王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第五章 王太子の恋 ~ディートリッヒside~

77、王太子の秘密 8

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 シンの部屋の隣室に住む、シンの友である伯爵家の男を尋ねた。というか、無断で扉を斬った。すると驚いた顔の男が声を上げた。

「うわっ! へっ、で、殿下!?」
「シンはどこにいる!」
「えっ、シンが居ないんですか?」

 こいつは友人を語るくせに、シンの居所を知らないのか? もしやこいつが隠している可能性もある。シンはこの男を「レイ、レイ」と親しげに呼ぶ関係だ。頼るとしたらこいつくらいしか思い当たらない。私は剣を向けた。

「いくら貴様がエリザベスの婚約者だろうと、容赦しない。王族の恋人を隠していると、エリザベスどころかお前の伯爵家も大変なことになるぞ」
「恋人……。それは、シンも同意していることですか? 殿下はシンがどれだけ苦しんでいたか知らないんですか? それを恋人? ふざけるな! シンがここから消えたなら、それはあんたのせいだろ。俺の友達を返してくれ。あんな一途な男を弄ぶなんて!」

 急に怒り出した。これは、シンが消えたこともまだ知らない? そこに王太子専属騎士のひとりが来た。

「殿下、恐れながらその男は何も知らないようです。実はロジャー家の次男がシン殿と一緒にいるという目撃情報が入りました」
「えっ、なんだって!?」

 私への報告を一緒に聞いていたシンの友が、大きな声を出して驚く。その反応を見た私は、彼が本当に何も知らないのだと分かった。しかしロジャーの次男がなぜシンと?

「分かった、すぐに行こう。すまなかったな……ここの弁償は騎士に話してくれ」

 もうここには用はないと思い、私は部屋を去ろうとした。

「ま、待ってください。シンをどうするんですか?」
「必ず見つける」
「そうじゃなくて。シンを日陰の存在として、このままシンを苦しめ続けるんですか?」 
「日陰……そうか、シンはそんなふうに思っていたのだな」
「もしかしたらシンはそれが嫌で、サッチー、いえロジャーと王都を離れたのでは? ロジャーは実家に戻ると言っておりました」

 私から逃げたということか。

「とにかく失礼した。私はそちらをあたるのでそなたは何も動かぬように。王太子命令だ、分かったか」
「は、はい」

 そして宿舎を出ると、騎士からこの話は後宮が絡んでいると聞かされた。私は急いで閨係の担当だった官僚に会った。

「殿下。もうここへは来てはいけないと言ったではありませんか」
「シンに、ロジャー伯爵家の次男と合わせたそうだな」
「シン殿ですか? ええ、彼はお役目を終えてロジャー伯爵家へ嫁に行きました」
「なんだと!」

 私は後宮官僚に掴みかかった。

「で、殿下いったいどうなされたのですか? それが彼ら閨係の報酬です。お忘れですか?」
「シンは閨係ではない」
「殿下? まさかシン殿に本気になられたのですか?」
「初めから本気だ。彼こそが私のオメガであり、王太子妃になるたったひとりの最愛だ」
「……」

 後宮官僚は、長いため息をついた。

「いったい、殿下ともあろうお方がどうしてそんな過ちを犯してしまったのですか? シン殿は自分の身をわきまえていました。彼はこの閨係を終わらせて、望んでもいない相手に嫁いだのです」
「望んでもいない相手だと!? いったいどういうことだ。とにかくシンを連れ戻す。どこへ行ったか言え。たとえ望んでいようが、私以外のやつに嫁がせるつもりはない」

 どうにかして彼の居場所を吐かせたかったが、この男は意思が固く、吐きそうになかった。もう限界だ、尋問官を呼ぶしかないか? 拷問をかけてでも、シンの居場所を見つけてやる。

「言えません。彼は、彼は殿下を愛しておりました。必死に隠していましたが、見ていて可哀想なくらいにあなたを見つめていました。でも彼は自分の仕事を全うするために、そんな気持ちにフタをしてお相手をしていた。今回の嫁の件も、王都にいられなくなった事情ができたとだけ言っていました。きっと王都にいるとあなたの結婚を見なければいけないから、だから今すぐ離れたかったんだと思います。彼は最後までそんなことを言いませんでしたが、私は長年閨係を見てきたんです。気づかないわけがない。だから、殿下もシン殿の気持ちを察して差し上げて、ご自分の責務を果たしなさい」
「違うんだ。私は、初めからシンだけを愛していた。だが、言えなかった。王女との誓いもあったが、シンを危険にさらしたくなくて、言えなかった。お願いだ、シンに愛を伝えるチャンスをくれないか? 私はシンでなければダメなんだ」
「殿下……」

 そこへムスタフ伯爵夫人が来た。

「言って差し上げてください。殿下はシン君をつがいにするおつもりです。王女は、殿下の側近のダイス卿とつがいになりました。医師の私が診察したので、間違いありません」
「え、どういう?」
「初めから、王女と殿下の策略だったのですよ。王女はダイス卿と結ばれるために、殿下はシン君と結ばれるために、二人が仕組んだことです。シン君はその計画を知らされず、殿下と恋に落ちた」

 後宮官僚は驚いた顔をしていた。

「ですが、それならなおさらいけません。殿下はお忘れですか? この国の王家の嫁は処女でなければならないと。シン殿はあなたの閨係だったのですよ」
「私は初めからシンを嫁にするつもりで、抱いていない。どんなに抱きたくても、耐えて抱かなかった!」
「な、なんと……」

 この男から見ても、私とシンが恋を楽しんでいるように見えていたのだろう。そこに体の関係がないとは思わなかったらしい。

「私がシン君の診察をしていました。彼は処女です」

 そこでムスタフ伯爵夫人がそう言った。

「そんな……何ということを……殿下は、オメガをバカにし過ぎております。あんなに一途に想って、あなたを慕っていたのに、心はおろか、体を満足させずに、何も伝えずに。あんなに一生懸命に諦めようと、もがいていたシン殿が不憫でなりません」
「シンを守るためだったのだが、シンを傷つけたのは確かだ。だが、お願いだ、これ以上は間違えたくない。あいつなしでは私は生きていけない」
「殿下……。分かりました、次こそは必ずやシン殿を幸せにして差し上げてください」
「ああ、必ず」

 そして、今に至る。

 やっとシンと向き合えた。やっとお互いに嘘のない、真実の中、結ばれることができた。

 シンを愛している。この命に代えても必ずシンを守り抜く。彼とこの国で生きてゆく。そう心に固く誓った。

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