ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第五章 戸惑い

108、良太の苦悩 8

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「ここは……」
「ここは俺の家だよ、良太と一緒に暮らそうと思って用意していたマンション」
「……すいませんお邪魔して。オ……ぼく、の着替えはありますか? お世話になりました、帰ります」

 思わず俺と言おうとして言い直した。起きたばかりで自分の状況が読めていないが、このまま一緒にいていいわけがないのはわかっている。すると先輩が何を言っているんだ? という顔をしていた。

「帰るってどこに? 寮? 岩峰の家? 丸三日寝込んでいたんだ、まずはシャワー浴びておいで」

 三日? そんなに経っていたのか? 起きてすぐに風呂に入れと言われた。俺、臭かったかな。まあ、ずっとうなされて熱が出ていたし、俺も早く綺麗になりたかったからそのまま従った。

 風呂も大きくて、窓がついていて、そこはすごく高かった。タワーマンション? 景色が一望できる風呂だった、裸になって鏡を見てみると、はっとした。

 二日間の情事でついた跡の多さと、薄くなっているところや濃いところ、一瞬なんかの病気かと思うくらいの、しつこいくらいのキスマーク。そうだった、あいつすごいキス魔で体のあらゆるところにキスをしては跡をつける。自分の所有物としての証を付けていた。

 これ、先輩に見られた?

 勇吾さんにも……。俺が憎んでいたオメガ性を簡単に覆した証拠。そして男が嫌いと言っていたことになんの説得力も無くなる。実は男好きの淫乱オメガ、そう思われてもしょうがない。

 俺もこの所有の証を許していたし、あの時は誰かに必要とされて、自分はまだ生きている価値があるんだって、そう思いたかった。むしろ自分からたくさん付けてと強請ねだった記憶さえある。

 先輩のあの調子だと、まだ面倒を見る気があるように見えた。実際、勇吾さんが何か言ってなければ、先輩が密かに婚約者と付き合っているのを、俺がまだ知らないと思っているはずだ。まだ俺を騙せると思っているんだろうか? だから他人に抱かれた後でも、使える人間だから側に置けるのか。俺のこと、本当に好きだったらこんなことしたつがいを許せないだろう。

 流石にもう抱く気にはならないと思うけど、俺には桐生という利用価値がまだ残っているのだから、卒業までつがいにしとくのを我慢するのか? それとも、もうこの件を理由に立てて、つがい解消を申し立ててくるかもしれない。

 まあ、どちらでもいいいや。

 シャワーを終えると、入った時にはなかった服を見つけたので先輩がそこに置いたのだろうと思い、真新しいその服を着た。俺が滅多に着ないハイネックセーターだ。ああ、そうか、首元のキスマークもこの服なら隠せるからか。ははっ、どうしたものかな、と思い先輩の待つダイニングへと向かった。

「良太そっちに座って、今お粥温めているから」

 先輩が慣れた手つきで、お粥やらがいろいろ載ったトレーを持ってきた。先輩と同室になってから、もう当たり前のように先輩がご飯を用意する。始めの頃はアルファにそんなことって遠慮していたけど、今ではもう普通の情景になっていた。

「……」

 俺はなぜか、まだ言葉を発することができない。そうするとすかさず先輩が冷めないうちに食べてとスプーンを渡してきた。無言で食べると、やっぱり俺好みの味になっているそれにホッとした。先輩は俺の食の好みを全て見極めていた。

 特にこういう味が、とかリクエストしたこともなかったのに、俺の食べる反応を毎回見て覚えてくれたのだ。

 アルファの能力をそんな所に使うなんて、でもその優しさが嬉しかった。思った以上に腹が減っていたのと、いつもの味に安心したのとで無言で食べ続けて完食した。

 「……ご馳走さまでした」
 
 なんとなく気まずくて、とりあえずは食事を終わったこと知らせて、トレーをもってキッチンへ片付けようとしたら、いいと言われ、トレーは先輩に奪われそのままソファへ押しやられた。

