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番外編
謎の王太子妃教育
しおりを挟むディーと結婚して、それから番になって、毎晩ディーに抱かれて、毎日がキラキラと輝いていた。王宮は窮屈かと思いきやそんなこともなく、国王夫妻とも楽しくやっている。ゼバン公爵夫人のリアナ様が毎日王宮に来てくれて、引き続き俺の王太子妃教育をしてくれているが……。
「ちが――う! シン君、何度言ったら分かるのですか? ですから、ここはこうで」
「う、うう。はい」
「そうよ、その調子です! やればできるのですから、これをマスターしたら殿下がお喜びになられます。シン君は頭がいいのだから、他のことはもういいわ。後はこの刺繡だけよ!」
「これって、王太子妃教育関係なくないですか?」
「あら、オメガの嗜みですわ。このハンカチを殿下がパーティーで自慢したら、王太子妃様の株もあがるのですからね、やはり王太子妃教育ですわ」
「う、うう、人には向き不向きが……」
そう、今はリアナ様から刺繍を教わっている……というか、この夫人小さくて可愛いのに、刺繍に関してだけはめちゃくちゃ怖い、スパルタ過ぎて、俺泣きそう。
「シン君、いえ妃殿下。妃殿下とはオメガの中の最上級のオメガなのです。それがオメガの見本になるといっても過言ではありません。そんな方が刺繍のひとつもできなくてどうするのですか! 刺繍は全ての基本です。貴方は領地経営や道路改善など、アルファがこなすようなことは得意なのに、どうしてオメガの特技がダメなの? 大丈夫、わたくしが来たからには貴方を立派な妃殿下にしてみせます」
「いや、刺繍ができるからって立派な妃殿下とは……というか二人の時に妃殿下は言わないって約束ですよね」
「あら、そうでしたわ。シン君」
そこで部屋に侍従が訪ねてきた。どうやらリアナ様が助っ人を呼んだらしくてその人が到着したとか。
「シン君! 久しぶりだね」
「フィオナ!? うそ、どうしてここに?」
「リアナ様に呼ばれて。アストンもゼバン公爵様に仕事を頼まれていて、一緒に王都にきたんだ」
「そうだったのか、元気にしてたか?」
「うん、アストンと楽しくやってるよ。シン君は……刺繍? また随分、めずらしいことをしているんだね」
「フィオナぁぁぁ、聞いてくれよぉ、リアナ様がっ」
「あらっ、シン君、わたくしが何ですって? オメガの基本をマスターするまで今日は終わりませんわよ、ほら、フィオナも来て、シン君に刺繍の見本を見せて差し上げなさいな」
という感じで、なぜかオメガ三人、必死でハンカチに刺繍を施していた。
「でも、刺繍はいいよ。こういうのを渡すとアルファは喜ぶんだよ。きっと殿下もいつかはシン君から貰ってみたいって思ってるよ」
「そ、そうかな? でも俺だよ、俺みたいなガサツ代表オメガからそんな可愛らしいものを貰って喜ぶ?」
「「喜びます!」」
フィオナとリアナ様と、あと一緒の部屋にいる俺専属の侍女たちも声をそろえて同じことを言った。そうそう俺専属侍女は、実は閨係時代からお世話になった侍女だった。俺とフィオナとディーのことを知る人たちだから安心ってことで、俺が無理言って専属にしてもらった。だからフィオナも顔見知りだ。
「シン様からの手作りのモノなんて、とっても素晴らしいご褒美ですわ。殿下がお喜びになるに違いありません」
「そ、そう?」
「そうだよ、僕もアストンに色々作るけど、いつも凄く喜んでくれて、ああ作って良かったなって思うの。それでアストンがお返しに刺繍してくれたハンカチをくれたことがあってね、僕は感動して涙が出ちゃった、だから絶対嬉しいよ」
「へ、へぇ、アストンがねぇ、刺繍ハンカチを……想像できないけど」
あの俺よりもガサツな男が刺繍? なんか笑っちゃうよ。
「わたくしも旦那様とアランに作って差し上げていますわ。二人ともとても可愛く喜んでくれるの。そういう顔を見ると、妻として母としてとっても嬉しいものよ。シン君もしてみたら分かるからっ、ね、頑張りましょう」
「わ、分かりました」
そして必死に刺繍をしつつ、フィオナが加わったことでリアナ様の顔も鬼教官から貴婦人に戻ってくれたよ、さすがフィオナ! やはりゼバン公爵家はフィオナに甘いとみたぞ。
そして一通り終わったあと、三人でゼバン公爵家に来た。ちょうど公爵家にはアストンも来ているし、二人の結婚式以来だから久しぶりに会ってみたくなった。
公爵家に到着してすぐにここの子供であるアランが登場したので、俺は作ったハンカチをアランにあげた。
「うわぁぁ、ひでんか。ありがとうございます」
「妃殿下って……シンでいいのに」
「お母さまが、僕のきょういく上、それはだめですっと言うから、僕はとてもいい子なのでお母さまのお言葉はしっかり聞くのです!」
「そうか、まぁ、ゼバン家の方針ならしかたないな。どうだ? この刺繍何か分かるか?」
「これは……とっても難解ですね。あっ、分かりました! クマですね」
「……小鳥だ」
「……」
アランが子供なのに気まずそうな顔をした。そしてフィオナに抱きついた。俺は怒らないぞ? フィオナが苦笑いしなから、アランを抱きしめていると、後ろから大声で笑う声が聞こえた。フィオナの旦那、アストンだった。アストンがアランごとフィオナを抱きしめて、キスをしていた。暑苦しい男だな。
