ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第四章 番

85、夏休み 8

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 そうこうしているうちに試合は先輩チームの圧勝で終わった。俺も大きな拍手を叩いて周りの人と感動していた。

 先輩はチームの人たちや周りの女の子達に囲まれている。俺はそれをボゥっと見ていて思った。

 俺がそばにいなければ、先輩は綺麗な女性が隣にいる人生を送っているのだろうなって。もともと女の子としか付き合って無かったんだし。まあ、これからそういう人生を送るとは思うが、期間限定でも俺みたいな男としか付き合えないなんて可愛そうだ。

 俺ならその隣にいる綺麗な女性と付き合いたいって思う、健全な男ならそうだろうと考えていたら、見知らぬ二人の男に声をかけられた。

「ねえ、君一人? 俺たちと一緒に遊ばない?」

 驚いた。

 友達のいない俺は、遊ぼうと誘われたことなど皆無だったので、こんなことが起こらない環境にいたから、どう対処していいのかわからなくなった。

 海に行くと、こうやって友達ができるものなのか!? すごい。先輩みたいなキラキラした人の近くにいただけで、俺みたいのにも声がかかった。

「ごめん、驚かすつもりなくて。君あのアルファの連れでしょ? ほっとかれていて可愛そうだったから。一緒にクルーズでも行かない? いい気分転換になるよ」

 もう一人の男もあやすように話しかけてきた。二人とも水着を着ていて、海に遊びに来たであろう海水浴客だった。

「綺麗な女の子たちに囲まれて、彼まんざらでもなさそうだよ。アルファの女もいるし、君みたいな男の子がいたら、彼はせっかくナンパされても楽しめないんじゃない?」

 あれはナンパされていたのか!? 先輩はもしかしたら、女の子と楽しむチャンス? エッチ禁止したから俺といても楽しめないだろうし、女の子抱けるなら抱いたほうがいいだろうな。

「もっと広い海、見たくない? あっ、釣りもできるよ」

 無言だった俺は、釣りという言葉に反応した。

「えっ、釣り。魚釣れるの? 食べられる?」
「ああ、その場で新鮮なお刺身にしてあげるよ、行く?」

 釣り!? 自給自足の世界、ちょっと惹かれた。

 先輩も俺がいない方が楽しめるし、俺も釣りを楽しめる。釣りのスキルを身につけたら何かの時に飢え死にしないかも、とか元貧乏人な俺はそんなことを考えはじめた。

「釣り、したい……」
「よし、行こう! 彼氏にはあとで連絡すればいいよ! さあ、美味しい魚たべよ」

 俺は手を引かれて彼らについていこうとしていたら、先輩の怖い声が聞こえた。

「何をしている」

 男たちがびびって俺の手を離した。すかさず先輩が俺を奪い返して抱きしめた。俺は先輩の胸に埋もれた顔をヒョコっと出して、説明をしなきゃと思った。

「先輩、あとで連絡しようと思っていたんですが、彼らが釣りに連れてってくれるっていうから一緒に行ってきます」
「は?」

 やべー、不機嫌極まりない。そうだった。所有物が他の人と仲良くしたらだめだっけ? 俺は釣りに惹かれて、すっかり頭から抜けていた。

 でも、釣りだよ? 先輩も他の女の子と遊べるし、許してくれるかも。

「先輩他の人と遊んでいたし、僕も釣りしてみたくって、行ってきていいですか?」
「ダメに決まっているだろう。お前ら、俺のつがいを連れていこうとするなんていい度胸だ」

 先輩の声が低くて怖い、俺はもう発言を控えて胸に顔を預けて見ないふりをした。

「えっ、あんたのつがいだったの? 俺たち知らなかったんだよ、悪かった。放置されているし、いいのかと思って。あまりに可愛くてつい」

 可愛いって言われた。彼らは友達として誘ったんじゃなくて、そういう意味で? ちょっと落ち込んだ。

 そうか、俺は可愛いのか。

 学園に入った時には勇吾さんが心配するから、気をつけるために、前髪を長くした不幸顔と化粧で顔の質を落としたんだった。でも今はそれをする必要なくなったから、オメガ本来の姿を出しているし、もともと俺は男に目をつけられやすい顔だった。

 いい加減、赤の他人に何度か言われると自覚してきた。先輩のつがいということで安心しきっていたが、気を引き締めようって。

 自分の中で葛藤していたら、いつの間にか二人は消えていた。

 俺は先輩に抱きかかえられて、何も言う機会を与えられず、怒ったオーラが怖くてされるままに従い、パラソルへ戻ることはなく、そのまま海の前のホテルでシャワーを浴びて着替えた。

 この部屋も、着替えも、色々と準備が周到だなって思っていたら、部屋にはもう用がないのか、ホテルのラウンジへと連れていかれた。

「俺はもう良太を怖がらせたくないから、話をまず聞くけど、どうしてあの男たちに付いていこうとしたの?」
「……釣りに連れてってくれるって言ったから」
「俺と一緒に過ごしているのに、他の人についていくのはおかしいって 思わない?」
「先輩、女の人たちと楽しそうだったし、僕がいない方が楽しめるかもと思って……」
「俺は良太と楽しむために、夏休みをここに来ているのは知っていた?」
「でも、僕、昨日、先輩にエッチ禁止って言ったから、だからもう楽しめないでしょ? 先輩、性欲強いし、あの子達を抱けるならその方がいいのかと思って」
「は? 俺にはお前がいるのに、他の女を抱くと思ったの?」
 
 あっ、やべ、怒った! 怖がらせないって嘘だ。 怖いもん。

「ごめんなさい……」
「いや、すまない。怖かった? 怒ってないよ。俺は良太だから抱きたいだけで、他の奴になんかたない。性欲の際限が無くなるのもお前だからだ」

 横に座っている俺の頬を触れて、撫でて、怒ってないと伝えているようだった。きっと頑張って努力して怒りを抑えているんだと思う。なるべく優しくっていうのをしてくれているのが見えて、申し訳なくなって俺はそのままその手に頬を預けて顔を傾けた。

「エッチしないって、我が儘を言っている僕といてもいいんですか?」
「もちろん抱きたいけど、それが俺といる条件なら飲むよ。体は欲しいけど、でも心が欲しい」

 極上のアルファに、しかもつがいに心が欲しいとか言われるなんて。俺はまさに人から羨ましがられるセリフを言われていると思う。でも俺は別に嬉しくない。だって、体はあげられても、心はあげられないから。

 冷徹人間なわけではないから、少し心が痛んだ。

「先輩、ごめんなさい。僕、彼らの話聞いていたら釣りやってみたくなって、その場で食べられるって聞いたら興奮しちゃって。ほっとかれて可哀想だから、一緒に遊んでくれるって言われて……先輩もその方がいいのかなって勝手に考えてしまって。すいませんでした」
「警戒心の塊だった良太はどこへ行っちゃったんだろうね、これからは俺以外の人間についていかないで。約束できる? 心配だよ。世の中の男を信用するな」

 そうだった。なぜ俺はこんな簡単な事をやらかしてしまったんだ? 知らない男について行って無事であるわけがなかった。どうしたんだ、俺。釣りの代償を考えると恐怖に震えた。

「あっ、僕、なんでそんな怖いことしようとしたんだろう……」

 横から抱きしめられたら、やっと安心した。震えも止まった。つがいの効果はすげぇ、そう思いながら先輩が俺の耳元で話す。

「そうだね、怖いって自覚できた? 無事で良かったよ、今になって震えるとか可愛いけど、コトの重大さ理解してくれた?」
「はい」
 
 俺は、先輩の服をぎゅっと掴んで答えた。
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