ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第七章 決断

150、閑話 〜勇吾の悪友〜 ※

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「よう、岩峰いわみね久しぶりだな」

 今日は学会で地方まで来ている、呑気に声をかけた相手、たまに学会で会う程度の大学の同期だった男。そして今は憎むべき相手。

高坂こうさか……」
「なんだ? 辛気臭い顔して、相変わらず研究、研究、研究か? お前、奥さん亡くなって随分経つんだし、その後どうだ? 新しい恋人はできたか?」

「久しぶりに会って、随分ずけずけ聞いてくるね」
「俺もさ、つがいが亡くなってもうオメガはって思っていたんだけど、こないだ凄い子に出会ったんだ」

 あの時のことを? あの子とその場限りで遊んだくせに、それを他人に言いふらす気か。

「聞きたくない」
「いや、お前は聞くべきだ。ちょっと付き合え」

 そう言われて無理やり飲み屋へ連行された。こいつはこういう奴だった。アルファのくせにベータの僕にも妙に距離感が近くて、さらに図々しく人の意見を聞かない。

 学生時代からこんな奴だが、つがいができてからは、そっちにかまけるようになり、付き合いが楽になった。今では学会で会う度にちょいちょい連れ出される。だから会いたくなかったのだが、彼はアルファ治療の専門医なので、オメガ専門医の僕とはどうしても仕事柄会ってしまう。

「お前、今なんの研究してる?」
「そんなこと他人に言うと思う?」

 一息ついて真剣な顔で聞かれた。

「俺はあるオメガに会ったんだ。つがいが死んで間もないから一人で生きてくために体を売って金を稼ぐって言っていた。だが首にはガッツリ噛み跡があった、あれはつがいに死なれてないと思う、それとその子を抱いたんだが全く拒絶反応が無かった、むしろ凄いしっくりしたんだ、おかしいと思わないか?」

 良太君との行為をこんな形で聞くことになるなんて、正直ダメージが強かった。僕がその話に驚いていると思ったのだろう、彼は話を続けた。

「あれは、そういう薬を摂ったんだと思う。世に出てないからまだ試験段階だろう。彼はどこかの製薬会社に体を差し出している、そう感じた。あの子が不憫になって本気で保護しようと思ったが、あの子はあの子なりに一人で生きてくという決意が固くて、俺はその場だけの快楽を与えて別れたんだ。要は治験の相手に使われたんだ、今考えるとそんな気がする。だがあの時、自暴自棄になっているオメガをほっとけなかったんだ。なぁ? この情報お前のところに入ってないか?」
新薬しんやく? そんなの聞いたこともない」

 それは僕が作った薬、そんなこと言えるはずもないし、仮にそうだとしても僕が機密を漏らせないことなど彼は知っているはず、でもあえて僕に聞いてきたのは、何か掴んでいる?

「そうか、オメガ研究権威のお前でも知らないか。そういえば上條グループが今度アルファ用の新薬申請をかけているの、知っていたか?」
「ああ、そうみたいだね」

 全く苦々しい、僕の薬を模倣したあれだよね。

「オメガほどじゃないが、自衛したいアルファも多いからあれは売れるだろうな、うちの大学からまずは試すことになったんだ」

 それは総帥が苦水を飲ませられたやつだ、上條はうちから掴んだ情報を、アルファ側に試行錯誤して先に市場に出していた。

「そう。ところでそのオメガの子とは連絡とってないの?」
「ああ、連絡先も名前すら教えてもらえなかった。俺は一時の快楽の相手として選ばれただけだったみたいだ。久しぶりに本気になれそうな相手に出会えたと思ったのに、やっぱオメガはもういいや」
「アルファ様が随分な目にあったんだね、まぁ君はつがいを愛していたし、もうオメガとすることなんて無いって思っていたから、今の話は驚いたよ。それほどのオメガに出会ったのに、残念だったね」

「お前は俺のこと、よくわかってるな」
「別に知らない。学生時代、君につがいができてから僕に構わなくなってくれて助かってたから、だから君のつがいには感謝しかなかったんだけどね。あの子は本当に残念だったって、心から思うよ。つがいと死別した君の辛さは計り知れない」

「ありがとう、せっかく俺から逃れられたのに残念だったな。お前もみさきが産まれたと同時に奥さんを亡くしているんだ、それこそお前だって相当しんどい思いしてるだろ」
「うん、そうだね。お互いまだ三十代でこんなんじゃ、いやになっちゃうね」

 そうして苦い思いを胸に、二人で飲んだ。

 彼は決して悪い奴じゃない、本当に偶然なんだけれど、良太君が薬を試す相手に選んだのが彼で良かったと思う。無体はしないだろうし、オメガを本気で心配する気持ちを持っている、それに誰でも抱けるという軽い男ではない、良太君がお眼鏡にかなったのは、良太君の危なさ、そして真面目な子だって気が付いたからだろう。

 彼は、あの時のオメガの子が薬を使っているとしたら、あれはやばいと言っていた。相当な快楽だったと。それは上條君が良太君を仕込んでいたから? それともあの薬はそこまでの快楽まで約束するものなのか? 材料が足りないからまだなんとも言えない。

