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第三章 幸せへの道
58、桐生との対面 2 (桜 side)
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ここで話は一通りの区切りがついたと思う。これ以上、良太について聞くのは許されないというような圧を感じた。
「良太についての話、ありがとうございました。しかしもう番契約は果たしてしまった。では、番についてはお許しをいただけるのでしょうか? 良太が卒業したら、結婚したいと思っています」
「君の言い分は良くわかるが、こちらとしては勝手に婚約破棄をしてくれたおかげで少しややこしくなった」
そう、俺は良太の婚約者相手に父の秘書を通じて婚約破棄の申し立てをした。随分不当だったと思うが、従うしかないくらいの材料は提示して、つまり脅したのだった。
相手方から桐生に文句がきたのは、言うまでもないだろう。損害ももちろん出ているはずだ。
そんなこともあり、大々的に今は許すわけにはいかないし二つの大手会社の息子同士の結婚、しかも相入れない会社、無理な話なのは重々承知だ。
「君のご両親こそ反対しているんじゃないか? 番は契約してしまったからしょうがないにしても……それに全ては良太の意思次第だ。だが君は少し良太に嫌われすぎたね」
老人は笑った。どうあがいても俺はただのヒヨッコ、そんなあしらい方だ。
「うちの両親は運命同士です。ですから運命には理解あります。両親はむしろ喜んで良太を迎える準備をしていました。良太へは誠意を持って愛情を与えていきます」
「そうかい、まぁ家同士のことはさておき、番になってしまったんだ。儂はこれ以上何も言えないが、こちらの条件は一応いくつかある」
何を言ってくるのか俺は待ち構えたが、案外普通の保護者のようなことだった。良太の気持ちを最優先にして欲しいと。
わかってはいたが、良太はアルファが嫌いだ。幼い頃からアルファの横暴に遭っていたので、幼少期の記憶は中々拭えない。アルファに番にされる前に娘を保護しなかった桐生にさえも嫌悪感があり、最初は受け入れてもらえなかったそうだ。
「良太がどうしても君を嫌だと言えば、儂は君と一緒にさせることはできない。ただ良太を死なすわけにいかないから、番関係は結んだままで、それなりの処置はさせてもらう」
良太が君を好きになるといいね、そう言って締めくくった。
「それは、もちろん良太を一番に考えます。たとえ望まれたとしても解消はしません。アルファが嫌いというなら、他のアルファを目に映す心配もないからむしろ良かったです」
「ふふ、君は相当な自信家だ。この話は大丈夫そうだな」
そして、週末岩峰家への訪問も今まで通りにすること、在宅の仕事も取り上げない、それを聞いて俺は反論した。
「しかし、それはもう必要ないことです。仕事をしなくても私の番として、何不自由なく過ごさせることはできます。それに番が男の家に泊まることなど許せるはずもありません」
「男って言っても、彼はベータだし良太の主治医だ。早速独占欲か? 孫は愛されておる」
老人は笑って話を進めた。
厳密に言うと、岩峰ではなくてその息子のオメガとの逢瀬を大事にさせて欲しいと言った。良太にとってその子は自分の子供時代を重ねて見てしまい、大事にしたいという本能がある。彼と過ごすのは良太の子供時代を癒すことに繋がると、精神科の医師が言ったそうだ。
確かにあの悪夢にうなされる毎日は、相当な何かがあるのだろうとは思った。それが治療だと言うなら仕方ない。
そして自分で稼ぐことで不安が減少するという、これも生い立ちと関係してくるので、やめさせると良太は生きる気力を失うから続けさせた方がいいと。
もし二人に何か亀裂が走っても、良太が在学中の番解除はしないこと、ただ良太がどうしても番を辞めたい場合はすぐにそれに従うこと。
「どうする? これらが守れないなら、もう良太を学園には返さないし、君は一生良太と会えない」
「……」
ああ、と老人は付け加えた
「了承したふりして囲うからと、簡単に返事をしてはいけないよ。君のところに返す前に、契約書は結んでもらうから」
