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第五章 王太子の恋 ~ディートリッヒside~
79、閑話 ~フィオナの決意~
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はぁ、今日はついに後宮に来てしまった。
無害そうな外見とはうらはらに、金に貪欲な父が隣に座っている。初めての王宮に緊張している風だけど、そんなことない。無害そうに見せるのが、この人のやり方だから。
でも、やっと今日で父と縁が切れると思ったら、憂鬱の中にも少し舞い上がる心はあった。
アストンからこの話を聞いたときは本当に驚いた。というか、アストンが王太子殿下と友達ということを初めて聞いた。アストンのことは無条件で信頼をおいているけど、ただの子爵家の孫が、どうして殿下と友達なのかが全く結びつかずに、僕を安心させるためについた嘘で、アストンが頑張ってこの仕事をとってきたのかと思った。
だってアストンは王都へも行ったことがないって言っていたし、いくら王太子殿下と同じ年でも、それじゃ関わることも無いはず。でも僕はアストンが持ってきてくれた仕事なら、彼を信じて父と共にこの王都へやって来た。
しかし、アストンの言ったことが本当のことだと、王太子殿下に初めてお会いしてやっと理解できた。
殿下との相性を図ると言われて、ついに初めての王太子殿下との対面の時が来た。
アストンの話がもし僕を宥めるためのものだったら? 本当に殿下と体を交えることになったら? 考えなかったわけじゃないけれど、だとしても僕はこの体を差し出すと思う。それがアストンと一緒になれる唯一の方法なら、僕だけが何もせずにいていいわけがない。彼は今、爵位を継ぐために必死に頑張っているんだから、僕だって彼の妻になるためなら、体を犠牲にしても良いと思った。気合を入れて、殿下の待つ部屋へと入った。
「やぁ、フィオナ殿。私はザインガルド王国王太子ディートリッヒだ。アストンから君のことは二年もの間、聞かされ続けている。あなたはアストンの言うと通り、とても美しい人だね」
びっくりした。王太子殿下は、それは美しい王子様という感じで、いかにも男っていうアストンとは違って、すらっとした美丈夫だった。そして、アストンとはやはり友達ってことだった。
ごめん、アストン。
僕は無条件で君を信じているって言っておきながら、今目の前の事態に安心するほどに、王太子と友達というところだけ疑っていたのがはっきりと分かった。妻失格かな。
「あ、やっぱり緊張するか? 後宮なんていうところに来て、いい気分じゃないだろう。すまないね、私が無理を言ってアストンを説得したんだ。私の事情は聞いてるね?」
「あ、はい。失礼いたしました。僕はフィオナと申します。アストンから聞いてこちらに参りました」
「まぁ、固くならずに。ダイス、お茶を」
そしてもうひとりのアルファがお茶を淹れてくれた。
「ああ、俺はダイス。この王太子殿下のディーと君の恋人アストンと三人で仲が良い、いわゆる腐れ縁だ。安心して。君のことはディーと共に必ずこの一年守るからね」
「は、はい。ありがとうございます、ダイス様」
アストンの友人は、ディーとダイスだと聞かされていた。王太子とかそんな話より、ワンパクな子供時代を過ごしたとか、三人でしたいたずらの話とか、貴族らしからぬただの悪ガキとしての話しか聞いてこなかったから、まさかアストンの友人がここまで強いアルファたちだとは思っていなかったので、少し気後れして、気の利いたことも言えず、ただ名乗っただけになってしまった。
「うわぁ、ほんとアストンにはもったいない美人さんだな。アストンが会う度に惚気るのがよく分かるわ。俺たちは、君とアストンが出会った二年前から、ずっとず――っとアストンの恋の話聞かされていたから、なんだか勝手に君にも親近感を覚えてしまってね。気安くてごめん、許してね」
「い、いえ」
ダイス様が僕のことをまじまじと見て、そう言われて僕は照れた。アストンったら、彼らに何を言ったの?
「フィオナ殿、いや、フィオナと呼んでも?」
「はい」
今度は殿下が話しかけてきた。
「これは私とアストン、あなたとの契約だ。他には誰にも内情を知られてはいけない。だから皆の前では、私はあなたを抱いている男としてあなたを扱う。もちろん手を出すことは絶対に無いから安心してほしい。そんなことをしたら、私はアストンに燃やされてしまうからね」
「ぶはっ、お前がフィオナ殿を欲しいと言ったときのあのアストンはやばかったな。ディーが燃やされるって、俺も思った」
「も、燃やす?」
僕が不思議に思ったら、二人ともただの友達同士みたいに思い出はなしとして楽しそうに話していた。
「ああ、こっちのことだ。あと聞いていると思うけど、私にはすでに想い人がいる。それが今回のもうひとりのオメガ、シン・ラードヒルだ。私の婚約解消が確定するまでは、絶対に本人に私がシンを娶ろうとしていることを知られてはいけない」
「はい、事情は存じ上げております」
「理解が早くて助かるよ、これからもよろしく頼む」
そして殿下とダイス様に頭を下げられた。僕は恐縮してしまったが、二人は笑った。
「あ、あの、僕みたいな男爵家のオメガに頭は下げないでくださいっ」
「君は私の友の大事な人だ。フィオナのことは軽く扱えないよ、そんなことしたらアストンから縁を切られてしまうからね」
「そうだよ。フィオナ殿、ここでは一年、楽に過ごしなよ。あと、アストンには月に一度会えるようにしてあるから、安心して逢瀬を楽しむといいよ」
殿下とダイス様の言葉に僕は少し驚いた、彼と会えるんだ! 嬉しくてたまらなかった。
「あ、ありがとうございます!」
そして殿下が付け加えた。
「ただし、形だけでも私の閨係だから、アストンとは一年体を交えてはいけないよ」
「え……」
「私だってこれから結婚するまでは、愛する人を我慢するんだ。親友のアストンも私と同じ苦しみを味わうべきだと思わないか?」
「あ、はい。そ、そうですね?」
「我慢してこそ愛が燃える……というのもあるみたいだからね。アストンが自信満々で私に言った言葉だよ、彼こそ実践するべきだよね」
隣でダイス様は笑っている、アストン、いったいあなたは王太子殿下に何を言ったの!?
