ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第八章 束の間の幸せ

173、婚約期間 3

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 宣言通り、風呂から上がると明け方までお互いに貪りあった。

 翌朝はいつもよりゆっくり寝て、起きたら目があって、また交わった。ルームサービスを頼み、午前中はまったりして午後になってやっと部屋を出た。

「プロポーズした日だからね、特別良太君を味わっていたかったんだ。無理させちゃったかな? ちょっとだけ支配人と話してくるから、そこのカフェでお茶して待っていてくれる? いい子で待っていて、できるかな?」
「もう! 俺子供じゃないし、ちゃんと大人しくしているから、気にしないでお話してきてね」

 勇吾さんはクスクス笑いながら、俺の頬を触る。

「君が子供じゃないのは散々しているから、よく知ってるよ。だから心配なんだよ? 知らない人に話しかけられても答えなくていいからね、何かあったらすぐに知らせなさい」

 そう言って、俺のポケットに手を入れてきて耳元で話しながら、肌に薄い布一枚のところをゆっくり撫でてきた。

「んっ」

 そんなこと、人前で恥ずかしいじゃないか! そう思うもそんな台詞はなぜか言うことができなかった。

 俺は赤くなり反抗せずただ頷いた。勇吾さんは俺を黙らせるコツを知っている。ズボンのポケットの中に手を入れたのも、緊急ボタンみたいなものが入っているから、それを触って俺に認識させるための確認だろう。

 だけど触り方がいやらしい。

 勇吾さんのお家が雇っている警備会社にすぐに連絡がいくやつ。お出かけの時は数人が俺たちの周りに見えないように待機しているんだって。オメガを嫁にもらうと大変だな……。

「……もう! じゃ甘いもの食べて待ってるよ」
「ふふ、そうしなさい、好きなものなんでも頼んでいいからね。その前に」

 勇吾さんが俺を抱き寄せた、そして俺はそれに答えて、自分から勇吾さんの頬に手をあててキスをして笑った。

 勇吾さんがもうちょっとっていうから、俺は、もうって笑って、首に手を回してしっかり密着したら、もう一回、今度は唇を重ねてから、ゆっくり舌を入れて、んんって、声も出るくらい官能的なキスをした。

 唇が離れた時に、俺の唇についたお互いの唾液を勇吾さんが指ですくって、やっと体を離した。

「うん、ステキなキスだね。じゃあ、行っておいで」

 そんなやりとりを生暖かい目で見てくれていたホテルの人は、そのまま俺をラウンジへと案内してくれた。俺はもう勇吾さんの奥さんになるんだし、オメガだし、誰に恥じることもなく、彼を受け入れれば良いって、なんだか昨日のプロポーズから自信がついてしまったみたいだ。

 恥ずかしいけど、恥ずかしさで勇吾さんを拒絶なんてしない、堂々としてようって思えた。俺はケーキと紅茶を頼んで、勇吾さんに借りたタブレットをダラダラと見て一人でゆっくりとしていた。

 突如、フワっとなんとも言えない、良い匂いがした。

 なんだろう。なんだか懐かしいような、そんな気がして画面から目を離そうとした時、俺の心を揺さぶる、体が震える、それでいてなんとも心地の良い声が聞こえた。

「良太やっと会えた、迎えにくるのが遅くなってごめんね」

 俺はゾクってした。この声……この匂い、目をあげられない。

 ――なんで、なんで、なんで!?――

 その声の主は、目の前の椅子に座った。俺は恐る恐るまぶたをあげて、その人を見た。

「……せ、んぱい……」

 季節はあれから二つ過ぎたのに、まるでほんのわずかな時しか経ってないかのような、自然に話しかけられた。そしてどれだけ時が過ぎても、俺の中でこの人は何も変わらず、つがいだって瞬時に理解した。

 それくらいに、声、香り、瞳、全てがしっくりと俺の中にストンと落ちた瞬間だった。少し疲れた顔をしている気がするけど、でも相変わらず誰もが目を惹く美形であるアルファの中のアルファ、俺のつがいがそこにいた。

「桐生にいいように使われて、岩峰なんかと婚約させられて可哀想に。もう大丈夫だよ、俺が全て片付けてあげる。無理やり別れさせられて辛かったよね? さぁ一緒に帰ろう。今後は、誰も良太に手が出せないようにしてあげるから、」

 ダメだ、ダメだ、何も変わってない、彼の中で俺は愛しいつがいのままだったんだ。

 ああ、怖い、怖い、怖い……。

 勇吾さんとの幸せすぎる時間を過ごしたからこそ、本来この人が怖い人だって再認識できた。つがいとして側にいた時は、大好きな恋人だったから忘れていたけど、自分の信念を曲げない、それでいて人を懐柔する実力を持っている、上位アルファ。

 先輩は本当に俺が騙されたと思っている? まだ俺を信じている? ううん、信じようとしている? 俺はこっそりポケットの中のそれを押した。

 あまりの衝撃になんの言葉も出せずに、目の前の人を恐怖の目で見ただけとなっていた。そしたら、先輩は優しい口調で話を続けた。

「どうした? 怒ってないよ。岩峰へのキスは、流石にショックだったけど、理由があるんだろ? 後で聞くから、まずはここから出よう」

 見ていたのか!? だったら、あれは俺からしていたのもわかるはず……それなのに。

「ごめ……んなさいっ」

 俺は何も言えなくて、ただただ涙が流れてきた。口元を手で押さえた、言葉が発せられない。

「大丈夫だ、さぁ良太ゆっくりしてられないんだ。早く行こう」
「ごめんなさい、本当にごめんなさいっ」

 俺の言葉には触れずに、俺の腕を掴んでそのまま強引に立たせようとした。従うわけではないけど、なぜだか抵抗もできない。俺は謝るしかできなくて、力も入らなくて、そんな時、ざわざわと周りが騒がしくなった。

 先輩と会話したのは、わずか数分。すぐに俺のボタンで緊急出動した警備会社の人間が来たのだった。

 先輩はチッというと、強いフェロモンを出して周りの人間を制圧しようとした。が、相手はプロである、逆に公然でアルファのフェロモンで刺した罪として、警察に捕らえられてしまった。

「くそっ、良太! 良太!」

 先輩は二人がかりで抑えられながらも、俺に向かってひたすら名前を言ってくる。こんな必死な先輩を初めて見た。俺は涙が止まらず、呆然とその場に崩れるしかなかった。

 そして勇吾さんが駆けつけてくれて、俺を抱きかかえる。

 それを見て先輩の絶望した顔が、涙の向こう側に見えた。勇吾さんに行くよって言われてその場を去ろうとする時、先輩が必死に俺の名前を呼んでいた。

 俺はもう勇吾さんの腕の中で、泣くことしかできなくて、先輩の声が聞こえないように耳を塞いだ。
 
 先輩は警察に抑えられながらも、俺の方に必死に叫び続けているけど、それ以上言葉を交わすことはなかった。
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