ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第五章 戸惑い

110、良太の苦悩 10

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 知らない人の声が聞こえる。

『どういうことですか! あれほど安静にと言ったのに。彼はつがい以外との行為に、体もですが心も弱っている。そんな時につがいのあなたが攻め立てるように、しかも限界まで抱き潰すなんて。呼吸が止まるほどのストレス与えるくらいなら、もう離れた方がいいでしょう、この子はこちらで預かります』

 医者?

 まだ俺の意識は浮上しないが、耳だけ覚醒したみたいだ。ってか、ラッキー。誰だか知らないけど、匿ってくれ。俺、死ぬ前にこの腐れアルファに廃人にされるわ……。

『だまれ、体に教育をしているだけだ、つがいのアルファに他人が口を出すな。処置が終わったなら出て行け』

 だよね?

 先輩が人の話を聞く訳ないか。俺、意識浮上しなきゃダメ? このまま夢の世界で生きたい……。先輩は俺が憎いのに抱くとか、マジで変な趣味。鬼畜アルファに捕まった俺が悪いんだ。

 先輩が寝ている俺の頭撫でている。そうやって髪を触られるの、すごく好きだったな、でもこの手はもうあの女の子が独占する。ううん、本当はずっと始めからあの子だけだったのかも。

 寝ている俺の頭なんかなでなくてもいいのに、意識ない時までつがいとしての役割果たすとか、役割だけ果たすとか……凄く、凄く悲しい。

 なんでこんなに悲しいのかな、この手はずっと自分だけのものだって、なんでそう思い込んじゃったのかな。俺、ほんとはこの手をずっと掴んでいたかった。演技なんて言ったけど、本当は演技なんかじゃなくて、先輩と過ごす、先輩との時間が楽しかった。

 とても大切な時間だった。

 失って初めて気がつく。俺は自分に制限をかけていたから見ようとしなかった、絢香がいる、勇吾さんがいる、でも俺にとって一番必要なのは、このアルファだって、なんで気づかないふりができたんだろう。

 だからあの女の子と抱き合っているのを見ただけで、こんな暴走に走った。そして勇吾さんからも見放された。勇吾さんは俺が先輩を思う気持ちを見抜いていたのかもしれない。

 目からは自然に涙があふれてくる、眠っているはずの俺が泣いている。そんな姿を見て先輩は何を思うのかな……。

「良太、ごめんな、俺は、どんなにお前に嫌われていても、離してやれない……。好き、なんだ。この気持ちが迷惑なのは感じていたけど、でもどうしようもなく好きだ……」

 俺はつむっていた目を開けた。

 目の前の男が泣いていた。先輩が泣くなんて、どうしていいかわからなくなって呆然としてしまった。

「良太? 目が覚めたのか、具合は? ああ、俺が触ると気持ちが悪いか? すまない……でも、触らないから側にいることを許してほしい」

 先輩は涙を隠さず、俺のそばに居たいとお願いしてくる。俺はいったい何を、信じたらいいの? この涙を見ると、どうしたって俺のことが好きでしょうがないっていう、いつもの先輩に見える。

 じゃあ、彼女は?

「先輩、泣かないで。僕のせいですか?……もしかして先輩は僕を、好き、なんですか?」

 何を言っているんだという顔をしていたけど、優しく答えてくれた。

「ずっと言っているだろう、愛している」
「僕は桐生とは関係あるようで祖父の事業には一切関わっていません、今後も僕に近づいても祖父の弱みにすらなりません。僕にはなんの価値もないんです。ね、側にいる必要なんてないでしょう? それとも、まだ……ヤレる時に抱ける、都合のいいオメガとして飼っていたいですか?」
   
 先輩はその言葉に驚いている。

「俺は、お前を都合のいい相手だなんて思ったことは一度もない。好きだから抱いていた。お前の価値なら山ほどあるが、桐生の孫というのはむしろ邪魔なだけだよ」

 先輩は俺に桐生を求めてない。むしろ縁を切ってもらいたいくらいで、俺自身を見ていると。

 努力家で、必要以上に自分に厳しくて、常に頑張っている姿、桐生良太ほど素晴らしい人間を他に知らない、本当に俺に惚れていると熱弁してくる。

「俺がお前をずっと利用して、そのツールとして愛を囁いていたと思っていたんだな? 俺はただただお前が好きなだけだ、どうしたら信じてくれる?」
「そんなこと言われても、やっぱりよくわからない。だって、先輩は彼女がいるでしょ?」

