ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第七章 決断

141、絢香の番 1

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 新年の俺の願いが叶うことは無かった。

 いや、俺がそれを叶えようとすらしなかった。願い事にまで嘘をついたって、何にもならない。

 年が明けて学園に戻ってからも、先輩はますます俺に甘くなり、前よりきっと俺に愛されているという自信がついたのだろうとわかる。

 そんな先輩を見ていたら、裏切ろう、嫌われようなんてできなかった。

 そして季節は俺の気持ちとは裏腹に、凄い勢いで変わってゆく。好きな人と、ほんとは永遠に過ごしていきたい。なのに、あっという間に学年が一つ上がった。そう、俺たちの最後の一年のカウントダウンが始まったのだ。

 四月になり、先輩はますます忙しくなってしまった。学生のうちに会社を一つ任される、そう言っていて、この春休みはそんなに会えなかった。そして大学進学の準備、さらには上條グループでの先輩の地位も上がるので、お披露目の意味を兼ねて、社交の場へと度々出向いていたんだ。

「できれば、パートナーとして良太も連れまわしたいのにな。まだ桐生氏からの許可が出てないから、公の場所に連れていけないのが残念だよ」
「先輩、ごめんなさい。制約ばかりが多くて」
「でもこんな可愛い良太を、世間に晒せなくていいのは助かっているけどね。だけど独り身であるというと上條の名前は魅力があるみたいで、自分の子どもをつがわせたい財閥の対応には面倒くさいかな、早く俺には良太がいるって言いたいよ」

 本当にそうだろうか。

 上條の名前はたしかに魅力の一つだろうが、先輩自身の魅力が何よりも人を惹きつけているのだと思う。こんなにいい男にはまだ相手がいない。

 年齢的におかしくない、財閥の御曹司ならこの年でもう婚約者くらいはいる。いや、いた。それも破談になった今、周りは気になるだろう。先輩は控えめに言っていたが、きっといろんな人からアプローチはされているはず。

 俺は先輩とは結婚できない、だったらこの貴重な機会を無駄にさせていいのだろうか。

「良太? 安心して、俺は良太一筋だから」

 俺の不安な顔に気づいた先輩は、俺の頬に手を当てて優しい顔を見せてくれた。

「社交の場は、将来を共にする人たちを選ぶ場でもあるんですよね? 先輩のお家の名前は確かに魅力ですけど、それだけじゃないと思います、先輩が魅力的だから……だからみんな先輩と付き合いたくて必死なんだと思う」
「妬いてくれるの? 確かにパーティーに行けば誰かしらからアプローチはかけられるけど、俺の家は有名だから、それだけだよ」

 そんなはずない。

「僕だって、先輩の家の名前を知っていたから先輩に近づいたって思いません? 僕は桐生ですよ、スパイだってこともあるでしょ?」

 俺は何を言っているんだろう、自分からネタバラシをしている。

「良太が? そんなスパイならむしろ嬉しいよ。好きな子に使える手札が一つ増えるだけだよ? 俺は良太を手に入れられるなら、立場や名前を最大限に利用する。それで? 良太は俺の何をスパイしたいの? 何でも協力しちゃうよ」
「それって、お家の名前関係ないじゃないですか。先輩のタイプの子がいたら、下心で近づいてきても付き合うって話ですよね……」

 先輩が怪訝な顔をした。

 俺もうまくいっている二人の雰囲気を自分から悪くしたのもわかっている。両想いになってから俺はこんな態度も、こんな嫌な言い方もしてこなかったから。

「良太、怒ったの? それともそれ、本気で言ってる?」

 先輩の空気感が不穏な感じになった。俺に向き合っている目が笑ってない。さっきまで穏やかだったのに、俺は怒らせてしまったみたいだった。でもいいきっかけかもしれない。

「……僕なんかじゃ先輩の立場に見合ってないし、むしろそうなった方が先輩は幸せになるんじゃないかって、最近思うんです」
「どうした、急に。何か不安でもあるの? 俺たちはお互いに想い合っているだろ、どうしてそんな話をするの?」
「先輩は、ただのアルファじゃないから。凄い人だとは知っていたけど、先輩が社会に出るのを最近目の当たりにしてきて、僕じゃダメなんじゃないかって感じてしまうんです。はじめに言ったの、覚えていますか? 僕とは学生のうちだけでいいって、本当は今でもそう思ってます」

