王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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最終章 閨係の見る夢は

93、俺、結婚します!

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 家の中に通されると、以前とは違って随分と明るくなっていた。

 古かった家が大分修繕されていたのが分かった。いったいどういうことだろう。なぜか見たことのない侍女や侍従、たくさんの使用人がこの中にいて、俺は不思議に思った。応接間に俺たちが座ると、父が口を開く。

「殿下、このたびはこんな田舎街までお越しくださり誠にありがとうございます。それから王宮からご支援していただいた方たちのお陰で、我が領は随分と楽になりました」
「それは良かった。大事なシンの実家だ。潤ってもらわねばシンが実家を気にして、安心して王都で暮らせないからな」

 ディーが手配して手練れの人たちをこの領地に送ってくれたらしい。領地経営のプロや家を守るプロたちがこの家を建て直してくれた。王宮から貰った仕事も相成り、この領土が短期間で潤ってきたというから驚きだった。

「シン殿、殿下と無事に結ばれたようで良かったですね」
「え、オッサン!?」
「オ、オッサン?」
「い、いえ、あなたは、こうきゅ…ぶふぉ」

 ディーに俺の口を押えられた。俺に声をかけたのは後宮官僚という偉い人だった。その人がなぜ俺の実家にいて、俺にお茶を注いでくれているのだろうか。俺もオヤジ同様、皆に知られてはいけない言葉を吐いてしまうところだった。ディーの反応の早さに感謝だった。

「ブローザよ、この土地は合うか?」
「ええ、殿下。やりがいのある仕事で、楽しくしておりますよ。長年王宮で働いた知識も役に立ちそうですし、妻もこの地の雰囲気が気に入ったので、もうしばらく立て直しに協力させていただきます」
「そうか。それは良かった」

 このオジサンは、あのオジサンじゃないか! なぜ我が家に?

「え、あの、あなたは……」
「シン殿とは王宮でお会いしたことがありましたね。私はカイン・ブローザです。以前も名乗りましたが、あなたは私のことをオジサンと言っておられましたからね。それはまぁ、いいのですが、殿下の要望により、シン殿のご生家をお助けせよと言われて最近王都からこちらへ赴任してまいりました。ちょうど王都での仕事が一区切りついたので」

 王都の仕事、一区切りというところで俺にウィンクしてきたよ。俺とフィオナが片付いたということだろう。

「そ、そうだったんですね。ありがとうございます。それと、王宮でも散々お世話になりました。一度お礼に伺おうと思っていたんです」
「そんなことはいいのですよ、私は私の仕事をしたまでですから。それにしても私もシン殿も、殿下にはいろいろと騙されて苦労しましたね」
「はは、そうですね」

 このオジサンは、後宮を管理していた仕事の腕を認められて? そして俺とフィオナという閨係の代で後宮官僚を退くつもりだったのを、ディーからもうひと仕事頼みたいと、王都に戻った時にお願いしてくれたらしい。そしてオジサンは引き受けてくれて、今は俺の実家を立て直してくれて管理も手伝ってくれて、母と共に切り盛りしてくれていたのだった。

「老体にはこのくらいの仕事がちょうどいいので、良い老後を過ごさせてもらっております」
「まだそんな年じゃないでしょうに。でも、貴方がうちに来てくれたのなら安心です。本当にありがとうございます。出来の悪い父ですが、これからもよろしくお願いいたします」

 俺の実家はこれで安心だろう。

 ディーが見届けさせてくれた。全ては安心してこの先の人生をディーと共に過ごすため。俺の憂いを取り除いてくれている。

 ディーが俺の家族に、森で俺と出会ったところから説明していた。といっても閨係のことは言えないからそこは省いて、一目惚れしたオメガが王都に来て再会して同じ学園で同じ時を過ごし、恋が愛に変わったと話してくれた。俺はそのひとつひとつを隣で聞いていて、ディーの俺への恋心を聞いた。順を追って全てを言葉で紡いでくれた。

「で、殿下のお話はよく分かりました。いったん息子と話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、積もる話もあるだろう」

 そして俺はオヤジに連れられて、オヤジの書斎に案内された。その間、ディーの相手は母とリンがしてくれていたので、安心だろうと思った。あの二人はとても穏やかだからな。きっとリンは興味津々でディーに色々と話を聞くだろう。オヤジと二人になると、俺はぼそっとつぶやいた。

