ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第六章 本心

124、本当の気持ち 11(桜 side)

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 あの時の良太と連絡がつかなかった数日、俺は人生で初めての感情を味わった。岩峰に聞いても、そちらも良太の行き先が不明で探しているという。

 俺は父に頼み、警察の上部に要請をかけてもらった。上條のつがいということで、すぐに動いてくれたが、足取りは掴めずにいた。俺の胸は、張り裂けそうなほど悲鳴を上げていた。早く、早く、良太を! そして良太のスマホの電源が入りGPSで居場所がわかり、警察が良太を保護してくれた。

 誘拐ではなかったが、あの時の行動の理由を聞いて、俺の浅はかな行動に後悔しかなかった。まさか、良太が思いつめてあんな行動に移すなど想像もつかなかった。

 オメガというのは神秘的な生き物だ。

 つがいの愛情が欠ければ突拍子もない行動にさえ移せる。自分を犠牲にすることをいとわない。それほど愛情深いとも言える、そうでなければあんなことしでかせないと思う。

 本来なら許せない行為であったが、今回は目を瞑ろうと思った。そうしなければ、せっかく想いが通じあったのに、本当の意味で良太を受け入れてないと思われてしまいかねない。

 自分を囲って閉じ込めてとまで言ってくれた。見ず知らずのアルファに抱かれてしまった後遺症も、俺に抱かれて改善してきて、だんだんと理性が戻ってきたのか、常識的な良太も取り戻しつつあった。

 そのセリフを恥じてか、まじめに生きて正々堂々と俺のつがいとして、桐生との契約終了日を迎えたいと言った。その時、きちんとつがいとして認められるのだから、今から隠れる必要は無いと気持ちを改めたらしい。俺としては少し残念だった。だって、それはつまり、まだ週一日は岩峰に持ってかれるということだったから。

 良太との蜜月も終わり、学園に戻りいつも通りの生活、でも俺たちはずっとくっついていた。そしてとうとうこの日は来てしまった。忌々しい週に一度の邪魔が入る日だった。

「すいません、こんな所で待たせてしまって」

 学園のエントランスの隣にある、ラウンジのソファに岩峰が座っていた。

「いいよ、どうせ良太君が駄々をこねていたんでしょ? こちらこそ、うちの子が迷惑かけてごめんね」

 この言葉を聞く限り、この人は良太の行動の意味もその行動を取るだろうことも予測して自らここに来たのだろう。そしてうちの子って主張するところを見ると、良太を手放そうとしているわけでもなさそうだ。

「今回の件は全て俺の責任です。俺が良太を誤解させるような行動をして、捨てられたと思った良太は、自暴自棄になってやったことです。大事な良太を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 俺は保護者である岩峰に謝罪した。アルファである俺が人に頭を下げるなどそうそう無い。だが良太をこれ以上責められては可哀想だし、今は精神的ダメージを与えたくないからだ。

「へぇ、君みたいな子でも人に頭を下げるんだ。でも君の行動もだけど、これは良太君が勝手に勘違いして、そして自ら起こした行動の結果だよ。君を責めるつもりはない、それより許せるの?」

 ああ、普通のアルファは浮気なんて許さないだろう。でもこれは俺への愛ゆえの行動だったから、そこは思うところもあるが受け入れた。

「他の男と関係を持ったのは、大変遺憾ですが、それ以上に俺への愛情がそうさせたのだと思うと、ますます愛おしくなりました。俺はもう良太の全てを受け入れています」
「へぇ、アルファなのにそんな余裕ができたんだ? この数日、良太君と何があったのか嫉妬するな」

 もう岩峰の挑発には乗らない。俺への愛を伝えてくれた良太を見たから、だから俺は余裕ができた。たった、それだけなのに。思いが通じるというのはとてつもない力を与えてくれた。

「良太はあなたに会うのを恐れてる。先生は良太を迎えに来たんですか? それとも絶縁しにきました? それならそれで俺としては嬉しいんですが」
「ふふ、やめてよ。あの子は大事な子だよ。縁を切るなんて怖いコト言わないでね? でも嬉しいな、良太君は僕に嫌われるのを恐れて不安になってるんだよね? 僕もあんなことをした良太君へは珍しく怒りを抑えられなかったから、良太君が拗ねちゃうのも仕方ないかな」

 俺を煽っている。

 自分は良太の大切な存在であると。でもそんなことを言うくらいに、岩峰も焦っているのだろう。もしかしたらこのまま良太は自分の元には帰ってこないだろうと。

 俺の方が、優勢である。

「そうですね。良太はあなたに嫌われたってビビってましたよ。それはそれでとても可愛いので問題ないですが。良太が帰りたくないって言ったら、解放してくれますか? 俺とこのまま過ごしていく方がいいんじゃないですか?」

 岩峰は先ほどまでの、ヘラヘラした態度を改め声色も変わった。

「上條君、君の要望は聞けない。桐生氏との契約があるだろう。良太君のそれは一時的なものなので大丈夫だ。さあ彼を呼んで来てくれないかな? 僕の家族も彼が来るのを待っているんだよ」
「先生、もう良太は俺のつがいです。俺が面倒を見るのは決定している」

 俺は良太がこれ以上、岩峰の家で仕事をする必要ないと話した。

 良太はもう俺の隣で生きると了承してくれた。今回の件で俺は絶対に良太を裏切らないという確証を得たはずだ、以前言われたアルファに嫁ぐから大学進学ができないという理由はもうなくなった、それに金銭面の不安ももう必要ない、俺が行く大学に一緒に行かせようと思う。これから受験勉強もさせたいから、もう岩峰の家の仕事を辞めさせて欲しい、そう伝えた。

「そう、良太君は大学に行きたかったのか。彼は勉強大好きだから、君にそれを認められて嬉しくなってしまったんだね」
「わかってもらえますか?」
「でもね、彼がお金のためだけにうちに来てるとでも思った? だとしても彼がどう考えているのか僕は後見人として聞く義務があるんだよ」

 岩峰は淡々と話していた。

 たとえ相手がアルファだろうと怯まない。そんな男たちと渡り歩いて来たであろうことはわかる、そうでなければ仕事であんなに功績をあげることはないだろう。俺なんかは岩峰からしたら、アルファだろうとただのガキなのかもしれない。

「俺の希望を言っただけです。無理にあなた達家族から離そうなんてしませんよ。良太は今、精神面が不安定なのは確かです。あなたに会うことで刺激はしたくない、もう少し時間を置いたらどうですか?」
「だめだよ。時間を置いても良い解決はしない。君が良太君を囲いたい気持ちはわかるけど、学生の内は待ちなさい。ここからは医者としての僕が必ず必要になる」
「今日は譲りますよ。では良太とじっくり話してみてください。連れてくるのでお待ちください」

 不意に岩峰の目が優しくなった、その視線は俺を飛び越えている。

「その必要はなくなったみたいだね」

 岩峰の視線の先には、おどおどとした良太がいた。それを見て勝ち誇る岩峰に一瞬焦ったが、でも大丈夫だ。もう俺と良太を繋ぐ絆は深い。そう信じて、良太の意向に従い岩峰の元へと返した。
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