王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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最終章 閨係の見る夢は

92、実家

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 フィオナとアストンの結婚式を終えて、それぞれが王都へ戻っていった。フィオナはここで落ち着き、発情期を迎えたら二人はつがいになると言っていた。

 そして俺とディーは。

「シン、もうすぐ着くぞ」
「あ、ああ。なんか緊張する」

 俺とディーは馬車の中。これから向かう場所に王族が来るなんて、誰も想像ができなかったことが今から起こるんだ。

「どうして?」
「だって、だって、ディーがこんなところに来るなんて、ありえないだろう! 王子様がこんな田舎に」
「以前にも来ただろう?」
「それはお忍びだろう? 今回はこんなに騎士達も連れてきて、何事かって領民たちがビビるだろう。ついにラードヒル男爵家がつぶされるって噂されるに違いない」

 そう、なんと俺たちは王都に戻らずに、俺の実家のある領地へと足を踏み入れていた。

 俺と結婚することを両親に報告するべきだとディーは言ったからだった。そんなこと、しなくていいのに。王子様を迎え入れる準備なんて、うちはとてもできやしない。なにせ俺の母さんが家を掃除して料理もメイドと一緒に作っているくらいの小さな屋敷だよ。

 王子様をもてなすなんてできっこないよぉぉぉ。母さん、ごめん! と心の中で謝っておいた。

「ついたぞ、シン」
「え、あ、うん」

 ディーが馬車を降りて俺の手を引いた。そして見慣れた実家の前に到着したのだった。うう、本当に一国の王子様がこんな田舎屋敷に来てしまったよ。騎士が門をたたくと、扉を開けたのは俺の最愛の弟だった。沢山の騎士に驚いた弟。きっと家が取り壊されるとか思ったのだろう。あまりのびくびくとした姿に可哀想になり、俺は大声で弟を呼んだ。

「リン! ただいま!」
「……に、兄さま?」

 弟のリンは、こっちを見ると大きい目をさらに大きくして涙が溢れていた。そして俺の方まで走ってきた。

「兄さま、兄さまぁぁぁーっ!」
「リ、リン! うわぁ、久しぶりだな、ははお前はまた大きくなったな」
「そんなに変わっていないと思いますが、早く大きくなって兄さまを守ります」
「リン! お前はっ、ああ、大好きだよ」
「僕もです!」

 迎えに出てくれた弟のリンを俺は抱きしめた。

 六歳も離れているせいかとても可愛くて仕方ない。アルファだからかリンと同世代の子供よりは大きいと思う。今はまだ俺より少し低いくらいの身長だけど、抜かされるのは時間の問題だなと思った。しばらく見ないうちにとても頼りがいのある男の子になっていた。

「あ、あの、こちらのお方たちは」
「リン、この人はこの国の王太子殿下だ」

 リンが目を見開く。

「え、ええ! 王太子殿下様? いったいどうしてそのような高貴なお方が、このような田舎に……まさかっ、まさか兄がなにかしでかしましたか!? 弟として責任を持って謝罪をさせていただきます!」

 え、リン。そこはそういう反応なの? 俺がなにかやらかした設定なわけ?

「リン・ラードヒル。お前の兄はそうだ、私にとてつもないことをしてしまった」
「ひぃっ、どうかお許しを!」

 ディーが悪い顔をしてリンを脅した。そしてリンは恐怖に顔が引きつっている。

「え……、な、なに? 俺なにかした?」
「ああ、シン。お前は私の心を奪ったという、王国で一番罪深い男だ」
「はひっ?」
「ふへっ?」

 俺とリンは同時に変な声が出た。それを見てディーが笑った。

「はは、ラードヒル兄弟は驚き方が同じなのだな、ははは、全く可愛いな、私のシンも、義弟も」
「えっと、義弟って……それはいったい」
「ああ、リン・ラードヒルよ。私はシンに求婚をした。王都に戻ったらシンを嫁に、王太子妃にするのだ。だからお前は私の義弟になる。これからよろしく頼む」
「え、え、え、え、えええええぇぇぇ――っ!」

 そんなリンの驚いた大きな声に、屋敷からはぞろぞろと人が出てきたって、ぞろぞろと出てくるほどの人が俺の家にいたのか!? 一体どういうことだ。我が家には家族とメイドが数名しかいなかったはずなのに、いったい?

「シ、シン! お前なんで帰って来た? お役目を外されたのか!? って、えええ、で、で、殿下ぁ!? いったいどうして! ま、まさかうちのバカ息子がなにかやらかしましたか。申し訳ございません! どうか息子の首だけはお許しくださいっ、代わりに私の首でご勘弁を!」
「え……」

 オヤジが現れて、いつもの通り俺に罵声を浴びせると、ディーの存在に気が付いた瞬間、その場に膝をつき頭を下げた。まさか俺の首を心配して、自分の首を差し出すと言ったのか? これは本当に俺を売り払った父親か?

「どうか、どうか息子の命だけはっ!」
「お、おい、オヤジ。どうしたんだよ」
「シン、何があっても私がお前を守るから、ほら、家に入りなさい。後はこの父に任せるといい。で、殿下。何卒息子に変わり、私の命だけでご勘弁願いませぬか」

 俺は、ちょっと、引いた。

 何にって、オヤジが世間一般の父親みたいなことをしていたからだった。まさか俺の命の代わりに自分の命を捧げるとか言うとは思わなかった。オヤジは地面に頭も腹も擦り付けてディーに懇願していた。母さんは急いで俺とリンを抱きしめて困惑していた。この人達は何も知らされていない。そうなると、一国の王太子がこの地に俺を連れて帰ってくるということは、相当な罪深いことをしたということになる……の?

