悪かった」
「一人寝? 泣かせた? ああ」

 風邪をひいて、なんのきっかけかは分からないけれど回帰前の記憶が戻って、あの頃の凌辱しかない生がまだ続いているのかと思ったんだ。先ほどは寝込んでいた俺を心配して見にきたガリアードを前に、泣き出してしまった。

 回帰前のリリアンは、自ら命を絶つことを選んだ。そして久しぶりに風邪をひいて、熱にうなされた頭で起きた時、とっさに死を選んだ瞬間の記憶が交差して、先ほどはガリアードの前で錯乱したんだった。でも自分が死ぬきっかけになった相手が目の前にいたら、そりゃ泣くよね?

 そこで優しすぎる凌辱夫が、今の俺たちの仲では当たり前すぎる行為をした。それは、すりリンゴを口に運び食べさせ、苦い薬湯を口移しで飲ませるということ。

 回帰前のキスはいつも苦しくて仕方なく、とても嫌な記憶しかなかったリリアンは驚いたんだ。薬湯が苦かったけれど、それはリリアンが生前に味わったことがないくらい甘いキスだった。

 昔の凌辱だけの夫しか知らなかったリリアンは、戸惑いしかなかったけれど、でもそれこそリリアンが昔に望んだ結婚生活だった。弱った妻をいたわる夫、それはリリアンの生家ワインバーグ公爵家では当たり前の光景だった。たったそれだけの優しさを望んだ箱入り息子のリリアン。

 自分は兄の剣で死んだと思っていたのに、起きた時の戸惑いと、そして夫の優しさ。夢だと思った光景、俺は覚えている。全てを覚えている。そして夢なら覚めないでと願って、また眠りについたんだった。

「ああ、一人になって寂しかったんだろう? 死にたいとまで言わせてしまって落ち込んだよ。もう絶対に一人にしないよ。愛している」
「死にたい? あっ……僕、あ、いや俺、混乱していて」

 そうだよ、もう死にたいだけの人生は終わった。俺として、彼と生きていくと決めたんだ。社畜だった前世の記憶が、「僕」としてのリリアンの可能性を伸ばした結果、こんなに可愛い子供までいる人生を手に入れたんだ!

「どうした? そういえば私のことを怯えた目で旦那様って言っていたな。昔の夢でも見たか? 初めて会った頃の少し怯えていた姿を思い出したよ。口調も昔みたいに戻っていた。それも可愛いだけだったけどな」

 怯えた姿……昔の口調……

 俺は、ううん、「僕」はリリアンであって、社畜を経験した俺。急に全ての感情が繋がる、そうしたら行き場のない思いが涙として溢れてきた。

「うっ、ひっく、うう」

 俺は何の涙を流しているのだろう。これは「僕」が浄化された涙なのだろうか。あの時の延長では無く、あらたな分岐点での選択をした未来にきた涙だ。

「母さまぁ!?」
「リ、リリアン!?」
「リリアン様ぁー」

 俺が泣き出すと、三人は慌てだした。

 そうだ、そうだよ、俺はリリアン。俺は……僕は、あの最後の日、復讐を遂げて死を選んだ。だけど、こうやって戻って来た。最後に「僕」は一度でいいから愛されてみたかった……そう思って死んだ。

 そして気付けば、あの日の分岐点に戻っていた。日本という世界で、社畜という会社員をした記憶を思い出したとともに回帰したんだ。

 旦那様と出会ったあの瞬間に。

「そうか、そういうことだったんだ、ヒック、うっ、ガリアードォ」

 俺はぼそっと呟いてから、ガリアードに抱き着いた。

「リリアン、まだ辛いか?」
「ううん、大丈夫。ガリアード、俺はあなたを愛している、大好き! ガリアード」
「リリアン、私も最愛のあなたを愛している」

 俺は息子とジュリが見ているのも気にせず、ガリアードにキスをすると、優しく受け取ってくれた。

「ジュリのことも実の姉のように思っているし、大好き! いつも感謝しかない。みんな俺を支えてくれて、俺を愛してくれてありがとう」
「えっ、リリアンさ……ま?」

 ジュリが泣き出した。ガリアードもさすがに驚いている。意味が分からないのだろう、まるで別れのような挨拶をした俺。そうじゃない。改めて新しい俺として戻ってきたそんな感情があった。みんなにはいつもの俺だろうけど、リリアンは浄化されたんだ! あの時の無念はもう無い。

「ごめん。体調崩して、改めてみんなのありがたみを知っただけだから、もう大丈夫だよ。取り乱してごめんね。ちょっと昔のこととかいろいろ思い出して混乱していただけだから……俺はもう大丈夫。風邪ひいて、すごく幸せだって実感できたみたい!」
「そうか? できれば風邪はひかないで欲しいが、あまり心配させるな。リリアン、たとえ次からはどんなに酷い病気になっても一人寝はさせない。あなたの病気なら私が全て引き受けるから」

 ふふ、優しい旦那だ。そして隣でうんうん言っているリアムの頬を撫でて、優しく言った。

「リアム、可愛い俺の子、愛してる。大好きだよ」
「かぁさま、僕もだいしゅきだよ」

 夫と息子が俺に抱きつく。そしてジュリが涙をすすりながら俺の頭を撫でてくれる。ああ、これが現実だ。俺の望んだ未来になっていた。

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