「アストンが嫁を我慢できるか、殿下がシン君を我慢できるか、凄い見ものだな」
「ダイス、笑い事ではない。私の苦しみは親友にも味わってもらう。もちろんお前もだ」
「ええー! なんで俺まで」
「お前は少し慎め。一年くらい自重しろ」
「うひゃ、連帯責任かよ!」
僕は笑った。彼らはアルファだけど、まだ十代の子供、とても仲がいい子供たちだった。
「フィオナ、笑っている場合ではない。嫉妬に狂ったアストンも見ものだからな、彼の忍耐も一緒に鍛えていこう」
「……はい」
僕はこの初めての出会いがとても嬉しくなった。アストンの大切な友達に会えたこと、そして彼らから聞いたアストンのことがより愛おしなり、王都にいない彼を想い熱くなった。
すっかりアストンを想い、高揚した顔で先ほどの部屋に戻ると、僕の満足そうな顔に父が嬉しそうにした。そしてもうひとりのオメガ、殿下の想い人であるシン君は不安そうな顔をして僕を見た。そりゃ怖いよね、初めて会うアルファと相性の確認をするなんて、でも君は殿下と会っているんだよ。なんて教えてあげることはできないから、僕は彼に微笑んだ。
これから君は、とんでもないアルファに執着されることになるよ。
彼は何も知らされず、これから殿下に愛されていくことになる。殿下との約束もあって僕からは何も話せないけれど、できる限り僕はこの不安そうな彼の支えになってあげられたらいいな。
アストン、僕頑張るね!
無害そうな外見とはうらはらに、金に貪欲な父が隣に座っている。初めての王宮に緊張している風だけど、そんなことない。無害そうに見せるのが、この人のやり方だから。
でも、やっと今日で父と縁が切れると思ったら、憂鬱の中にも少し舞い上がる心はあった。
アストンからこの話を聞いたときは本当に驚いた。というか、アストンが王太子殿下と友達ということを初めて聞いた。アストンのことは無条件で信頼をおいているけど、ただの子爵家の孫が、どうして殿下と友達なのかが全く結びつかずに、僕を安心させるためについた嘘で、アストンが頑張ってこの仕事をとってきたのかと思った。
だってアストンは王都へも行ったことがないって言っていたし、いくら王太子殿下と同じ年でも、それじゃ関わることも無いはず。でも僕はアストンが持ってきてくれた仕事なら、彼を信じて父と共にこの王都へやって来た。
しかし、アストンの言ったことが本当のことだと、王太子殿下に初めてお会いしてやっと理解できた。
殿下との相性を図ると言われて、ついに初めての王太子殿下との対面の時が来た。
アストンの話がもし僕を宥めるためのものだったら? 本当に殿下と体を交えることになったら? 考えなかったわけじゃないけれど、だとしても僕はこの体を差し出すと思う。それがアストンと一緒になれる唯一の方法なら、僕だけが何もせずにいていいわけがない。彼は今、爵位を継ぐために必死に頑張っているんだから、僕だって彼の妻になるためなら、体を犠牲にしても良いと思った。気合を入れて、殿下の待つ部屋へと入った。
「やぁ、フィオナ殿。私はザインガルド王国王太子ディートリッヒだ。アストンから君のことは二年もの間、聞かされ続けている。あなたはアストンの言うと通り、とても美しい人だね」
びっくりした。王太子殿下は、それは美しい王子様という感じで、いかにも男っていうアストンとは違って、すらっとした美丈夫だった。そして、アストンとはやはり友達ってことだった。
ごめん、アストン。
僕は無条件で君を信じているって言っておきながら、今目の前の事態に安心するほどに、王太子と友達というところだけ疑っていたのがはっきりと分かった。妻失格かな。
「あ、やっぱり緊張するか? 後宮なんていうところに来て、いい気分じゃないだろう。すまないね、私が無理を言ってアストンを説得したんだ。私の事情は聞いてるね?」
「あ、はい。失礼いたしました。僕はフィオナと申します。アストンから聞いてこちらに参りました」
「まぁ、固くならずに。ダイス、お茶を」
そしてもうひとりのアルファがお茶を淹れてくれた。
「ああ、俺はダイス。この王太子殿下のディーと君の恋人アストンと三人で仲が良い、いわゆる腐れ縁だ。安心して。君のことはディーと共に必ずこの一年守るからね」
「は、はい。ありがとうございます、ダイス様」
アストンの友人は、ディーとダイスだと聞かされていた。王太子とかそんな話より、ワンパクな子供時代を過ごしたとか、三人でしたいたずらの話とか、貴族らしからぬただの悪ガキとしての話しか聞いてこなかったから、まさかアストンの友人がここまで強いアルファたちだとは思っていなかったので、少し気後れして、気の利いたことも言えず、ただ名乗っただけになってしまった。
「うわぁ、ほんとアストンにはもったいない美人さんだな。アストンが会う度に惚気るのがよく分かるわ。俺たちは、君とアストンが出会った二年前から、ずっとず――っとアストンの恋の話聞かされていたから、なんだか勝手に君にも親近感を覚えてしまってね。気安くてごめん、許してね」
「い、いえ」
ダイス様が僕のことをまじまじと見て、そう言われて僕は照れた。アストンったら、彼らに何を言ったの?
