ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第九章 運命の二人

204、命より大切な想い 4

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 先生が桜と話している間にも、またすぐに俺は眠りに落ちたみたいで、そこから更に丸一日意識を失ったまま、翌日に目が覚めた時には桜が目の前にいた。

 倒れたことを謝ろうと思っていたのに、顔を見た途端、言葉を失った。

 伏せっていた俺よりも桜の方がずっと顔色が悪くて、しかも目の下が真っ赤で明らかに泣いた後みたいになっていた。俺は今までこんな顔になるような桜の涙なんか見たことない。どうしたんだろう? つがいと何かあったのかな、俺は心配になって、思わず大丈夫? と声をかけた。

 その言葉を聞いたら、険しい顔が柔らかくなってそれは俺のセリフだって、優しい笑顔をくれた。

 先生と話をしたからなのか、それとも俺に飽きてしまったからなのかはわからなかったけど、目が覚めてからは、桜が俺に触れることがなかった。それでも、桜もいつも通りの優しさで、体調を崩した俺を労ってくれていた。

 部屋に帰ってからはとくに距離を感じた。

「しばらくはゆっくり休もう。ご飯準備しているうちにシャワー浴びておいで? 寝たきりで汗たくさんかいたしさっぱりしてきて」
「桜は一緒に入らないの?」
「う――ん、洗ってあげたいのは山々なんだけど、先生から無理させるなって言われていて。裸見たら洗うだけじゃ収まらないと思うから、しばらくは一人でシャワー頑張ってね、浴槽つかれるようになったら一緒に入れてあげるから」

 そういうことなのか? だから俺に触れてこないのかな、それならしょうがない。

 嫌になって一緒に入らないとかじゃなくて良かった。最後だから本当は片時も離れたくないけど、今無理して本当の最後の時に抱いてもらえなかったら、その方が悲しいし。

 俺はそっと後ろから抱きついた。そしたら桜は少し固まって、抱き返してはくれなかった。

「お前に触りたいけど、なるべく我慢するから、俺を煽らないでね。回復したらまたお前を抱くから、あまり心配しないで今は休むことだけ考えるんだよ。たとえ抱けなくても愛しているのに変わりはないから」
「桜、ありがとう。愛している」

 触れてもらえないのは寂しかったけど、その言葉は俺を勇気づけてくれた。俺はそのままバスルームへと進んだ。

 その日から、桜はどこまで言われたのかは聞かなかったからわからないけど、抱かないし、キスもしない。時折髪にキスを落とすけど、それだけ。寝る時に抱きしめてもくれなくなったのは、さすがに寂しくて自分から抱きついた。

 桜は抵抗することなく、そのまま抱きしめさせてくれたけど、朝起きてもキスがなくて少し寂しくなった。

 桜は変わらず優しくて、ただ俺たちの間に性的な触れ合いがなくなっただけで、とても穏やかに時間は流れた。桜に抱かれなくなってから、俺の体調もみるみる良くなった。というか、ご飯は相変わらず味はしないけど、食べても嘔吐はしなくなったし、一日中眠り続けることもなくなった。

 こういう日が続いて、体を繋げないと昔のことを思い出す。

「俺が学園に入って少しして、桜と同室になったばかりの時みたい」

 桜がパソコンをいじっている隣で腰をかけている時に思ったことが、ボソッと声に出ていたらしい。

「そういえば、そうだな。あの頃もこうやって隣に座って良太は勉強していて、俺は生徒会の資料を見ていた。懐かしいな」
「ねっ、あの時は純粋に先輩後輩の仲だったよね。今思えば、エッチなことしないだけで距離感はおかしかったけど」

 俺は、ふふって思い出して笑った。そうだ、頼りになる生徒会長の部屋に住まわせてもらっている後輩って立場だったから何も考えず、この人に好かれようとも思ってなかった。むしろ嫌われてもいいくらいの感情しかなかった。

 あの頃は単純で楽だったな。

 好きになると、嫌われないようにとか、怒らせないようにとか、いろんな努力をしなければいけなくなった。

「あの頃に戻りたい? 何も知らない、ベータの桐生良太に」

 俺の髪をそっと撫でて、桜は話を進めた。

「俺はあの頃からお前に夢中だったし、手に入れるのに必死で。今も手に入ったと思ってもお前を俺の自由にはできない、すぐにこの手をすり抜けていく。できることなら、俺と出会ってからの時間だけでも、お前をもっと楽にしてやりたいと思う。俺はあの頃に戻って、お前を桐生から解放してやりたい」
「何言ってるの、もう解放されているよ。それに今は桜のとこにいる、もう戻りたいなんて思わないよ。今が一番幸せだもん」

 そして禁止されていたけど、俺からキスをした。

 桜が瞬時に避けたせいで軽いフレンチキスになってしまったが。拒否されたのは、これが初めてだった、こんなに悲しいことなんだなって、改めて俺はなんて我儘なんだろうと思う。これまで桜のことを何度も拒絶してきた自分を恨めしく思った。

「たとえ、今、桜と触れ合って体調がおかしくなったとしても俺は後悔しない。今の俺のこの環境も何もかも俺が生きてきた証拠。桜は俺が流されてそのまま今の俺になったみたいに言ったけど、俺だってそれなりに決断をしてきたんだよ? 今ある俺は、俺の責任。そして桜のそばにいるのも俺の意思、俺は上條桜をこの世で一番……愛している」

 桜は驚いた顔をしていた。

 そんなに驚くことかな、ずっと桜が好きって言っているのに。

「そうか、ありがとう」

 桜は、あの頃の学生時代の何のしがらみのない二人の時と同じような笑顔をしてくれた、そして、それ以上語らなかった。

 俺も桜から同等のものを貰おうとは思わない。桜のこの世で一番愛している人は、俺ではなくてつがいであるとわかってるから、だからそっと笑顔で寄り添った。

 今だけ、ううん、あと数日そばに居られればいいから。

 次に抱いてもらった時、俺はこの世を去る。それまでは俺の中は桜だけでいい。他の人をどう思おうが構わない、俺が桜を愛しているという事実だけでいいんだ。

 俺の、命よりも大切な桜への想いを胸に抱いて、穏やかに最後の日を待った。
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