ぬかりがない、こんな条件飲めるアルファなどいない。
「番を一方的に解除要求されて解消なのは疑問ですが……週末の件、私も良太と過ごしたいので、時間は融通させてもらいます。仕事に関しても、無理がない程度なら自由にさせます。まだ、あるんですか?」
「これは忠告だが、過去はこれ以上調べない方がいい。良太に直接聞いて困らせないことをオススメする。もし過去を知ったら、君は今以上に嫌われてしまう。儂としても、二人には仲睦まじくしてもらいたい、良太の命を奪わないで欲しい」
「過去というのは、母親が亡くなってからあなたの元に引き取られるまでのことですか? 他にも何か隠していることがあるんですか?」
「それを含めて、これ以上の詮索はやめなさい。過去を知れば君は良太を捨てるかもしれない、儂が言えるのはここまでだ。なにも詮索をしないと心に決めてから、良太と付き合う覚悟を決めて欲しい。それができないなら、今ここで諦めなさい」
「いえ、過去は過去です。そんな無駄を考える時間があるなら、少しでも良太との時間を大切にしたいと思います。ですから、あなたのいう条件は全てのみます」
「そうかい? 少しご実家に相談して考えてみたらどうだい? それまで我が家で良太は保護するから」
今の話の流れで俺が良太を諦めるなんて思っていないだろう、どうして引き伸ばすのだろうか。俺は断り、実家も俺の意見を尊重しているので大丈夫だと伝えた。
「ただ、私が卒業するまでの間にしてもらえませんか? 卒業したら岩峰の家への泊まりはやめて、良太の高校生活最後の一年の週末は私に預けてください。それがこちらからの条件です」
老人は軽く頷き、近くに控える秘書を呼び、耳打ちした。隣の席でパソコンをいじり、書類をまとめた秘書が、『ではこちらをご確認の上、ご納得されたらサインをお願いいたします』と言い、タブレットを見せてきた。
驚いたな。この老人は今までのことは、もう決定済みで契約を交わす流れだったのか。俺が言ったところも手直しはされ、他にもいくつか書かれてある。
「上條君、これは私と君の個人的な契約だ。今は家同士の繋がりは避けたい」
お互い何万という社員を抱えている会社だ。会社が絡むのはお互いの家によくない。良太が学生の間は妊娠も結婚も許可できないと。
結婚となると上條の立派な跡取りだ、そして良太は桐生の直系の孫。難しいのは承知だ。
だから今は恋人として何もしがらみは考えず楽しみ、世間など意識させず良太に愛されることを教えてあげて欲しいと請われた。
良太が卒業するまでは俺の両親に合わせずに、家を意識させる行為は全面的に避けろと。
桐生の存在も世間に隠すこと。良太の身の危険もあるが、俺の番に桐生の孫がなったと知られたら、穏やかには暮らせない。それは俺も同意だった。
「ここが守られなかった時点で、良太との仲は永遠に終わる。君は莫大な財産も失う。その上でサインをしてくれ。もちろん私もサインをした時点で必要以上に干渉はしない」
金で解決できるのなら、いくらでも納めるから良太のことを手放して欲しかったが、この老人に金など必要ないだろう、俺は生きてきた中で一番厄介な契約を交わした。
上條の家と関わるような項目もない。これはあくまでも番としての上條桜と、良太の祖父としての桐生秋人との二人の契約だった。俺は迷わずサインをした。
二人の契約は無事に終結し、老人は俺とのやりとりに満足したのか、そのまま去っていった。契約自体に不備はなかったはずだ。
良太の週末をむこうに持っていかれたことは痛かったが、いたしかたない。まずは良太を手に入れるのが先決だ。
そして俺の卒業であの契約は破綻となる。それは逆に、学生のうちだけしか良太を自由にできないということでもあるのだと思った。
直径の孫をタダ同然で敵会社の息子に渡すわけがない。良太を今の時点で表にあげられるのは、桐生にも困るところがあるだけなのだろう。
一旦は俺に預ける、そう言う風にもとれる。
俺だってアルファだ、バカではない。ただの孫可愛さに番を迎え入れてくれたなどと思っていない。しかし今はいい。今は必死に良太との絆を結ぶべきだ。
