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第二章 運命
22、6月の憂鬱 3
しおりを挟む「う…ん……はぁはぁ、や、めろ!……うっ」
「良太! 良太!」
俺の体は横に揺すられている。
目を開けてみると先輩が心配そうな顔で覗き込んでいた。汗でびっしょりした俺の体をしっかりと両腕でつかんでいた。
「へ?……せんぱい? どうしたんですか?」
「良太がうなされて、今回はとても辛そうだったからほっとけなくて、怖い夢でも見ていると思ったから一回起こした方がいいかと思って。汗もかいているし……大丈夫? 具合どう?」
確かに、なんか嫌な記憶と向き合っていたような? 夢だから起きた瞬間忘れてしまったみたいだけど、すごい汗だし、なんだか気持ち悪い。先輩の指が俺の涙をすくった。
「えっ、涙? あっ先輩、起こしてごめんなさい。しかも汗でベッドを濡らした、ふへっ?」
そう言ったら、先輩は汗でびっしょりの俺を抱きしめた。抱きしめながら俺の首元で話し始めた。
「いつもはね、だいたい寝ている良太を抱きしめると、うなされているのが止まってまたスヤスヤ眠るけど、今日は少し異常だった。良太、何か辛いことでもあるの? 俺で良かったら話してみない?」
えっ俺、そんな状態だったのか。抱きしめてくれていたのは、うなされていたから? 先輩、毎晩こんな状況じゃ心配にもなるし眠れないか。
「大丈夫です。僕なんの夢見たかもう覚えてないし、昔から梅雨に弱くて、ちょっとだけトラウマがあってこの時期は弱ってしまうみたいで」
先輩が俺の背中を優しくさすりながら、うんうんって言って聞いてくれている。
「毎晩すいませんでした。先輩の睡眠の邪魔していたんですね……梅雨が明けるまで、僕リビングで寝てもいいですか? とりあえず、汗かいているから離してください、先輩も汚れますよ?」
そう言っても、先輩はまだ俺を抱きしめて離してくれない。
「言いたくないなら今は聞かないけど、でも抱きしめると大抵大丈夫だからこれからも一緒に寝た方がいい。さぁこのままじゃ風邪引くし、お風呂に入ろうか。俺はもう起きる時間だったから邪魔されてないよ。その前に脱水起こすとまずいから、ほら、水飲んで」
すぐペットボトルの水を持ってきてくれた。起きる時間って、今って何時? まだ外は薄暗い、随分早起きだな。水をもってくるついでに、お風呂にお湯をはってくれた。
水を飲んだら先輩が俺を、えっ? お姫様ダッコしているよ。そのまま風呂へ連れてかれた。抵抗するのも忘れるくらい、自然な流れでこれをこなしている先輩って……。
「さあ、腕あげて?」
「っ!? な、なんで脱がせるんですか? なんで先輩も脱いでいるんですか?」
「ん? 俺も良太の汗ついたし、二人で一緒に入れば風邪引かなくてすむでしょ?」
えっ何言ってんの? くらいの感じで言ってきた。アルファってベータと風呂とか入れる? 番ならプレイの延長であるかもしれないけど、アルファが裸の付き合いするとかあんの?
アルファの部屋には風呂がついていて、アルファ棟には大浴場が無い。結果、他人とお風呂入るのは、どうなんだ?
俺が戸惑っていると、先輩が脱がしてきてどんな技を使ったのかすぐ裸になってしまった。俺は急いであそこを隠した。
「先輩! 僕、風邪引かないんで、あとでいいです。先輩はゆっくり使ってください」
「だ――め! ほら別に男同士だし、変に意識しないで?」
先輩は自分の体を隠すことなく堂々と話している。あっ、腹筋すげ! その下もなんか異様なデカさが見えた気がしたが。
うん。見てないぞ、ってまるで俺がアルファを男として意識しているような言い方やめろよ! もう裸になったし、しょうがない。あまり見ないようにして入ればいいか。
「わかりました。僕の体貧相だから、本当はアルファの先輩とお風呂なんて恥ずかしいんで、極力見ないでくださいね。僕と先輩の体の違いにへこみますから……」
「ふふ、へこむ必要なんてないのに、体の作りがバースによって違うのは当たり前だから! 良太はそんなところも慎み深くて可愛いね、あんまり裸で俺を煽らないでね? おいで、滑らないように手をだして? ほら、お湯かけるよ」
シャワーの温度を確かめてから、俺の体にお湯をかけてくれた。
「ひやっ!」
先輩がボディーソープを手にとって俺の肌を先輩の手で直接洗い始めた。急に触られて俺は変な声が出た、いや、感じたわけじゃ無いよ? だって、男の手で石鹸つけられているんだよ? ビビるでしょ? ビビるよね。俺の反応おかしく無いよね?
