王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第六章 愛になった

83、ふたりの世界

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 朝食の後、ディーと二人で城の中にある庭園を散歩した。城の敷地には湖があって、その周りを歩いた。風が心地よくてとても気持ちいい、水面が輝いていて、まるで二人の初めて一緒に迎えた朝を歓迎してくれいるかのような、そんな穏やかで優しい景色だった。

 現実に戻りたくなくて、夢の世界にいつまでも浸っていたくて、これからの問題を語ることを先延ばしにしてしまった。今はただ両思いになったこの時を、都会から離れたこの場所で、じっくりと味わっていたかった。

 幻想的なこの世界観は、二人から日常を取り払ってくれた。

「ディー、ここは本当に綺麗だな」
「幼い頃から、休暇はここで家族と過ごしていたんだ、あとは時間ができたら来ていた。いつでも来られるように、ここは常に人を入れて整えているんだ」
「そうなんだね、この城の執事さんも侍女たちもとても動き慣れていて、後宮で過ごすのと変わらず行き届いている感じだった。さすが王家に仕える人たちだね、いきなり王子がきてもテキパキ動いて凄いや」
「不便はなかったか?」
「ない、楽しいしかない!」

 手を繋いでディーと歩く。こんなふうに周りを気にすることなく、手を繋げるのがとても嬉しかった。

「年をとっても、こうしてディーと手を繋いで散歩したいな」
「そうだな、体を繋げたらしばらくはシンとこうして歩けなくなるが、年齢を重ねたらこういった時間も沢山取れるだろう」
「ん? 俺たちが閨を共にすることで、どうして散歩できなくなるの?」
「夜もシンを味わって、朝も寝起きからシンを味わうからだよ。とても散歩なんてする体力が残らないと思う。だから、ここにいる間は思う存分散歩しよう」
「……バカ」

 嬉しくて俺はぎゅってディーの手を強く握った。ディーはその手を見てから、無言で俺を抱きしめた。

「ディー?」
「シンからバカって言われるたびに、好きって言われているようで心地がいい」
「なにそれ。俺、失礼なことを無意識で言ってたな」
「いや、いいんだよ。私にバカという言葉を言ってくれるのは本当に大切な人だけなんだ。シンを除けば、ダイスとアストンだけだよ」
「あっ、そういえば、アストンはなんであそこにいたの?」

 抱擁を解いたディーは、俺を湖の近くにあるガゼボに誘導して、そこに座った。

「このザンネスク領にアストンが住んでいる。昨日アストンに会った場所がアストンの屋敷だ。そして幼い頃からこの地にいたアストンと、私とダイスはここに遊びに来るたびに会っていたんだ」
「そういうことか。フィオナとは後宮で初めて会ったの?」
「そうだよ、アストンに頼んでフィオナを閨係にした。シンが、私に可愛いお尻を初めて見せてくれる直前に、フィオナにも初めて会った」
「……その話はやめてくれ」

 ディーが意地悪そうに笑って話したそれは、俺にとって恥ずかしい黒歴史だった。

 俺は相性確認の日、さっそくヤルのかと思って、そして最初に呼ばれたフィオナの確認があまりに早かったのもあって、不手際が無いように脱いで待機していたら、ディーに驚かれたんだよな。あの日は、香りの確認だけだって言われて、恥ずかしい思いをしたのが今となっては懐かしい。アレは俺にとって初めて王太子と会った日ということで、緊張もしていたのに、ディーにとっては二回目の再会だったんだもんな。

 余裕なわけだよ。

「あっ、あの日って、フィオナが先に入ったでしょ。フィオナが赤い顔で出てきたから、俺はてっきりそういうことをして、フィオナの色気がムンムンになったのかと思った。あの時何してたんだよ!」
「え、色気ムンムン? なんだったかな」
「もしかして、手を出したのか? 初めてフィオナに会ってムラムラしたんじゃないよなぁ!?」
「ないないない、そんなことない。あの時の私はすでにシンに夢中だったから、誰かに目移りするなんて絶対ない。それに、そんなことをしたら私はアストンに殺されてしまうだろう。人のオメガを取るということは、そういうことだ。私はそこのところはわきまえているし、何よりもシンと出会ってからシン以外を欲しいと思ったことはない」
「そ、そうか」

 ディーが必死に話す言葉の数々が嬉しくて、照れた。

「私は、シンとあの森で初めて会った日から、誰も抱いていない」
「うん、あ、ありがとう?」
「私にはもう、あの時からシンしか見えていない」

 ディーはそう告白してから、俺にキスをした。

 なんて凄い人なんだろう、休むことなく精通から閨係を抱いてきた男が、あの森で会った日から誰も抱いていないって。それだけ俺のことを好きだったってこと? 嬉しいしかなかった。過去に抱いた相手が気にならないわけじゃないけれど、俺も一応閨係として採用されたから、アレを断れないオメガの事情も分かるし、姫の前に現れてしまったオメガの起こした行動も良く分かる。

 それは褒められたことではないし、絶対にやってはいけないことだけど、そうしたい気持ちが分からないわけじゃなかったから、そのオメガには同情した。そのオメガの二の舞になっていなかったとも言い切れないくらい、あの時の俺は限界を感じていたから。

 だから自衛のために逃げる選択をしてしまったけれど。

 でもフィオナは初めてディーに会ったとき、何があったんだろう。まさかディーのあまりのカッコ良さに一度くらいはやってもいいなんて……思うわけがないな。フィオナはアストンにベタ惚れだった。

「フィオナも緊張していたのかな」
「ああ、確かに緊張はしていた気がするな。シン、アストンにフィオナを借りる時に約束したことだが、私はフィオナに口づけひとつしていない。後宮を騙すために、睦言のような言葉を交わしたことはあるが、フィオナには一切手を出していない。それだけはフィオナの名誉を守るためにも誓う」
「うん、分かってるよ」

 フィオナは初めからディーの事情を知っていた。俺にあんなに大丈夫って言って、応援してくれていたのが、今になってようやく分かった。ディーと結んだ秘密なのに、抱かれていないってことだけは教えてくれたフィオナに感謝しかなかった。

「フィオナに私は怒られたよ、どうして姫をつがいにしたんだって。ダイスと姫の事情までは国同士の問題になるから、アストンにもフィオナにもそこは説明できなかったんだ。それにしても、あんなに怒ったフィオナには驚いたよ。シンを本気で想ってくれてありがたかった」
「はは、俺が言えたことじゃないけど、王太子に怒れるなんてフィオナも凄いね。俺もフィオナに怒られたことがあるよ! 今思えばフィオナは俺を育ててくれたんだって分かる。俺が王太子妃になるって信じて、間違った考えを持つ俺を諫めてくれていたんだな。フィオナには頭が上がらないよ」
「そうだな、私も上がらないな。さすが友の選んだ人だよ」

 そんな話をしていたら、この城の執事が俺たちを呼びに来た。どうやら来客があったらしい。
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