「ラードヒル男爵、頭を上げよ」
「は、ははぁ!」

 まるで罪人みたいな立場になっていたオヤジ。ディーに言われて座ったまま、頭だけを上げていた。

「何か勘違いしているようだが、シンは確かに重罪を犯した。それは男爵が頭を下げなければならないことではない」
「い、いえ、まだ若いオメガのしたことです。全ての責任は父親の私にあります。どうか息子の罪は私に償わせてもらえないでしょうか」
「それはできぬな」
「そ、そこをなんとか!」

 ちょっと可哀想になってきた。

 オヤジは俺の父親だったのかって、見直してしまった。オヤジに売られて王都へ来たと思って恨んだこともあったけれど、そうじゃなかったのかもしれない。オヤジはアルファの嫁になることこそが、オメガである俺の幸せだって決めつけていたから、オヤジなりに俺の幸せを願ってあんなふうに王都へ連れて行ったのかもしれないと、ふと思ってしまった。隣では母が泣いている。何も事情の知らないラードヒル家は、この状況に意味が分からないだろう、勿体つけて楽しそうにしているディーに腹が立ってきた。

「ディー! ふざけるな。人のオヤジで遊ぶな、それ以上したら、俺はマジで怒るぞ!」

 俺が王太子相手に罵声を浴びさせたことに、オヤジが焦った。

「シ、シン! バカもの! お前は殿下相手に何を言っているんだぁ!」
「だって、ディーがふざけてるから!」
「お前は、王太子殿下のことを愛称呼びなどして、だから不敬罪で殿下自ら裁きにいらしたのだろう!」
「不敬罪だったら、ここまで王子自ら連れてくるはずないだろう。少しは頭使えよボケオヤジ!」
「なんだとぉぉ、王都に行ってもお前の態度は全く成長しないで、そんなんだからお勤めも途中で解除されるんだろうが!」
「解除じゃねぇよ! 卒業だ、このタヌキ!」

 俺とオヤジがいつもの取っ組み合いのけんかを始めると、王太子専属騎士たちが唖然としていた。きっと、こんな王太子妃嫌だって思ったに違いない。

「シン、私の可愛いシン。いくら実の父親でもアルファに触ってはいけないよ。弟君はまだ若いから許したが、これ以上は私の忍耐がどうにかなってしまうだろう」
「へ、ああ、ごめん」

 ディーに取り押さえられてしまった。そしてまたオヤジは「はは――っ」と、頭を下げてディーに土下座をしている。ディーは俺を後ろから抱きしめながらオヤジに言った。

「ラードヒル男爵。少しからかい過ぎてしまったようだ、すまない。私は愛しい最愛のつがいのご両親に挨拶にきただけだ」
「最愛のつがい? とは」
「シンのことだ。私はシンを愛している。だから、彼と結婚してつがいにしたいと思っているんだ。シンを王太子妃にするには、男爵家では爵位が足りないため、私の叔父上の籍に入ってもらおうと思っているが構わないだろうか?」

 ディー、立ち話でさらっと大事なことを言ったよ。つーか、ここまだ屋敷の外。

「え、つがい、嫁。お、王太子妃ーっ、いったい、殿下は何を、おっしゃられて。それは本当に私の息子のシンですか? 人違いでは? たかが閨が……むふぉっ」

 騎士に口を押えられてしまった父親。ほら、閨係なんて言葉を出そうとするからだよ。って俺のオヤジの口を押えた騎士は閨係のこと知っていたのか。

「ディ、ディー? あの仕事のこと」
「ああ、私の護衛をする騎士だけは知ってるよ。だがシンを抱いていないということも知っているから安心して」

 俺がぼそっとディーに話すとディーは耳もとで俺に囁くように言った。そうか、そうだよな、全く誰も知らない訳ないか。ディーの護衛騎士なら、ダイス以外にもいただろうし、そりゃそうだろう。そして対応が素早過ぎてびっくりしたよ。オヤジがホグホグと苦しそうにしていた。

「大丈夫だ、手を離してやれ」
「はい」

 騎士から解放されたオヤジが咳き込んでいた。

「ラードヒル男爵、人違いではない。私はシン・ラードヒルに初めて出会ったとき、恋をしてしまった。ひとりのアルファとして、やっとシンを口説き落とせたのだ。ここで父親が認めてくれなくても、シンが王太子妃になることは覆せないが、認めないつもりか? できれば穏便にコトを運ばせたいのだが」
「ひっ!」

 オヤジがビビって腰を抜かしたままじゃないか。もう!

「こら、ディー、俺のオヤジに威圧するな」
「ああ、ごめんシン」

 俺がディーの頭を小突いたら、その手を取られてキスされてしまった。オヤジも母も弟もずっと固まっているよ。

「とりあえず、家に入れてもらえないだろうか?」
「は、はい。こんな場所で失礼いたしました。狭い我が家ですが良かったら皆様、お入りください」

 ディーの言葉に、母が反応した。

「ラードヒル男爵夫人、ありがとう。では案内してくれ」

 そんな感じで屋敷前でひと悶着してから、やっと我が家に足を踏み入れた。
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