王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第六章 愛になった

91、閑話 ~アストンの苦行~

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 クソッ、ディーめ、とんでもない提案をしてきやがった。いや、ありがたいんだよ、フィオナがまた変な男の嫁にさせられなくて済むことは、ありがたいんだが! 俺のフィオナを一年もディーの後宮に入れるとか、親友のオメガに……いや、形だけだけどさ、形だけだけど親友の閨係になんて! 

 俺は苦悩した。

 一瞬だったけど、殺意もわいた。だが、フィオナを一年身綺麗にしておくにはこれしかない、いや、ほんとにこれしかないか!? 月に一度の秘密の逢瀬では、そんなことを毎回のように考えながら、フィオナを待っていた。この待っている時間さえ愛おしいくらい、フィオナに会えるのが嬉しくてたまらない。

 フィオナが後宮に入ってから、もうすでに何度かフィオナと会っている。今回は少し王都で仕事もあったので、数日王都に滞在だ! 昨日もフィオナに会って、今日も会える、そして明日も! だったら、泊りでもいいじゃないかと言ったら、後宮から外泊は禁止されているんだって、フィオナは寂しそうに言った。はぁ可哀想なフィオナ。後宮に閉じ込められている俺の美しいオメガ。

 俺がいる場所は王都のお洒落なサロンで、ディーが用意してくれいる。そこでフィオナと会う約束だったのに、なぜかその前にディーとダイスが来ていた。

「なんでお前らが来るんだよ、暇か!?」
「せっかくアストンがこんな似合わない場所にいるんだから、アストンと高級サロンという異様な雰囲気を見に来てやったんだよ!」
「うるせぇ、ダイス。お前、俺のフィオナに手を出してないだろうな!」
「出すか! アホっ」

 王子様という身なりで登場したディーと、いかにも王都の騎士ですという服装のダイスを見て、感心した。

「お前らって、本当にこの王都の偉い人たちなんだな」
「なんだ、それ。それよりアストン、フィオナのことを預けてくれて本当にありがとう。彼はとてもうまくやっているぞ」

 ディーが満足そうに話しながら、椅子に座った。ダイスもちゃっかり座ってすでに茶を飲んでいた。フィオナに満足って、まさか、こいつ。

「そうか、ディー、お前フィオナに……」
「手も足も何も出していないから、安心しろ! 私にはもう心に決めた、シンという最高にかっこよくて可愛くて美しいオメガがいる」
「へぇ、お前でもそんな顔するんだな」

 初めにフィオナを貸せと言ったときと、次にフィオナを送り出す前に会ったディーは何かが違っていた。聞けばディーが恋をしたらしい。ダイスも驚いていたくらいの出来事だった。二人して親友の初恋を目にすることになって俺は心底驚いたな。俺の純愛を二人はいつも興味深く聞いていた。自分たちにその感情がないから、アストンが羨ましいと言いながら、俺とフィオナの恋物語を聞いていたのが懐かしい。まさか俺が、その聞き役になる日がくるとは……。

 シンが可愛い、シンが初々しい、シンが色っぽい、シンが男らしい、シンが愛称で呼んでくれた、シンが馬鹿って言ってくれた? 

 シンが、シンが、シンが……。

 シンシンとディーがうるさくてかなわなかった。そんなシンバカのディーに対して、いつもその話を聞いているであろうダイスも微笑ましく……って、聞いてねぇな! 窓の外の女の子を眺めて鼻の下を伸ばしていた。

 こいつら……。はぁ、早く俺のフィオナ来てくれないかなぁ。

「はいはい。お前のシン愛は分かったよ。だったら、閨係にフィオナも入れることなくないか? 後宮の侍女としてフィオナを雇えばいいじゃないか! 一年限定で雇われるなら普通に働き手でもいいだろ!」
「いいわけないだろう、私にメリットがない。それに閨係は二人と決まっている。あと、王家と何の関わりもない男爵家が王宮で働くことはできない。そればかりは私の権限ではどうにもならない」
「はぁ、まぁ、そうだよな」
「アストン、諦めろ。私がお前のフィオナに手を出すはずないだろう、あまり心配ばかりするな」
「俺のオメガをフィオナだと!? 呼び捨てかよ! なに、フィオナの男ぶってやがるんだ!」

 俺はディーにつかみかかると、そこでもうひとりの友のダイスに止められた。

「まぁまぁ、ディーも今、シン君をとりこにするのに必死なんだよ、フィオナ殿のことには全く目を向けてないから安心しろよ!」
「ああ、ディーはまだそのシンを落とせていないんだったな。ご愁傷様」

 ディーは苦い顔をした。

「そうなんだ、シンはなんていうか、いくら呼び方を変えようと、話し方を変えようとも、最後の一線がなかなか崩せない」
「お前でも落ちない相手っているんだな」
「アストンもシンを見たら分かる」
「ああ、見ても分からなかったなぁ、あれはどう見てもお前に甘えてるようにしか見えなかったけど?」
「え……」

 ディーは、今度は驚いた顔をした。お前はころころ表情を変えるんだな、ほんとにこの国の王子か!? 偉い人なのか? ちょっと心配になってきた。

「お前らあんな道端で熱い口づけを交わしていたじゃないか。いいのか、あんなことして」
「見てたのか……」
「見せてたんじゃないのか?」
「バカ言うな、アレは、いきなりシンがキスをしたいと言ってきて、私は愛する人からあんなおねだりをされたら止めるすべを知らない」
「いや、そこは止めようよ?」

 こいつはチョロ王子かなにかか? アレは俺とフィオナの不貞を目撃して、それをディーに見られないように守っていたのだろう。フィオナの立場……王子の閨係では、他の男とのキスは不敬罪になるとかシンは思ったのだろう。俺とディーとフィオナの関係は全てが終わるまで伏せていると言っていた。

 敵を騙すには味方から? はぁ、シンも苦労するな。それにしても良く出来た奴だなと俺は感心したよ。

「大丈夫だよ、ディー。お前ならシンを落とせるさ」
「そ、そう思うか?」
「ああ、自信持て!」

 そんな話をしていたら、愛しのフィオナがやっと到着した。

「あれ、殿下とダイス様? どうされたのですか?」
「ああ、友に会いに来たんだ。フィオナ、邪魔してすまなかったな。少ない時間だがアストンと楽しむといい」
「殿下、ありがとうございます」

 おっ、いきなり王子らしい態度に戻った。フィオナの前ではそんな態度なのか、まぁ、節度があっていいんじゃないか?

「フィオナ、会いたかった!」
「ふふ、昨日も会ったでしょ、でも僕もアストンに会いたかったよ」

 フィオナを抱きしめてキスをした。

「アストン、分かっていると思うが、フィオナを抱くなよ」
「分かってるよ、おまえの禁欲に俺もつきあうんだろう、全く」
「それがフィオナの安全の約束だからな、ははは!」

 ディーは自分がシンと相思相愛になるまでは、俺に禁欲を要求してきた。なんでそんな無意味なことを? それは自分が愛するオメガを抱けないのに、俺だけ抱けているのがズルいというただの嫉妬だった。だがフィオナを一年、安全に匿ってもらえるならと俺は了承した。あの時の俺、なぜそんなバカげた要求をのんでしまったのか、愛しいフィオナを前にして、いつも後悔しかなかった。抱きたいのに、抱けない。少しディーの気持ちが分かった。

「今日は俺がフィオナ殿を迎えに来るからな、それまで楽しく清く過ごせよ!」
「おお。ダイス悪いな」
「良いってことよ! じゃあな」

 そんな感じで、騒がしいディーとダイスは去っていった。

「フィオナ、愛してる」
「うん、僕も! アストンを愛してる!」
「フィオナ、いつもひとりにしてすまないな」
「ううん、そんなことないよ。殿下も後宮の人たちも優しくしてくれるし。僕は毎日アストンと結婚する日を待ってる日々も愛おしいよ」
「フィオナ!」
「あん、アストン、ダメぇ」

 というようにフィオナに欲情してしまう。一応ディーとの約束があるから挿入一歩手前まで、この貸し切りの部屋で楽しんだ。帰る頃には、フィオナの体には俺の所有印が沢山残ってしまうわけだ。

 そして後日、ディーに怒られた。

 なぜかと言うと、閨の前は侍女によってフィオナの体が隅から隅まで丁寧に洗われるので、裸を見られるらしい。抱かれていない日に所有印が付いているのを見られたら、確実にフィオナの不貞が疑われてしまう。だからあの後は、閨日以外に急にフィオナを求め、しかも体を清める間もなくフィオナを求めたというような演技をしたとか。

 フィオナがキスマークだらけの体のことを、迎えに来たダイスに相談した結果、その後にディーがフィオナを訪ねて抱いたというような演技になったらしい。

 演技といえ、もうそんなの嫌だ。俺はそれ以降、所有印を付けるのを諦めた。


 ◆◆◆

「ふふ、そんなこともあったね、懐かしいなぁ」
「ああ、俺はディーが後宮の侍女の前で演技をしたと聞いて、殺そうかと思ったなぁ、懐かしい」
「な、なに怖いことを言ってるの!?」

 フィオナを抱いた後のまったりした時間、ベッドの上で思い出話をしていた。俺たちの結婚式を無事に終えて、みんなが王都へ帰った。

 毎晩、フィオナを抱いて夜を過ごす、そんな幸せに浸っていた。

「だって、俺のフィオナに演技とはいえ、迫ったんだろう。それは友といえ、罪深い」
「もとはといえば、アストンのせいでしょ! あの時は、その演技を偶然シン君にも見られちゃって、シン君が凄く嫉妬して大変だったんだから! もう」
「へぇ、そんな時から、やっぱりディーはシンに愛されていたんだな」

 フィオナが俺の胸に、ぎゅっと顔を寄せてきた。

「うん。あの時、シン君は、僕と同じ恋するオメガなんだって知って嬉しかった」
「そうか」
「うん、今頃二人とも王都で仲良くしてるかな?」
「してるだろうな」
「ふふ、そうだね。二人も早く閨を共に過ごせるといいね」
「ああ。フィオナ、愛してる。もう一回いいか?」
「うん!」

 ダイスも愛する人を見つけて、そしてディーももうすぐ愛する人を抱ける日がくる。俺たち三人は同じようなときに、生涯の伴侶を見つけた。子供の頃から、ただただふざけて遊んでいた友が同じように、愛するオメガを見つけられたなんて、なんだかおもしろいな。

 これからのお前たちの幸せも俺は、見届けてやる。次はお前だ、ディー! 頑張れよ。
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