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第六章 本心
140、閑話 〜藤堂一のランチタイム〜
しおりを挟む「藤堂さん、今日も行きたい所あるんですけど、一緒に行ってくれませんか?」
まさかの、またか!?
俺は冷静を装って、運転席から聞いた。
「本日はどちらへ?」
「今日はね、ロイヤル〇〇ホテルで休みたい」
「っ!?」
俺は思わず噴き出した。
「ふふっ、驚きました? 昼間から夜のお誘いじゃないですよ――」
「わかっていますが、どういったご用件で?」
後部座席で楽しそうに笑っている。最近こいつは、無邪気を装った小悪魔なんかじゃないかと思う。
「そこで、ランチしたいんです」
「それこそ番や岩峰にお願いしていいんじゃないですか? あそこはかなりのハイレベルのホテルですし、問題無いかと……」
「う――ん。でも、そこだけはその二人とは絶対行きたくないんです。藤堂さんなら問題ないし」
なるほど。
俺は瞬時に思い出した。そのホテルは以前、良太がたまたま拾われたアルファと二晩過ごしたホテルだ。一応護衛と言えど、俺はアルファだ。番持ちのオメガと、ホテルで二人きりの食事は流石に問題ありありだと思うのだが……。しょうがない、上條に護衛についている者がアルファだとばれてないのが救いだ。
何か思い出に浸りたくなったのか?
「わかりました。ではこれから向かいますが、よろしいですか?」
「はい! ありがとうございます」
ホテルの駐車場に車を泊めて、一緒にエレベーターを使って最上階のフロアへと行った。
こんなところ万が一、番に見られたらどうするんだ? それに俺の行動は総帥へも報告がいく。もちろん俺が良太に手を出すことは満に一つも無いが、だが総帥の孫と食事に高級ホテルへ入るなど、はぁ、面倒くせぇな。
「藤堂さん、今、面倒くせ――って思ったでしょ? 顔に出てましたよ! でもね、藤堂さんも感動すると思うんだ」
そういうとエレベーターが開いて、高級中華の店へと入った。そこで良太は焼きそばを注文した。あとは適当に野菜が欲しいとか、色々頼んでいた。こんな量、お前が食べられる量じゃないだろう? そう思っていると。
「あっ、僕は基本少食だから、藤堂さんたくさん食べて下さいね」
「でしたら、なんでこんなに」
「だって、色んなもの試したかったから」
穏やかにそう話す。
「藤堂さんは、僕のストーカーだから知っていると思いますが」
「ぶふぉっ! す、とーかー?」
「ああ――っ、大丈夫ですか?」
俺はストーカー発言に飲んでいたジャスミンティーを吹き出した、良太がすかさずハンカチを出してくれた。
「だって常に僕を見て、電話も監視して、僕の番の寝顔まで見ちゃうなんて、熱烈なストーカーですよね! でも安心してください。僕公認なんで」
「そうですか……」
上條の写真を見たのを今でも根に持っているのか。まぁ、番を好きなら当たり前だ。こいつは唯一無二の愛する番とのコトが全て俺に筒抜けで、監視されているんだ、俺なら耐えられない。
「まぁそれは、藤堂さんのお仕事なんでしょうがないんで、いいんですが。ここは僕が、番じゃないアルファと泊まったホテルだって知っていますよね?」
「ええ、まぁ」
こいつがホテルに入るのを監視していたし、その時総帥にも報告した。あのアルファは俺も知っている男だったので、間違いがないと思ったのだが、結局あの男もただのアルファだったようだ、間違いを起こしたと事後に総帥も俺も知ることになった。俺が物思いにふけっていると、良太が話を続けた。
「その時にね、その人がここの焼きそばをテイクアウトしてくれたんです。これが凄く美味しくて、もう一度食べたいなって思っていて。でも、あの二人にここに連れてきてなんて言えない。なので、このあんかけが美味しいと知っているのかって聞かれたら、困るから。だから藤堂さん、付き合ってくれてありがとうございました」
そうなのか、あの時のコトは別に嫌な思い出ではないんだな。
「あの人、名前も何も知らないアルファだったんですけど、番と死別して、もう誰とも番わないと言っていました。だからかな? 番に死なれたって嘘を言った僕を養ってくれるって言ってくれたんです、本当にいい人で」
「そんな情報、私に話していいんですか?」
そんなに包み隠さずあの時のことを、俺に言っていいのか?
「もしかしたら、藤堂さんならあの人を調べているのかなと思って、とにかく先輩たちには申し訳ないけど、僕にとって絶望の時に救ってくれた優しい人だったから、いい思い出なんです」
良太は美味しそうに焼きそばを頬張って、話した。俺は珍しく笑顔で答えた。
「そうですね、その経歴も合っています。あのアルファは中々の有望株で、もし上條がいなければあなたの婚約者になりうる人材でしたよ。安心して下さい、調べただけでこちらからコンタクトは取っていません」
「そうですか、良かった!」
良太はふっと笑った。
「よ――し! 今日も沢山食べるぞ――っ」
「無理はされないで下さい。前回のケーキの後日談みたいな話はもう聞きたくないですからね」
二人楽しく食事をした、と思う。良太は下らない世間話をご機嫌に俺にしてくれた、でもストーカーと言われるだけあってほぼ知っていた情報だったが。帰り際に持ち帰り用の焼きそばを注文していた、よほど気に入っているらしい。
「藤堂さん、今日はありがとうございました! これっ、番の方へのお土産です。いつも藤堂さんを独り占めしてるのでお詫びに」
それは先ほどの焼きそばと、ホテルのロビーで買った可愛らしいクッキーの詰め合わせだった。
「いただけません、私は仕事であなたの側にいるだけなので、妻もそれは理解しておりますから」
「でも! こんなに側にいた日は僕の匂い移ってると思うし、奥さん気になっちゃうと思うんですよね、これっ僕がお持ち帰りすると、ここでのことバレちゃうんで、ねっ! もらって下さい」
「では、遠慮なく頂きます。お心遣いありがとうございます」
「ふふっ、これ冷めても美味しいんで、二人で仲良く食べて下さいねっ」
◆◆◆
「はじめさん――。お帰りなさいっ」
家に帰ると番が抱きついてきた。俺はすぐさま抱きしめてキスをする。
「んんっ、もぅいきなり! あっ、今日も可愛い香りしてるね、お仕事お疲れ様でした」
「ただいま。お前にもあの子の香りがわかるのか?」
「ん? わかるよ。これはゼラニウムだねっ、可愛らしいハーブの香りだよ」
「それで、お前と相性がいいのか」
俺の番はラベンダーの香りだった。
「相性? わかんないけど、僕この香り好きだよっ、うん今日もホワホワしていていいね! あっ、何持ってるの? こっちからもいい匂いする」
「ああ、あの子、護衛のオメガの子からお前へのプレゼントだそうだ。いつも旦那を借りてすいません的な? 護衛だから匂いが付くだろう? それを気にしてるんじゃないかって心配していた。あの子は真面目なんだよ」
「凄くいい子なんだね。その子のコト話す時の一さんの顔も優しいし、浮気なんか心配してないよ? ねっ! これ食べてもいい?」
「ああ、俺は昼に食ったけどうまかったぞ、あとクッキーもあの子から」
「わ――い! 僕からも何か用意しよ!」
夫婦二人で食卓を囲んだ。子供達は生意気にも全寮制の学校に通っているので今は二人きりだ。まぁ、子供にこいつを取られたくなくて無理矢理放り込んだんだが。
「美味しいねっ!」
「ああ、そうだな。冷めても旨いと言っていたが、その通りだ」
その翌週、良太を車に乗せる日があったので、妻が焼いたクッキーを渡した。良太はその場で開けて食べてくれて、美味しい美味しいと喜んでいた。そして、また後日談として、上條から焼きそば攻めにあったという話を聞かされた。
上條は良太の行動をスマホで管理しているから、もちろんあの時間にあのホテルにいたのはバレていた。そして、中華料理を食べに行ったという証拠として、どんな味で何を食べたか、事細かく言わされたらしい、内容から嘘をついてないとわかると、そんなに焼きそばが好きならと、有名どころの中華料理から同じメニューを毎日テイクアウトして食べさせられたとか。
あの男は何に対抗しているのだろう? それに付き合わされるオメガのあの子が不憫だ。
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