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第四章 番
72、番として 7
しおりを挟む少しの間、雑談していたら食欲を刺激されるいい匂いがしてきた。
それぞれの頼んだ料理がテーブルに運ばれてくる。アルファ達の前には豪華なセット料理が、そしてオメガの先輩の前には野菜とかフルーツとかが多く、ご飯は少なめに見えた。
俺の前には具沢山のミネストローネとパン、そしてフルーツが出てきた。まるで女子の食事って感じの可愛らしいプレートだった。
たかが学生食堂で、こんなにも手の込んだ食事がでるなんて。値段も可愛くないし、さすがお金持ち学校、食堂で食事をとる率九割だというから驚きだ。
「良太どうした? やっぱり食欲ない?」
戸惑っている俺に先輩が声をかけてきた。
「いえ、その、こんなに豪華なお昼ご飯にびっくりしてしまって……。カフェテリアの規模にも驚きました。やっぱりここってすごい学園ですね、僕がここにいるのが申し訳ないです」
「ふふ、お前は俺の番だ。そんなことで思い悩む必要などない。何を言っていても可愛いなぁ。俺の番が控えめすぎてやばい、みんなそう思わないか」
先輩のどうでもいい振りに、やさしいオメガの先輩が答えてくれた。
「……そうですね。桐生君ほどのいい子が生徒会長の毒牙に染まってしまうかと思ったら辛い…」
みんな微笑ましい顔で俺を見る、そして以前から俺を大事に扱ってくれるオメガの椿先輩は俺を不幸そうな目で見ているし……。
そういえばここの生徒会の人達と最後に会った時が、あの発情した日だった。あの時、椿先輩が俺と先輩が付き合っているって言ったのを、俺が否定して先輩を怒らせた。そしてみんな気まずくなって退出させられ、その日に俺がオメガになった。
生徒会の人たちは俺のことをどう見ているのだろう。彼女がいる発言をしたのに、今は先輩の番としてここに当たり前のように居座っている。普通に考えて、最低な人種じゃないか? ふとそんなことを考えてしまった。
「まあこいつらの話はさておき、桐生君あったかいうちに食べよう。ん? どうしたの?」
白崎先輩は、いつも丁度いいタイミングで俺を助けてくれる。
「いえ、皆さんに最後に会った時はこんな風になるとは思っていなくて。こんな自分が生徒会長の番でいるって、皆さんはいいんですか? 僕はこんなふうに優しくしてもらう資格はないです」
「桐生君、君は何も心配しなくていい。桜が生徒会で全て説明してくれたよ。以前から桜の桐生君への愛情はバレバレだったから、どちらかというと桜がやっと桐生君を手に入れたんだって、みんな安心したんだ」
「えっ」
そういう話なのか?
「そうだよ。桐生君は色々戸惑っていると思うけど、僕たちは桐生君がオメガになって、二人が番になれたことは祝福しているんだよ。生徒会長がベータに恋をしたって聞いた時には、叶わない恋をしたんじゃないかって心配していけど。それがさ、番だもん! しかも相手は素直で可愛い桐生君だ、嬉しいに決まっているよ」
「椿先輩……」
俺は今後、ここにいる全ての人を裏切るんだ。こんなふうに言ってもらえるような人ではないのに。すると隣にいる先輩が優しく俺の腰を引き寄せて囁いてきた。
「お前はみんなからも受け入れられている。俺の隣にいればなんの不安もなく過ごせることを約束するよ。さぁ良太、食べよう」
「先輩……皆さんもありがとうございます。美味しそうです、ではいただきます」
今しんみりしても意味がない。気分を切り替えて目の前の食事に向き合った。口に入れて驚いた! すげぇ美味い。
なんだ、これ? 学生食堂でこのクオリティー。と言っても俺の貧乏舌では凄いクオリティーと言っていいのかは疑問だが、こんなところで、そんな美味い味に出会えるとは! とにかく美味くて俺の顔がにっこりとしてしまった。
俺の行動の一つ一つを、希少動物のように眺めてくる生徒会役員達には困るが、気にしてもしょうがないと思い食事を楽しんだ。
勇吾さんの家にいる時は何も起こらない、守られているって安心感もあるからたくさん食べられる。でも学園は俺にとって敵地だった、だから腹を満たして、気を緩めたくない。そう思っていた。節約のためでもあるがそれが、俺が食事を摂らない理由。
こんな所で気を緩めてたまるか! と思う俺の心とは裏腹に、旨さに手は止まらず、味覚も刺激され、俺の細胞の喜びを止めることができなかった。
「先輩! 凄く美味しいです! ん? 先輩は食べないんですか?」
夢中になって食べていると、先輩がボケっとこっちを見てきているのが気になった。流石に自分だけばくばく食べているのは心苦しくなり、声をかけてみた。
「はっ、いや、食べるよ。良太が美味しそうに食べている姿があまりに可愛くて、時が止まってしまったみたいだ」
「……」
