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55 この世界で生きるには辛すぎる
しおりを挟むやっと終わった。あの日の断罪劇のことを後日、父と第二王子に聞いた。
恐ろしいと思った。
何がって、第二王子が。いつの間にか第二王子じゃなくて王太子になっていて、そのすぐ後には、王太子の結婚式が行われた。とんとん拍子に行きすぎじゃね? アニメの本筋は第一王子断罪だったし、それを俺たちの努力と、結局は黒幕的に大活躍して最後の断罪をしたのは弟である第二王子だったから、いいとこだけ持ってかれた感はあったけれど、あの断罪方法はいかがなものかと思う。
あれは、ゴールデンタイムのアニメではしちゃいけない方法の断罪だったよね。
もうここはアニメの世界ではないってそう思ってきた。現に俺はガリアードを凌辱夫から溺愛夫へとルート変更もできたし、なによりもリリアン死んでないし! ちなみに第一王子もガリアードに暗殺されていない。ガリアード的にはメス堕ちした第一王子にはもう興味はないみたい。良かった、怖い犯罪者に夫がならなくて。
円満解決ってまさにこういうことだよね?
俺たち夫妻も王都に来ていて、王太子の結婚式に参列した。その時王太子妃の女性を見たが、うん、アニメの通り主人公って感じの活発で可愛い人だった。その弟もいた。うん、騎士の夫に寄り添って幸せそう。アニメでは顔すら出てこなかったけど、野草? まあ素朴で可愛い男の子だった。あの彼が転生者なのか、それともアニメのモブとして俺がストーリーを変えたことで、アニメ本筋が変わり彼が生き残ったのかもしれないが、もうどうでもいい。俺はリリアンとしてこの世界に生まれて、たまたま社畜時代の魂を思い出しただけの正真正銘、この世界の住人なんだから。
もうストーリーとか気にしない、俺は俺のリリアンを生きる。
そんな感じで怒涛のように時間は流れていき、ガリアードと俺はとても仲良く過ごしていた。相変わらず辺境伯の屋敷は平和で、みんな優しい。家令のリチャードには辺境伯の奥様としての心得など色々教わり中だった。第一王子断罪まではいろんなことが止まっていたので、ここからがやっと結婚した後の現実問題になってくる。俺とガリアードはいつも仲良く一緒に寝ているし、最近ではリリアンの体力も付いてきて、一回で墜ちることはなく、何回戦か数えてないけれど結構できるようになってきた。
閨も満足だし、いつもいつまでも熱々夫夫だった。
そして全てが終わった今、物語はここで「めでたしめでたし」で終わりだけれども、俺にはまだ片付いていない問題がある。
それはオスニアン家の後継者問題。
現在嫁は男である俺だ。今回の武勲でオスニアン辺境伯がまた認められた。
俺たちのハッピーエンドで可愛く終わらせてくれない。第一王子が断罪されて、第二王子が見事に王太子になり、陛下がなぜか病を持ち直してくれて国が安定した。そこで今度はガリアードが注目を浴び始めた。
二人の蜜月の最中、密かに俺のところには、この状況を早く脱しろと無言の圧が周りからかかる。
早く跡取りを作れと、あらゆる貴族がオスニアン家と縁を結びたいと俺のところに側室候補の釣書が山ほど届けられた。俺は自他ともに旦那に溺愛されている、それも今までの社畜根性という名の努力のたまものだった。そんな正妻に側室を選ぶ名誉を与えられたわけだが、名誉か!?
本来社畜なら、上司が喜ぶこと、会社のためを思って自己犠牲なんて当たり前のはず。なのに、なのに俺はそれができなかった。
屈辱でしかない。愛する旦那が抱く女を自ら選ぶなんて!
