ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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最終章 それぞれの選択

217、最終章 7

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「良太君、目が覚めた?」

 えっ、勇吾さん? 白衣姿だ、ここ……病院?

 俺の腕には点滴、何故か体を器具で固定されている。だから動かすこともできない。

「な……んで」
「話は、藤堂さんから全て聞いたよ。その上で僕が保護を願いでた」

 涙が流れてきた。

 最後にこんな無様な姿を勇吾さんに見せている。あれからいったいどうしたんだっけ? あのまま藤堂さんと別れて、俺は自殺できたのかな、失敗したから病院で寝たきり状態になっているのか?

 わからない、全く思い出せない。

「ゆうご……さん、ごめん、こんなことになって本当にごめんなさい、岬のことも、俺っ」
「いいんだ、君が無事でさえいれば。岬は大人へのトラウマは少しだけ残っているけど、あの時の良太君の処置が良かったみたいで性的被害で苦しんでいるというトラウマはないよ。絢香さんと、それと僕の友人のアルファが一緒に岬と寄り添っているからアルファへのトラウマも全くないし、今の君より断然元気だよ」

 岬っ、大人が怖いっていう俺と同じトラウマを作ってしまった。だけど性的被害の記憶は免れたのか……。絢香もまだ勇吾さんのところに? 

「うっ、ごめん、ごめんなさいっ」
「大丈夫、大丈夫だよ。良太君、今はどういう状況かわかる?」
「わからないんだ、どうなっているの?」
「君は藤堂さんに保護されて、そしてそのまま昏睡状態におちいり、あれから三日寝たきりだった。きっと心が限界だったのだろう。それともお腹の子供が助けてって言って眠らせたのかな? 自殺する前に意識の方が先に消失したみたいだね、結果良かったけど」

 子供のことも、自殺のことも知られている。

「じゃあ、俺は死ねなかったんだ……。でも、なんでこんな体が固められているの?」
「目覚めた時、暴れないように。つがい解除されたオメガは狂って何をしでかすかわからない、君のためだよ」

 勇吾さんが辛そうな顔で言った言葉に、俺は心がえぐられるような気持ちになった。そうならないように死を選んだはずなのに、最後まで俺はアホなピエロ。人生で初めて自分で選んだ道さえも真っ当に遂行できなかったんだから、最悪の自体だ。

「そう……」
「ねえ、僕じゃ君の生きる目的にはならないの? あんな手紙をもらったけど、でも僕は君がとても愛おしい。君が上條君と幸せになるなら諦めるけど、でも君は捨てられて、そして死を選ぶ。死ぬくらいなら僕にくれないか? 嫌なら抱かない。君が精を受けなくても生きていける方法を考えるから、だから」
「……勇吾さん。こんな最低な俺にまだそんなこと言うなんて、どうかしているよ? 優しい勇吾さんに、こんな姿見せたくなかった、もう会いたくなかったよ。全部知っていて勇吾さんに俺を託すなんて、やっぱり藤堂さんはラスボスだよ。えげつない……」

 俺は涙を堪えてそう言った。すると、その場に似つかないヤクザな声がきこえた。

 「やっぱりラスボスってなんだ? あぁん?」

 ああ、そうか藤堂さんもここに居るんだね。

「藤堂さん?」
「まあ、そう言うなって。俺はお前が死なない方法を選んで欲しかっただけだ。岩峰に会ったらお前の気持ちも変わるかもしれないだろう? お前を十歳の時から見ているんだ。俺の貴重な八年をお前に捧げてきた報酬だと思え」

 その声、見えないけど藤堂さんだ。

「藤堂さん……。やっぱあなたはえげつないよ。俺の想いの全てを聞いても、なお俺を辛い状況へと導くんだもん。あなたの八年分だから俺の命だけじゃ足りなかったね、でも俺のことを思ってくれて、ありがとう」

 向こうで、くそって言ったと思ったら、がつんって何かを殴る音が聞こえた。藤堂さんもこんな仕事やりきれないよね、ほんとごめん。

「君は愛されている。藤堂さんにも総帥にも、絢香さん、岬そして僕。これだけじゃダメかな? つがいひとりには匹敵しない? 君を守って、もちろん君のお腹の子供にも、もう誰にも何もされない所で、幸せな場所を作れるよ。誰からも匿って、君を、君だけが望む人たちに囲まれた箱庭を作ってあげる。今ならそんな人生も選べるんだ」
「……」
「それに、上條の精子も保管してある。セックスしなくてもそれで発情期も乗り切れるよ。僕は医者だ。非合法だろうと君を死なせない方法ならいくらでもある。家族として僕達のことをもう一度受け入れてくれないだろうか」