「小鳥がクマになるって。さすが王太子妃! 刺繍も独創的だことで」
「おまっ、俺のことバカにしてるな」
「してねぇよ、シン。久しぶりだな、ディーと仲良くやってるか?」
「ああ、やってるよ! アストンも元気そうだな」
「そりゃな、俺は父親になるし、今の内に王都でも仕事をしてフィオナと子供に贅沢をさせてやるんだからな」
「え……子供?」
俺はフィオナを見た。フィオナが赤い顔して、照れていた。アストンはいつも以上にフィオナに引っ付いて離れないと思ったら、そういうことか。
「僕、妊娠したんだ」
「マジかよ! おめでとう」
「ありがとう、シン君」
「うわぁ、この胎に子供がいるのか……そんな大変なときに王都まで、体辛くなかったか?」
「大丈夫、アストンがずっと気を使ってくれてきたから。あとね、僕たちしばらく王都で暮らすことになったの、アストンが事業を拡げたから」
「そうだったんだ、じゃあこれからは頻繁にフィオナに会えるんだ、嬉しいな」
フィオナはそう言いながら、アストンの手を握っていた。自然に自分のアルファに触りたくなる気持ちはよく分かる。二人が幸せそうで嬉しくなった。それにしても、アストンは見ていて恥ずかしくなるくらい人格が変わっていた。
「ちびちゃ――ん、お父さんだぞぉ――愛してるよ、元気に育てな」
「もう、アストン、まだできたばかりでお腹もぺったんこなのに、妊娠分かってからどこでもいつでもお腹と会話してるんだよ」
「それは……アストンよっぽど嬉しいんだな」
「ああ、こんな嬉しいことはないな、愛するフィオナの胎に俺の子供がいるんだぞ!」
「あ、暑苦しいな、アストン。でも俺も嬉しいよ」
フィオナのまだ薄いお腹に、一生懸命に話すアストンを見てちょっと引いた。するとリアナ様が俺に話しかけてきた。
「アストンったら、ずっとこんな感じでね。もう微笑ましすぎて、わたくしまで妊娠してしまいそうだわ。旦那様が当てられっぱなしで」
「はは、ここにディーがいなくて良かったです」
リアナ様が、ラブラブアストン夫妻を見て、笑いながらそう言っていた。ああ、ゼバン公爵なら、この二人を見て自分もリアナ様に甘えていそうだな。厳格そうに見えて、ゼバン公爵はそういうところがあるのは、最近分かってきた。
「シン、これからもフィオナのことよろしくな」
「アストンに言われなくても、よろしくするから心配するなよ」
「そりゃ頼もしいな」
その夜、ディーにフィオナの妊娠の話をした。
「そうか、アストンが父親になるのか」
「めでたいよね」
「負けてられないな。シン」
「え、勝負じゃないし。あっ、そうだ。俺はじめて刺繍してみたの、貰ってくれる?」
「シンが刺繍?」
ハンカチをディーに渡した。
「嬉しい! シンは何でもできるのに、こんなことまでできるなんて、さすが私のシンだ。これは皆に自慢しなければ! ああ、シン。とても勇敢なゴリラだな」
「……ウサギだけど?」
「……」
ディーの目の動きが止まった。ハンカチと俺を見て、困ったような、次の言葉が出てこなかった。なんだよ、フィオナ! 喜ぶどころか困惑しちゃったぞ。
「いいよ、俺才能ないから。返せよ」
「いや、よく見ると可愛らしいウサギだな。うん、ちょっと鼻の孔が大きいが、これはウサギにしか見えないな」
「もう、何も言うな」
まじまじとハンカチを見て、一生懸命言葉を考えているディー、まぁなんていうか優しい男だ。リアナ様、やはり人には向き不向きがあるよ。大好きなディーを困らせてしまうものなど作る必要はないな。俺はその後、二度と刺繍をしなかった。
「いや、シン、言わせてくれ。愛するシンが初めて作ったハンカチを貰える私は王国一幸せなアルファだ。愛してる、シン」
「そうかよ、俺も愛してるよ。でも初めてのハンカチはアランに渡したぞ、ディーは二人目だ」
「なんだと! 今すぐゼバン公爵家を訪ねてそれは回収してこなければ!」
「……落ち着けよ、子供からモノを取り上げるな」
ディーがよく分からない嫉妬をアランに向けていて、ちょっと笑った。
俺たちはこんな感じで楽しい夫夫生活を送っていた。それでもアランへあげたハンカチのことをずっとネチネチと言われ続け、次の発情期では久しぶりに嫉妬と獣が混じったディーがお目見えしたよ。そしたら俺もディーの子供を身ごもった。
アランへの嫉妬が引き金だったが、幼い子供にまで嫉妬する俺のアルファはとても可愛いぞ。そしてアストンの暑苦しさに当てられっぱなしだったゼバン公爵も、リアナ様を妊娠させたというから、アルファって単純って思ったのは、内緒だ。
謎の王太子妃教育は、あまりの俺の不器用さと妊娠が重なって無事に終了した。リアナ様はこれ以上俺に刺繍を教えるのは諦めて、生まれてきた子供に教えると意気込んでいた。
俺の不器用のお陰で、リアナ様からスパルタ刺繍教育を受けたゼバン公爵家次男は、将来、俺の息子へ王家の紋章の刺繍が入ったレベルの高いハンカチを作ってくれた。息子はそれをとても喜んでいたのを母は知っているぞ。
謎の王太子妃教育は長い年月を経て、子供へと生かされていた。これは王家に伝わる、オメガの嗜みである刺繍の話だった。
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