 そしてハーブティーを先輩が差し出してきた。

「食欲はあって良かった。ほらお茶も飲んで、落ち着いたら何があったのか、教えてくれるね?」

 そっか、そうだよね、ただでシャワーやご飯は出てこない。俺はハーブティーを二口ほど飲んで、やはり話し合うのは面倒くさくて逃げることにした。

「話したくありません、もう帰ります。今までありがとうございました」
「良太、お願いだ。そんな風に俺を拒絶しないで? 辛い思いをしたのはわかるけど、どうしてそうなったのか話してくれ」
「別に辛くありません。離れていた三日間ずっとセックスしていました。僕の体を見たらわかりますよね? それだけです……」

 先輩はすごく悔しそうな顔をしている。自分の番が他の奴と寝た。好きじゃなくたって、自分のものを取られたんだ。アルファとしてやるせないんだろう。

「俺はお前に対して怒ってないし、お前を嫌いにならない。俺が怒っているのはお前を誘拐した奴と、それを防げなかった俺自身にだ!」

 へ? どんな勘違いしているんだ。俺は誘拐されたことになっていたのか?

「お前を監禁して、レイプしたやつは必ず見つけ出して、殺してやる! 安心しろ、警察なんかには渡さない。お前の経歴に傷はつけず存在事態を抹消してやるから、その男について話すんだ」

 あっ、あの警察の人達が勝手にそう判断して先輩に言ったんだな。

「レイプじゃなくて同意です。凄く素敵な男性でした。先輩が帰らないと言った日、僕は一人で外に出たんです。そしたら、あまりにタイプの人がいたから、僕から誘ったんです。お金くれたし、いい人でしたよ? 勝手に犯罪者にしないでください」
「何……を、言っているんだ?」

 先輩が明らかに動揺した。

「それが全てです。あの日の先輩にはがっかりしたので、僕は僕で自由に生きようと思って、それで行動に起こした。それだけです」
「なんで、いきなり、がっかりって? 俺たちはうまくいってたしゃないか。浮気だなんて行き過ぎな行動を、お前はつがいなのに、どうして。俺以外とのセックスは辛いだけだって知ってただろう? それが本当なら、どうして。いや、お前はレイプされた、なぜだか知らないが犯人を庇っているだけだろう?」

 俺の言葉を信じられないというか、信じないんだ。だったら、聞いても無意味じゃないか。

つがい解除してください、もう僕、疲れました」
「するわけないだろう! そんな風にねじ曲げなくていい、今回お前に落ち度はない、だから俺に嫌われようとしなくていい」

 えっ、ここまで言ってそういう変換するの? どうしよう、何か勘違いしている。俺は全く予想してなかった先輩の言葉に思わず時が止まった。

「先輩! 待ってください、何か勘違いしています。誘拐されてないし、レイプもされてない。先輩との関係を終わらせたくて、それにはお爺様からも逃げなくちゃいけないから、体を売ってお金を稼いでいただけです」
「お前が何を言っているのか、本当にわからない」

 先輩は本当に困惑しているみたいだった。

「だから! たまたま目が合ったアルファを、僕から誘ったんです。つがいは死んだって嘘をついて、僕を買ってほしいって頼んだんです。無理を言って、抱いてもらいました」

 俺は必死に説明した。

 つがいが死んだばかりだから匂いも噛み跡もまだ残っているけど大丈夫って言って、可哀想なオメガを抱いてくれただけと。自分は体を売らないと生きていけないと言って騙した。たった二日セックスをしただけで百万もくれた、優しい人、名前すら知らないその場だけの関係だった……そう説明をした。

 流石の先輩も固まっている。

 こんな固まっている姿、初めて見た。いや、本当の初対面の時もそうだった。舞台上から俺を見ていて固まっていた。あの時以来だ、まるで新種の生物でも発見したかのような、そんな顔。
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