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番外編
1、それぞれの箱庭で
しおりを挟む定期的なオメガ検診は、勇吾さんの病院で行われた。
特殊アルファを身籠った俺を安心してまかせられるのは、やはりオメガ研究の最先端をいく岩峰総合病院しかないと桜も思っていたみたいで、あの自殺騒動の後、二人で勇吾さんの診察を受けた。
それから毎月の検診には、桜が必ず付き添ってくれた。
「君たちが落ち着いたみたいで安心したよ。良太君も顔色いいね、あともう少し体重は増やさないとね。お腹の子は順調だよ」
「勇吾さん、本当に色々ありがとう。あんなことがあったのにお腹の子、桜の子供を勇吾さんになんて……」
「あの時にそれはもう解決したでしょ。関係は変わっても、君は僕の大切な子に間違いないんだから、むしろ君の体調はこれからも僕が責任持つから安心して任せて」
「勇吾さん……」
この病棟では番でも一緒に検診は受けられない。アルファの前だと自分の意志を隠すオメガもいるようで、医者の前だけではオメガとしての不安もぶちまけられる環境ということを目指しているので、桜は待合室でおとなしく待っている。
「桜の謝罪、受け入れてくれてありがとう。岬にあんなことしたのに……」
「もちろん親としてはとても憎いよ。岬がアルファや性に対してのトラウマを持ってしまったら、一生許せなかったけど、今の岬を見る限りそれもないから。だけど初めに良太君を奪ったのは僕の方だからね、彼の苦しみがわからないわけでもないよ、それにこれからも良太君と縁を繋ぐにはどうしたって上條君はついて回るしね」
勇吾さんは優しく笑ってそう言った。
俺の主治医を続けてもらうにあたり、桜が勇吾さん、お爺様、絢香に謝罪にまわったと後で聞いた。あんなことをしでかした桜にみんな優し過ぎる、俺だって岬を傷つけたことだけは未だに許せないけど、でも俺がそれの原因を作った張本人だし、桜を愛しているから憎しみを継続させることはできなかった。
なにかとみんなは俺に甘いから結果、桜を許したみたいだ。妊娠中に不安の無いように桜は、アルファとしては異例な謝罪しまくるという行為をした。
なぜかそこに桜の父親の楓さんも一緒にまわっていたのは驚きだったが、息子がこれまでしたことの始末を父親の自分もつけなければいけないと言った。そもそも桜が俺のうなじを噛んだのは、幼い頃からの楓さんの運命論を聞かされたことに責任がある! と由香里さんが怒ってしまったからなんだけど。楓さん、幼い桜にいったいどんな教育したの?
桜は大学生にもなって親と一緒に謝罪にまわるという恥ずかしい行為に、気まずそうに楓さんと一緒に謝罪していた。一応、楓さんとお爺様のわだかまりもそこで解けたみたいで、その後に楓さんは母さんの仏壇に手を合わせてくれた。
俺がいつでも身内と会える環境作りを整えるためとは言え、よくやったなと思った。絢香は正親とのことを本当の意味で決着を迎えられたから、あんなこと大した傷じゃないと俺に言ってくれた。本当にいくつになっても絢香は俺の天使だった。
「今日はこのまま桐生家に行くんだっけ?」
「うん、そのままお泊まり」
「君が元気になって本当に良かった。外出を制限されるような監禁にもあってないみたいで安心したよ、一人で泊まりも許されるなら大丈夫だね。これからはのびのび生きなさい」
「うん」
お腹の子……特殊アルファの妊娠中はどうしても、番のアルファよりオメガと一緒にいた方が落ち着くから、よく絢香のところにお泊まりに行っていた。
「そういえば、藤堂さんは桐生を辞めて上條に入ったんだって? 凄く破格の値段交渉してやったぜ、ってこないだ息巻いていたよ」
「そう! 藤堂さん相変わらず俺の専属してくれてるの。送り迎えも全てしてくれてありがたいよ。たまに二人でランチとかして楽しいよ? こないだ藤堂さんの番さんとも会って三人でご飯したんだ! 桐生家に入れるのも藤堂さんくらいだから、桜も藤堂さんを雇えてホッとしてた」
「藤堂さんなら安心だもんね」
なんだかんだと藤堂さんとの縁は、より深くなっていき、よく我が家にも乱入してくる。桜はたじたじでどっちが雇用主かわからないのが面白かった。
ふと思い出していたら、勇吾さんは真面目な顔で向き合ってきた。なんだろう?