 実際に、僕が良太君を早く抱くことができれば良いのに。ただ今回の件で材料は揃ったし副作用も間近で見えた。あともう一つ。

「ねえ、僕は今新しい研究してるんだけど、君の精子くれないかな?」
「ぶぶぼっ、な、なんで? 俺の? 研究室にたくさんあるだろ?」

 珍しく動揺してるみたいだ。

「うん、いくつかアルファのサンプルはあるんだけど、君のような男が中々見つからなくて」

 そう、薬を使った良太君を抱いた君の精子だから欲しいんだ、彼は少し考えていた。

「……いいぜ、じゃお前が抜いて?」
「はっ? 何言ってんの?」
「いいじゃねぇか、散々オメガのサンプル取りでそういうの、慣れてるだろ? 俺、あの子抱いてから一人じゃ抜けなくなったんだよ」
「それは、ご愁傷様。だったら夜の相手に抜いてもらえばいいじゃないか、僕はベータの男だよ、そんなやつに触られたら萎えるでしょ」

 全くなにを言っているんだ。

 そういえば学生の頃からこんな奴だったからウザかったんだ。なにかと距離感は近いし、なんならよくベタベタ抱きつかれた。もしや、彼はゲイなのか? アルファだから男を抱けるのはわかるけど、ベータでいけるとしたらそれは。

「今はそういう相手、いないんだ。もう俺の心は萎えてしまって、久々につ相手には、治験相手にされるし。もう岩峰しかいない、俺お前のこと学生の時から」
「ちょっと待て!」

 なんだか危ない雰囲気になりそうで、急いで言葉を止めた。

「あ?」
「もう、いい。それ以上は聞きたくないから、いいよ。僕が抜いてあげる、オメガの子を何度も抜いてるからできると思う」
「そうか、それは楽しみだ」

 そう言って彼はニヤリと笑った。そして今夜は酒も飲んでいるのでお開きとなり翌日の会合の後、ホテルで会うことになった。

「すげ――な、お前っ、ああっ上手いよ。あっイきそうだ」
「……早く、イってよ」
「まぁ、そうせかすなよ。俺は雰囲気を味合わないといけないし、それに攻められるより攻めるのが好きなんだ」
「……」

 翌日の夕方から、アルファの男の股間を握っている。僕はワイシャツをめくっていつものようにラテックスのゴム手袋をはめると、それは萎えると言われて素手で触れと言われた。協力してもらうのはこちらなので、最大限のことには答えなければいけない、そう思い、目の前の下半身だけ晒したアルファのデカブツを素手で握っている。

「んっ、な、なにをする!」
「んちゅっ、あ? 耳にキスしてるだけだろ? 感じた? 勇吾ゆうご
「な、なんで名前呼び」
「雰囲気だよ、セックスの上で大事だろ」
「これはセックスじゃない!」

 お構いなしに抱きしめ首や耳にキスをしてくる。シャツをめくって胸を触られた。

「ほらっ、もっとしごけよ、今ならイキそう」

 そう言われると、握っていたそれはさらに大きくなっている。すかさず扱いている間にも彼の愛撫は止まらない、はやくっはやく、いかせなければ! そしてついに彼は快楽を拾った。

 その時、思いっきり唾液を混じらせた濃厚なキスをしてきた。離そうとしてもアルファの馬鹿力には敵わず、されるがままとなってしまった。

 ま……ずい。

 こんな主導権を握られるキスはかなり久しぶりだった。良太君とは薬のやり取りの時にキスしたけど、あの時は官能を引き起こす以前に、心配でそれどころじゃなかった。妻と死別して三年、それ以来の濃厚なキス。相手はアルファの男なのに気持ちが良くなってしまう。

「ふっ、勇吾、手が止まってるぞ。キスそんなに気持ちいいのか? ってるぞ」
「くっ、やめろ! なんて悪趣味なことしてくるんだ、んんん、あッ」

 僕の股間に触ってきた、はやくっ終わらせたくて、彼のソコを強く扱いていかせた。そしたら、あっけなくイった。

「お前が好きなんだよ、学生の頃から」
「な、な、何言ってる。僕はベータの男だ」

 彼が出した白濁を急いでサンプルケースへと入れて、離れた。息が整った彼はまだ言う。

「お前が好きだった。そんな時、俺はつがいに出会って、若かったこともありお前への気持ちは若気の至りだと思って諦めたんだ。だけど、あいつが死んで、さらにお前の女も死んだ。俺はオメガを抱いたけど、でもそれも俺の人生と交差しなかった。やっぱりお前なんだよ、俺じゃだめか?」

「そ、んなこと、知らなかったし、今更、というか僕には婚約者がいるんだ」
「婚約者?」
「ああ、その子はまだ学生だけど、卒業したら籍を入れる。ベータとか君は気にならないにしても、それ以前に僕には大切な存在がもういるんだ。君の、気持ちには答えられない」

 彼は悲しそうな顔をした。

「そう……か。俺はいつも、いつも、気づいた時には遅いんだな。勇吾、それでも俺はお前が好きだ、この気持ちは多分、一生変わらない」
「本当にすまなかった。もう、君にはこんなこと頼まないから、ほんとごめんっ」

 僕は慌ててホテルを出た、良太君を抱いた彼を少なからず憎いと思っていたが、今となってはなんとも後味が悪く罪悪感しか残らなかった。

 それでも、良太君へ投与する薬は最終段階まできている。あの頃よりも、つがいの上條君のサンプルもだいぶ集まった。そして良太君が唯一寝たつがい以外の男、アルファである高坂のサンプルまで手に入れた。

 あともう少し、そう思い、この罪悪感は新薬開発リーダーとしての責任感へとすり替えた。
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