 先輩が怪訝な顔をした。

「彼女ってなんだ? そんなのいない、なぜそんな勘違いをするんだ?」
「婚約者って言えばいいですか? あの子、すごく可愛いし、僕とつがいになってからも付き合っていたんでしょ?」

 それから、俺はまだふらつく体を起こして、先輩に俺の見たもの、感じたことを伝えた。

 つがいは何か利益になると思って継続していたか、寮生活でも性欲を吐き出せる相手として都合が良かったのか、そう疑問に思ったことを言った。

 あの日までそんな疑いはなく、本当に愛してくれているって思っていた。だけど、先輩は彼女を抱きしめてキスして、そのまま二人で出かけて、そしてその日は外泊するって。

 もう彼女をつがいにするのか、もしくは契約を守って俺が卒業してから彼女をつがいにするのか、どちらかだと悟ったと。

 知った以上は先輩のそばにいられない。だから、学園を辞めてつがいは解消してもらおうと祖父に言うつもりだった。ただ、祖父にそれを許してもらえるかわからなかったから、逃げるつもりだった。つがいを解消されて死ぬまでの少しの間だけでも、自由が欲しかった。

 それで、逃亡資金を貯めるためにアルファに買われた。

「僕は何の意味もなく、体を酷使してまで無駄なことはしない。これが僕のしてきた行動の意味です」

 先輩は衝撃的な顔をしている。そして、まだ泣いている。

「じゃあ、お前は俺と彼女を見たから、だからアルファに抱かれたのか? 俺のせいだった……のか」
「別に先輩のせいじゃありません。僕が決めたことだから。僕は、つがいになった時点で死ぬ覚悟をしていました。ただ死ぬ時まで搾取されたくなかった」

「そんな……」
「オメガには、死ぬ直前まで利用価値がある。人に利用されて死ぬように生きるなら、最後くらい我慢して自分から体を売ってでも、お金を手にして逃げたほうがまだマシだと思って」
「俺は、お前を手放さない」

 泣きながら先輩は訴えてくる。お願いだ。俺を捨てるなら、最後くらい自由にして欲しい。

「先輩、僕のことを少しでも想う気持ちがあるなら、誰にも知らせず解放してくれませんか? 自分の置かれた立場も環境も、全て忘れて自由になりたいんです。お願いします! 僕から祖父に手紙書くしつがい解消による違約金も無いようにします! だから!」

 先輩は俺を抱きしめてきた。ああ、最後まで性奴隷なのかな……。好きだって自覚したから、それは辛いな……。 

「俺は、お前だけを愛してる!」

 先輩は抱きしめた腕を緩めて、そのまま話を続けた。

「彼女の家と上條とで大きな取引があった。婚約解消は両家で了承済みだが、取引終了後に正式に発表する予定だった。あの時は記者が張っていてそれで、キスをしたフリをしただけで唇はつけてない。あの時点で破局が知られたら株価に影響がでるから、世間はまだ騙さなければならなかった」
「えっ」

「桐生側にも婚約者との婚約破談はもう少し時間がかかると了承を得ていた。俺はお前と出会ってから、お前以外を抱いてない。たとえビジネスでもお前以外にキスはしない」
「じゃあ彼女を、つがいにしないんですか?」
「ああ、彼女も俺をビジネスでしか見ていない。だから元から恋愛感情なんてない。お互いがそういう家に生まれただけの話だ」

 そんなことって、でも俺だってジジイのビジネスで顔も知らないアルファと婚約していたんだった。

「本当にすまなかった。そのせいでお前は、しなくてもいいことを。俺は初めて会った日から愛しているのはお前だけだ。良太が居ないと俺はダメだ……どうか俺を受け入れて欲しい」

 じゃあ、俺が勝手に勘違いしてあんなことして、勇吾さんにも呆れられただけで、なんの意味もない独り相撲だった?

 その上、俺の秘密、先輩に自分からバラした。この数日の行動はなんの生産性もなく、無意味だった。というかむしろマイナスでしかなかった。でも一つだけわかったことがあった、俺が先輩を好きだと自覚した。

 それが一番、無意味だった。
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