「それから、言いづらいんだけどね。君に報告があるんだ……僕、結婚するよ」
「えっ、えええ!? そうなの、お、おめでとう。でもいったい、誰と!?」
驚いた。勇吾さんが恥ずかしそうにいきなりの爆弾発言! 俺と離れてから恋ができたんだ。なんか寂しいけど、複雑な気持ちだけど、嬉しい。
「あ、その。昔からの友人で、今回のことで色々と助けてもらって、岬のケアをしてくれた人で、岬も相当懐いているアルファなんだ」
「相手はアルファ女性なの? 岬も懐いているなら良かった! 岬にも新しいお母さんができるんだね」
「う、うん……」
「ん?」
勇吾さんがなんか気まずそう。
「良太君にも是非会いたいって言ってるんだけど、いいかな? その人ここで働いているんだ、アルファだけど会える?」
「え、会わせてくれるの!? 会いたい! でもその人は俺とのこと知ってるの? 大丈夫?」
「ああ、その、驚くと思うんだけど、僕も君と彼のことを全て知ってるから」
「彼?」
「ちょっと待って、今呼び出すから」
そこでノックの音とともに、診察室の向こうから一人の白衣を着たガタイのいい男性が入ってきた。
「よう! また会ったな」
「えっ、あなたは……誰?」
なんか見覚えあるような、ないような? というかなんでアルファ男が、医者とはいえなぜオメガの診察室に来るんだろ。
「おいおい、あんな熱い夜を過ごしたのに、俺のこともう忘れたのか!? そりゃないだろ」
「え、ええええ! あんた! もしかして、あの時のアルファ!?」
「おう、思い出したか! いやぁ、ビックリしたぜ、桐生の会見でお前を見た時、その時あわてて勇吾に連絡をとったんだ。それでお前のことを全て聞いた、勇吾は俺がお前を抱いたアルファだってこと知ってたぜ」
言葉が出なかった。あの時のアルファは桐生で調べ済みって藤堂さんが言っていた。俺に見合うアルファだとも。そういうことか、医者で勇吾さんの知り合い、相当なアルファなのだろう。
「ゆ、勇吾さん……」
「高坂、あまり良太君を困らせるな。良太君、こいつは医学生時代からの悪友なんだ。あの時は偶然君を拾ったみたいで僕も驚いたんだよ、その後キミと関係を持てた治験者として、色々と協力はしてもらったけどね」
「そ、そうなんだ、でもなんで今さら俺の前に? あ、あの時の百万か、すぐ返す」
そうだった、この人俺に破格の金をくれたんだった。
「ちがうわ、ボケ。その金はお前を買った金額だ。今思うと安いくらいだったな、はは!」
「ボケって……」
「良太、お前の勇吾さんは、もう俺のだ。俺がこいつの結婚相手なの」
「え、ええええ――」
ど、どういうこと。だって、この人アルファで男。勇吾さんも男、それに二人とも抱く側だ、だよね? 勇吾さんは婚約中に散々俺を抱いたんだからそのはずだし、この高坂って人もかなりのモノを持ってる上級者だった。
「高坂……あまり妊夫を驚かせるんじゃないよ」
「なんだよ、本当のことだろ」
そう言った後、俺の前で高坂さんは勇吾さんにチュッと軽いキスをした。すかさず勇吾さんにぺしっとたたかれていた。
「この駄犬! 少し抑えろ。良太君のお腹に響くでしょ」
「わかったから、お前もそんなに怒るなよ」
俺はいったい目の前で何を見ているのだろう。
「俺、学生の頃から勇吾が好きだったんだ。その時は性別のこともあって俺は諦めた、若気のいたりかと思ってな。だけど数年して、お互い嫁に先立たれて、さらにはお前に失恋した同士。やっと俺に堕ちたんだよ、もう邪魔するなよ?」
「そ、そうだったんだ。そうだよね、性別なんて問題じゃない。勇吾さん、幸せ?」
勇吾さんは照れたように言った。
「幸せだよ」
その顔を見て、俺はあの事件後のことから本当の意味で凄く気持ちが落ち着いた。ずっと勇吾さんを裏切ったことは頭の片隅にあったから、勇吾さんのくったくのない笑顔を見て俺は少し涙が出てきた。この人なら勇吾さんを温かく守ってくれる、そんな存在のような気がした。
そして二人は無事に入籍を済ませた。後日、岩峰家に遊びに行くと可愛い岬が涙を溜めて俺に抱きついてきた。俺のこと、まだ好きだって言ってくれる岬がそこにはいた。俺も涙が止まらなかった。岬と抱き合っているとそこに勇吾さんがきた。
「パパ! 良君が来たよ!」
「良太君、よく来たね、絢香さんもちょうどさっき来たところだよ」
家に入ると絢香と華が遊びにきていた、それもいつもの日常。
「良! さぁ、こっち座りなさい」
「りょぉ――、だっこ!」
「絢香! ありがとう。あっ、華おいで」
絢香と手を繋いで座り、可愛い華を抱き上げて頬にキスをした。
「絢香も順調? まさか俺たちの子供が同級生になるなんて思いもしなかったね、今から楽しみだな」
