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第九章 運命の二人
207、命より大切な想い 7(桜 side)
しおりを挟む良太が目覚めなかった。
あの日抱いた後、寝室から呻き声が聞こえて、部屋を見ると良太は嘔吐をして、酷い脂汗をかき、うずくまっていた。
何事か全くわからなかったが、これはまずいと思ってすぐにいつものクリニックに運んだ。良太は治療を終えて入院している、あれから二日後に良太は目覚めた。
「ですから、今は微妙な時期なので接触は避けてください。主に体液が混じる行為は避けてください」
「それはつまり、良太を抱くなということか?」
「その通りです、彼を苦しめたくないのであれば」
医者は曖昧にそう言った。
つまり度重なる心労で、今一時的にオメガの機能を失っている。
現在、俺を番ではないと良太の細胞は認識しはじめ、番以外とセックスをした後のような状態になってしまったらしい。
それで俺が抱くたびに寝込むのを繰り返したと、そう判断された。
「でもいったいどうして……」
医者が真顔で本当にわからないのか? と訪ねてきた。そしてため息をついて発した言葉の意味を、俺は瞬時に理解できなかった。
「番解除をしたんですよね? 通常元番との性行為は大丈夫と認識があるようですが、良太さんの場合違うみたいですね。オメガは奥深いので個人差もあるのでしょう、血液検査の結果から見ても危険な状態だと思われます」
「ちょっと、待ってくれ、危険って、医者のあなたが本当にその診断を?」
医者は怪訝そうな顔をした。そして良太を連れて帰るまで俺と医者の話は続いた。
◆◆◆
「良太、夕飯できたぞ」
良太が俺の言葉にピコって効果音が出そうなくらいの反応を示した。くそっかわいいな。
今は良太に触れない。なるべく刺激をしないようにも、アルファである俺が良太を触るなと医者から言われている。薬を処方されて一週間接触を控えた結果、また次の判断をするからと言われた。それまでは触れない。
「わ! 美味しそうだね」
ぴょこぴょこと食卓に着くと、一緒に食べ始めた。今日はパスタにした。あまりおかずを用意しても最近の良太はなかなか種類を食べられないらしいから、一品でカロリーを取らせるように具沢山でたっぷりのオイルを絡めた。
「どうぞ、召し上がれ」
いただきますと、良太が器用にフォークにパスタを絡ませて口に運んだ。いつもは一口運んでから美味しいねってすぐ言ってくれる。
でも今日の良太は、ハッとした顔をしていた。どうしたんだろう、俺は気になってすぐに自分の口に入れてみた。うわっ、なんだ? これ。
俺としたことが、医者との会話を思い出して料理に集中せずに作っていたから、気もそぞろだったらしい。これは塩辛くて食べられたもんじゃない。
「ごめんっ、りょうた」
「おいしい……」
いつもは大げさなくらい美味しい美味しいって言うのに、ぼそっと聞こえないくらいの声で呟いた。流石にまずいのだろう。だけど俺の作ったものだから美味しいって言ってくれたけど、あんなまずいものを食べたんだ、声のトーンも落ちるだろう。
「いや、良太、作り直すからっ」
そしたら、いつもの笑顔ではなくて幼い子が喜ぶような、そんな無邪気な顔になって目を輝かせて俺に言ってきた。
「桜っどうしたの? これ、すっごく美味しいね、俺の好みの味になってる!」
「えっ」
これなら完食できるかもと言い、まるで長年の空腹を満たすかのように食べ始めた。
俺は、その良太の無邪気で心の底から言ってくれた言葉にたまらなくなった。そう、これは明らかに食べられる味ではない。なんなら塩の味しかしないから。ただただしょっぱくて辛い。
ここで俺は、良太の症状が思った以上に深刻なことに初めて気が付いた。
オメガの番解除について、あれからネットで調べた。
[性行為の痛み、分泌液低下、フェロモン低下、匂いの判別不能、睡眠障害、勃起障害、味覚障害]
思い返してみたら、良太の小ぶりなペニスはここ最近全く反応していなかった。オメガだから後ろだけで感じられると思って気にしてなかった。そして抱いている時、あれは今思えば快楽ではなく痛みで耐えている震えだったのか? たしかに後ろは濡れづらくなっていた、というか俺からでる液体を擦り付けていたから、それで濡らしていた。
そして極め付けが、味覚障害。
最近は決まり切ったセリフのように、何を食べてもおいしいと過剰反応しているのはわかっていた。それは俺への愛情だと思っていたんだ。でも、まさか、味がわからなかったから? だから大袈裟に料理を褒めて、自分の味覚障害を隠していたのか?
今、目の前で見ている光景が真実だ。
口に入れたら、ウッとなるくらいの塩分のパスタを食べている。しかもとても美味しそうに。いつもは無理やり少しずつ口に運んでいた食事だ。でも今日は全く違う光景が見える。
「桜? 食べないの?」
「あっ、いや、良太の美味しそうに食べる顔見ていたら、つい嬉しくて、そんなにうまいか?」
「うん! これなら毎日でも食べたい」
「そうか」
そして俺は良太に失敗作だとバレないように、目の前のパスタを表情変えずに平らげた。
激しく不味くて、とても水無しには食べられなかったが、でもあんなに美味しそうに食べる良太の顔を見たのは寮にいた頃以来だったので、良太の褒める料理が失敗作だとバレないように無理をしてでも食べた。味は最悪だが、良太の笑顔を見られた喜びの方がはるかに勝った。
医者の言うことを信じられずにいた。色々あったから精神的なものが身体に出たのだろうと。もしかして良太は本当に番解除の症状が出ているのか? 俺がここにいるのに。
明日にでもまたあの医者に話を聞いてみることにしよう。
もしそうだとしたら、俺にできることはあるのか……。
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