ローズゼラニウムの箱庭で

第七章 決断

164、別れ 1

　一年前のクリスマスは初めて先輩を本気で好きになって、舞い上がって、そしてこのホテルで二晩を過ごした。

　もうあれから一年が経ったんだ。

　そしてこの休暇が終わったら、もうこの人と一緒に過ごす休日など無い。風呂を済ませて、窓から冬の夜景を見ながらそんなことを考えていたら風呂から出てきた先輩が後ろにいた。

「良太どうした？」
「この景色、去年も見たのに、また違って見えるなって思って」

　抱きしめて俺の話す言葉を聞きながらも、その手はすでに俺のガウンの紐を外していた。時折首元にキスをしながら。

「それは良太が変わったってこと？　今年はどう見えるの？」
「ふふ、くすぐったい。去年は自分でも驚くぐらい舞い上がってましたから、正直全てがキラキラしてたなーくらいしか覚えていません。今は冷静に夜景が見えてる気がします、んん」
「冷静ね、そんなこと言っていられるのも今だけだよ」

　すでにバスローブはその機能を果たすこともなく、無残にも床に落とされていた。適温に暖められた部屋なので寒いと思うことはなかったが、その手が素肌に触れることで、ゾクっと身震いをしていた。これから始まることに期待を込めたこの体を、ふいにおかしく思った。

「最初の年だけのサービスだったんじゃ無いんですか？　またこの部屋に来られると思わなかった」
「うん？　ああ、そういう約束だったんだけど、去年の良太の喜び方がたまらなく可愛くて、少し脅してこの部屋の権利をあの時から確保しておいたんだ」

　驚いた。

　一年前から、またこの部屋に来ると決めていたのか。もう先輩には俺と過ごす未来は確定していたのだ。それを聞いて罪悪感と喜びでたまらない気持ちになった。

「一年前にそんな無理をさせてたんですね。僕との未来を信じてくれてありがとうございます、すごく嬉しいですっ」

　後ろを向いて俺からキスをした。

　もう何一つ身につけてない姿が恥ずかしかったけど、今日はクリスマスだ。少しだけ勇気を出して体を隠すことなくそのまま先輩に擦り付けて、首に抱きついてキスを続けた。

「良太、愛してる。この先もずっとクリスマスは何があってもお前を抱く日と決める」
「ふふ、なにそれ。その日だけですか？」
「そんなわけないだろう？　でもクリスマスに離れることはこの先一生無いってことだけ覚えとけ」

　そんなの無理だよ。そう心に思ったけど愛しい番つがいには心とはうらはらに、そっと笑顔を向けた。

　そして俺は抱き上げられて、そのままベッドへと降ろされ最高の夜を過ごした。

　きっと一生忘れられないクリスマスの思い出となるだろう。涙を流しながらその日は抱かれた。先輩は、それをクリスマスの感動と捉えてくれたようだけど、これはカウントダウンの涙だ。

　もうすぐ先輩との別れの日がくる。もう今年もあと少しで終わる。そしたら、時は無情にも先輩の卒業の日が押し寄せてくる。

　俺はその残りを、一日一日を大切に思い過ごした。俺たちにとって、それは最も穏やかでそして短い幸せの日々。

　年が明けると先輩は大学も決まり、そして俺との未来を語る日が多くなった。

　穏やかに、残りを楽しむように、もう最後の日まで何も考えずにただひたすら番つがいが好きで愛おしいという思いだけで生きてみた。

　週末は岩峰家に行き、今後のことを話し合う機会も増え、俺の未来は確実となっていく。あの薬は問題なく、すぐにでも俺との治験にとりかかれると言っていた。それはつまり先輩がこの学園を卒業するのを待つのみということだった。それを待つ身ではあったが、俺への猶予はまだあるので、その日までは学園に戻ればひたすら先輩に甘えて愛された。

　そうやって心が壊れるのをなんとか持ちこたえて、あっという間に三月になり先輩が卒業をした。春休みは先輩のマンションでほぼ過ごした。そして学園に戻り、ギリギリまで一緒にいるために、元生徒会長の特権を使用して寮に泊まってくれた。

　先輩は明日この寮を出て行く。

　そして俺は、ほとんど意味をなさない最終学年へと上がる日になった。