 先輩がますます怒っている、いや、呆れている? 最近では感情を読めるようになってきたと思ったけど、やっぱりアルファはよくわからない。

「どうして今更その話になるの? 今でもそう思ってるって何、良太は俺が好きだと思っていたけど、違うの? まだつがい解除したいの? 死にたい?」

 あっ、そうか、別れるイコールつがい解消、そしたら俺は死ぬって話が大前提だったな。薬のことはまだ世間では知られてないんだった。

「そんなことはもう思っていません。先輩の優しさに触れて愛されて、死にたいなんて思いません。ただ、僕といると制約だらけだし、先輩のご両親にだって僕は会えない身分だし、そんな僕よりもっとふさわしい人が現れるなら、その方がいいから」
「どう言うこと? 俺にふさわしい人って何? 俺は良太と結婚するっ……約束したじゃないか!」

 はっとして先輩の顔を見た。

 そうだ、先輩は俺と結婚して家庭を築くつもりなんだ。俺は自然と涙がでてきた。あのクリスマスの日からずっと答えの見えないふわふわとした中にいて、はっきりした考えをしないように意識していた。でも言葉に出すともう逃げられない気がしてきた。

「僕は……生涯、子供は産みません。今更言うのは卑怯だけど、これは誰が相手でも絶対です。だから上條グループに跡取りを作ることもできない。ただの恋人ならいいけど、結婚は無理です。そんなオメガより先輩の役に立ってくれる人を選んで欲しい」
「なんで、泣きながらそんなことを言うの。子供の話までは流石にしたことなかったけど、良太が嫌なら跡取りなんて作らなくていい。二人きりの夫夫ふうふでいればいいよ。それが結婚しない理由にならない」

 どうして、理由になるはず。

「僕は、桐生です」
「そんなの初めから知っている」
「できっこない。一緒にいられない。どれだけの人間の生活が関わってくるか、わかるでしょ?」
「できるよ。だからそんな悲しいこと言わないで。俺がなんとかするから、ずっと不安に思っていたのは、それ? 家の事情で俺と一緒になれない? 他にもまだあるんだろう、良太が自分から話すのを待っていたけど、そうやって一人で思い込んで俺から離れるくらいなら、無理やりにでも聞きだすよ」

 涙が止まらないまま先輩に抱きしめられていた。そしてこの男は俺の秘密を何かは知らないが、隠し事があるのに気づいていて知らないふりをしていたのだと思い知らされた。

「僕には秘密が多いんです」

 耳元で知っている、という言葉が聞こえた。俺はふっと笑ってそのまま続けた。

「先輩が好きです。好きだからこそ、幸せを願っている。先輩の未来を奪えないから、僕に構わず好きな人を見つけて欲しいって言うのが本音です」
「それは絶対にない。俺が欲しいのは良太だけだ。そして良太のこれからの人生も欲しい」

 先輩はとても真剣で、声音だけでも言葉の重みを凄く感じる。

「先輩は欲張りだな。だったら誰も知らない場所に囲えばいい。誰の目からも見えないように。そしたら僕は他を知らない、他に惑わされない、先輩だけに包まれた人生を送れるから」

 抱きしめた腕を解かれて顔を覗かれた。先輩は驚いた顔をしていた。

「本気で言ってる? それを俺がしてもいいの? 良太はそれで自由と言えるの?」
「ふふ、どちらかというと不自由ですね。でも僕を離したくないならそれくらいしないと、先輩だけのものにはならない。それだけは言えます」

 少し間があった。

「わかったよ、その時がきたらそうしよう。今は俺を好きでいてくれてる?」
「僕が愛しているのは先輩だけです。好きな人には幸せになって欲しいから、矛盾してるけど、僕じゃ、だめ、なんですっ……うっ」

 キスで言葉を塞がれた。

「俺は、好きな人は自分のもとで幸せにしたい。それに俺の幸せは、お前に愛されることだから」
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