 俺の涙は止まらない。

 さっきからずっと、この優しい人たちのとてつもない愛情に包まれていて。体も手も動かないから涙を拭うこともできない。そんな俺の涙を勇吾さんが拭ってくれた。

「難しく考えないで。人の愛情はバース性だけではないし、夫婦関係だけでもない。友人関係、家族関係、兄弟、愛情の種類は沢山あるんだよ。君はオメガだったから発情期が絡んで、どうしてもつがいというわかりやすい愛情が全てに思えたかもしれないけど、セックス無しに幸せに生きている人は沢山いるんだ」
「勇吾さん、どうして、こんな出来損ないのどうしようもない俺なんかにそんなに優しくするの? 俺はあなたを何度も裏切った。体まで使って自分のものにしたのに、勝手につがい以外を認めないってわがまま言い出したんだよ」

 優しすぎるよ、勇吾さん……。

「僕は君といられるなら、どんな形でもいいんだよ。夫夫ふうふとして体の関係を結ぶのが君にはしっくりくる愛情だと思ってそうしただけだ、良太君は役割や肩書きがあるとむしろ諦めとして受け入れるだろう、その役割を明確にしていただけ。別に君は僕の息子として家族でいてくれてもいい。なんなら友人? 本当に肩書きなんてどうでもいいんだよ、君を愛することに理由なんてない。君という人間が僕は好きだ。どんな時でも人のことを考えて、自分を犠牲にして、それでいて心許した相手への愛情は大きい、そんな一生懸命で可愛い君だからこそ、僕たちはたとえ君が嫌がっても愛してしまうんだ」
「嫌じゃない……でも俺には資格がない」
「資格って何? 人は生きていくのに資格はいらない。愛される資格って何? 愛するのは相手が勝手にすること。嫌なら拒めばいい。嫌じゃないなら受け入れればいい。ただのそれだけの事だよ。きみは十八年、色んな我慢や理不尽に苛まれて精一杯生きた、辛いこともそうだけど周りからの愛情は、君自身が築いてきたものだよ。そろそろただただ甘えて楽しくてしょうがない生き方を選んでみたら? オメガとしての役割はもう解放されたんだよ? つがいはもういない。君を押さえつける人間もいない。正真正銘、君はただ一人の桐生良太というとても自由な存在だ」
「ふっ、うっっ、そんなこと、言われても……」

 勇吾さんのゆっくりした口調と、ひたすら愛情のこもった優しい言葉が俺の心にずんずんと入ってくる。言葉が見つからない、涙も止まらない。

「ああ、君は本当に可愛い。そうだ、養子にするから僕の子供になりなよ、岬と兄弟としてこれから子供時代をやり直してみよう! それがいい」
「勇吾さん……」

 この人は偉大だ。

 この人と話すといつもそれが正しいって思い直される。だから離れたのに、自分の決心さえも受け入れてくれてそしていい方へ導いてくれる。

 勇吾さんは俺の手を握って優しく笑ってくれる。なんて強い人なんだろう。

「でも、俺の腹には桜の子供がいる。この子は産み落とすわけにはいかないし、この子の親である責任は一緒に背負いたい。勇吾さんの話を聞く限り、これからは辛いこともない楽しい生活があるのも期待しちゃうくらい今は惹かれるけど、その箱庭にいても、きっと桜のことは常に想ってしまう。そうすると俺はまた辛くなる。だから、だからこそ、この幸せな今の時を最後にして眠りたい!」

 勇吾さんさん優しい顔で俺を包み込む、しかし藤堂さんは許してくれない。

「お前、その頑固やめろ! いい加減にしろ。こんなにお前を想ってくれている相手にお前は残酷だ。愛する相手が死ぬって言って、そうですかって言える奴なんているか! クソすぎて笑えもしねえ、人の気持ちなんて生きてりゃ変わる。お前の今のがんじがらめに塗りたくられた想いは、今は変わらなくて数年後には必ず生きていてよかったって思える日がくるはずだ、もし来なかったら俺が変わりに死んでやるよ! 俺の命かけてお前を守ると誓った日から、俺はお前のためなら死ねる。お前、俺を今殺す気か?」

 びっくりした。藤堂さんが、つがいでもない俺に死ねるとか。

「藤堂さん、俺、あなたにそんなに想われていたんですね。そんな言葉聴けるなんて、死ぬって言って良かった。今は俺のご褒美期間なんですね、俺、ううっ、うっっ……」

 途中から涙で言葉が詰まった。藤堂さんが命をかけて守ってきてくれた命を俺は自分の頑ななまでの心で否定していた。

 人が人を想う。

 それに答えてこなかった自分、見えないふりをしていた。本当は藤堂さんの優しさも子供の頃から気付いていた。だけど、人の優しいところには蓋をして、人の自分を蔑む態度にだけ敏感に生きてきた。俺が泣いていると、勇吾さんが話した。

「すぐに結論は出さなくていい。こうやってみんな必死に君に生きていて欲しいんだ。今は眠りなさい。もう少し時間をかけて、みんなと話して、それで生きるか死ぬか考えるといいよ、だから結論は早めないで、僕は君の全てを見てきた保護者だ、それくらいのお返しは頂戴ね?」

 勇吾さんは点滴に薬を入れると、俺はすっと眠気が襲ってきて、また深い海のそこへと意識は沈んだ。
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