「ふふ、ありがとう。秋人さん、良に言う時照れくさそうにしてたけど、毎日凄く喜んでるわよ。このお腹にあなたと同じ血が入っているなんて不思議だわ。華にも姉妹ができるなんて思ってもみなかったから嬉しくって」
「本当に良かった、お爺様には苦労をかけたけど、これからは絢香と華とお腹の子がいる。本当に嬉しい!」
ぽろっと涙を流す絢香を抱きしめた。俺が監禁されている間、絢香も発情期に妊娠した、俺たちどこまでも繋がっていたんだって思ったら俺も嬉しかった、お爺様にもまた家族ができて良かった。今度こそ自分の子供が先に旅立つことはない人生にしてもらいたい。
「おう、良太よく来たな!」
「高坂先生、お邪魔します」
新しいこの家の大黒柱が階段から下りてきた。
「なに言ってるんだ、ここはお前の実家みたいなものだろ」
「お父さん、僕も抱っこして!」
「おう、岬こっちこい」
お父さん……そうか高坂先生は、岬のお父さんなんだ。岬すぐに抱きついてすごく好きみたい、仲のいい親子にしか見えない、俺が母親になるよりよっぽどしっくりとした関係に見える、勇吾さんと高坂先生と岬、彼らはもう家族そのものだった。
高坂先生は桜の子供時代の主治医をしていたこともあったらしく、桜もよく知っていた。この二人が結婚すると言ったら桜は相当驚いていたけど、桜も喜んでくれていて、すごい勢いで結婚祝いを贈っていた。
なんだか不思議な縁だけど、みんな落ち着くとこに落ち着いた。そんな日々だった。
ちなみに桜だけは岩峰家への出禁をくらっている、当たり前だよね。岬は桜が何をしでかしたか知らないけれど、やはりこの家には桜は入れられないという勇吾さんと、勇吾さんと岬を苦しめた部分では桜を許せない高坂先生がいるからね! 一応和解はしていても譲れない部分がある、大人の二人はそう言った。
いつまでも俺の素敵な癒しの場所には桜は入れないのは、自業自得ってことで。桜はこの場所で何があったのかしつこい位に毎回聞いては羨ましそうにするのは可哀想だけど仕方ない。俺にも桜のいない場所での癒しは、未だに必要なのかもしれない。大好きな桜だけどそれだけにならない人生を俺は選んだ。
俺は俺自身も愛するために。
「絢香、俺今幸せだよ」
「良、私もよ」
二人笑顔でいつもの日常を迎えていた。
*****
本編に入りきらなかった、みんなのその後でした。
この度は、『ローズゼラニウムの箱庭で』をお読みいただき誠にありがとうございます。とってもハードな内容だったのだなと皆様のコメントで改めて実感いたしました。
書いている時から、何度か涙を流しながらこのお話を書きあげました。
賛否両論あるとは思いますが、幸せは本人たちが決めること。たとえ否定されても、あんなに酷いことをされ続けても、結局は桜を愛してしまった。
それが全てだと思います。
自分だけのローズゼラニウムの箱庭……ではなくて、そこに愛おしい人も入れば幸せの箱庭になる。
それが良太の選んだ答えです。
初めは勇吾を入れたローズゼラニウムだけの世界を選んだ。でも最後は桜を入れたサンダルウッドをブレンドした箱庭を選びました。
ローズゼラニウムの箱庭では単体でも、他の香りを入れても、どんな世界も楽しめる。今では由香里のローズも、そして絢香や岬といった可愛いオメガの香りも入って素敵な植物が咲き誇るお庭になったことでしょう。楽しみ方はいかようにもある、それを良太が自ら選んで、調合する。
そんな香りの世界観はいかがでしょうか。
お互いに育った環境も経験も違えば、考え方も感じ方も一つじゃないし、愛し方や愛され方は変わるものです。正解なんて本人しか分からない。この二人はこれで落ちつきました!
読者の方の反応には色々と驚きでしたが、初めて書いた小説だったので、こんなに反応していただけて嬉しかったです。コメントをいただけた皆様に感謝申し上げます。
沢山の白熱したコメントは、それだけお話に入り込んでいただけたのだと感じましたし、登場人物への批判が多かったのも大変勉強になりました。緩い世界観のため、ご不快にさせてしまったことお詫び申し上げます。
この先の番外編はこのエンドにご納得いただけた方にお読みいただけたら嬉しいです。
いつか、二人の子供が主人公の次世代編をお送りしたいと思います。ただ私が描く話は本質がこんな感じなので楽しい話にはならないと思います。
上條と桐生の血、それが混ざったら良太以上のお話が描けそうです。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
☆riiko☆
応援ありがとうございます!
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