ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第一章 生い立ち〜出会い

4、桐生良太 3

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 それから絢香と暮らすようになった。絢香は想像通り水商売をしていて、現在働いているところは母さんと働いていた頃とは比べものにならないくらいの高級クラブ。

 三年前、絢香は十八歳の時に初めて働いた夜の店で母さんと出会った。

 母さんは絢香の教育係で、オメガの境遇に毎日泣いていた彼女の支えになっていたらしい。母さんがいなければ今の自分はないと言っていた。俺は、母さんを認めてくれる人がいたことが嬉しかった。絢香への不信感など最初だけで、すぐ絢香に懐いた。

 絢香は昔、母さんから俺の写真を見せられたって言っていた。そして今の俺は母さんそっくりで、一目見て放っておけなかったらしい。

 本当にいい奴で、約束通り養ってくれた。俺は逃げた身分だから戸籍も取れず学校にも行けない。せめて年齢偽って働くって言っても絢香は何もしなくていいって言う。子供は働くべきではない。今まで辛かった分、自由に生きなさいと。

 色々制限はあったが、俺は生きてきた中で今が一番安心して暮らしていた。

 絢香は俺に現状を包み隠さず話してくれた。子供として愛情を注ぐところは惜しみなく注いでくれたが、一人のオメガとしての教育もきちんとしてくれた。

 絢香は発情期を迎えたすぐ後、複数のアルファにレイプされている過去があり、アルファを苦手としているのだと話してくれた。

 発情期にアルファと体を繋げられないなら、抑制剤を服用しなければならない。だが抑制剤は高額なので生きていくには金が必要になる。そうなるとオメガは生きていく上で水商売をするのは常套手段であり、高校卒業とともに夜の世界に入った。

 それでも自分のオメガとしての魅力を売るのは絢香にとって苦痛だった。そんな中、母さんとの出逢いは衝撃的だったらしい。守るべきものがあると人はどんな仕事でもできる。当時の母さんは俺を養うために、嫌な仕事をしてくれていたのだ。それを教えられて少し吹っ切れたらしい。

 俺を拾ってくれた当時は、そんな働き盛りの時だった。当時の絢香はまだ二十一歳という若さだが、目覚ましい努力をして、有名な高級クラブで働いていた。

 絢香の美貌に、毎日のようにアルファたちが群がるが、絢香は誰に媚びることなく、母の教えどおり割り切って仕事をしていた。そしていつしか俺を守るという目的を持ち、夜の世界でナンバーワンにまで上り詰めていった。

 ただそういう世界に生きるにはストレスも多いみたいで、絢香にとって俺という存在が精神安定剤みたいになっていく。酔っ払って帰ってくる絢香の話を聞いたり、泣いている絢香をあやしたり、絢香は精神的な面で最大限に俺を頼ってくれる。そんな関係が俺の荒んだ心を穏やかにしてくれた。

 養ってくれる代わりに、俺は絢香のために生きようと、家事を覚え、空いている時間は図書館に行き、役に立てることや情報を求めた。勉強は好きだったから、毎日いろんな知識が入ってくるのが楽しくてたまらなかった。

 俺にとって最高に幸せな日々は、穏やかに過ぎ、そんな共同生活は毎日が楽しかった。そしていつの間にか季節はいくつも通り抜け四年の月日が経ち、俺は十四歳になった。

 まだ発情期はきていない、だが確実にあと数年でオメガの発情適齢期になる。

 そして絢香は二十五歳、オメガの結婚適齢期を超えている。早い人は高校生くらいにはつがい契約を済ませる、オメガにとってのアルファとの結婚は、すなわちつがい契約だ。

 残念ながら、つがいイコール結婚ではない。

 アルファは自由につがいが作れる。俺の母みたいに結婚していても愛人としてつがいにされるパターンもあるのだ。そんな穏やかな日々が過ぎていったある日、珍しく日が昇ってから帰ってきた絢香が恥ずかしそうに話してきた。

「良、実はね、運命のつがいに出逢ったの」
「う、運命……?」

 嫌な言葉を絢香は口にした。母さんを苦しめた存在、運命という言葉を。

「そうなの、初めて会ったお客さんが運命だったの、そのままつがいになっちゃった。つがいなんて絶対にないって思っていたのに、人生わからないものだね」
「えっつがい!?」

 そんな、まさか、でも絢香は嬉しそうに言っている。母さんは運命のせいで死んだけど、絢香自身が運命であるなら、母さんとは違う、違う存在だ、そう思い込んで俺は受け入れた。

「それはおめでとう、でいいの? だって絢香アルファを毛嫌いしていたから……」
「そう! だから自分でも驚いているの。つがいは一生つくらないって決めていたのに、彼と目が合った瞬間にそんな考えが覆されて。すぐにでも結婚したいって言われて嬉しかったのよ!」
「そ、っか。絢香良かったね、おめでとう。俺はすぐに荷物まとめるから幸せになってね」

 興奮していた絢香がきょとんとしている。

「良、何言っているの? あなたも一緒に来て。だって良は私にとって何よりも大切な存在だもの。あなたと離れるなんてできないわ。ねぇお願い」
「えっ、でも相手はそれでいいって言っているの?」
「まだ良のことは話してない、だって出会ってそのままつがいだよ? お互いのことは何にも知らないもの。だから次会った時に伝えるわ」

 絢香の気持ちに涙が出た、つがいができたのに俺を一番に考えてくれている。

 だからこそ甘えちゃダメだ。アルファはそんなことを絶対に許さない。母さんのつがいだった人は俺をゴミみたいな目で見ていた。母さんの手前、何かするとかはなかったけどすごく煙たがられていた。

「でもアルファは、つがい以外の存在を許してくれないはず。俺だって大好きな絢香と離れたくないけど、邪魔にはなりたくない。絢香は世界で一番大切だよ、でもお別れした方が良いと思う」
「りょ――う! 私だってあなたが大好きなの! お互いに大切な存在なら離れるべきじゃないでしょ? 彼、私を愛してくれているからきっと大丈夫よ。お別れなんて言わないで。良と離れるくらいなら、彼とは結婚しない」

 俺は驚いた。

「それこそ何言ってんの!? つがいになったんでしょ、つがいからのプロポーズを断るなんてしちゃダメだ」
「ん? でも良より大事な人ではないよ」
「それは嬉しいけどっ、俺の母さんは初めから愛人としてつがいにされたんだよ? 絢香は違うでしょ、間違えちゃダメ! 俺のために結婚しないとか言わないで、絢香には幸せになってもらいたい」
「だったら! 良も一緒について来て……」
「……わかった。もしつがいの人がダメだって言ったら、その時はお別れだよ? それだけは約束して?」
「……できない。ダメって言った時は良をかかえて逃げる。そのつもりでいて?」

 俺は不安になりながらも、絢香が俺を一番に考えてくれていることが嬉しくなってしまい、あいまいな返事をしてしまった。

 俺はこの日を何度、後悔しただろう。
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