王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第五章 王太子の恋 ~ディートリッヒside~

72、王太子の秘密 3

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 そこで、シンと呼ばれた美しいオメガが私に話しかけてきた。

「あんた、こんなところで何しているの? そんな身なりってことはお貴族様だろう? オヤジの体たらくを見てカツでも入れに来た?」
「オヤジ?」
「そう、うちの狸オヤジね。この田舎街の領主をしているんだ。息子の俺が言うのもなんだけど、どうしようもない商才のない奴でさ、なっ」

 友人らしい、この男と同じような小汚い恰好をしている小作人らしい少年たちに同意を求めると、少年たちも笑った。

「ああ、シンのオヤジだけど、あれは酷いな。なにより腹がデカすぎる!」

 友人が言うシンの父親のことを、シンも笑いながら同意だと言うように、揶揄う言葉を話す。

「領民たちはみんな言ってるぜ、臨月だってな」

 息子から見てそんな父親だとは……残念な男爵だ。そして領民にも揶揄われているのを見ると、ここは思った以上に平和な領地なのかもしれない。

「笑える! たしかにあの胎は双子だな」
「お前、息子のくせにオヤジのこと酷くいうな、あははっ」

 楽しそうに友人三人で笑い始めた。そして呆然とする私に気づいたシンが、話しかける。

「ああ、ごめん。放っておいて。ここには何しに来たの? ってかどうして馬が二頭なの? 誰かと一緒?」
「あ、ああ。ひとりは用を足すために、この場を離れている。少し気分転換で王都から駆けてきた。こいつらも少しは運動させないといけないから」

 馬を触ってそう言い訳をした。するとシンと呼ばれるオメガは、興味津々に私の馬を見た。

「うわっ、綺麗な馬だな。なぁ? 触ってもいい? 俺、動物が凄く好きなの! この辺の奴らは馬を持っているのも少ないからな、こんないい毛色の馬はめったに見られない。というか見たことない!」
「あ、ああ。気性は大人しいから、触ってやってくれ」
「うわっ、ありがと! うひょっ、可愛いなぁ、お前」

 シンと呼ばれる青年は、体こそ汚れているが美しい手で愛馬を触った。くったくない笑顔、どこから来たともわからない男に対しても警戒心がまるでない。友人二人はシンが落とした木材を拾っている。シンがこんなお転婆なら、友人は少し警戒心を……持っていない。

 ふと見たら、木の陰にあるキノコを掘っていた。ここはいったい……。

「シン、すげぇぞ! こんなところにメッキダケ見つけた」
「うおっ、マジかよ!? 今夜は贅沢キノコ鍋だ」

 シンは馬に興味を失くしたのか、すぐに友人が見つけたキノコに夢中になった。私はいったいどうしたら……。上を見たら、こちらは警戒する必要がないと判断したのか、ダイスは木の上で器用に寝ていた。

 一応、私はこの国の王太子。王都を離れると、他人からこういう対応になることがしばしばあることに面白くなった。身分さえ知らなければ普通に接してもらえる。いつも敬われることがあたりまえだったので、親友のダイスとアストン以外では久しぶりの感覚だった。

「シン」
「ふへっ? なんで俺の名前知ってるの?」

 キノコに夢中だったシンは、こっちを振り返った。なんていうか、可愛いな。無防備なオメガを王都では見たことなかったからか? それとも汚れることを気にするオメガを知らないからか? シンの行動の全てが輝いて見えた。

「そりゃ、分かるだろう。俺たちが散々シンって、呼んでいたんだからな」
「あ、そっか。で、なに?」

 友人に当たり前のことを指摘されて、納得するシン。可愛すぎだろう。

「君は、ここの領主の息子?」
「ああ、そうだ。ここのダメ領主の息子だ。だけど俺じゃなくて、継ぐのは優秀な弟だからな。弟が爵位を継ぐ頃には、この領土は豊かになっているはずだ。だから今は少し見逃してくれないか?」
「私は監査役でもなんでもないよ。ただの遊びに来ただけのものだ」
「そうなの? 良かった、いや、良くねぇか? オヤジはお偉いさんに少しは怒られないとだめだな、うん」

 美しい、全てが美しい。

 考え方も、話し方も、無防備さも、全てが私を刺激する。友人二人は、ベータだろう。シンの美しさに気づいていないのか? あまりにも気安い男友達という風だった。

「ここはいいところだな、自然が豊かで水が美味しい」
「ああ、それだけは自慢だな。どこまで駆けるんだ?」
「この少し先までと思っていたけど、もう帰るよ、至急帰ってやらなくてはいけないことを見つけてしまった。いい息抜きになった、ありがとう」
「え? いや、どういたしまして? よく分からないけど、また息抜きしたくなったらいつでも来いよ。ここの自然は心を洗ってくれるからな」

 シンが握手を求めてきた。私は驚いたけど、シンの手をそっと握った。

「うおっ、なんか手がびりっとした! なんだか、都会の人と話すとムズムズするし、やっぱり王都のお貴族様はいい匂いがするんだね。ちょっと俺、ドキドキした」

 アルファと触れ合ったことが無いのだろうか? 

 私は意識的にアルファのフェロモンを出した。どうしても私という男に気づいて欲しかった。目の前のオメガを欲するひとりの男として。シンはフェロモンを感じ取ったみたいだが、それだけだった。

「シンこそ、とてもいい香りがするよ。とても自然で好ましい」
「はは、常に森にいるから、森林の香りかな?」
「そうだね」

 私はシンといつまでも触れ合っていたかったが、あまり不審に見られてもまずいから、その場では大人しくシンと別れた。シンは友人と楽しそうに「キノコが沢山だぁー」と喜びながら歩いて行った。はは、肝心の木材は忘れて行っている。シンの置いていった木材を手に取った。なぜオメガがこのような仕事をしているのだろうか。

 シンは私の興味の全てを攫って、あっけなく目の前から去っていった。

「ダイス、降りてこい」
「おおっ」

 シンを見送り、彼らが見えなくなった頃、ダイスに声をかけた。

「見つけた」
「ああ、あの子だね。領主の息子、シン・ラードヒル」
「あれは、私のオメガだな」
「お前の……オメガだろうね。一年限定の」
「彼で大丈夫だ。この話を進めるようにムスタフ伯爵夫人に伝えてくれ」

 ダイスはそれを聞くと笑った。

「良かったな、いい子そうだ。あの子なら素直におまえの望みを聞いてくれるだろう」
「ああ、そうだといいな」

 ダイスが言った望みとは、抱かなくていいかということだろう。確かに私はシンを抱くつもりはない。閨担当になった決して抱かない。

 私は王都へ戻るとシンに影を手配した。彼の安全と貞操を守れと命じた。
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