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第四章 番
73、番として 8
しおりを挟む学園で先輩と昼を食べたのは、あの一回だけだった。
昼を食べた日、その後の授業も集中できず、非常に眠くなり夕飯もスルーして眠り続けた俺を先輩は心配していた。
普段通りの生活の方がいいと悟り、先輩は無理にカフェテリアに誘わなくなった。
先輩もみんなの前でご飯を食べる可愛い俺? を見せて嫉妬に苦しむよりは、夕食を二人きりで食べる方を優先したいらしい。というかそもそも俺の食事風景を見て喜ぶのは先輩だけなのだから、そんな無意味な感情は意味不明であった。
昼飯なんかよりも、俺はこの学園を辞めるため、新たに奨学制度のある高校を探し始めた。放課後の図書室でパソコンを立ち上げて、ひたすら調べる。そんな日が続いた。部屋でそれを調べるには先輩に見つかってしまうリスクがあるのでできなかった。
勇吾さんの家から通える高校をいくつか探すも奨学制度はやはり難しいので、俺の持っている資産の計算を初めてした。うん、公立くらいなら通えるかも知れないし、今後もっと仕事を増やせばいけないこともない。
そう思い幸先いい感じに機嫌良く過ごし、いよいよ明日は週末で勇吾さんに会える、調べたものを見せて相談しよう。一週間が死ぬほど長かった。やっとお別れだ! そう感じて気が緩んでしまったんだ。
先輩がまだ部屋に戻ってなかったので、少しだけと思いパソコンを起動してまとめていた資料を開いた。俺は夢中になっていたので、後ろにある気配に全く気づかなかった。
「それ……何? その話、まだ続いていたの?」
低い声が耳元でした。明らかに怒っている声だったので、俺はビクってして後ろを振り返った。先輩はすぐ後ろで俺のパソコンを覗いていた。
「俺、言ったよね? 俺の側から離れるのは許さないって。それなのに、何? この一覧って、どう考えても岩峰の家から通える範囲の高校だよね。しかも公立。俺のオメガをそんな無法地帯に行かせると思う?」
「……」
どうしよう。こんなに怒っているのは流石に怖いし、初めてなんじゃないかな? いつもは俺レベルなんて軽くあしらえると思ってか、不機嫌な態度は見せるも本気で怒りはしない。
逃げなきゃ。
なぜかそんな考えが浮かんでしまった。俺の体が距離を取ろうと反射的に先輩から逃げてしまった、それが大きな間違いなのは後から知る。
「へぇ。そうやって、俺から逃げようとするの? 良太は気まずくなると黙るよね。それ岩峰と相談していたの? まずは岩峰に社会的制裁でも加えたらいいのかな。頼る人が俺以外にいるから良太は迷うんだろ?」
「え? 制裁って……」
俺は乾いた喉から、やっと言葉を出した。
「番としてアルファには絶対の権力がある。肉親でもない後見人もどきがでしゃばりすぎだ。残念だったね、良太の大好きな岩峰は社会的立場失うよ? 上條を怒らせたら、そうなる。岩峰の病院潰れなきゃいいな」
「え、なんで……。この話は僕が勝手に考えていて、先生にはまだ言っていません。明日帰った時に相談しようと思っていただけで、無関係です」
「へえ、良太が考えたの?」
先輩がそっと近づいてきた。怖いけど避けたらもっと大変なことになると思って、頑張って意識を保って耐えた。先輩の手が俺の頬に触れる。
「じゃあ、大変なことになる前に気づいて良かったね。万が一にも岩峰がお前の意思を組んで、この学園を辞める手助けをしようものなら、」
「やめてください! 僕は自分の責任で、自分の意思で決めただけです。なんで先輩がそんなこと」
「番だからだ」
「番だからって! そうやって僕の意思を無視するんですか?」
「お前は俺から離れようとしている。認められるわけないだろう。どうして? 勉強がしたいならこのままここにいればいい、番でいると決めた以上、当たり前のことをとやかく言うな」
「……」
怖い。
俺はやっぱり何も言えなくなってしまった。目の前の男が言っているのは確かに正当だとわかる。それは愛し合っている番なら当たり前だろうけど、俺は先輩を愛していない。
「離してください。先輩とはもう話したくない」
「それで? 明日、岩峰に泣きつくの? それともお爺さんに言う? せっかく穏便にすんでいるのに、財閥同士の争いを起こしたいの?」
「そんなのしたくない! 僕は穏やかに生きたいだけです。そんなこと望まない」
「でも良太のしているのは、そういう事だ。俺は良太を手放さない。俺から離れるならその手助けをする奴は全員排除する。アルファとして当たり前のことをするだけだ」
「先輩は、それでいいんですか? 先輩は僕にたくさん好きだって言ってくれるけど、僕はそれを返してないし、返せない。ただ番を受け入れただけです。そんな自分勝手なオメガを、それでも側に置きたいんですか?」
「お前の気持ちが向いてないのも、番なのに必死に抗おうとしているのもわかっている。それすらも、どんな行動でも俺にはどうしようもないくらい可愛くて仕方ないんだ。いい加減に理解してくれ、俺はお前が好きで、お前がどう思っていようが離れるなんてできない」
「そんな……」
どうしたって、ここから逃げられない?
「離れるくらいなら、そうなる環境を破壊する。俺はもうお前なしじゃ生きられないんだ、だからお前が次その行動をとったなら、手始めに岩峰総合病院の分院から……潰す」
「いくらなんでも、そんなの、できるはずない。僕を脅すんですか?」
「お前を脅しても意味はない。言っただろう? 番のためならアルファはなんだってする。上條は医療関係の会社だって忘れた? 桐生がバックについていようとも、うちが手を下したら分院くらい潰せる、良太のせいで岩峰は億単位の損害だ。さすがに良太を手放してくれるんじゃない?」
不敵な笑いを浮かべて、怖い言葉を発した。
「そしたら俺の側から離れられないね」
そう言って笑う先輩に、俺は恐怖で身震いした。
どうしようもないアルファに見初められた。俺の意思で、俺が受け入れたから、だから今一緒にいるのだと思っていたのに。一週間前までは確かに俺に拒否権があった、なのにどうして。
先輩が俺の頬を撫でている。無表情な顔がすごく怖い。
「そんなビクビクしないで? 可愛いだけだよ。さぁ、どうする?」
どうするって。そんなの選択肢ないじゃん! 俺はやっぱり何も言えず、何も動けず、固まっていた。
「ちょっといじめすぎたかな? 聡明な良太なら答えは一つしかないよね。このまま俺と学園生活を送る、それでいいね?」
「は、い…」
「うん、それじゃあこの話は終わりだ、お仕置き始めようか」
「えっ?」
先輩は怪しげに笑って、俺を抱き寄せた。
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