俺が学園を去る時までには、形をつくらねば。相手がどう出てくるかは予測できないが、こちらとて学生の間は猶予を与えられたのだ。
「良太についての話、ありがとうございました。しかしもう番契約は果たしてしまった。では、番についてはお許しをいただけるのでしょうか? 良太が卒業したら、結婚したいと思っています」
「君の言い分は良くわかるが、こちらとしては勝手に婚約破棄をしてくれたおかげで少しややこしくなった」
そう、俺は良太の婚約者相手に父の秘書を通じて婚約破棄の申し立てをした。随分不当だったと思うが、従うしかないくらいの材料は提示して、つまり脅したのだった。
相手方から桐生に文句がきたのは、言うまでもないだろう。損害ももちろん出ているはずだ。
そんなこともあり、大々的に今は許すわけにはいかないし二つの大手会社の息子同士の結婚、しかも相入れない会社、無理な話なのは重々承知だ。
「君のご両親こそ反対しているんじゃないか? 番は契約してしまったからしょうがないにしても……それに全ては良太の意思次第だ。だが君は少し良太に嫌われすぎたね」
老人は笑った。どうあがいても俺はただのヒヨッコ、そんなあしらい方だ。
「うちの両親は運命同士です。ですから運命には理解あります。両親はむしろ喜んで良太を迎える準備をしていました。良太へは誠意を持って愛情を与えていきます」
「そうかい、まぁ家同士のことはさておき、番になってしまったんだ。儂はこれ以上何も言えないが、こちらの条件は一応いくつかある」
何を言ってくるのか俺は待ち構えたが、案外普通の保護者のようなことだった。良太の気持ちを最優先にして欲しいと。
わかってはいたが、良太はアルファが嫌いだ。幼い頃からアルファの横暴に遭っていたので、幼少期の記憶は中々拭えない。アルファに番にされる前に娘を保護しなかった桐生にさえも嫌悪感があり、最初は受け入れてもらえなかったそうだ。
「良太がどうしても君を嫌だと言えば、儂は君と一緒にさせることはできない。ただ良太を死なすわけにいかないから、番関係は結んだままで、それなりの処置はさせてもらう」
良太が君を好きになるといいね、そう言って締めくくった。
「それは、もちろん良太を一番に考えます。たとえ望まれたとしても解消はしません。アルファが嫌いというなら、他のアルファを目に映す心配もないからむしろ良かったです」
「ふふ、君は相当な自信家だ。この話は大丈夫そうだな」
そして、週末岩峰家への訪問も今まで通りにすること、在宅の仕事も取り上げない、それを聞いて俺は反論した。
「しかし、それはもう必要ないことです。仕事をしなくても私の番として、何不自由なく過ごさせることはできます。それに番が男の家に泊まることなど許せるはずもありません」
「男って言っても、彼はベータだし良太の主治医だ。早速独占欲か? 孫は愛されておる」
老人は笑って話を進めた。
厳密に言うと、岩峰ではなくてその息子のオメガとの逢瀬を大事にさせて欲しいと言った。良太にとってその子は自分の子供時代を重ねて見てしまい、大事にしたいという本能がある。彼と過ごすのは良太の子供時代を癒すことに繋がると、精神科の医師が言ったそうだ。
確かにあの悪夢にうなされる毎日は、相当な何かがあるのだろうとは思った。それが治療だと言うなら仕方ない。
そして自分で稼ぐことで不安が減少するという、これも生い立ちと関係してくるので、やめさせると良太は生きる気力を失うから続けさせた方がいいと。
もし二人に何か亀裂が走っても、良太が在学中の番解除はしないこと、ただ良太がどうしても番を辞めたい場合はすぐにそれに従うこと。
「どうする? これらが守れないなら、もう良太を学園には返さないし、君は一生良太と会えない」
「……」
ああ、と老人は付け加えた
「了承したふりして囲うからと、簡単に返事をしてはいけないよ。君のところに返す前に、契約書は結んでもらうから」
ぬかりがない、こんな条件飲めるアルファなどいない。
「番を一方的に解除要求されて解消なのは疑問ですが……週末の件、私も良太と過ごしたいので、時間は融通させてもらいます。仕事に関しても、無理がない程度なら自由にさせます。まだ、あるんですか?」