「なんだよ」
「シン、お前は、本気で王太子妃になるつもりか? お前にはアルファとつがいになれと言ったが、いくらなんでも王太子じゃなくていいんだ。むしろそんなところに行ったら苦労しかない。お前は伯爵家くらいの家の嫁にしてもらった方がいい。今からでもお断りするんだ」
「なんでだよ!」
「お前が心配なんだ。お前にはなんの教育もさせてやらずに、木こりになる努力ばかりさせてきた。そんなお前の適正は王家では発揮できない。苦労する未来しか見えない。俺はお前に苦労させるために王都に行かせたわけじゃない。お前が良いところに嫁にいって苦労をさせないために、あんな仕事まで黙認したんだ!」
「オヤジ……」

 オヤジは本当に俺の、オメガとしての将来だけを考えて、俺を閨係にさせたのだろうか。ただ金のために売られたと思っていたが、というか売られたんだが……それでもオヤジなりの親心があったように思えた。

 先ほど、ディーへ自分の命で罪を償うから俺を生かしてくれと言ったところから、なんとなく胸が熱くなってしまった。

「俺、ディーが好きだよ。あいつを愛してるんだ。そりゃディーの嫁だから王太子妃になるけど、でも俺はオメガとしてひとりのアルファを愛してる。それがディーだっただけだ」
「シン……本当に、いいのか? 苦労するかもしれないぞ」
「いいよ、好きだから苦労もできる。母さんがそうだろ? 父さんがどうしようもなくダメでもいつも隣にいて笑ってる。俺も母さんみたいになれるように頑張るよ。二人みたいな夫婦になるように、頑張るよ。だから俺たちを認めて欲しい」

 オヤジは真剣な顔をして言う。

「……シン。そうか、お前の決意は分かった。お前をこの家から公爵家へと養子として出す。だが、ここはお前の生家であり、おまえの故郷だ。それを忘れるな」
「うん!」

 初めて親子らしい会話をしたと思った。俺とオヤジは、またみんなの場所に戻った。二人ともなんとなく目が赤くなっていたのは、多分みんな気が付いた。

「殿下、どうか息子をよろしくお願いします」
「ああ、一生大切にする」
「ディー、俺もディーを一生大切にするよ」
「ああ、シン、私もだ。愛している」

 俺とディーの愛を交わす言葉を見た両親は、ここに来た初めの頃は信じられないという顔をしていたが、今ではディーの熱い視線に全てを理解してくれた。

「兄さま、おめでとうございます! この家の子でなくなるのは寂しいですが、兄さまが幸せそうで僕は嬉しいです」
「リン、ありがとう。俺はもうラードヒルではなくなるが、お前はいつまでも俺のたったひとりの弟だからな」
「はい! 殿下も兄をよろしくお願いいたします」
「ああ、任せてくれ。リンも王都に来たときは会いにくるといい」
「はい!」

 ディーは俺の弟リンのことを大事にしてくれそうだって、そう思った。リンもディーを気に入ったみたいだった。そして、終始泣いている俺のオヤジ、大丈夫ですかね?

「オヤジ、辛気臭い顔するなよ!」
「だが、シンが俺の息子でなくなるのがなんとも。だが、この国一番の幸せなオメガになるというのも、嬉しくてだなっ、ああ、シン、良かったな」

 俺もちょっと涙ぐんだ。

「もう……。母さん、父さんのこと頼んだよ」
「ええ、シン。しばらく見ない間にすっかり大人になってしまって、あなたの戸籍はここからは離れてしまいますけれど、私は一生あなたの母であることには変わりありませんよ。いつでもここに私がいることを忘れないで」
「母さん……」

 母さんはやっぱり強いな。俺はこの人の強さを少しはもらえているのだろうか?

「ラードヒル男爵、男爵夫人。シンを一生大切にする。あなた達を泣かすことがないよう、彼を大切にしていきます」
「ええ、殿下。シンをよろしくお願いいたします」

 母が清々しい顔で言うと、オヤジは――

「うっ、うう、うううっっ、で、でんかぁ、ぜひ、シンを、おね、ぐひっ、がいしますぅぅ」

 泣きながら情けない顔で俺を託したが、愛情をとても感じられた。

「お二人の気持ちは受け取りました」

 俺とリンは、なぜかもらい泣きしてしまった。まさか俺って、こんなに両親に愛されていたんだなって、初めて実感したよ。

「父さん、母さん、リンと……オッサン!」
「お、オッサン!?」

 元後宮官僚のオッサンも、もらい泣きしていたから、オッサンも付け加えといたよ。

「俺は、この人、この国の王太子殿下のディートリッヒ様と、結婚します。俺、幸せになるからなっ!」

 自信を持って、俺は王太子妃になるって宣言した。
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