「あっ、ごめん、くすぐったかった? 可愛い声が出たね」
何事もなく聞くの、やめて。可愛い声っていうの、やめてぇ!
「違くて! 先輩やめてください。僕の体洗うとか、自分でできますから!」
「ほら、遠慮しなくていいのに、さあ、足もひらいて?」
「先輩っ!」
俺は全力で阻止した。つまんないのって言うと先輩は自分の体を洗い始めた。俺も自分で残りは洗った、大事なところは触られてないぞ。
そんなやりとりをして、湯船に浸かった。
そしてまたおかしいことになっているよね? 先輩が後ろから俺を抱えるようにして抱きしめられて風呂に浸かっている。なんか否定するのも反論するのもバカバカしくて、もうそのまま従った。
俺からは先輩が見えないし、俺の真っ赤は顔も先輩には見えてないのがせめてもの救いだ。ゆっくりと風呂に浸かっていると、先輩が後ろから話しかけてきた。
「でも良太? 毎日こんなんじゃまともに睡眠とれなくない? そのトラウマ俺に話したく無いならさ、せめて専門医を紹介しようか? 薬とか処方してもらうとかできるし……」
後ろから俺の髪を丁寧に撫でながら、耳元で話してくる。マジでやめてくれ。そんなことはオメガにやってくれ。って俺オメガだけどな。
ちがぁう! 番にやれよ。マジで性的な魅力を一介のベータだと思っている男に見せつけてくれるな。しかも抱きしめられているから、先輩の硬いお腹とか体も体感できるし……。先輩の手は俺の腹の前でクロスされているから、俺の腹が柔らかいのもばれているな……、泣きそう。
「先輩、本当にだいじょ……ぶです。この時期さえ過ぎれば普通に戻るんで、できればほっといて欲しいんですがだめですか?」
俺は後ろから抱きしめられたまま、顔だけ後ろを振り返って、先輩にお願いした。でもほんとに、過去のことには触れて欲しくなかったから。
「……!」
急に俺が振り返ったからか? 先輩は珍しく驚いた顔で赤くなった。のぼせたのかな?
「えっ先輩、のぼせました? 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。突然可愛い顔した良太が俺を覗き込んできたから、びっくりしてしまっただけだ。これ以上は朝からのぼせそうだな。もう上がろうか」
そのままお風呂から上がって、先輩に丁寧に体を拭かれて服を着させられた。ああ、俺の体見るなっていったのに、ばっちり見られちゃったよ。恥ずかしい!
俺は拭かれている間、遠くを見て先輩の体は決して見なかった。やっぱり腹筋バキバキだったとか、見てないからな!
その後、寝るには時間もそんなにないし、そのまま起きて汗で濡れたシーツを洗濯した。そしたら先輩が朝のセットもあるよって、モーニングプレートを出してくれた。
オムレツと温野菜とクロワッサン、コーンスープとコーヒー。
コーヒーは先輩が入れてくれて、クロワッサンだけトースターで焼いた。他は全てレンチン。わずか五分で用意できるという、アルファ様には有難い品だった。朝からとってもおいしくて、まるでホテルのモーニングのような贅沢な気分になった。
思いがけない二人でお風呂体験なんてしてしまい、なんだか疲れたような、でもペースを乱されたせいか、すっかり俺の憂鬱が吹き飛んだ。
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