「これは忠告だが、過去はこれ以上調べない方がいい。良太に直接聞いて困らせないことをオススメする。もし過去を知ったら、君は今以上に嫌われてしまう。儂としても、二人には仲睦まじくしてもらいたい、良太の命を奪わないで欲しい」
「過去というのは、母親が亡くなってからあなたの元に引き取られるまでのことですか? 他にも何か隠していることがあるんですか?」
「それを含めて、これ以上の詮索はやめなさい。過去を知れば君は良太を捨てるかもしれない、儂が言えるのはここまでだ。なにも詮索をしないと心に決めてから、良太と付き合う覚悟を決めて欲しい。それができないなら、今ここで諦めなさい」
「いえ、過去は過去です。そんな無駄を考える時間があるなら、少しでも良太との時間を大切にしたいと思います。ですから、あなたのいう条件は全てのみます」
「そうかい? 少しご実家に相談して考えてみたらどうだい? それまで我が家で良太は保護するから」
今の話の流れで俺が良太を諦めるなんて思っていないだろう、どうして引き伸ばすのだろうか。俺は断り、実家も俺の意見を尊重しているので大丈夫だと伝えた。
「ただ、私が卒業するまでの間にしてもらえませんか? 卒業したら岩峰の家への泊まりはやめて、良太の高校生活最後の一年の週末は私に預けてください。それがこちらからの条件です」
老人は軽く頷き、近くに控える秘書を呼び、耳打ちした。隣の席でパソコンをいじり、書類をまとめた秘書が、『ではこちらをご確認の上、ご納得されたらサインをお願いいたします』と言い、タブレットを見せてきた。
驚いたな。この老人は今までのことは、もう決定済みで契約を交わす流れだったのか。俺が言ったところも手直しはされ、他にもいくつか書かれてある。
「上條君、これは私と君の個人的な契約だ。今は家同士の繋がりは避けたい」
お互い何万という社員を抱えている会社だ。会社が絡むのはお互いの家によくない。良太が学生の間は妊娠も結婚も許可できないと。
結婚となると上條の立派な跡取りだ、そして良太は桐生の直系の孫。難しいのは承知だ。
だから今は恋人として何もしがらみは考えず楽しみ、世間など意識させず良太に愛されることを教えてあげて欲しいと請われた。
良太が卒業するまでは俺の両親に合わせずに、家を意識させる行為は全面的に避けろと。
桐生の存在も世間に隠すこと。良太の身の危険もあるが、俺の番に桐生の孫がなったと知られたら、穏やかには暮らせない。それは俺も同意だった。
「ここが守られなかった時点で、良太との仲は永遠に終わる。君は莫大な財産も失う。その上でサインをしてくれ。もちろん私もサインをした時点で必要以上に干渉はしない」
金で解決できるのなら、いくらでも納めるから良太のことを手放して欲しかったが、この老人に金など必要ないだろう、俺は生きてきた中で一番厄介な契約を交わした。
上條の家と関わるような項目もない。これはあくまでも番としての上條桜と、良太の祖父としての桐生秋人との二人の契約だった。俺は迷わずサインをした。
二人の契約は無事に終結し、老人は俺とのやりとりに満足したのか、そのまま去っていった。契約自体に不備はなかったはずだ。
良太の週末をむこうに持っていかれたことは痛かったが、いたしかたない。まずは良太を手に入れるのが先決だ。
そして俺の卒業であの契約は破綻となる。それは逆に、学生のうちだけしか良太を自由にできないということでもあるのだと思った。
直径の孫をタダ同然で敵会社の息子に渡すわけがない。良太を今の時点で表にあげられるのは、桐生にも困るところがあるだけなのだろう。
一旦は俺に預ける、そう言う風にもとれる。
俺だってアルファだ、バカではない。ただの孫可愛さに番を迎え入れてくれたなどと思っていない。しかし今はいい。今は必死に良太との絆を結ぶべきだ。
俺が学園を去る時までには、形をつくらねば。相手がどう出てくるかは予測できないが、こちらとて学生の間は猶予を与えられたのだ。
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