120 / 237
第六章 本心
119、本当の気持ち 6
しおりを挟むあれ? いつの間にかお風呂に浸かっていた。俺を後ろから抱きしめているのは、安定の番だった。
――あったかくて、気持ちいい――
「ん、起きた?」
俺の体重のかけ方から先輩は、目が覚めたのだと気づいたみたいだった。
「僕、寝ていました? ごめんなさいっ、先輩お仕事してきたのに僕の世話をさせて」
ピチャって、お湯の音。
抱きしめていた手を湯からだして、俺の頭を後ろから撫でてくれる。この手の優しさから、俺の心配は不要だったとわかる。
ちゅっと、後ろから俺のほほにキスをして問題ないって言う。
「むしろ仕事から帰ってきて、こんな歓迎されるなんて嬉しすぎて。無理させちゃったね、最高に気持ちよかったよ、ありがとう」
「あっ、僕は、あんなの初めてでっ、凄くビックリしました。あんなとこまで……恥ずかしいっ、でも幸せです」
あんな行為をしたんだと思ったら、先輩の顔を見るのは恥ずかしすぎて、目線は合わせず少し下を向いてぼそぼそと話した。
「これ以上無茶させたくないんだ。あまり煽らないで? もう、良太はなんでそんなに可愛いんだろう、もう離れないから、不安にさせてごめんね。これからは週末もずっと一緒に過ごせるように、桐生氏に相談に行ってみるよ」
あっ、俺の今日の行動。
先輩と離れて不安になって、匂いの染み付いているシャツを着て待っている、そして先輩が帰宅したと同時にすがり付き、泣き出す。そのままなし崩し的にセックスをした。その状況から先輩はそういう判断をしたのだろう。
今日のありえないような緊迫した状況下で、俺は番不足になったのは確かだ。
だがそんなの実行でもしてみろ、今日のジジイとのやり取りや苦しみが無駄になる。絢香のためにも少しでもマシな俺を取り戻さないと。そして前みたいな番を演じる努力をして、俺の行動を優先させるように仕向けなければ。
「あのっ、でも、僕。今日先輩と離れて、先輩のことしか考えられなくて。そんな日も幸せでした。会えない時間があるから、今こんなに幸せな時間になっているし。ずっと一緒にいたら、切ない気持ちを感じられないから」
「ん? 切なくなりたいの?」
「はい。だって、会いたくてたまらない気持ちを感じると、待っている間、先輩が大好きだって感じられたし、会えたら涙が出るくらい嬉しかったから……こういうのも良いかなって」
先輩は少し考えているようだった。あと一息か?
「毎週末、そんな気持ちになれるのも学生の今だけだし。会えない時にも番を思っているの、嬉しくないですか? 僕と同じように、先輩も僕がいない時も僕のこと考えてくれているなら嬉しいな、僕、初めて恋したから、こういう気持ちも大切にしたいです」
「良太……その気持ちはすごく嬉しいよ。でも俺はそんな苦しい思いなんて、しなくても良いとは思うんだ。だけどそれが良太の考える最善なら尊重するよ。お前は優しいから、それが波風立てずに、俺と幸せになれる方法なんだろ?」
言い訳くさかったかな。なんとなくバレてる。岩峰家に行かないと波風立ててしまう、そういう言い訳。そう取られた?
「先輩、ありがとうございます、ほんとに好きです。でも、会えない間も先輩を想いたいのは本当です。ただ二人がこのまま結ばれるには、避けていちゃダメだと思って。昨日は弱って先輩を困らせちゃったけど、考えてみたらお爺様には反抗せず、時が経つのを待った方が丸く収まる気がして。先輩には僕の考え、バレてますね」
浴槽の中、二人して前を向いて話しているけど、体はくっついているから、俺の動揺や思考も番なら簡単に分かってしまうのだろうか。でも先輩の香りは安定した優しい香りだから、決して怒っているわけでも反対しているわけでもない。
「大丈夫だよ。俺には気持ちを繕わなくていいから、これからも本音で伝えて、俺はどんな良太も愛してるから。さぁ、そろそろ出ようか! 良太の手料理、早く食べたいな」
入浴剤は入っていないのに、風呂には先輩の強い香りで満ちている。俺の精神安定の香り、サンダルウッドが香る。
とても心地良くて、大地に根強く立てるような、男らしく、それでいて大きな森に包まれているような香り。ほんと、好きだな。
風呂から上がると、俺が作っていた夕飯を先輩がキッチンで温めてくれている。
あんなセックスしたから、俺は力が入らなくて、服を着させられ、そのまま抱っこされてキッチンに移動。テーブルの前で座って、ごはんが運ばれているのを待つだけだ。
結局、仕事から帰ってきた番を働かせているダメオメガ? でもいいかな? 先輩は、なんだか嬉しそうだし、それにこんな庶民的なカレーを美味しそうに食べてくれている。まさかのおかわりしているし、こう見るとただの食べ盛りの男子高校生だな。
でもごはん作っていて良かった。あの時、藤堂さんが彼セットとか言って渡してくれた、高級スーパーの紙袋にはカレーの材料が入っていた。てゆうか、ただのカレーセットだが。
俺が外出しているのは後で必ずバレるはずだからと、マンション近くのスーパーで夕飯の買い物をするというアリバイのために、藤堂さんが用意してくれたのだった。数時間の外出の理由は、買い物と散歩。そして、手料理があれば番は必ず喜ぶ。そうとも言っていた。
普段から高級料理ばかり食べているアルファにとって、こういう家庭的な料理はくるものがある……らしい。藤堂さんもアルファだから、アルファの気持ちも番がするストーカーみたいな行動も、良く理解ができるんだって。
まんまと藤堂さんの策略にハマっている先輩が少し哀れに思ったけど、でも目の前で嬉しそうに俺が作った料理を食べているのはとても気分が良い。藤堂さんに感謝だな。
正直、あの後料理なんてする気力も無かったけど、藤堂さんの指示通りに動いた。
まずはアルファの匂いがついている可能性もあるから、シャワーを浴びろと言われたのでシャワーをしてから、服も全て洗濯した。そのまま料理を作って、先輩の服を着て仮眠をとる。藤堂さん、ほんと何者だろう。俺と先輩は藤堂さんのシナリオ通りに動いた。でもそのお陰でうまくまとまったのは、目の前の番の機嫌を見れば一目瞭然だった。
「良太? どした?」
「ううん。先輩が僕の作った料理食べているんだなって思ったら、なんだか不思議で。こんな普通のカレーを、アルファの生徒会長が食べるなんてみんな知ったら驚きますね。でも僕は嬉しいです」
「良太の手料理は最高だよ。本当に美味しい。カレーもだし、このキッシュも驚いた! こんな料理ができるなんて知らなかったよ」
「ふふっ、そうですよね。僕が先輩の同室になった頃、食べていたのって卵かけごはんだったから。あれが僕の言う料理って思っていましたよね?」
二人して懐かしいなって、笑って。楽しい夕食だった。そのまま先輩が片付けもしてくれて、その日は流石にセックスしなかった。
抱き合って、幸せな時間を過ごしていつの間にか眠りに落ちていた。
昼間の辛い出来事は、先輩が全て忘れさせてくれた。その夜だけは。
応援ありがとうございます!
15
お気に入りに追加
1,711
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる