王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第六章 愛になった

86、ふたりの穏やかな時間

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 先生たちは退出して、俺とディーの二人きりになった。

「シン、これからの話をしようか」
「う、うん」

 人払いをしてから、ディーがいつになく真剣な顔をした。

「ディー?」
「シン、全てを身勝手に進めてきてすまない。姫とダイスの契約が済んだら、シンに話すつもりだったが、それから行動をしたのでは間に合わなくて……公爵家への養子のことも、正式にシンの実家に話すのは全てが決まってからになってしまう」
「うん、それはもういいよ。俺のオヤジはぼんくらだから、今から何か言って、周りに話したりしても困るだろう」

 オヤジはどうしても信用ならない、というか騙されやすくて今までどれだけの事業に失敗したか分からない。悪い奴ではないが、領民を束ねる身分としては、それはもう領地を荒らす張本人なので、悪い奴ではなくても仕事ができないなら領民にとっては悪人だ。

 仮に俺があの家から王太子妃になるなんて知られた日には、オヤジを騙して策略を考える貴族が出てきてもおかしくないから、知らない方が俺の家族や領民は安全だ。

「シンが心配している実家の領地経営も、すでに専門家を行かせている。シンはもう実家には帰してやれないから、シンの望みだった弟の手助けは私がさせてもらう」
「……ディー。そんなこと気にしてくれていたのか?」

 ディーは俺の頬を、髪を優しく撫でる。

 ディーと本当の意味で初めて出会ったとき、あの森で領地の友人たちとオヤジの愚痴を言っていた。それを覚えていてくれて、俺の知らないところでそんなことをしてくれていたのだろう。俺はただディーが好きで、これからのディーとの恋愛だけにヤキモキしていたのに、ディーは恋をしていただけではなくて、それ以上の働きもしていたんだ。

 俺は、何も知らずにずっとディーに守られて支えられていたんだ。

「シンから全てを奪うのだ、シンの夫としてできる限りのことは頼ってほしい」
「ありがとう、ディーの優しさに甘えさせてもらう。本当にありがとう」

 俺はディーに抱きついて、キスをした。そんな甘い時間が始まりそうになった。ディーもキスを返してくれて、二人で密着した。お茶のおかわりを持ってきた執事が扉をノックした音で、唇を離した。俺ってばここに来て、隙あればずっとディーにキスしている。少しおかしくて笑ってしまった。

「シン、どうしたの? そんな可愛い顔して微笑むなんて」
「ううん、幸せだなって思って」

 執事がお茶を淹れてくれたので、ありがとうと言ってお茶を飲んだ。そこで執事が俺に声をかけた。

「シン様、お困りのことはございませんか?」
「バードンさん。ええ、何もありません。いきなり来てこんなに良くしてくださってありがとうございます」
「シン様は王太子妃殿下になる方です。まだこの城の者しかそれを知らされておりませんが、ここでは殿下の婚約者として皆は見ています。ですから、私などにそのような気を遣った話し方をせず、主のように振る舞いください」

 おじいちゃん執事のバードンさんは穏やかにそんなことを言った。

「俺、下級貴族なんで、その、あまり人を使うことには慣れてませんので、主なんて言われても」
「ああ、私のシンは控えめで美しい、そう思わないか? バードン」

 ディーが俺をさすりながら、というか隙あらばずっと俺のどこかしらをさわさわしてるよ? そんな通常運転のまま、バードンさんに話しかけた。

「そうですね。大変心優しい方だということは、もうこの城では有名です。シン様の気遣いの素晴らしさに、侍女たちが騒いでおりましたよ。お世話をしてこんなにお礼を言われたことはないって喜んでおりました。では、この城でそれはお勉強していきましょうね、シン様。まずは私のことを呼び捨てでお呼びくださいませ」
「は、はい。お願いします、バードン」

 俺はお世話をされるたびに、いちいちお礼を言ったりしていた。侍女たちがいつも優しく俺に微笑んでくれて、ここの人たちは本当に優しいなって思っていた。ディーを見ても、俺とは違ってやってもらって当たり前みたいな態度だったから、それが人を動かす立場の人なんだと思って見ていた。いきなりやってきてそんな大きな態度を取ることなんて俺にはできないよ。

 俺が使用人に取る態度は、ディーが取るそれとあまりに違うから、みんな下級貴族がきたよって、噂していたらどうしようって思ったけど、やはりここの人たちは出来が良い。そんな悪評は立たなかったらしい、ありがたいな。そしてバードンは退出した。

「ねえ、これから俺はどうやって過ごしていくの?」
「ああ、そうだったな。私は少ししたら王都に戻らなければならないが、シンにはこのままここに滞在してもらう」
「えっ、ディーと離れるの?」
「すまない。片時もシンのそばを離れたくはないが、シンを王家に迎えるために、王宮でしなければいけないことがまだあるんだ」

 ディーは俺の手を握って、辛そうな顔でそう言った。そうだよな、ディーだって俺と離れたくないんだ。その表情と気遣いのある言葉だけで、俺は大丈夫って思えた。

「ううん、わがまま言ってごめん。俺のためにありがとう」
「いや、だが、そんなに時間はかからないと思う。結婚をシンの発情期に間に合わせなければならないからな」
「す、すごいね。一国の王子の結婚式を、相手のヒートに合わせるって」

 前に聞いて驚いた。だけど、王家の結婚は同時につがい契約も入るので絶対なのだそうだ。

「もし、俺がディーと一緒に生きていかないって選択をした場合は、王女とつがいになったの?」
「シン、そんな日は来ない」
「いや、仮定の話だよ? 俺がディーに惚れるとは限らなかっただろう。結果、べた惚れだけどなっ!」
「ふふ、かわいい。私のほうが惚れている」

 ディーがキスをしてくれた。

「でも、その場合も、私はなんとしてもシンを手に入れた。今回は穏便に手に入って良かったよ」
「そ、そうですか」

 穏便じゃなかったら、どういうやり方だよ。と思ったけど、怖くて聞けなかったし、そんな未来ではないから聞く必要もなかった。

「だが、仮にシンとの結婚が間に合わず、王女と形だけでも結婚するとしたら」
「したら?」
「やはり姫とはつがいにはならず、理由をつけてダイスと姫を愛人として結んだだろう。最悪ひとりくらいは後継者を産んでもらい、排斥してダイスに下賜するという形になったかな? やはり王族の義務は後継者作りだからな」
「そうならなくて良かったね」
「ああ、私は友の恋心を苦しめたくなかったから、シンにはみな感謝しているよ。落ち着いたら姫と会ってみないか? なかなかのいい子でダイスにはお似合いだよ」
「そうだね、ダイスにも色々と心配をかけたし、姫にもちゃんと会ってみたいな」

 穏やかな時間、今までのネタバレ。

 単純な俺とディーの恋物語は、王子ということで政治も絡み、他国との友好関係もあってディーは今までたくさん苦労してきたんだな。改めて、この人を好きになって良かった。この人にならたとえこの先どんなことがあろうとも、ついていけるという安心しかなかった。

「それから、初夜から十日間を婚姻期間と言って、王太子とその后はずっと二人きりで過ごせるんだ。もちろんヒート期間を想定してなんだが、そのときに私のこれまでの想いのすべてを、この美しい体で受け止めてもらうことになる」
「う、うん」

 少し照れた。そんな長い期間をずっと、スルってこと? 王族すごい。

「それまで、ここでひとりは寂しいだろうからフィオナと過ごしてもらうよ。それから王太子妃教育は、ゼバン公爵夫人に行ってもらう」
「あのおっとりしたリアナ様だよね、とてもいい人で話しやすいよね。それから、息子のアランってフィオナにベッタリなんだよ! フィオナって、もうアストンのところに嫁入りするの? それだとアランとはもう会えないのかな、アラン泣くだろうな」
「私の前で、他の男の心配か?」
「他の男って、四歳の男の子だよ、もう!」
「四歳だろうと、相手はあのゼバン公爵家の嫡男だ。あれはきっと将来有望なアルファだぞ」
「ふふ、たしかに有望な男の子だね」

 俺とディーはそんなことを話して過ごしていた。二日ほど、のんびりとした日を過ごしたら、嵐のような訪問者がやってきた。
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