「フィオナ殿、いや、フィオナと呼んでも?」
「はい」
今度は殿下が話しかけてきた。
「これは私とアストン、あなたとの契約だ。他には誰にも内情を知られてはいけない。だから皆の前では、私はあなたを抱いている男としてあなたを扱う。もちろん手を出すことは絶対に無いから安心してほしい。そんなことをしたら、私はアストンに燃やされてしまうからね」
「ぶはっ、お前がフィオナ殿を欲しいと言ったときのあのアストンはやばかったな。ディーが燃やされるって、俺も思った」
「も、燃やす?」
僕が不思議に思ったら、二人ともただの友達同士みたいに思い出はなしとして楽しそうに話していた。
「ああ、こっちのことだ。あと聞いていると思うけど、私にはすでに想い人がいる。それが今回のもうひとりのオメガ、シン・ラードヒルだ。私の婚約解消が確定するまでは、絶対に本人に私がシンを娶ろうとしていることを知られてはいけない」
「はい、事情は存じ上げております」
「理解が早くて助かるよ、これからもよろしく頼む」
そして殿下とダイス様に頭を下げられた。僕は恐縮してしまったが、二人は笑った。
「あ、あの、僕みたいな男爵家のオメガに頭は下げないでくださいっ」
「君は私の友の大事な人だ。フィオナのことは軽く扱えないよ、そんなことしたらアストンから縁を切られてしまうからね」
「そうだよ。フィオナ殿、ここでは一年、楽に過ごしなよ。あと、アストンには月に一度会えるようにしてあるから、安心して逢瀬を楽しむといいよ」
殿下とダイス様の言葉に僕は少し驚いた、彼と会えるんだ! 嬉しくてたまらなかった。
「あ、ありがとうございます!」
そして殿下が付け加えた。
「ただし、形だけでも私の閨係だから、アストンとは一年体を交えてはいけないよ」
「え……」
「私だってこれから結婚するまでは、愛する人を我慢するんだ。親友のアストンも私と同じ苦しみを味わうべきだと思わないか?」
「あ、はい。そ、そうですね?」
「我慢してこそ愛が燃える……というのもあるみたいだからね。アストンが自信満々で私に言った言葉だよ、彼こそ実践するべきだよね」
隣でダイス様は笑っている、アストン、いったいあなたは王太子殿下に何を言ったの!?
「アストンが嫁を我慢できるか、殿下がシン君を我慢できるか、凄い見ものだな」
「ダイス、笑い事ではない。私の苦しみは親友にも味わってもらう。もちろんお前もだ」
「ええー! なんで俺まで」
「お前は少し慎め。一年くらい自重しろ」
「うひゃ、連帯責任かよ!」
僕は笑った。彼らはアルファだけど、まだ十代の子供、とても仲がいい子供たちだった。
「フィオナ、笑っている場合ではない。嫉妬に狂ったアストンも見ものだからな、彼の忍耐も一緒に鍛えていこう」
「……はい」
僕はこの初めての出会いがとても嬉しくなった。アストンの大切な友達に会えたこと、そして彼らから聞いたアストンのことがより愛おしなり、王都にいない彼を想い熱くなった。
すっかりアストンを想い、高揚した顔で先ほどの部屋に戻ると、僕の満足そうな顔に父が嬉しそうにした。そしてもうひとりのオメガ、殿下の想い人であるシン君は不安そうな顔をして僕を見た。そりゃ怖いよね、初めて会うアルファと相性の確認をするなんて、でも君は殿下と会っているんだよ。なんて教えてあげることはできないから、僕は彼に微笑んだ。
これから君は、とんでもないアルファに執着されることになるよ。
彼は何も知らされず、これから殿下に愛されていくことになる。殿下との約束もあって僕からは何も話せないけれど、できる限り僕はこの不安そうな彼の支えになってあげられたらいいな。
アストン、僕頑張るね!
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