みんなの生温い目も慣れたとはいえ、やっぱり気まずい。生徒会長がこんなにへらへらしていていいのか? 俺のせいか? 俺と番になって生徒会長が腑抜けになったとか噂でもたったら、俺、あと少しの滞在でもやりきれない。
「はしたなくてすいません。あまりに美味しかったから……恥ずかしいから先輩も僕を見てないでご飯食べてください、とっても美味しいですよ?」
「ああ、そうだな。ここの味はとても評判で生徒達に人気だ。ごめんね、可愛くて見過ぎてしまった。さぁ良太いっぱい食べて? 足りなかったら俺のも食べていいからね」
「ありがとうございます」
俺たちの会話を聞きながらも、みんなそれぞれ話が進んでいて少し助かった。やっぱり注目されているのは恥ずかしい。白崎先輩は俺たちの会話に入ってきた。
「そうそう、オメガの子達は甘いもの好きが多くてね。ここのスイーツも美味しいから、放課後はオメガばかりだよ。桐生君もゆっくりカフェでお勉強したらいいんじゃない? 甘いもの好きでしょ? パフェが人気みたいだよ」
「パフェ……! あっ、普段からそんなに贅沢するなんて……でも教えてくれてありがとうございます。いつか食べてみたいです」
「贅沢なんて、みんな普通に食べているよ!」
きっといい所の家の白崎先輩にはわからないのだと思う。俺は子供の頃、お菓子を満足に食べたことも無かったから、パフェなんて夢のまた夢の食べ物だった。あぁ、変なこと口走ってしまった。すると、今度は椿先輩が話しかけてきた。
「そうだよ、桐生君! 僕と一緒に行こう。いろんなスイーツ頼んでシェアしても楽しいよ。アルファと離れてオメガ達と過ごすのも色々ためになるし、何のパフェ好き? 僕のオススメは抹茶かな」
「まっちゃ……」
俺は想像してよだれを垂れそうになっていると、椿先輩が可愛いって呟いてうっとりと俺を見ている。
そこで先輩の雰囲気が怪しくなる。先輩は自分では俺を可愛い可愛いと言う癖に、他人が俺を可愛いって言うと不機嫌になるらしい。
「椿先輩、僕パフェって食べたことなくて、でもテレビで見たことあります! 凄く綺麗で芸術的なお菓子ですよね。学園ではそんな凄いものまで食べられるんですか!」
「えっ、桐生君パフェ食べたことないの……?」
しまった! 俺は珍しく興奮してしまった。また貧乏人を丸出しにしてしまった。俺は自分の発言に恥ずかしくなって赤くなってしまった。
そしたら先輩が俺を抱きしめてきた……なぜ?
「これからは俺がこれでもかってくらい食べさせる。学園ではなくてホテルへ行こう。忍、今から二人分の外出届と、ラウンジの予約をしておけ、いや、スイートの手配も。せっかくだから良太を愛したい、ランチが終わったらお出かけしよう」
スイート? あ、あ、愛したい?
「あ……の、先輩? どうしたんですか? 僕これ以上授業サボるのは困ります。それに、パフェは憧れてはいますけど、特別な時に食べたいから、まだその時期はとっておきたいです。その気持ちだけで十分です。ね? それはまた今度にしましょう」
「俺の番が控えめすぎてやばい! 椿、こういう場合はどう答えたらいい? 良太、俺をこれ以上翻弄させないでくれ」
「えっと、ごめんなさい?」
椿先輩は笑っていた。
「上條君そのキャラやめて。今は桐生君の気持ちを優先させてあげてください。僕達とは違う環境で育ったから理解するのは難しいけど、桐生君の控えめな態度いいじゃないですか! オメガは繊細なんだから、待ってあげてね」
そんな、いたたまれない会話を続けながら昼食は終わった。俺は自分の分の全てを食べきることができなくて、でも残すのも申し訳ないし、そもそも出された食事を残すという贅沢な選択肢は持ちあわせていない。みんなが食べ終わって、どうしようって困っていたら先輩が残りを食べてくれた。
ここにいる人達には、食事を残すのにためらいは無いのかもしれないけど、俺は子供の時、満足にご飯を食べられなかったからか、食事を残すという行為はできない。先輩は、俺が必要量を食べられなくて、でも残すのが嫌で残りを冷凍するのを見ていたから、たまにこうやって俺の残りを食べてくれていた。それをみんなの前でもやってくれて俺は少し嬉しかった。
俺は感謝の気持ちを込めて、自然と笑顔になって先輩にありがとうございますって、そっと囁いた。先輩も笑いかけてくれる。
いつもやっている行為を恥じることなく、変わらずにしてくれる、そして俺の気持ちを汲み取ってくれる。
俺たちの当たり前を見て、生徒会のみんなは少し驚いていた。アルファの威厳、大丈夫かな? 本当にどうしてこんなに素晴らしい人が俺なんかを番にしたんだろう。そう思ったけど、先輩の笑顔に俺はその考えを心の底にしまった。
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