結局、俺はガリアードが好きなんだ。アニメでもガリアードに抱かれているリリアンを見て、興奮したし、きっとこの男に抱かれたい。凌辱されたい、その想いがあり、魂がその時のことを思い出し、リリアンの窮地を救ったのかもしれない。
初めはただ凌辱されて死ぬのではなくて、溺愛ルートに入って死なないという未来を目指したけど、快楽のためにガリアードに抱かれることを選んだけど、でも愛してしまった。
だからこそ、この世界の常識を受け入れられない。他の女を抱いて子供を作るなんて、正妻以外に側室がいる世界なんて、日本の一夫一妻制度を生きてきた俺は無理だ。浮気だって許せないのに、それを堂々と認める世界観だけは、どうしても受け入れられない。
数日俺は悩んだ。珍しくガリアードも心配して、俺を抱かない日が続いた。そして意を決し、ガリアードに真実を話すことにした。
もういいだろう? 俺は凌辱されないために、死なないために精一杯頑張った。頑張ったのに、最後は旦那の女を選ぶなんて、無理だ。俺は辺境伯の正妻の最もたる仕事をこなせない。旦那の子供を産むこと、それが出来ないなら旦那の子供を産んでくれる女を探すことなのだけど。
結局、リリアンは物語通り、儚く散るのがお似合いだ。
今夜話そう、そう思い寝室で夫を待った。
ガリアードは俺の表情を見て、何かを察したのか隣に座った。そして俺を見つめて、キスをした。俺はそれを受け取り、いつものように唇を開いた。少ししてキスが終わると、俺はしっかりと目を見つめて言った。
「僕は、あなたが好きです」
「私もだ、リリアン。君が全てだ」
ガリアードは湯上りの、石鹸のいい香りのする肌を俺に摺り寄せ抱きしめる。俺はそれを受け止めず、引き離した。ガリアードは驚きの顔をする。今まで自分から、彼を受け入れなかったことはない、それが今明らかに拒絶を示したのだから。
「でも、これからガリアード様はご側室を娶って、オスニアン家の跡取りを作らなくちゃいけませんよね?」
「あ、ああ。そうだな、跡取りか」
今思い出したかのように言う。跡取りを作るってことは俺以外を抱くってことだよ? わかっているの?
「僕はそんな未来を見ることはできません」
「……どういうことだ? 私の跡取りを受け入れないと?」
声が低くなった。こんな声、リリアン相手に出すんだ。そうだった、凌辱夫の時はいつでもこういう声音だった。
「怒らないで聞いてください」
「跡取りを育てるのも妻の役目だ。それを放棄するというのなら、怒らないわけにはいかない」
「放棄じゃありません、僕はその役目を降りたいのです。僕と離縁していただけませんか?」
「な、なんだと!」
ガリアードはやはり怒った。
でも俺無理だよ。この館で側室とキャッキャ楽しく過ごすことなんて絶対にできない。この女が俺のガリアードから情けをもらったのかと怒り心頭に、いじめかねない。未来の辺境伯嫡男を産んでくれる人を、俺は醜く罵ってしまうかもしれない。そんな醜い男を見たら、ガリアードはきっとがっかりするし、見限るかもしれない。だったら今、お互いに相思相愛の時に、綺麗に別れた方がいいに決まっている。リリアンを美しい思い出にしてもらいたい。
物語でガリアードの晩年は、リリアンを常に想って穏やかに暮らしていた。今ならそんな物語通りの未来を作れるかもしれない。物語の強制力は、きっと起こるんだ。俺は、どうしたってガリアードの側で生きることは許されない。もう、贅沢も、愛もたくさんもらった。だからあとは修道院にでも引きこもって、この国のために働こう。
「ガリアード様を愛しております。だからっ、だからこそ、ガリアード様が僕以外の人を抱くなんて、そんな未来見たくないっ。嫁として失格です。こんな醜い僕をガリアード様が嫌いになってしまわれる前に、僕はあなたの元から去りたい」
ガリアードが怒っていたのもわかるけど、それでもガリアードに縋りつきたくて、俺はガリアードの胸にすぽっとはまって、涙を流した。
ガリアードも怒ってはいても条件反射で俺を囲い込んでくれた。
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